2021年01月13日

45〜46年前頃の1枚の写真

従妹に年賀状を出していたらメールで戻って来ました。この従妹は私の父の弟の娘で1人娘です。既に年齢も60歳代に突入しています。メールには写真が付いていました。45〜46年前頃、叔父と祖母と出かけて撮った写真です。

叔父に男子がいなかったので何かと息子のようにかわいがってくれました。叔父は農林省の食糧事務所に勤めていました。仕事の関係で現在は名称は変わって統計事務所になったけれど、この名刺をもらうと叔父を思い出します。

その従妹が10数年ほど前に、自分は嫁に行って糸島には住んでいないので、「研二さん、実家の家を買ってくれない?」と言ってきました。それで糸島に行った時に見に行きました。少年の頃、遊びに行っていたそのままでした。

当時は福岡県や糸島での仕事はほとんどなく、私と糸島をつなぐ線が作れなくてそのまま断ち切れになりました。糸島が人気都市になり、従妹の家の近くの私がいいなと思っていたマンションの最上階には最近、タレントのピーターが住んでいるそうです。

叔父の家の裏の浜は、誰も知らないけど、我々だけが知るプライベートビーチといってもよいほど素敵でした。今、そこも「これはハワイの真似事」と言いたくなるほど下品なバーチにデベロップされています(それも従妹が送ってくれた写真で昨日見て知ったのですが)。がっかりしました。

あの時に決断しておけばよかった。でも、老後のために多少準備していたお金もコロナですっからかんになり、今は会社の借金をどうやって返すかで頭は一杯です。

私が最近、頻繁に糸島入りして、糸島でプラニングしている仕事はこのエリアの仕事です。従妹からの連絡で仕事もプライベートも私にがぜんやる気が出てきました。今まで漠然と考えていたものが現実になるかどうかのスタートラインに立ちました。

あきらめないことです。ギブアップした時が負けです。退場です。引退です。戦い続けていれば勝利のチャンスも来ます。女神がウインクすると信じよう。
posted by tk at 08:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月12日

豊作貧乏は悲しい言葉

世に出てそれが受け入れられるようになると大量生産に入ります。それで価格は安くなり、多くの大衆がそれを享受できるようになります。それが生活の質の向上と言われ、経済繁栄がなされていきます。

農産物の世界もそうです。昭和40年頃までコメは生活必需品なのに供給よりも需要の方が上回っていました。ようやく、需要と供給が逆転して昭和45年から減反政策が取られるようになります。

田んぼを畑にで、園芸作物、特に野菜の振興が盛んになりました。生活野菜の産地化が進んで行きます。玉ねぎ、じゃがいも等日本の家庭料理の先兵となったカレーライス用の野菜の振興が行われました。

中でも玉ねぎ、じゃがいもなどは日持ちがするので都会から遠いけど耕作地が広い北海道で栽培、玉ねぎは季節で産地が替わる産地間リレーのしくみが確立されました。

その後は洋風化路線の主役はサラダが台頭します。当初はサラダに生で食べられる高原野菜として嬬恋キャベツなどが大量生産の象徴となります。さらにいろんな品種の葉物野菜が需要が高まり、消費期限も短く、流通も限定になります。都市型近郊農業が盛んになります。葉物は水耕栽培も確立されます。

たくさん作られると価格も安くなります。ずっと野菜の先頭を走っているトマトは相変わらず、生産量は王様ですがそれを上回る生産者が現れ、大手食品メーカーが生産者団体まで作ってしまったので、価格も需要も下落傾向に入っています。ぶどうではシャインマスカットが席巻し始めました。価格も頭打ちに入りました。今年はもっとマーケットが乱れるでしょう。

中山間地域は耕地面積が狭く、生産条件が不利です。大量消費、大量生産作物は平地部に比べ、ハンディがあります。米が採れないので雑穀、野菜は自生の山菜やきのこ。たけのこ等。

しかし、知恵者がいてこれらの作物が価値があると思えば平地で栽培を始めます。栽培雑穀、栽培山菜等。価格も大量生産によりぐっと安くなります。旬もなくなります。

こんな中山間部に何を栽培すれば、生活できる金額を稼ぐ農業経営ができるのか?面白い時代が来ています。
posted by tk at 08:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月11日

