2021年12月06日

成長よりも踏み止まる経営

関西には特徴もある企業が多くあります。企業が生き残るためには競争のないオンリーワンの世界に自分を置いたものが勝ちです。

昨日は大阪・京都で3軒の企業を訪問しました。1軒目はドバイに商圏を広げている京都の青果商です。社長の森本さんはドバイから帰国後、一昨日に2週間の自主隔離が明けたばかりです。この時期に行ってよかったと言っています。ドバイではみんなが「よく来た」と歓迎してくれたそうです。

今回は青果の仕事ではなく、和牛の販売で行ったそうです。和牛の世界はヒレ、ロース、テンダーロインの3部位以外の部位をセカンダリーと言うそうで、そのセカンダリーの部位の使用促進のために行きました。彼女の活動に共鳴した輸入業者がドバイのセカンダリー部位の加工場を設立したそうです。

彼女の日本での仕事は青果物商で京野菜を取り扱ううちにその市場が海外の方が可能性が大きいのに気づいて現在は海外特にドバイへの輸出を主に行なっています。

2軒目は青果店・ななつぼしを訪問しました。ここの経営者の土田さんは熊本県山都町の有機栽培の農家の野菜を取りまとめ、ネットや通販で消費者に直接販売しています。

住んでいるのは大阪市で大阪市内で青果店も経営しています。その青果店を訪ねました。生活野菜よりも特徴のある珍しい野菜がよく売れるそうでそういった野菜を中心に品揃えをして販売しています。

当社が調査事業を行なっているマコモダケをテストマーケティングの依頼したら気持ちよく受けてくれて昨日はその結果を聞きに行きました。

3軒目はいのしし、鹿のジビエを取り扱っている山肉デリの井上さんを訪ねました。6年前に突然フェイスブックか何かに質問が来て、今度大阪で講演しますと言ったら聞きに来てくれてからの付き合いです。

翻訳業の井上さんは当時仕事をしていた長野県でジビエに出会い、それに魅せられて現在はジビエ肉の販売業をしています。私の知人の社長が自レストランで新メニューでジビエ料理をやりたいと言うので彼女を紹介しようと思って訪ねました。

商売は超繁盛にようで忙しく働いていましたが私のために手を休めて聞いてくれました。ジビエはブームから定着の段階に入ったそうです。

彼女の言葉、事業は成長志向よりも踏みとどまる経営に価値がある。ジビエ業界で成功しているのは一過性のブームに便乗して参入した大企業ではなく、初期段階から始め、ずっと業界に踏みとどまっている専門業者が成功しているそうです。
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2021年12月05日

信頼関係を築くのは難しいけど

人は信じるべきか?人は裏切るものなのか?人は嘘をつくものなのか?それぞれ全て正しいでしょう。命のやり取りは日常茶飯だった戦国時代などは何を信じればよいのか?誰を信じればよいのか?の中で生きていたのでしょう。

しかし、仕事はお互いの激しい意見の交換や考えのぶつけ合いの中で信頼関係は生まれて来ます。「人間は信頼するに足る」と言う結論になります。最初に会った時にこの人はいい人だなと直感した相手はたいてい途中にぶつかり合ってもやがて仲良くなります。

人間とは仕事だけに生きるものではありません。仕事のために人生があるのは堪らない。しかし、人間が信頼できる関係を築けるのはやはり仕事を通じてです。

人間は可愛がってくれた人のためにしかしません。仕事も人生も全てそうです。昨日、東海道新幹線のホームで叔母の訃報を聞きました。涙が出て止まりませんでした。人生を全うしての逝去なのでそれほど悲しむことではないかもしれませんが。

叔母をいつも思い出すのはこの東海道新幹線のホームです。私の学生時代、私の祖母(叔母の母)を連れて来京した叔母を東京駅に迎えた時にちょうど新幹線ホームにプロレスのデストロイヤーがおり、突然の出現に叔母と一緒にひっくりかえるほど驚いたのを覚えています。その東海道新幹線ホームで叔母の訃報を聞くことになるなんて。

生母が急逝して今の母が嫁いで来るまでこの叔母が残された私と妹にどれだけよくしてくれたか?今でも忘れるものではありません。私は通常、黒のジャケットは着ません、3日前に何故か黒いジャケットが気になり、数年ぶりに袖を通しました。昨日も今日も着ています。これも叔母に自分の死を知らせてくれたのではないか?と思います。「研二、私の焼香の準備をしなさいと」

