2018年04月23日

ええかっこするのは止めようよ

新聞のコラムや論評を書いている人(学者が多いが)にはその一角に必ずその人のプロフィールが書いてあります。そして名前の前に必ず組織とそこでの肩書きが書いてあります。

学者だとたいていは何とか大学教授とか特任教授とか名誉教授とか書いてあります。私の同業者で5つの大学の名誉教授の肩書きを持っている男がいました。ではそれがその男の人生に反映されているかどうか?実際、その男はそれだけの肩書きを持っていても本業では鳴かず飛ばすです。

一般的に学者に関わらず学歴と職歴(会社名)を書いているのも多いですね。私は最近あまりそういったところに書いていませんが、プロフィールを求められたら「鳥巣研二」だけです。時々、キースタッフを前に付けます。それでは何だかわからないので新聞社や発行元が勝手にそれなりの肩書きを付けてくれます。

人間がどうして学歴や職歴を書きたがるか?世間の眼を気にしているからです。逆に学歴の低い人もその部分に触れられるのを嫌います。なぜか?世間の眼を気にしているからです。

どこかの県庁の秀才知事が現役女子大生を援助交際してお金を渡していたとかで辞任しました。世の中に2人といないようなエリートコースを生きている彼にとって陰の部分が露呈したからでしょう。

女子達がよく話しています。男はみんなスケベでほとんどの男がその?チャンスを狙っている。表面的に真面目を取り繕って、隠しているだけでむっつりスケベだと。だから援助交際というアルバイトが存在し、成立するとも言えます。万葉集に出てくるような性におおらかだった時代、性が男女にとって自由な自己表現だった時代の方が幸せだったかも知れません。

世間の眼ばかり気にしていると自分が何のために生を受けて生きているのかわからなくなります。

ええかっこするのは止めようよ。等身大で生きること。自分の劣性部分を正直に出すこと。これができると人間は威張ったり、弱い者いじめをしなくなります。そんな人間になりましょう。
posted by tk at 07:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月22日

必要なのは創造力、企画力、表現力、心の掴み力

週始めの日曜日は今週の新幹線のチケットをまとめて買いに行くのが習慣です。

今朝も買いに行ってきました。しばらくれいらんと布団の中でもじょもじょして5時に起きて30分家事をしてから、事務所でチケット購入の準備をして午前6時に東京駅みどりの窓口に向けて出発です。

なぜ、休日の早朝かというと東京駅までは片道20分弱、往復40分。これが気持ちのよい散歩になります。

もう一つはみどりの窓口が開くこの時間に行かないと混雑して30分〜1時間待たされるからです。

実はもう一つこの習慣を続ける理由があります。実は東京駅往復40分は私の創造・創作の時間なのです。

歩いているとふつふつとアイデアが出てきます。すぐ忘れてしまうので手帳とシャーペンを手に持って歩きます。

出てきますね。どんどんよいアイデアが。私の講演のしゃべるネタから当社の新事業までよい案が出てきます。

週末は飲酒をすることが少なく、翌朝はすっきりしているので頭がよく働きます。それならいっそ、酒を断ったらということになるのですがそれはそれであまた話が違うのです。

最近の若者の就職傾向を見ていると大企業志向よりもクリエイティブな仕事、創造的な仕事をしたい願望です。

その技術、アイデアで独立したいという人が多いです。創造力、企画力、表現力、コミュニケーション力、心の掴み力がないとこれからの仕事は厳しいですね。

早朝の東京駅は観光ツアーでごったがやしています。シルバーの観光ツアーが多いです。大きな塊(かたまり)なので邪魔です。この人達(年齢は私とあまり変わらない)を見ているとこれからどこに行くかもわかっていないようなすべてガイド任せでただきょろきょろしながら付いていくだけ。主体性、自主性はまったくありません。

戦後の高度成長時代はこんな人材でよかったのです。逆らわずに集団に埋没して、没個性で権力に従順な人だけに幸せが来ていました。今はその逆です。求められるのは創造力なのです。
posted by tk at 07:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月21日