お前の母親は誰?と聞かれたら今の母

人間に興味のある私は人間そのものを見つめています。農家に会っても、なぜこの人は農業をやっているのだろう?なぜこの人はこの作物を作っているのだろう?と関心があります。

6月頃から取材を始めて、出版しようと思っていた原稿が最終校正に入りました。出張先に持ち歩き、赤ボールペンで最後の誤字脱字をチェックしています。こんなことは相当好きでないとできません。

また、ナルシストでないと。何度、読み返しても面白い、誰だ、書いたのは?くらいの自惚れがないと本は出せません。タイトルを決めました。「食と農ビジネスへの転身」〜移住、転身、帰郷、転職、異業種参入、再起の時〜です。

へこ帯は「今がとても幸せ 食と農の22+1の生き方」です。私が取材した22名(組)の人生を書いています。プラス1は自分のことです。最初の8ページは自分の生い立ちを書いています。

昨日、我が故郷の筑肥線に乗りました。実家には行けませんでしたが、車中から実家が見えていました。母とは東京から3日前に電話して「お年玉を送ったばい、ところで幾つになったと?」と聞いたら、元気な声で「明日で89歳」と答えました。

「お年玉を送った」を急遽、しまった、「誕生祝いを送った」に変えようか?と思いましたが、口にした後の祭りでした。「100まで生きるな」とお世辞のつもりで言ったら本人も当然そのつもりだと言った口調でした。

私の生母が亡くなったのが私が12歳の時でした。その翌年に母が後妻で嫁いて来ました。頭の中で計算したら当時34歳だったということになります。弟が生まれて私は鳥巣の後継ぎの座を下りて、今の人生があります。

それは生母の遺言であったことも後年、父から聞きました。今度の本のテーマは「食と農への転身」ですが、我が鳥巣は「農からの離脱、転身」だったわけです。生母を失った後、父はぷっつり農業をやめました。

兼業農家になり、コメは親戚の専業農家に作業委託、母が自家用生活野菜を生産する兼業農家になりました。東京のしかもお金のかかる私立大学まで私を行かせてくれた事を感謝しています。

お前の母親は誰だ?と聞かれたらそれは間違いなく今の母です。



posted by tk at 09:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月10日

強い業界が守られ弱い業界は犠牲に

まるでコロナの感染は国民が悪いように言います。「お前たちが言うことを聞かないから蔓延するんだ」と言います。そうでしょうか?国民はほぼ全員マスクもしているし、密にならないように守っています。電車の中でも飛行機の中でも声を出す人もいません。

もっとおかしいのはこの病気を治療する職業側の団体のボスが「この拡大は国民が会食しているからだ」とそればかり言っています。医者は治療してなんぼだろうに何を開き直っているのだろうかこの男は。

この人は自分の職業団体を守ることしか頭になく、本来の自分の社会的使命を忘れています。医者の仕事は病気を治すことではないのでしょうか?ワクチンは他国ではすでに始まっています。何で日本はこんなに遅れているのでしょうか?

「我が国は国民の協力があるから感染が抑えられて死亡者も少ない。医療関係者も助かっている、もうちょっとだけ不自由させるけど頑張ろう」と言えないのでしょうか?不自然ですよね。

何か、すり替えが行われています。そういえば飲食店も病院も同じ省庁の管轄下にあります。片方は日本の頭脳のエリート集団、片方の飲食店は鍋釜一つでやっているどこの馬の骨かわからない連中の集まりといった偏見蔑視が問題のすり替えになっているような気がします。

同じ管轄の省なので政治的な力を持たない飲食店を犠牲にして、医療業界はアンタッチャブルにしておく、そんな思惑も感じます。とは言っても一部の利権医療従事者、医療機関、医療企業の話で現場のドクターや非医師の医療関係者はこれまた殺人的な環境で労働を強いられています。

何の解決策も持たない国民の前にPCR検査の陽性反応者をまるで死の宣告を受けた人達のように煽りまくって何が目的なのしょうか?

