2017年03月01日

いたく感動した言葉

あるところで今上天皇のお言葉が飾ってあったので了解を得て、写真を撮ってきました。

右翼でないし、左翼でもない普通の国民の私がこの言葉になぜいたく感動したか?

その言葉とは今上天皇(平成天皇)の言葉として語られています。「(前略)人のことを常に考えることと、人に言われてからするのではなく、自分で責任を持って事に当たるということは、昭和天皇の御行動から学んだ大きなことであったのではないかと思っています」

戦前の昭和天皇は天皇制の頂点に立ち、現人神であり、絶対的存在でありました。当然、敗戦で戦争責任を問われる立場にありました。象徴天皇として戦後は生きました。

私が感動したのはその昭和天皇が我々のようなちっぽけな人間が人生をもがき苦しみながら生きているのとあまり変わらない人生観の持ち主だったことです。

「常に人のことを優先して考えること」、「自分で責任を持って事に当たりなさい。行動しなさい」と書いてあります。

これを昭和天皇は自分の子供の平成天皇にいつもおっしゃっていたわけだから、昭和天皇自らが座右の銘として自ら行動されていたわけです。

当時、昭和天皇の苦しみと悲しみを何人の人が理解していたんだろう?軍事最優先の時代で陸軍と海軍の勢力争い、陸軍・海軍それぞれの組織での派閥争い、勢力争い、出世競争に明け暮れ、あげくのはてに海外侵略を繰り返していました。その中で昭和天皇は一人で考え、責任を持って行動されていたのでしょう。

今は象徴天皇なので天皇は政治的な力は何もありません。最高の政治権力者は総理大臣です。その人が変な教育機関に美化されているスクープが報じられています。

まあ、恥ずかしいと言うか、レベルが低いと言うか、情けないと言うか、政治家のレベルが相当に落ちていると思うのは私だけでしょうか?
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2017年02月28日

大投手が教えてくれたこと

今日はちょっと話題を変えて。かって九州出身の稲尾和久という大投手がいました。これから書く話は稲尾さんのエピソードでよく出てきますが、私はサラリーマンの30歳の頃、仕事で稲尾さんに会い、直接稲尾さんから聞いた話です。

稲尾さんは入団から引退まで西鉄ライオンズの選手だったので博多に住んでいました。

ジャイアンツを倒してV3を達成した西鉄ライオンズのエースは稲尾でした。「神様、仏様、稲尾様」と言う言葉があったくらいです。

その得意の絶頂期にあった稲尾が投げている時、サードに転がった球を中西がエラーし、続く打者の球をショート豊田がエラーした。当時の中西・豊田といえば王・長嶋よりも大選手です。

わざとエラーしたんじゃないかと2人に詰め寄ると中西が「稲尾、野球は一人でやってんじゃないぞ」と言って当時有頂天になっていた自分に「野球とは何か」を教えてくれたそうです。

また、稲尾さんは昭和36年に1年間で42勝を挙げてこの記録はいまだ破られていません。その後、多投がたたり、昭和39年には負傷して0勝まで落ちてしまいます。

翌年、復活した稲尾は走らなくなったスピードをコントロールを駆使しながら昭和44年の引退までの5年間で42勝を挙げます。若かりし頃、勢いで投げて得た1年42勝よりも、もがき苦しみながら得た最後の5年間の42勝の方が価値があると言っています。

その後、西鉄ライオンズは黒い霧事件で衰退の一途をたどります。その起死回生とばかりに昭和44年にドラフト1位で東尾修が入団します。その初登板のゲームを当時高校1年生だった私は平和台球場で見ていました。

6回まで失点2点くらいに抑えた東尾にプロ入り初勝利の可能性が出たのですかさずリリーフに稲尾が登場しました。

その稲尾が打たれた。そしてそのゲームは負けになりました。覚えているのはその時に打たれて途中降板する稲尾さんが堂々と胸を張り、内野席の我々をしっかり見据えながら降りたことです。

恰好よかった。「男はこうじゃなきゃ」と思いました。「おれもこういう男になりたい」と思いました。なぜこんな話を書いたか。若い人達にぜひ見習ってもらいたいためです。
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2017年02月27日