昨日は大阪に来ています。大阪府豊能町「とよの新規就農塾」が来年も実施され、5年目を迎えます。今や大阪府の新規就農セミナーの草分け的な存在となっており、役場の方に1日2〜3回は塾の問い合わせがあるそうです。

当初は試行錯誤でした。いつも役場の担当課長と喧嘩していました。この仕事を受注する私ども(一社)エクセレントローカルも最初は私と2名の講師が毎月宮城県と熊本県から来阪してやっていました。

予算が足りないのでまず私が講師陣から離れました。次は熊本県から来ているサブ講師(事務局)も今年から来ないようにしました。そして塾の卒業生で大阪在住の3名をサポーターにして宮城県から来るメイン講師の下に置くと言う布陣を取りました。そうするとますます塾の人気が高まりました。

企業の発展は創業者がまず自分の首を刎ねることから始まります。そうすれば次が育ちます。ただし、そこには信頼関係がなければいけませんが。
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2021年12月04日

千葉も新しい風が吹いている

昨日は千葉県でセミナーでした。かっての本拠地千葉県では多分、10年以上以来の講師ではなかったでしょうか?南房総市でした。南房総市?初めて聞きました。いい名前です。富浦町や和田町、三芳村、千倉町等7町村が合併した都市です。房総半島の南端にあります。

私にとっては思い出深きところです。旧和田町は捕鯨の町で年間今でも28頭の鯨が揚がるそうです。鯨が揚がると町民に連絡が入り、町民がバケツを持って解体所に駆けつけて、腑分けした生鯨を買って行くのを羨ましく見たことも思い出しました。

南房総市役所は合併前では旧富浦町にあります。なぜ富浦町がわかりませんが、最北にあり東京に一番近いからではないかと思います。ここには富浦枇杷俱楽部があります。20年近く前に特産品開発と販売で大変な話題になりました。

その後、東京湾にアクアラインが開通して、アクアライン、富浦枇杷倶楽部、房総のお花が観光のキーワードになります。その頃、私の「加工特産品開発読本」はまだ出ていませんでした。

この富浦枇杷俱楽部をベンチマークしていました。びわを使ったお菓子や加工品で館内売り場は一杯でした。しかし、商品の裏側表示を見ると全部外注製造、しかも県外の都内等の菓子メーカー、食品メーカーばかり。

これじゃだめだと思ったのを覚えています。昨日聞いたら地元でもその声は強いようで、現在加工場を建設しているそうです。

昨日は6名の方が受講しました。人数は少なかったですが、内容は濃かったです。こっちから話すのもよいけど聞きたいことを予め聞いてからそれに答える形でしゃべることになりました。

大きく分けると3つの質問でした。まず1つ目はヘルスビジネスをやろうとしている2名から。カモミールを植えてそれとカウンセリングを合わせたビジネス、もう1人はキンセンカを植えてハンドクリームや食用にしたいとの話でした。南房総と言えばお花、カモミールとキンセンカ等はいいですね。

2つ目はそれらをお茶にする時の乾燥、素材にするための粉砕について。乾燥粉末品は大企業の商品に多く、その品質の良しあしもよく知っている私は消極的ですが、最近は新生バイオ社のセラミカ乾燥機や石臼式粉砕機のようにレベルの高い乾燥・粉末機が出て来ました。粉末にしてそれでいろんな商品を展開することに賛成です。特に健康食品は。

3つ目はピュレについてでした。トマトといちごをピュレにしたい。冷凍と常温保存品の両方をつくりたい。これも素材です。1次加工です。これを都内の外食店や惣菜店に販売したいとのこと。いいですね。その場合トマトそのものの美味しさで優劣がつくのでおいしいトマト生産からです。

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2021年12月03日

超多忙なのに体は絶好調

昨日は出張の予定は入れずに東京にいました。午前中は歯の定期健診とクリーニング。午後は1.5ヶ月に一度の持病の定期健診でした。これに月1回の散髪に週1回の空手の稽古が私のプライベートマターです。最近は空手は月2回ペースになっていますが。残りの時間は家事と睡眠以外はすべて仕事です。

なぜそんなに仕事をするのか?他にやることがないからか?失礼な、やる仕事が山ほどあり、それが切れることがないからです。仕事は辛いか?いや楽しいです。いくつになっても食と農の世界の新たな気づきと世界が眼の前に現れます。

ところで歯のクリーニングは大切です。私は最近、少しでも歯に違和感を感じたら歯科医に駆け込みます。行っているのは品川の安斎歯科です。院長先生は実に丁寧で親切です。歯のクリーニングも自らやってくれました。そして3か所悪くなりそうなところがあるので次回処置していただきます。

「ピンピンコロリ」の著者が歯医者だけは名医につき、細かく定期診察を受けるのが健康の最大の秘訣と書いているのがわかります。健康においしく食べるためには歯が元気でないと。また、あらゆる病気が口から入ります。最初の関所が敏感に機能していないと今回流行のコロナも防げます。

午後から不整脈の定期診察に行きました。このところ出張続きで数値に不安がありましたが、いつも正常の血圧はさらに正常で上は117、下は78で脈拍は70でした。体重も増えていると懸念しましたがなななんと60s台まであと1sを切りました。もうすぐ数年ぶりの60s台回復です。

持病は心房細動で「先生に最近よくなっている気がします」と言ったら聴診器を当て、確かに脈の乱れがゆっくりになって、安定しているとの診察。「体調よさそうだね」、「はい、不調はカネだけです」。コロナの最大の恩恵は体調がよくなったことかも。

この方は俗にいう勤務医です。嬉しいことに最近、当社の新社屋から徒歩10分足らずのところ勤務になりました。コロナで倒産しているクリニックの話を聞いたら一番は耳鼻科、つぎは小児科だそうです。前者は命にかかわる病気でないのと後者は子供への定期ワクチンが収入の多くを占めていたのが両方ともコロナへの恐怖で対象患者が来院しなくなったことによるそうです。

前にこのドクターと知り合ったクリニックも倒産・破産したそうです。患者の激減と高価な医療設備が遊んでしまったことによるようです。私のようなコンサルが自分の会社の診断をできないのと同じように人様の健康を診断しているドクターも自分のクリニックの経営診断はできないようです。

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2021年12月02日

先生の評価は教え子で決まる

私のスマホは一応は動いていますが時々誤作動等を起こします。誤作動に気づき、SMで「ごめん、誤作動です」と送ったらその人から「鳥巣先生、誤作動でも先生からの着信嬉しかったです。次回は誤作動でなく、宮城県に来た時は必ず私に連絡ください」と返信が帰って来ました。

私は5年頃前までみやぎ産業振興機構の「アグリ起業家育成塾」の講師を16年間やっていました。年間、多い年でそのセミナーに7〜8回、最後の方は出番も少なくなり、1〜2回登壇していました。

この人もその生徒の一人です。親御さんがJA職員を途中退職して当時東北では珍しかった「小ねぎ」の生産を始めました。そして今は社長を継承して、新社屋も建設して日の出の勢いです。最近は「みず菜」の周年栽培でも人気です。

また、当社スタッフから「国営テレビが若手農業経営者の番組を始めるそうで宮城県の農家を推薦して欲しいと来ています」というので宮城県には教え子がたくさんいるのでちょっと考えて蔵王のふもとでハーブを栽培している教え子を推薦しました。

この30年近くで単発ではない、数回シリーズのセミナーで私が教えた受講者の数は5000人程度ではないかと思います。1セミナーで私の登壇は平均するとせいぜい2〜3回です。それでも受講者は私のことを覚えているし、私も会えば思い出します。「あなた誰だったけ」?はいません。

この受講者たちも年齢はばらばらです。でも30年の歳月は短いようで長いです。30歳で来ていた人も50際代半ばになっています。この5000人の中から地域の農業を担う人材が輩出しています。

経営コンサルタントなのに相変わらず、いつ倒産するかわからない経営を続ける私に対し、多くの受講者が立派な経営の農業法人の経営者に成長しています。

彼らが「自分が今あるのは鳥巣先生のおかげ」と言ってくれますがそれはお世辞です。優秀な人が私のセミナーに来ていたということです。しかし、私や当社がこの30年生き長らえたのもこの受講者たちとの交流・人脈が続いているからでもあります。私は教え子に助けられている。

今、ひなたMBAチャレンジコースのファシリテーターで毎週宮崎県に行っています。14回シリーズで昨日で10回目が終了しました。定員20名で始め、今も20名を超える受講者たちが週1回のペースのこのセミナーを受講します。

こんなにロングランでやっていると受講者全員を覚えます。全部息子か娘はたまた孫で可愛くてしょうがありません。この中から宮崎の食と農を担う人材が出てくれば、いや出て来なくてもよいです。20年後、30年後に私のことを思い出してくれたらそれで十分です。
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2021年12月01日

しばしの楽しい休戦

昨夜は久々の休戦で楽しい時間を過ごしました。私は1年半前まで2年間、農水省系の投資会社の社外取締役をしていました。取締役は7名で3名が専従取締役で私のような外部者が4名でした。

その4名が退任後に初めて集まりました。発起人は我が国1の従業員数を誇る会社のトップです。その方があの時は急な就任で我々他3名の社外取締役への挨拶もできずに去って、その後にコロナが蔓延してしまい、ようやく落ち着いたということで一席設けてくれました。

会食の予定の打診が来たのは1ヶ月半以上前です。政府の動きがコロナ規制緩和に動いたらすぐに連絡が来ました。そのトップは昨夜も定例記者会見が午後6時までで、それから会食の約束の時間10分前にきちんと到着です。要人ほど時間に正確であり、約束厳守で義理と人情に厚いです。

その方が最年長でと言っても私よりも3つ程度年齢が上です。他の二人は若く、1人は50歳位、1人は42歳です。1年半ぶりの再会でしたが、トップはよくメディアに登場するので久しぶりと言った感じはしません。「大組織で不祥事が多いのでメディアの露出が多い」と苦笑いでした。

その巨大会社が農業法人を設立して長野県でリタイヤ組希望者にトマト生産をやらせているといった話もうかがいました。もっと農業や地域に貢献できる新事業を始めたいとのことでした。

私より若手の50歳位の人は食品メーカーからの派遣取締役でした。現在は古巣に戻り、大活躍です。巣ごもり現象で商品が売れて、好決算。さらに原料高が値上げをしたので経営は好調のようです。

42歳の若手は日本最大のコンサル会社の有名社員です。食と農と言えばメディア露出はこの人です。若干42歳で農水省の委員会の座長をいくつもやっています。最近はスマート農業で有名です。

平場農地の彼と中山間地域の私でお互いの活動場は最対極です。しかし、彼からこれからのスマート農業が一番必要なのは中山間地域の農業、あるいは過疎地域の生活インフラ整備という話が出ました。

冗談で「あんまり俺の活動場に入って来ないで。でも中山間地域のスマート農業について教えて」と言ったら「もちろん喜んで」と言ってくれました。我々はあの投資会社を何とか正常経営にということで農水省からの要望で就任しましたが、我々の活躍の場を封じられたまま、現在はその会社は清算業務をしています。

でもあの時の人脈はこうして生きています。お土産に3人に二丈赤米産直センターの赤米・黒米・雑穀米セット、トップの奥様に新潟県曽我農園のトマトとつなぐのビスコッティを持参しました。

さて私はまた今朝から戦場です。しばしの休戦は楽しいものでした。美味しいシャンパンとジントニックに酔いしれました。
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2021年11月30日

オンリーワンゆえの辛さと喜び

あらゆる人が商品・サービスを販売して生活しています。それで対価を得ています。趣味や道楽はその必要はありません。お金をつぎ込んで元手の回収は必要ありません。しかし、仕事になると生きて行くためには再生産しなければなりません。再生産するためにはお金を得る必要があります。

私の場合はコンサルなので売り上げを何で上げているかとというとセミナー・講演とコンサル事業です。しかし、コンサル事業は当社には民間企業のクライアントはまったくなく、行政の施策・事業の仕事のみを受注します。

具体的には食と農の施策や一時は6次産業化あるいは食品加工の施策を受注します。仕事をいただくためには行政からプロと見なされなければなりません。そのためには自分をPRするツールが必要です。

その1つに執筆があります。本を書いてそれを評価してくれる人がいるとその後にセミナー・講演の仕事が来ます。そしてそれが進むと行政の食と農や加工品開発事業が来ます。そうなると受注金額も増えます。

しかし、営利事業ではない行政の仕事は商品開発(特産品開発)事業も多くは調査事業や計画策定あるいは行動策定事業の名で実行されます。実際は実践事業なのですが。行政は営利色を出せない。

前者の自分のあるいは自社の仕事の執筆・出版は講演・セミナーのネタ、コンテンツは自分の考え、シナリオで進めます。それを出すことが鳥巣研二やキースタッフの差別化(特長化)になるからです。

しかし、行政の調査事業や計画策定事業、実際は商品開発(特産品開発)事業にそれを出すと嫌がれます。ゴールが受益者全員の総意のところに辿り着かないといけないからです。

民間企業は結果を求めて来ます。それに対して行政仕事はあくまでも過程が重視されます。しかもその行政機関も重層化しています。国、都道府県、市町村があります。それぞれが自分の言い分(存在価値)をアピールして来ます。

それらを全部、あるいはほぼ全部納得させて、かつ受益者のバラバラの意見や意見のない人の存在も無視しないで納得の行く加工特産品を世に出すことは至難の業です。

当社の仕事はそれです。だから調査事業で受けた仕事も利害関係者と受益者との対話、会話、共同作業をなるべく多くして、いろんな意見を検証しながら最後になぜこれが残ったか(選ばれたか)を全員は無理でも大方の人が納得できるところまで引っ張って行って、着地させなければなりません。

そのためにも実践は一見無駄とも見える迂回や立ち止まりや失敗を見せながら納得してもらいながら進めて行く。しかもそれを1年、実際は半年足らずの期間で。

なぜやるか?生意気にも書きます。特産品開発、地域資源を活かした加工食品開発で最後の商品までつくれる会社は当社しかこの日本にはないからです。オンリーワンであるがゆえに一般大衆に理解してもらえない辛さ、でもその反対にオンリーワンであるがゆえに当社が私を使ってくれる人達への感謝と喜び。これがあるから日々全国を走り回っています。
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2021年11月29日

女子の出番が増えている

当社に女子スタッフが2名います。先週末は2人とも沖縄出張でした。それも違う仕事で、1人は中小機構からの委嘱のコンサル業務で宮古島へ、1人は農水省の中山間地域事業で沖縄本島勝山市へ。

1人は30歳、1人は25歳。1人はマーケティング・商品企画担当、1人は研究開発担当です。1人は商学部卒、1人は園芸学部卒です。1人は沖縄県で採れる原料で化粧品開発、1人はシークワサーでお茶漬けの素を開発で出張しました。

沖縄県は若い女子に人気があり、2人とも張り切って出て行きました。確かに世の中は一度でいいから沖縄に行きたいという人がたくさんいます。

当社にいると出張でしょっちゅう行けるようになります。1人は今年だけで沖縄出張3回目、1人は入社2年目で初めてです。特に前の1人は3回の沖縄出張のうち、宮古島が2回、石垣島が1回と人気スポットへの出張です。

2人とも業務は商品開発支援です。昔は私が沖縄に行っていましたが、化粧品のようなビューティの開発や食品開発でも原料の持つ機能や科学的な根拠を必要とする研究開発のジャンルは私にはできません。

サラリーマン時代に商品企画開発の仕事をしていたといえ、私がやっていたのはスーパーに並ぶか、外食レストランで使うような調味料やドレッシングやレトルト食品のようなものばかりです。これらは既に大企業で大量生産低価格商品で売られているものばかりです。

当社に最近、依頼のあるものはおいしいよりも機能やエビデンスに基づいた商品開発です。単なるレシピ主体の味づくりや賞味期限を長くする手法やコストダウンのような食品化学のノウハウではありません。

そうなると私の出番はなくなります。それ以上にビューティ(化粧品)などは男子の出番がなくなります。それで私も40歳年の差がある当社女子スタッフたちにクライアント・仕事を移管しています。クライアント側もこれまた私世代の娘の代になっているのでちょうどよいのです。

当社の男子スタッフがいつも「俺は裏方に徹して、支える側で会社を発展させる」とよく口にしています。それは正しいです。しかし、食のコンサルは商品(食品)企画開発ができないと仕事にはなりません。そういった意味では表方も裏方もありません。一体ということです。

では私はどこへ向かっているか?農と食で起業しようとしている人たちのところです。
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2021年11月28日

多くを学んだ今年の11月

あと3日で11月も終わります。超忙しかったです。超忙しい時はあっという間に時が経つものですが、今回は時が経つのを遅く感じました。こんなことは人生で初めてです。????

超忙しい時はスケジュールをこなすのに追われます。今回は1つ1つを企画し、提案し、先方のニーズを探ると言ったことがたくさんあったからです。むしろ時間が経つのが遅く感じました。それは一方で「まだ時間があるぞ。慌てることはない」といった心の余裕も生まれました。しかし、体は疲れて果てています。

仕事は一番は直近の金策です。今週末で解消しますが、予断は許しません。まだ何が起こるかわかりません。次は現在の仕事を目一杯やること。現在、毎週、宮崎に行っています。同時にコロナ明けの講演・セミナーも再開されました。多忙になりました。

3つ目は来年度の仕事の仕込みです。行政の仕事の多い当社は既に来年度の国の予算編成の中身を知って、その事業を受注すべく提案しなければなりません。その第1ステップが今です。この3つが重なって超多忙です。

金策が一番緊急です。次に現在の仕事です。そして来年度の仕事の準備の順になります。私の仕事は全部ですが、現在の仕事はスタッフも総がかりでやっています。金策は社長と私です。来年度の仕込みや新事業担当の副社長と私の仕事です。

来年度の仕事をどれだけ受注できるか?大事です。この仕込みがしっかりできれば来年度の経営は楽になります。今までは行政の予算が決定した、執行される来年度5月GW明けから始めていましたが、スタッフが増えて来たので仕事を増やさなきゃいけなくなって来たので早めに動いています。

でも来年度の仕事の受注はほとんど不確実です。10の仕事を目指そうと思えば、確実に受注できそうなのは4です。受注の可能性があるのが3です。あとの3は運がよければ受注の可能性もある程度です。

最悪の場合は4の仕事しか来ません。実際は長くやっており、よくしてくれるとこともあるので手堅く見て6でしょう。この6で会社が赤字にならずになんとか経営できる6でなければなりません。

そのためには私の労力をなるべく来年度の仕事の仕込みに振り向けれるよう現在の仕事を若いスタッフで回せるようにすることと現在の仕事に協力してくれる優秀な外部スタッフとの連携を強化することです。
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2021年11月27日

水を得た魚に戻ったのは自分

昨日は金沢市でいしかわ耕稼(こうき)塾「6次産業化ビジネスプラン作成研修」第1回目でした。実に楽しいセミナーでした。今度は最終回5回目に登壇します。2・3・4回目は当社スタッフが登壇します。

9名の参加予定者で昨日は7名の受講者でした。コロナでリアルセミナーが1年半ありませんでした。というよりもオンラインも含めてありませんでした。久々のリアル講演に私も水を得た魚になりました。やっぱり俺は壇上で生き、壇上で死ぬ。

毎週近く宮崎県ひなたMBAフードビジネス部門チャレンジコースにファシリテーターとして行っています。ファシリテーターは講師ではないので分をわきまえてセミナーを進行しなければなりません。

ついつい逸脱しそうになるのをぐっと抑えてやっていますが、いしかわ耕稼(こうき)塾は私が講師なので思う存分彼らの要望に応えられます。

応募者は女子が6名、男子が3名です。昔から農業は夫婦が力を合わせてやる仕事でした。昼間の耕作もそうですが、夜なべも入れると女子が主役の職業です。

起業して農業をやっている人と起業したての人が出席しています。私の新著「農と食ビジネスへの転身」がテキストとして最適と思い、持ち込んだら主催者が受講者分全部購入してくれたのも嬉しかった。著書を使って講義を進めることは講師も楽しいです。

石川県を舞台にした人は登場するか?ありますね。熊本県合志市でうさぎ農園を営む月野陽・亜衣夫妻が出会ったのは石川県航空自衛隊小松基地第6基地防空隊です。

やがて2人は結婚して、新婚時代を石川県で過ごします。それから陽さんの実家に帰り、廃場となっていた競走馬のパドックを開墾して、農業を始めます。今は十分に生活できる農業経営をしています。

新著「農と食ビジネスへの転身」はこういった農家出身ではなく、これから農家を起業するための人に書きました。取り上げた22モデルの地の1つ石川県でこの本を使って講演できるのは著者としては万感の思いです。石川県に感謝です。かつ、この本がコロナ以降に農と食で起業する人たちの有効であることも実感できました。

また、会場の3階には石川県商工会連合会があります。そこの事務局石野次長は私の中小企業大学校の教え子ですが声をかけたら終了前に受講者に挨拶に来てくれました。

最終回は彼にも出席してもらって県内商工業者との連携も試みたいと思っています。今回の9名の受講者との新しい出会い、そして彼らがどんな素晴らしいビジネスモデルを作るか?楽しみです。




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