地方に行ってごらんなさい、テレビ以外に情報源を持たない住民たちは怯え切っています。街の灯はすっかり消えています。かって仁徳天皇は国民の家から煙が出ていないのを見て「かまどの火が消えている」と嘆き悲しみます。そして善政を施します。今、日本国民は生活困窮は通り越して破産、破滅に近づいています。
posted by tk at 07:44| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月09日

悪者にされると協力者はいなくなる

クライアントから受注した仕事をやる場合、会社でもトップやマネージャーが直接やることは少なく、実働部隊のスタッフに命じて、自分たちは指示する方になります。

お客様の理想とするものが100点だとするとマネージャーも部下に求めるものが100点のものになります。すると部下がやって出してくるものが60点程度だと怒ります。マネージャーの期待と100点−60点=40点のギャップがあるからです。

するとマネージャーは逆上して部下を叱り飛ばします。パワハラが行われます。部下が「ではどうすればよいのですか?」と聞いて来た時にそれには答えられずにただ理想の100点を部下に押し付けたらどっちが悪い?もちろんマネージャーの方です。

これをマネージャー自身がこの仕事の成果を得意先の期待の100点に対して自分の腹の中で70点程度でオーケーに置きます。すると部下の仕事は70点−60点なので10点差です。マネージャーは「君はなかなかやるね」と褒めます。

そして足りない10点差をどう70点に近づけるか、部下と一緒に考えます。最初の60点を怒られるどころか褒められた部下は認められたのが嬉しくてさらに頑張ります。

マネージャーが70点でよいと思っていたのが、80点のが出てきます。上出来です。80点の出来栄えをクライアントに提出するとクライアントもわかっていて「100点なんて自分たちもできないのでできるはずはない」と内心は期待していないのでこの80点に喜びます。

それならとクライアントから最終的には「最後はこのようにして」と彼らの腹の内の着地点も教えてくれます。これで出来栄えはさらに上がり、得意先の満足度90〜100点になります。要は階層別の共同作業なのです。この流れを上手につくれるトップのいる会社は繁盛します。

世の中に「いきなり」はないです。「徐々に」です。国民にできもしないことを押し付けて、このコロナの感染はまるで国民が悪いように言う者たち、自分たちは自分の業界を守ることだけにしか働いていない輩のことなど誰が聞きますか。
posted by tk at 07:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月08日

やるべきことを1つだけ言う

みんな自分のせいにしたくないから、人に責任を擦りつけようとします。お前が悪いからこんな状況なんだと。しかし、それでは何の解決にもなりません。みんなが責任の擦りつけ合いをしているとその被害者は誰かというと国民です。日本の権力構造の中心部が真空化している証拠です。また生贄を作ってそれに責任を擦りつけるのでしょうか?

トップ、リーダーは警告を発するのが仕事ではありません。トップなので一番最新の最先端の情報を持っているわけだからそれをオープンにすることは危機感を煽るということでは効果がありますが、解決策にはなりません。

どうすればよいか?生き残れるか?を明示するのがリーダーの役割です。例え、間違っていてもいいのです(もちろん、意図的に嘘を言うのはいけません)。こうすれば必ず解決するからと言い切ることです。

「当社が潰れる、潰れる」と私が電話で言っています。若手は平静を装っていますが、よく聞いているんですね、不安なのですね。

年始の会議で時間をもらって、私の本職である経営分析を当社を対象にしました。30分程度時間を頂戴と言って。私の診断は「全治1年の単純骨折」です。コロナだけでない経営不振の諸原因を挙げて、分析して、今年1年はこれをやれば(達成すれば)経営は一気に回復すると説明しました。

実行プランはあれもこれもはだめです。全員が共有できるものを1つに絞って、これに会社の経営資源を集中させれば業績は回復するという風に言わなければ意味がありません。

「これをやれば」の「これ」が言えるかどうかが経営者です。私が何を言ったか、経営会議の中身は会社の最高級のマル秘事項なので書きませんが、みんなが納得して30分が3時間の白熱した会議になりました。全員参画でした。

そしてそれだけでは終わらず、この会議からスタッフたちが実に元気になりました。自分の力が、参画が、働きが会社に好影響を与えるとわかると人間は凄い力を出し始めます。まあそういうことです。日本の政治や医療のトップ達頑張って下さい。国民はあなたの一言一句を真剣に聞いているのですよ。
posted by tk at 07:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月07日

地方には人手がない、その解決が急務

当社で昨年建設支援した食品加工場が2つありますが、共通の悩みはたった1年で製造キャパシティを超える発注が来て、対応できなくなっています。今までというか、大半の食品加工場は建設したのはいいけれど閑古鳥が鳴いているのが現状だったのに、嬉しい悲鳴といえば嬉しい悲鳴です。