見逃してもやがてつかまる

とにかく人とは争わないことです。競い合うのはいいことですが。争いはよくありません。

喧嘩したら理不尽でも謝る。身の危険を感じたらとにかく逃げる。一目散に逃げる。空手の先輩が言っていました。究極の極意は闘わずして逃げることだと。

昔は私も武闘派を以て任じていました。正義感を振り回していました。悪い人間が許せない。それがもとで警察を呼んだり、呼ばれたりを繰り返していました。

最近は争わなくなりました。交渉事でも相手の勝手すぎる言い分も飲むようにしています。1回飲んだら気づかれないようにその人から離れることにしています。

露骨に離れるとまた恨みを買うのでおっしゃる通りだと認めておきながら気づかれないように距離を置いていく。離れていきます。

相手が気づくのでは?気づきません。何故なら、相手は自分が正しいと思って、自信を持っているのでつゆ相手が逃げ態勢に入っているのには気づきません。慢心しているとも言えます。

誤解のないように書きますと逃げるということは持ち逃げや犯罪を犯して逃走するということではありません。それは論外です。そんなこと自体をしてはいけません。

この場合はむしろ相手が明らかに悪いことをして逃げても追わないようにしなさいということです。

理不尽を通す人や明らかに相手に不利益を与えている人はどこかしこでも同じ悪さをしているものです。

私が見過ごしてもやがてどこかで正義感の強い誰かが攻撃、糾弾してやっつけるものです。

そんな人をたくさん見てきました。悪いことをしている人は最後は人間社会に見放されます。

昨今の官僚の不祥事を見ていてもそうです。あれだけのエリートが悪行、下品を繰り返しながら出世してきたのは誰もが見て見ぬ振りをしていたからです。だから本人たちは悪いことをしたとは思っていません。でも最後は逃げ切れない状況に追い込まれます。
posted by tk at 08:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月20日

空手はいろんなことを教えてくれる

ようやく、色帯を締めさせていただいた私ごとき底辺のへたくそが書くのは憚られますが、へたはへたなりに上手になろうといろいろ考えます。

空手は仕事に通じるものがあり、しいては人生につながります。

私が突きをすると上体が前につんのめります。上体が前につんのめれば敵に打たれます。つんのめらないようにするにはどうしたらよいか。肘で突こうと意識して突いてみます。なかなかよいです。突きの衝撃度も増して来ます。

しかし、先輩達からまだつんのめっていると指摘されます。身体の後ろの肩甲骨で突けと教えてくれます。肩甲骨で突く。なるほどいいですね。破壊力も格段増します。

それでも相手と型をやると相手を突きに行ってつんのめります。そして最近、自分なりにわかったのは間違っているかもしれませんが、腰を常に敵(相手)の正面を向けて置くこと。突く時も受ける時も腰は常に正面を向いている。そうすると身体は前につんのめりません。常に意識しておくのは腰。それだとできそうな気になります。何と言っても自分でそこまで行き着いたので自分で納得です。

若い頃、仕事を始めた頃、恥をかきたくない、ちゃんとできていると思われたいと思います。その場合の仕事は空手の突き、手先の握り拳だと思います。それを前に出そうと出そうとばかりします。だからここばかりに意識が行ってそれで身体がつんのめります。握り拳をなるべく遠くまで突き出すことが仕事だと誤解しています。

その修正を図ろうとすると握り拳を前に出そうとする意識と前につんのめってはいけない意識で動作が混乱します。

若い頃、20歳代の頃、仕事を上手にみせようとして枝葉末節、取り繕いばかりを気にしていました。

齢を重ねる事に本質はどこにあるんだろうと自問自答します。当然その間はもがき苦しんでいるのですが、その中から少しずつ自分なりに納得の行くやり方を身に付けていきます。

全員がそうは行きません。齢を重ねても相変わらず取り繕いに終始している人もいれば精進して名人、人物に成長していく人もいます。だから仕事で若手を育てる時も自分もその年齢の頃はできなかったと思って育成することです。空手は私にいろんなことを教えてくれます。
posted by tk at 07:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月19日

継続は力であるが、成長したか?

昨日ブログを投稿しようとしたら画面が変わっており、初めてから相当の年数が経っているのに画面リニューアルは初めてです。ちょっと戸惑いながら送信したらなんと昨日の記事数で4,177です。

最初は2006年(平成18年)11月3日から始まっています。4日は投稿していなくて5日から再開して12年間毎日欠かさずに投稿しています。当時はフェイスブックがなかったせいか、順位も1000〜2000位台をうろちょろしていましたが、最近文字が多いブログは敬遠されるせいか、順位が上がり500〜600位にあります。

一昨日久しぶりにある人から連絡があり、彼とは何年ぶりかなと調べました。私は鳥巣スケジュール表という1年間のスケジュールが瞬時にわかる手書きのものを使っています。

このスケジュール表も長くていつ頃から始めたか?調べてみると2001年9月1日です。現在は年度通しで4月〜翌3月のものを使っていますが。最初は7ヶ月分のもので始めたんですね。

あの人といつ会ったかやあの日はどこでどの仕事をしていたかを思い出すことができます。非常に便利です。

その日の行動をブログを遡って読むと当時がよみがえります。その時にブログに写真を貼付しているとさらにリアルです。

そういえば携帯・スマホで写真を撮ってデータで保管するようになったのはいつか?調べてみたら2004年(平成16年)6月頃からで毎日撮影して保存するようになったのは2007年(平成19年)6月頃からです。

この間にいろんな人と出会い、別れ、今も付き合っている人がいます。また、喧嘩別れして再会仲直りした人もいます。

また、成長して立派な人間になった人もいれば、堕落していった人もいます。人様はどうでもよいですね。自分がどうか?知人・友人は自分を映す鏡です。墓に入るまで永遠とこの作業は続きます。
posted by tk at 07:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月18日

網地島のわかめの収穫から製造・加工まで

1泊2日のスケジュールで宮城県石巻市の汲竄ワきを訪問しました。目的は南三陸網地島わかめの製造、加工を学ぶためです。

社長の佐々木さんは62歳です。元々はいろんな職業に就きましたが電気設備の設計や製造の下請け仕事をしていました。その後、運送業を開始して特に生け簀に入れたまま活きた魚を築地等に運ぶ特殊輸送をしていました。

なまこの輸送でトラックごとに関釜フェリーに乗り込み、韓国を北上して北朝鮮国境まで運んでいたこともあるそうです。

実家が漁師だったので大震災が起こるちょっと前の9〜10年前から養殖わかめを始めました。当初4,000万円くらいの投資をして始めたのにすぐ大震災が起こり、絶望の淵に立ったそうです。そのわかめも順調なビジネスに成長しています。

そのわかめの一連の生産製造について教えてもらいました。10月下旬〜11月に漁業権を持つ網地島の海域で種付けをします。

2〜5月が収穫時期です。今は最盛期です(写真上左)。午前6時に収穫船を漁場に出船します。毎日2回午前6時15分〜45分が第1収穫、一旦わかめを港に持ち帰り、水揚げして、午前7時半〜8時まで再び収穫して午後8時半に2回目の水揚げをします(写真写真右)。1航海5tなので2度行って約10tの水揚げです。

そのうちわかめが7t、めかぶが1t、残りの2tは食べられないごみと言われる部分です。

水揚げしたわかめはごみとめかぶ(わかめの根株)とわかめに分ける作業に入ります。

そしてわかめはすぐに海から汲み上げた海水でボイルします(写真中左)。そして海水冷却、洗浄します。それの塩揉み工程に入ります(写真中右)。それを脱水します。ここまでは水揚げした港(浜)で行います。

それを会社の加工作業場に持ち込んで芯抜き、整形(写真下)、最終脱水、箱詰めをして冷凍庫に保管します。

これが一連のわかめの生産から製造までの流れです。
20180417_103659.jpg20180417_082319.jpg20180417_101039.jpg20180417_085244.jpg20180416_154318.jpg
posted by tk at 07:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月17日

漁業・漁師が生き残るには

昨日から宮城県石巻市に来ております。10数年ぶりにやって来ました。以前、来たときは中小企業大学校の中小企業診断士養成コースの生徒とともに1週間くらい宿泊して商業診断を行いました。

まず、驚いたのは仙台から石巻までは仙石線で行っていましたが、現在は東北仙石ラインというルートが開通しています。これだと仙台・石巻間を1時間以内で運行しています。東北大震災後の復興の一環で行われたもののようです。

石巻市内では「元気市場」を訪ねました。これも復興の一環です。街中にある魚の小売商業施設です。

金華鯖ブランドに力を入れているようです。また、他地域の小売市場に比べて鮮魚の比率が低く、すぐ食べられる加工品の比率が多いのも流れに沿っており、よいことです(写真上左・右)。

次は石巻港にある公設鮮魚市場を訪ねました。これも大震災で跡形もなくなり、復興で建設されています。大きさは東洋一だそうです。

そこに隣接する仲卸業の潟_イスイを訪問しました。ここでは魚の鮮度と味を保持するために神経〆(じめ)を行っています(写真中左・右)。

全国の料理店から注文が来て、宅配便で送っています。顧客単価は1回の送付で3〜5万円です。今の時期はさくらます、あんこう、天然鯛等が多いようです。

こうやって見ていくと一般小売は大衆魚をそのまま食べられる加工品が増えており、鮮魚販売は高級魚を料理店にダイレクト販売する営業形態が成功しています。

宿は民宿「後山荘」でした。ここの料理は感激の一言です。建物は大震災の復興資金で建て替えられました。元は浜の漁師・網元だったそうですが、現在は民宿というサービス業に転換して見事に生き残っています(写真下左・右)。

それに比べて復興資金で巨大な水産・加工施設を建設したところはたいていが経営難に陥っています。それはそうですね。震災で販路を失っているのに従来通りの流通向けの巨大施設をつくっても無駄です。新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れないとね。
20180416_144037.jpg20180416_144615.jpg20180416_152344.jpg20180416_152531.jpg20180416_182055.jpgIMG_20180416_215555_769.jpg
posted by tk at 06:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月16日

自分が買うか?魅力を感じるか?

新商品企画・開発をしているといろんなことを決めなければなりません。その時の決め手は何か?

それは1つだけ。自分がお金を出してそれを買うかどうか?だけです。自問自答してみましょう。自分が買うか買わないか?

そのためには自分の関心のない商品開発を命じられたときは辛いです。ですから就職も仕事も商品企画や開発に携わるのであれば関心のあるもの・サービスを提供している会社に就職するのが一番よいです。

私はうん十年ぶりに新ビジネスで商品開発と企画を進めています。それは食関連と非食関連分野のものです。食品は基本的は自分の欲しいもの、こんな商品があったらい思うものを開発します。

例えば、私は独り暮らしで自炊志向なので自炊が無駄なく、短時間にできてしかも食品添加物フリーなら買います。

たぶん、私と同じような食品があればいいなと思っている人は他にもいるでしょうからその人たちがターゲットということになります。

非食品はヘルス商品とビューティ商品を考えています。ヘルスは私も関心があり、空手もやっているのでそれなりの考えがあるのでそれに基づいて進めます。

困るのはビューティ商品。男は化粧品はわかりません。試作品ができたら「これを買うか、買わないか」と聞いて本音を言ってくれる親しい女子達に聞きます。そしてその意見を取り入れるかどうかは開発技術者と相談します。

化粧品のような自分が門外漢の商品を開発する時は原料や製法にこれを待ち望んでいる人たちに訴える特長・魅力・価値(それを判断するのは自分だけど)があるかどうか?とその商品を待ち望んでいる人の心を捉えるストーリーを書ける商品かどうか?で発売するかどうかを決めます。自分でストーリーの書けない商品は発売を止めた方がよいですね。
posted by tk at 06:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月15日

20歳代で就職、40歳で起業、60歳代で第2起業。

私のつきあいの人の職業、年齢は多彩です。職業は食と農に限らずあらゆる関連分野に亘ります。共通点はみんな何らかのアイデンティティを持っている人ばかりです。その人を紹介する時に一言でその人を言い表せる特徴を持っています。

つきあいの年齢も20歳代〜80歳代に亘ります。祖父母から孫世代と70歳の幅があります。会社にインターンシップに来ている友菜は21歳。昨日、私が極秘で開発依頼している難易度Aの商品の技術開発に成功したと連絡をくれたのは86歳の技術者。

この人たちと年に最低でも会ったり、会食します。楽しく飲みます。これだけの年齢幅の人たちが人たちに付き会ってもらっている私は果報者です。

サラリーマンで会社関係の付き合いだと20歳位から定年延長になったといっても60歳頃まで。いれる年数はせいぜい40年です。100歳時代になると70年は群れの中にいなければなりません。

70年ー40年=30年のこの30年の幅が大きいです。人生60歳から人生100歳になった現在、30〜40年間をどう過ごすかが大テーマです。

当然、独りでは生きていけません。人間というよりも動物は群れているから生存できます。死ぬまで群れのなかにいれるか、自分でその群れをつくれるか?まさに問われています。

創業者は凄いです。なぜなら群れをつくったから。その群れのなかにいる人間の生存場所をつくったからです(いわゆるマーケティング用語のドメインという会社の生存領域ではなく)。

しかし、現在の企業で生存できるのは40年です。70年生存できる居場所をつくれるか?退職後の悠々自適の生活。そんなものはどこにもありません。

70年同じところで生存していると若い人に煙たがられます。姥捨て山に行けとね。また、実際は定年があるのでいられません。そのためには生存する場所を年齢に合わせて2ヶ所つくればよいです。そのためには1ヶ所目の生存場所に長くいないことです。30歳〜40歳で2ヶ所目を起業することです。1ヶ所目のアーリーリタイアメント(早期引退)が鍵です。

生存場所が3ヶ所に亘ってもよいです。私が目指しているのはこれです。20歳代で就職、40歳で起業。60歳代で第2起業。

そうすれば若者に限らず、あらゆる世代が応援してくれます。まさにシルバー起業の時代がやって来ました。
posted by tk at 10:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月14日

最近、外食店の料理をヘビーに感じるのは?

当然なことですが、東京にいる時はお客様との夜の会食はイーローカルに行くことが多いです。

3,500円のコース料理しかないのでそれを食べますが、週に3〜4回位行く時は正直言うと飽きます。毎日同じものを食べていると致し方ありません。

もちろん、コース料理の中身は毎日代えていますが、大きな組み立ては大体同じです。今年当たりから少し仕入れ先のバラエティを拡げた方がよいのではないかと思っています。

もちろん、この意見はお店のスタッフに伝わっているのでその方向で動いています。

イーローカルを経営するようになって東京にいる時、他のレストランに行く頻度も回数も減りました。それでもたまには私のお気に入りのお店に行きます。

最近、そのお気に入りのお店の料理が重く感じられるようになってきました。ヘビー、グリーシー。胃がもたれて翌朝、胃と大腸のマッサージをして布団から出ることが増えました。

なぜか?年齢のせいか?いろいろ考えましたが、自分の胃や大腸がイーローカルの身体に優しい料理に馴れてしまったからではないかと思います。一般外食店の料理の濃さ、味付けに胃と大腸がついて行けなくなっています

これはイーローカルのよい点です。食材を産地から直接、調達して調味料も食品添加物を極力使用していないエクセレントローカルのものばかりを使っています。

料理人も特殊な技術を持った人がやっているのではなく、普通の料理法で普通に作っています。

この時期はお昼の賄いは私が作ります。私はコンビニや弁当チェーンの弁当は食べません。基本的には内食派で普段は外食はしません。自分で作って食べます。料理がうまいとは思いませんが、みんなで机を囲んで食べます。

加工食品も使います。当社が開発支援したドレッシングはよく使うし、今週は特産館から沖縄そばや熊本ラーメンといった地域の味のものをつくって食べるとみんな喜びます。
posted by tk at 11:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする