人間は落ちぶれた時が本当の人生です。落ちぶれた経験の数が人間を成長させます。落ちぶれると人間が見えるようになります。あまり例えとしてはいい例えではないですが、落ちぶれると妻や彼女は去って行きます。そのまま寄り添ってくれる女性もいます。そしてその人は間違いなくいい女です。
小学生の時に母を亡くした時に同じ集落の母の友達だった人が私と妹に酷い言葉を投げつけたのもよく覚えています。大学受験に失敗して2浪した時に私よりも成績が悪かったのに現役、1浪で受かった友人(だと信じていた)から酷い蔑みの言葉をぶつけられたのを覚えています。
会社を39歳で懲戒解雇された時に私に浴びせられた「ざまあみろ」も尋常ではなかった。3年後にでっちあげた人間が逮捕されても私への烙印は消えないままでした。
コロナ後に会社がピンチに立った時も半分の社員が挨拶なしにいきなり辞めて行きました。散々、会社の経費で飲み食いしていた人間が一目散に逃げました。そして逃げた人間で現在活躍している人間は一人もいない。
お金があって会食の席もこっちが全部負担している時は多くの人がおべんちゃらを言ってくれますが、落ちぶれて割り勘飲みにした途端に集まらなくなります。
こうやって去って行った人間で幸せになった人はいない。やっぱり人に対してざまあみろとか、自分は努力精進しないで人の不幸を喜んでいる人にろくな人間はいません。
人の悲しみ、苦しみに寄り添い、人の喜び、栄達を共に喜ぶ人間でないと人は心を開かないし、信頼しません。苦しい時はチャンスです。ろくでもない人間が去って行き、素晴らしい人間とのつながりが強くなる。
コロナ以降のこの数年、当社は絶体絶命のピンチでした。でしたというのは甘く、まだ続いています。でもこの逆境が当社に素晴らしいスタッフとお客様を与えてくれました。世の中は全て塞翁が馬です。逆境・ピンチは最大のチャンスです。
2025年09月12日
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