こういったところは道の駅や農産物直売所に併設しており、出口を持っていることに加え、売り場がショーウィンドウの役割を果たしており、並べている商品を見た食品メーカーから製造依頼が来ます。

これらの加工場は小ロット製造工場で、大企業から見ると小回りが利いてうらやましがられますが、流通特にスーパーからの製造依頼に応えられる製造キャパシティ(能力)がありません。

バッチ方式で製造して、前処理や袋詰めは人海戦術です。人海戦術ということは人手が必要です。地方にはそ人手がありません。絶対的な労働者不足です。

また、道の駅や農産物直売所で販売するので何とか価格も15〜20%の販売手数料で済みますが、これはスーパーに販売しようと思うと売価の4割引きで納品しなければなりません。計算すると真っ赤赤です。

確かに地域原料を使って、手作りの製造は人気があり、一般流通も欲しがるのですが、それには応えられないでいます。製造側からすると手作りだけでは対応できない、かと言って大企業の無人のライン生産工場を建設するほど売れません。

どうするか?前処理や袋詰めをなるべく機械化して、半自動ラインの加工場を設立するしかありません。しかし、これはいきなりというのは危険で、最初の加工場が手狭になり、オーバーキャパシティになってから次のステップです。

我々の課題はこの一般流通(中高級スーパー)の棚に並べられる製造量能力を持てるか?とスーパーの販売価格で製造できるか?そこが次の課題として横たわっています。

もっとあります。原料の供給です。我々がその問題が解決しても今度はその原料を生産できる農家がいない、この育成が必要になります。次は移住や転身による農家の育成も急務です。
posted by tk at 07:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月06日

逆境は能力を発揮するチャンス

緊急事態宣言をやるなら正月前だろうに年明け早々から後手、後手です。スタートダッシュの出鼻が挫かれました。またもや生贄は飲食店、政界に強い後ろ盾を持たない飲食店はコロナの犠牲です。消滅するかも知れません。消滅はしなくても元に戻るには15〜20年かかるでしょう。

ところで私も本業のコンサルで入っていた出張スケジュールの調整に追われました。仕事も人生も恋も?いつも理想と現実の間を調整、修正が必要となります。仕事の調整上手は出世します。

サラリーマン時代も営業と開発・製造のひたすら調整の仕事をしていました。マーケティングセクションにいましたがやっているのは調整という「両方の顔立て」ばかり。どこで折り合いをつけるか?折り合いは妥協でもありますので理想である当初プランに比べると内容の質が落ちます。

でも本当にそうなのか?昨日も緊急事態宣言様のおかげで多くの関係者にスケジュール変更の電話に追われました。

変更は不本意ですが、実際、変更を連絡しながら待てよ、確かに当初予定通りのプラン通りに進めるよりももしかするとこっちの方がいいかも知れない。いっそ、この件も新たな制約に合わせてこう変更してみようか?とか、変更すると逆にこういったやり方もできるので新たにこれを取り入れてみようかとか知恵が湧いてきます。

変更を逆手に取ると言うか当初プランの中で却下していたために潰していた新たなアイデアや案が生まれてきます。そして最終的にこっちの方がよかったと思える案になったらこっちのものです。

頭が柔軟だと起こる局面、局面で状況をプラスに変えるいろんなアイデア・案が浮かんで来ます。要は目的を達成できればよいのです。

そのためには当初予定通りにならないことを厭わない、むしろ予期せぬ状況をウェルカムにする経験と知恵と勇気とタフさが発揮できます。ピンチはチャンスでもあります。逆境は能力を発揮できます。
posted by tk at 05:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月05日

歳を取らないと見えて来ないこともある

明日の出張のために午前6時に東京駅に切符を買いに行きました。GOTOキャンペーン開始の頃とは比べようもありませんが、そこそこ人はいます。人っ子一人いないゴーストタウンという感じはしませんでした。ほっとしました。

私が早朝に買いに行くのは混んでおり、待つのが嫌だからです。今はコロナで混んでいないのに習性ですね。また、私自ら行かなければならないのは65歳からの大人の休日倶楽部ジパング会員で3割引きになるからです。

しかし、窓口に行ったら今は正月期間中なので正規料金ですと言われて「あっそうか」とちょっぴり残念に思ったけどガラガラの窓口で駅スタッフと気持ちのよい挨拶を交わしたので「まあいいか」という気分になりました。