忙しいことはいいことである

週末に事務所に戻ると全国から来ている要望と出張先から持ち帰る先方の依頼・約束事項やお礼のいわゆる片付け業務が山ほどになります。

土曜日、午前中はそれを2日間でどう片付けるかの作戦を考えます。てきぱきやっても2日間はかかります。毎週そうです。人様とのコミュニケーションを最重要視する私はこの2日間の片付け業務が一番楽しいです。

しかし、最近は週末は沖縄空手の稽古が入ります。毎週ではなくても最低でも2週間に2日程度は入ります。

そういった日は机に書類は広げたまま、稽古場に行きます。その後は軽く喉を潤そうということになるので帰って来るのは夜です。さらに掃除や洗濯や買い物の私生活の家事もあります。

大体、近頃は週末の片付け業務が2日間で終わらずに翌月曜日まで持ち越しになります。

独立した日から休みはない生活ですが昔の配分は平日5日間(たまには土曜日も入って6日間)が講演やコンサルティングの直接業務で、週末の土・日曜日の1〜2日が後片付けと翌週の準備(段取り)業務でした。

年老いたせいか、直接業務4日間、後片付けや準備業務3日間の配分が理想です。もっと欲を言うと1日は完全趣味や遊び日で6日間のうちの4日間が直接業務、2日間が後片付け・準備業務が一番よいです。

忙しいということはよいことです。余計なことを考えなくてよい。今、この瞬間に集中できます。

また、うまくいかなかったことを嘆いたり、悔いたりする時間もありません。それをやり過ごしながら次に行くしかありません。執着している時間がない。人様を恨んだりする時間もなく、寛容になれます。

一番大切なことはこの刹那に集中することです。「明日のことは明日が思い煩うであろう」です。

今を集中して一心不乱に生きていることが将来の道も開いてくれます。ちょうど1ヶ月後に63歳になりますが、多忙極めている私は幸せですね。
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2017年02月26日

まずは基礎の体力づくりから

昨日も午後から夜中まで空手の稽古と新規会員獲得イベントに参加していました。最近は週末、空手の稽古が増えており、土日はゆっくり休むということがありません。むしろ、月曜日をオフにしてリラックスしています。昼間はキースタッフ、夜はEL、週末は空手となると大忙し老人です。

私は国際明武館剛柔流八木道場に入門していますが、いわゆる沖縄伝統空手で型が最優先で、実戦の格闘はありません。

実戦の空手の格闘といえば極真空手です。最近はここの所属者の沖縄空手への入門が増えています。もちろん、掛け持ちなんでしょうけど。

掛け持ちといえば少林寺拳法、合気道の掛け持ちの人も多いです。でもこれは男子の傾向です。女子は沖縄空手八木道場にしか所属していません。だから有段者は女子の方が多い。

なぜ、極真空手からの入門者が多いか?沖縄空手は型に始まり、型に終わるからではないでしょうか?実戦空手にはない魅力があるのでしょう。

東京支部はもちろん私が最年長です。私の目的はとても有段者になる道のりは遠く、そんな大それたことは考えていません。

目的は体力・健康づくりです。若さを保つでもいいかも。空手をやるようになり、4年前に歩行困難まで苦しんだ右膝が治りました。

特に剛柔流四股立ちは両足・両脚の屈伸をします。通常生活では使わない外側の脚筋肉をよく使います。これが強化されると階段の登り降りが実に楽です。特に登りは駆け上がれるようになります。

最近は次の課題である姿勢の悪さの矯正に取りかかっています。矯正には両肩甲骨を後ろでくっつけるようにするのがよいです。自然と胸が張れます。しかし、苦しくて長続きしないのでそのためには肩甲骨の下部の外背筋を強化することだそうです。

先輩にその鍛練方法を聞いて回り、その鍛練に入ります。そうすれば無理をしなくても背筋が伸びます。

外脚筋肉、外背筋等筋肉増強は年齢は関係ないようでいくつになっても鍛えれば筋肉が付くようです。私の空手は20年のレンジでやろうと思って、まずは空手に耐え得る体力づくりからです。
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2017年02月25日

老後、生ける屍にならないためには

人間はその人の持つ器量とその中に詰まっている魅力度で決まります。

一般的に人を評価するものさしで多いのは学歴と経歴です。経歴と言うより肩書きかもしれません。社会的地位かな。

私も講師が多いので必ずプロフィールを主催者から求められます。当社スタッフが提出していますが、それを講演の前に主催者が披露するのは拒否しています。「鳥巣研二」は鳥巣研二でしかない。

大切なのはどんな仕事をしてきたか?どんな成果を残して来ているか?どんな人材を育てているか?どんな商品を開発してきたか?問われているのは私の人生の成果言い換えると私の人生の表現です。学歴や所属した会社は関係ない。

この受験時期になると吊革広告に予備校の広告が載っています。「何で私が○○大に?」いうのがあります。受験産業もここまで来ると末期症状です。予備校で下駄をはかされて有名校に入ってどうするの?この広告は我が国の学歴神話が崩壊過程にあることを象徴しています。

過疎地域で素晴らしい農産加工品や料理をつくっている、名もない地域で喫茶店を経営して繁盛している、自分のライフワークとして農業をやって生計を立てている。そんな営みがもっと評価されなければ行けません。

その成果・表現を可能にするのはその人の持つ「器量」の大きさです。他人を思いやり、他人のお役に立ち、かつしっかり自分というものを持っているそんな人ではないでしょうか。他人を思いやる人は自分が大きな器量になれます。多くのことを素晴らしい友人・知人が教えてくれます。類は友を呼ぶ。

すぐ切れる人は自分のことしか考えていない。器量が小さ過ぎる。会社を定年退職した後の老後を見てご覧なさい。定年後も卒業大学と勤務した会社をぶら下げています。哀れなものです。生ける屍です。
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2017年02月24日

自分で必要さがわからない限り

昨日は沖縄県離島マーケティング等支援事業の成果発表会でした。目的は離島にある食品製造の小規模事業者や中小企業の県外販売を促進するために商品開発や商品ブラッシュアップ等を含め支援しようとする事業です。

すでに5年間やっており、私の親しい企業もこの事業を受けて育っています。

沖縄本島は人口も増えており、元気な県です。離島はといえば石垣島、宮古島は人気の島です。島暮らしをしたい本土からの移住者も多く、素敵なショップやレストランがあります。

一方、多くの離島は「生活島」です。さとうきび栽培のような農業で生活しています。もちろん、農業だけでは生活できないので若者の離島(島を離れる)は多く、高齢化、人口減に悩まされています。

内地の沖縄特産品ブームは下火です。多くの人々がもう沖縄の特産品を経験、体験、食しており、もの珍しさがなくなりました。

そして、沖縄ブームを牽引してきた商品に代わる商品が生まれて来ません。特に原料が注目されるなかで、沖縄で栽培された新しい原料が出現しません。沖縄産といえば人気が出るのはわかっていますが。

農業も那覇を中心に沖縄の景気はよいので県民向けの内需型生活野菜の生産が盛んです。沖縄の農産直売所の野菜が新鮮で、種類が多いことにはびっくりします。いかなる内地の農産物直売所も沖縄の人気農産物直売所には負けています。

さて加工品ですが、沖縄離島の食品メーカーの弱点は「品質管理力」です。食品メーカーの技術部門の両輪は「研究開発力」と「品質管理力」ですが研究開発力というかいわゆる商品開発力はずいぶん進みましたが、品質管理力はこれからです。

意識が低いというよりも「品質管理」の重要さがわかっていないといった方がよいでしょう。離島の中で販売していればクレームが起きても「なあなあ」で許される。

内地に出荷した商品のクレームが出ても、沖縄は内地から遠いのでという理由でクレーム現場に駆けつけなくても許される。そういったことが「品質管理」に鈍感になっている理由です。そこら辺をどう教えるかです。
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2017年02月23日

趣味は身を助く

昨日の午後から那覇にいます。那覇はずっと雨で本土の梅雨を感じさせます。一昨日、福岡でしたが東京に戻って昨日の夕方来るか、福岡で1泊して昨日入るか、迷いましたが同じことなので直接飛んで来ました。

最近は沖縄県内は離島も含め、1人で行動できます。昨日は当社のレストラン事業に続く、ビジネスの市場調査に当てました。

昨日の水・木・金曜日が那覇です。週末は東京にいますが2日間とも私が通っている沖縄空手明武館八木道場東京支部のイベントです。また、来週の月曜日は沖縄出身の方でこの道場に通っている女性グループが当社エクセレントローカルに来店してくれます。この6日間は仕事と趣味でずっと沖縄つながりです。

趣味と言えばある我が国を代表する百貨店の食品担当バイヤーがひょんなことから銀座エクセレントローカルに来店してくれて名刺交換して話していたら、大学時代、考古学専攻で、古代史ファンの私と話が合う、合う。飛鳥王朝の奈良県明日香村の加工特産品開発支援は当社がやっているのでご一緒しませんかと誘ったら、即オーケーでした。

「あすは神話の天孫降臨の地、宮崎県高千穂町に行きます」と言ったら羨ましがられること。その百貨店は2月最終週から1週間私の郷里の福岡県糸島フェアをやるそうです。

ここは当然、魏志倭人伝の「伊都国」です。ぜひ伊都国を訪れたいそうです。

今週月・火曜日は福岡市のコンサル会社を経営する都外川さんのところからの仕事でした。荒尾に行くまでの道中、太宰府(大宰府)を通ったので古代史の話をしたら、彼女が速射砲のように私の話題に返してきたので「趣味は何?」と聞いたら「考古学」だそうです。

彼女いわく「福岡県北部(筑紫)は古代史の上に都市が存在しているようなところです」全くその通りです。

最近、女性の古代史ファンは多く、セミナーをやっても2/3は女性だそうです。食と農と同じです。その人気の秘訣はミステリアスな世界だからではないでしょうか。

上記も2人とも女性です。空手といい、古代史といい、芸は身を助く、いや趣味は身を助く。
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2017年02月22日

熊本県荒尾市のオリーブ

昨日は熊本県荒尾市で仕事でした。荒尾市は福岡県との県境あります。福岡県大牟田市と接しています。戦前戦後は炭鉱都市で栄えたところです。福岡県に接していることから生活圏は福岡県です。

昨日は荒尾市のオリーブ生産者組合員へのドレッシング製造講習会でした。日頃は単発の講習会はしないのですがオリーブからオリーブオイルを製造しており、ドレッシングの油として魅力があり、1日講習会を実施しました。しかし、ちゃんと販売までつなげるには来年度4回シリーズのセミナーをやったほうがよいですね。

久しぶりに高橋と私の揃い踏みになりました(写真上左)。講習は最初に私が「ドレッシング面白話」をしてから高橋の指導で製造実習です(写真上右、2段目左)。

オリーブオイルドレッシングは油が100%オリーブオイルのものと油の5/6は市販のサラダ油を使用して、1/6をオリーブオイルにしたものの2タイプを試作しました。

写真2段目右の右側がすべてオリーブオイルでつくったものですがそれはそれは美味しいです。レシピも荒尾市の新鮮玉ねぎをローストして、あとはコショーとにんにく・しょうがのみのオイル&ビネガータイプです。

荒尾のオリーブは10月に収穫して搾柚したらすぐ売り切れてしまいます。価格はなんと200mlで1万円だそうです。昨日の講習会にはすでにオリーブオイルはなく、荒尾のオリーブのルーツであるイタリアトスカーナ地域のオリーブオイルを使用しました。

講習会が終わり、夕暮れになりましたがオリーブ畑を訪ねました(写真3段目左)。オリーブオイルから石鹸も製造していますがやっぱりあっという間に売り切れだそうです(写真3段目右)。

オリーブ栽培振興で2年前に一般社団法人九州荒尾オリーブ村が立ち上がりました。その発起人である上園満雄さんに昨日は大変お世話になりました。

夕食をご一緒にということで地元の居酒屋に行きました。熊本ですから馬刺(写真4段目左)、豚足(写真4段目右)、ちゃんぽん(写真下左)等九州料理のオンパレードです。最後は講習会に荒尾以外から参加した受講者とショットです(写真下右)。
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2017年02月21日

我々は危うい危険水域で生きている

今朝は博多で目を覚ましました。郷里でもあるこの都市は現在、那覇市、大阪市と並んで元気な都市です。明日からは3日間那覇なので今週は楽しい出張です。

昨日も飛行機が1時間以上遅れました。先週金曜日17日も宮崎から羽田に戻る便が1時間以上遅れ、あやうく羽田空港から自宅に帰る終電がなくなるところでした。

昨日も1時間以上遅れました。午後6時に福岡空港に着く予定が午後7時過ぎに到着です。金曜日も昨日も理由は「羽田空港悪天候のため」です。その時点で羽田空港界隈は電車も地下鉄もバスもあらゆる公共交通機関は正常運行しているのにです。

????です。問題は羽田空港自体のオペレーションがアンコントーラブルに陥っているということです。羽田空港の全体オペレーションを統括してコントロールしているところが実はないということです。

国土交通省の管轄する空港統括機関も飛行機を飛ばしている運行各社もそれに関連する空港関連企業もそれぞればらばらに動いており、狭い範囲の自分達の業務のみを陥っているからです。全体統括がいない。

極めて危険水域です。もし、羽田空港・成田空港で国際テロが起こったらたちまちパニック、無政府状態に陥るでしょう。

ある巨大なものが成長して来るとそれ自体が心臓を持ち、独自の生命で生きている状態です。人間がつくったしくみなのに人間のコントロールの域を超えてしまっています。

それは何も飛行場だけの問題ではありません。政府もそうだし、大企業もそうです。集中コントロールが不可能になっています。

お上のいうことをまともに聞いていれば幸せになれるという考えも嘘であることがわかりました。世の中は一生懸命働いて、税金を払っている人よりも税金を払わない人の方が経済的に豊かであるという逆現象が起きています。

政府も国民の方よりも、アメリカの意向に戦々恐々としています。そっちのいうことを聞いた方が政権の座に長くいられるからです。

そんなことを考えてもしょうがないので昨夜も仲間と楽しく会食しました。ここにだけ本当の世界があるということです。
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2017年02月20日

お酒は飲まない生き方を学ぼう

今月は断酒日10日は早々ギブアップです。残り8日間ありますが、もう1日取れればよいでしょう。2月19日で現在で断酒日は6日間なので終わってもせいぜい7日間ということになります。言い訳すると2月は3日少ないから。

今月は銀座エクセレントローカルが盛況だったので毎夜、お店に立っていたのが断酒を減らした最大の理由です。2月はビックサイト、幕張メッセのイベントが多く、その出展者の親しい方々が当店で会食してくれたことによります。これは大変喜ばしいことで断酒どころではありません。歓迎しなくちゃ。

それにもう1つ、沖縄空手の稽古が多くなったのにもよります。今までは館長稽古と言って八木明人館長が月に1回土日にやって来て稽古をつけてくれましたが、それに加えてさらに自主稽古が毎週最低1回入るのでそれに参加すると稽古後はお酒ということになります。

酒はほどほどにとか、飲み過ぎなければ百薬の長と言いますが、やっぱり飲まない方が健康にはよいですね。

飲まないと翌朝、体調がよく起きた途端、実によく頭が回ります。アイデアがどんどん出てきます。私が頭がよく回るのは2つの場合です。1つは飲まなかった翌日ともう1つは喧嘩モードに入った時、喧嘩や争い事が起こると私は自分でも感心するほど頭がよく回る。相手を口でこてんぱんに叩きのめします。いわゆる好戦的な性格です。

しかし、大きな事を成す人や成功者はお酒を飲まない人が多いです。しかも一滴の飲めないという人が多いです。

お酒を飲んで人と懇親すれば、酔うと胸襟を開いて話すので仲良くなれる。人脈づくりにはよいという利点があります。

でも、酒は度を過ぎると感情の起伏が激しくなります。怒りっぽくなります。これが最大の欠点です。相手を傷つける前に、一人相撲で自爆します。自分で自分を傷つけてしまいます。

次の日に非常に落ち込んだ状態になることがあります。前夜はあんなに躁だったのが翌日は鬱状態です。自分で躁鬱の精神状態をつくり出しています。

ですからプラスマイナス考えるとやっぱりお酒は飲まない方がよいという結論になります。今からでも遅くないお酒を飲まない人からお酒を飲まない上手な生き方をレクチャー受けよう。
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