JR東日本も10年くらい前はチケット売り場に座っているスタッフが無知でまともにチケットを発券できないとか間違えるとかが多かったけど、最近は社員教育が行き届き、それなりの教育を受けて窓口に座るのでミスがほとんどなくなりました。「人を育てる」いうのは大切です。

うちの会社の技術、商品開発担当は2人とも20歳代です。なかなか成長が目覚ましく、会社の顔です。それを育ててくれたのは私が昔いた食品会社の技術者が定年退職後に会社に入ったシニアスタッフです。

長い人は定年後、もう20年間在籍しています。中心世代は75歳前後です。当社に入って15年程度です。この世代が確実に歳を取っていくので今大胆な若返りを図っています。

最近、そのおかげでシニアの出番が少なくなってなっていますが、このコロナ禍でもいつも月1回の定例会に律義に出てくるシニアスタッフもいます。その人はもちろん子供たちは成長独立して、奥様と二人暮らしです。

その奥様が半年前に倒れて、リハビリ後、呉の12月に退院してきたそうです。今は外出時は付き添いが必要なので旦那である彼がやっています。

彼はゴルフが好きで、仲間も多いですが、ほとんど止めたそうで月1回だけ奥様の了承を得てゴルフを続けようかと思っているそうです。正直、奥様の介護は楽しくはないそうですが、苦にもならないそうです。ようやくこの年齢になって夫婦の意味、価値がわかってきたと言います。お互いを必要としていることは幸せなことだと言います。

私も月1回彼が会議に来た時はお昼を一緒することにしています。よもやま話をしながら過ごします。私に最近「再婚しないの?」と聞いて来ます。予想だにしない質問です。この残りの人生、必死で働いても返せないくらいの会社の借金を抱えている私と結婚しようというほど酔狂な女性はいないです。

posted by tk at 08:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月04日

究極はその人を好きになること

コロナ以降仕事がないから巣ごもり関連業種以外は大変辛い状況にあります。ましてや、当社はこのコロナの1年位前から本業のコンサル事業も低迷しており、借金ばかり増えて危機的状況です。

こんな時期の戦略は「仕事を取りに行く」ですが、コンサル業界で絶対やってはいけない、やっても返って逆効果になるのが「この仕事を取りに行く」です。これは戦争末期の特攻隊です。

コンサルの仕事は誰かの推薦、誰かがある人に「いいコンサルいませんか?」と相談されて、そこで「あの人がいいと思いますよ」という誰からの「推薦」がないと仕事は来ません。自己PRではこの業界は仕事は来ません。

コンペという手法があります。競争プレゼンをして業者を選択するというやり方です。行政機関や地方自治体が「利権」、「癒着」、「不透明な発注」を指摘されて公開して機会を平等に与えています。

これとて日本型コンペですでに結果は決まっている形だけコンペも横行しています。それでも時々、新しい発注先がコンペに勝ち抜くことがあります。もちろん、内容がよいからです。

でもこれが受注、契約まで行く場合はそれなりに水面下でこの企業に発注していいか?いろんな信頼できる人脈を通して調査がなされます。その時にやっぱり誰かが「いい会社ですよ」と推薦してくれないと仕事はいただけません。

要はコンサル業界で仕事をいただけるかどうか?「誰かの推薦」が大きな要因になっているということです。「誰かの推薦」を得るためには日頃の活動が全てです。

当然、推薦する人もリスクが発生します。推薦する人は心から信頼している人や会社でないと逆に返り血を浴びて自分の評価を下げることにもなりかねません。

一番大切なのは日頃からいい仕事をするということです。もう1つは謙虚であるということです。へりくだる、偉そうにしない、長幼の序をわきまえる、自分よりも若い人に対しても敬語でしゃべる、おじぎは90度で等この2つに尽きます。

あえて3つ目をいうと日頃の人様との大切にしておくこと、頼まれごとは進んでやる、人様のために汗をかく、約束事は必ず守る、手を抜かない、難易度の高いこともあらゆる手立てで解決しようと試みる等そんな生き方をしていると必ず誰かは見ています。推薦してくれます。

そして究極は人様に関心を持ち、その人を好きになることです。要は人の心を動かせるかどうかです。

posted by tk at 07:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする