2020年03月01日

ささいな買い占めで優越感を感じている情けない人々

私のブログは辛口と言われますが、普通です。時々為政者に対して辛口を書くこともありますが、私ごときは犬の遠吠えです。今回の新型コロナウィルス騒ぎでも政府やお上批判はしていないはずです。

なぜなら?誰もわからない、人類が初めて経験するウィルスだからです。それを政府の対応がどうのこうのというのは間違っています。国民一人一人の問題として向き合うべきです。

トイレットペーパーもティッシュも品切れ情報を聞いたので今朝住まいの前のセブンに行ったら、「品切れではありませんが、品薄状態です。入庫をかけても少なくしか、入って来ません。売れる量が増えているわけではありません」と極めて冷静なコメント。

確かにパパは会社に行かずに、子供は休校になると平日昼間の家庭人口が増えるのでトイレットペーパー使用量も増えるでしょう。このコンビニも卵や豆腐の昨日の売れ残りが激減していました。売れていると言うことです。

昨日、ドコモ請求が2ヶ月連続で携帯代の2〜3倍が来たので、さすがにびっくりしてドコモショップに行ったら、いつもは長時間待たされるか?予約日を決めてその日に来いとか、前回は紛失で行ったら受付が電話番号教えるからここからドコモのコールセンターに電話しろとサービス業にあるまじき行為だったのに、今回も鬱陶しい気分で行ったのに非常に丁寧な応対、スタッフの質も同じお店?と疑うくらいよかったです。

お店が空いていたのでスタッフにも余裕があったのかも知れません。いつも高齢者を惑わすネット暗証番号、dアカウント、spモードのそれそれのパスワードの意味もナンバーも説明してくれてよかったです。カードの請求が高かったのはdカードで電話代以外の買い物もしているのでそれが一緒に請求来るからだとわかりました。

知人は超有名店の調理長です。銀座にあります。コロナの影響を聞いたら欧米人も中国人も見事に来なくなりましたが、今まで外国人が多くて来れなかった日本の馴染みのお客様が来てくれるようになりました。当イローカルの土曜日企画も常連さんは相変わらず足を向けてくれています。感謝、感謝です。

人手不足の農家もよいようです。手伝いさんは一挙に増えたそうです。賄いさんも増えたそうです。

学校が突然休校になり、卒業予定者は辛いですね。友達との別れがちゃんと卒業式でできなくて。石巻の知人がブログに書いていました。今年の中学卒業予定者は東北大震災の時の小学校入学者です。地震が起こったのは3月でした。入学式もちゃんとやってもらえず、中学の卒業式もなしとても可哀想だと。

こんな話を聞いているとトイレットペーパーを買い占めてワンコインの買い占めで優越感を味わって、自己満足して、コロナ対策をしたと思っている国民は恥ずかしいですね、情けないですね。

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2020年02月29日

1ヶ月は歯を食いしばり、3ヶ月は堪えよう

アフリカやアフガンで餓死する人々の人数からすると新型コロナウィルスの感染者は死者は微々たるものですが、アフリカ・アフガンの餓死者に無関心な人々もその対象(感染死亡)が自分になる危険性があると大騒ぎになります。今回の新型コロナウィルスがパンデミックになるのかどうか予測もつきませんが。

政府が大型イベント自粛から一斉休校まで打ち出しました。大手企業が「出社に及ばず」になっています。前者は日本のリーダー(統治者)の指示です。後者は民間組織のトップに指示です。後者の民間組織は感染者を出した時にダメージを恐れての自宅勤務・休業の色彩が強いです。ババを引きたくないといった。

実際当社も地方自治体で受注したセミナー5回シリーズの最終回が中止となり、なったのはいいですが、その分、減額契約をし直すので契約書を書き直せというめちゃくちゃな命令が来ています。主催者は自分たちは痛くも痒くもない。「ちゃんと中止しました」という世間への体裁が優先しています。

さて前者の国のトップの指示について書きます。およそ、トップが命令する時は、その目的達成、ゴールを念頭において行います。つまり、自粛・中止という命令を出せば、再開をいつにするかをある程度決めて指示します。休校を指示すれば、再開登校日を視野に入れて指示します。

当然、国の最高機関はそのゴールが見えて来たので中止を打ち出したと私は見ています。明日が3月1日(日)です。とすると1ヶ月程度でヤマは越すと政府は予測しているのではないか。中止・自粛期間はほぼ1ヶ月程度。4月初旬からいろんなイベントや行事は再開に向かうのではないかと期待しています(桜を観る会は復活しませんが)。

もしそうではなくただ闇雲に世間の非難をかわすために自粛・中止を行なっているなら既に日本は無政府状態ということになります。

楽観的に考えるとあと1ヶ月辛抱すれば、新型コロナウィルスは沈静に向かう、その1ヶ月間、商売の経済的ダメージは酷(ひど)いですが、その後、平常に向かうのは2ヶ月程度が必要です。合わせて3ヶ月。6月上旬には落ち着くと見ています。

国はメンツをかけてもオリンピックを開催したい、その表明の最終時期がその頃です。またそれ以前に企業の「出社に及ばす」も企業収益、株価への影響を考えると1ヶ月がせいぜい。4月上旬の入社式あたりから再開でしょう。

そう思うとみなさん、この1ヶ月をまず歯を食いしばりましょう。またこの予測は外れる可能性も高いのでその時は鳥巣研二の限界を笑って下さい。
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2020年02月28日

新型コロナウィルスの経営被害を軽減するために

人間とは「人との関係」です。人はヒトであり、人間ではありません。人間は人との関係の中で存在が決められ、その制約の中で人間として生きています。新型コロナウィルスは毎日感染者が報告されます。しかし、感染していない人々も人間として新型コロナウィルスの大きな影響を受けています。

昨年、業容拡大もあり、事業資金が事前に大量に出て行くので金策に駆け回りました。今年度はカネの悩みから少し軽減されるかなと期待した矢先に、新型コロナウィルスです。

「一寸先は闇」という言葉をいつも胸に抱いています。同時に「明日のことを思い煩うな、明日のことは明日が思い煩う。その日の苦労はその日だけで十分である」という聖書の言葉もいつも抱いています。

当社はコンサル会社なのでセミナーも多く、受注しています。これが自粛で主催者の地方自治体が取り止めたら、一気に当社は困窮します。さらにレストランも経営しています。人手が途絶えました。今年もまた金策です。昨年たくさん借りたから今年は無理かもと思いながら早速、行動開始です。

まず、信用保証協会では緊急貸付が始まっています。1年以内の返済で上限1000万円だそうです。相当に体力のある中小企業でないと返済が厳しいかも知れませんね。

次にセイフティネット保証4号(突発的災害)が3月下旬から実施されます。内容はこれからですが、金融機関等にわかればすぐ連絡くれるように言っていた方がよいです。

そして今回の本丸はセイフティネット保証5号(業況の悪化している業種(全国的))実施はまだ対象業種は決まっていないようですが、今年の早い時期には実施されるでしょう。

さらには政府系銀行や民間金融機関からもこれらの政策を補完する緊急融資が発動されると思うのでアンテナを高くしておくことです。私が常々言っている関係者との関係は密にしておくことがこういった時に力を発揮します。

この大騒ぎもそんなには長く続かないでしょう。せめて3ヶ月後までの手を打てば何とか生き延びれるのでは。めげずに頑張りましょう。
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2020年02月27日

自粛の先は復活か倒産か?天国か地獄か?

過疎地域が壊れて行くことが社会問題になっています。孤立・孤独が深刻化しています。しかし、過疎地域に住んでいる人で新型コロナウィルスに罹患している人はまだいないようです。人のいない地域に住んでいるということは疫病の危険性からは安全ということです。

大企業が在宅勤務に変わりつつあります。社員の1人でも罹患したら在宅勤務になる傾向が強まっています。私は自宅と事務所の通勤時間が3分の住職一体に近いところに住んでいます。電車通勤の必要がありません。

電車に乗るのは出張の時だけです。羽田空港までの約30分は電車で行きます。びっくりしたのは通勤者のほぼ全員がマスクをしています。しかも相変わらずの満員電車です。感染のリスクが一番高いのはこの通勤タイムではないかと思います。電車で通勤する人も私の気のせいか不安げに見えます。

しかし、会社に行かない訳には行きません。しかし、遊び性の高いイベントは中止しても大勢には影響がないだろうということでイベント自粛が打ち出されています。自粛がエスカレートすると結婚式やお葬式までに及びます。結婚式は延期できても、お葬式はどうするのだろう?身内だけの密葬?

また、病院の通院も自粛になると病気の治療にも支障をきたします。新柄コロナウィルスで通院を自粛して持病の治療ができずに死亡したと笑えぬ現実がそこまで迫っています。

数人の会食も自粛です。実際、イローカルからばったり客足が遠のきました。と言うことは他の飲食店もお客様が入っていないと言うことです。当社はコンサル会社なのでセミナーが多いです。このままだと2ヶ月しか経営は持ちません。

集会の自粛が厳しくなれば来年度計画のセミナーはほぼ中止です。当社の仕事はなくなります。さてスタッフの給料が払えません。オール自粛になると3ヶ月で倒産します。

当社だけではありません。特需のマスク製造会社や衛生器具会社以外の大半の会社は倒産してしまいます。困ったものです。しかし、他に打つ手はありません。黙って倒産を受け入れるしかありません。

「自粛」の「自」は自らです。自ら進んで身を慎むのが自粛です。その先が倒産ならそれを自粛というのかしら?
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2020年02月26日

食品業界で次に来る業態は?

我が国一の売り上げを誇る(かどうか知らないけど)巨大量販店の2代目オーナーが社長を下りました。表には出ていませんが経営不振からでしょう。彼に誰かが次の人生何をやりたいか?と質問したら即座に農業と答えたそうです。

散々、日本の農業を駄目にしてきた張本人の巨大スーパーのぼんぼん経営者が本業で失脚して、今度は農業です。この会社だけには言われたくないものです。

この会社が農業をやりたいと地方自治体に働きかけているようです。農家は相手にしないでしょうが、また功名に走る無責任な地方公務員がそのお先棒を担ごうとしています。そしてまた日本の農業がさらに崩壊して行きます。

戦後、食料不足の中で戦勝国アメリカの真似をしたスーパーマーケットが日本に上陸しました。食料難の中ですから、安ければ何でも売れた時代です。その中からビッグ3が生まれました。そしてその後は衣料でも何でも買えるGMSという総合スーパー・量販店が生まれました。

スーパーがデパートを侵食し始めたころです。その後、コンビニが生まれました。これによって全国の地域、地区レベルにあった零細食料品店は崩壊しました。合わせて商店街も崩壊しました。

やがてネットの時代になります。買いに行かなくても注文メールを送れば配達してくれる。合わせて宅配便による地方からの直送のしくみもこの頃に出来上がりました。

そして上記の既存の流通がほぼ全部苦境に陥っています。「小売の輪」理論に習えば、30年に一度は新しい小売の業態が生まれるはずなのに生まれません。今後、何が出てくるか私も注目していますが出て来ません。

かっては乾いた土に雨水が吸い込むように消費が旺盛でした。そのポイントは雨水を低価格にすることでした。そうすればよく染み込みました。これから先進消費国は成長することはないでしょう。我々は下り坂のマーケティングをする以外にありません。下り坂で相変わらず低価格というまやかしの雨水を供給しているので苦境に陥っています。

再び山彦海彦かも知れません。流通自体が要らなくなるかも知れません。下り坂では購買者は衝動買いをしなくなります。例えばネットで食品を買おうとすると写真だけで味見なしで注文します。食べ物は外観だけでは判断できません。必ず味わうという試食が必要です。

さらにたくさん買うから安くなるも下り坂では通用しません。たくさん買う人も少なく買う人も同じ価格。大量購買=特価もなくなります。

また、食品業界は家庭用と業務用という商品区分があります。前者は家庭で食べるもの、後者はレストラン等で食材に使用するものです。一般的に後者が安くて入り目が多いです。この境界がなくなるでしょう。

そしてレストラン(外食チェーンではない)が一番美味しいものを評価して購入して、それをお客様にメニューで出して、それに使われる食品をお客様が購入すると言った業態が出てくるのでは。そして低価格=粗悪品よりも高品質品=高価格品のマーケットゾーンが徐々に拡大するのでないかと思います。
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2020年02月25日

西南よ、キリストに忠実であれ

人の為にする。富める者が貧しい者に施す。これもまたなかなかできないことです。さらに自分が食べる食糧を分けて必要としている人に差し出す。これはさらに素晴らしい行為です。

では自分が食べる食糧を自分が食べないで必要としている人に差し出す。これはどうか?狂気の沙汰?食べないと自分が死んでしまうから?しかし、この局面になった時たいていの親は自分の餓死覚悟で子供に与えるでしょう。それが愛です。

昨日の中村哲様の追悼の集いは参列して本当によかったです。50年ぶりに中学卒業式以来に訪ねたチャペルでしたが、本当によかったです。中村哲様の追悼式ですが、参列者の全てに自分が生きることの意味を教えてくれました。

魂が洗われました。あと残りの人生の指針を教えてくれました。この集いは西南でしかできない追悼の集いでした。死者を追悼しながら、生きている我々に息吹と指針をを教えてくれた。これこそ、宗教が世に存在する意味でもあります。

集いでは奇跡的に昭和44年中学入学の時の村坂先生に会うことができました。54年ぶりです。入学式が生母の葬式であった私は午前中は入学式に、午後は母の葬式でした。

先生はその後、私の身上書を見て、生母の逝去を知り、焼香に訪ねてくれました。昨日、それを先生に話したら「私もよく覚えていますよ。お父さんが何度も研二をよろしくお願いしますとおっしゃった」と思い出話しを語ってくれました。

故中村哲様の霊前をバックに村坂先生と一緒に写真を撮りました。これは一生の私の宝です。久しぶりに故父母のことが思い出されました。これから残された生の期間をどんな生き方をするかもしっかり私の心で確かにしました。
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2020年02月24日

最近、地域伝統野菜や工芸品に惹かれる

高校の頃まで教員になって日本史の先生になりたいと思っていました。商業高校に行けと言った母の遺言もあり、商学部に行きましたが、古代史が大好きです。出生地が魏志倭人伝の伊都国なのでかも知れません。隣は奴国(那ノ津=博多)です。

しかし、魏志倭人伝をしばらく読み進むと訳のわからない国が出てきます。この読み方が考古学者で現在の地名に比定されています。私の名字は鳥巣(とす)ですが、魏志倭人伝では「対蘇国」で出てきます。

「対蘇」は最近の学者は「とす」と呼んでいます。佐賀県鳥栖(とす)市辺りです。ですから私の苗字も「とす」があって、後で「鳥巣」の漢字が付いているので、ルーツは「とりす」ではなく「とす」です。

前後して「蘇奴国」はさな国=佐賀です、「華奴蘇奴国」は「かなさき」と読み、佐賀県神埼(かんざき)市、「鬼国」は佐賀県基山(きやま)町です。そうなると邪馬台国は福岡県東部か大分県辺りにあったと言う学説が正しいのではと思います。また、鳥巣のルーツが福岡県筑後地域であるのは間違いないです。

筑後は私はほとんど縁がありませんでした。最近みやま市に行くようになってから少しずつ勉強しています。みやま市には樟脳を製造している江戸時代から続く、加工場があります。また、線香花火の製造所もあります。近くの久留米市には櫨の実から製造しているろうそく製造所もあります。

食と農が専門の私も最近、伝統工芸や伝統的製造に惹かれています。「内藤とうがらし」は南蛮貿易から渡って来たものが延岡内藤藩で有名になりました。伝統野菜もえらく興味があります。全国にそういったものがたくさんあります。

長野県木曽地域の「すんき」もそうです。また、木祖村にはミネバリのお六櫛があります。髪には油が必要です。椿油の復活。食用では菜種油、ごま油の復活です。椿を植えなきゃ、胡麻を植えなきゃ、農業も忙しくなります。昨日は山人参を植えている人にお会いしました。ルーツは宮崎県高千穂辺りで地元では「日向当帰(ヒュウガトウキ)」と呼んでいます。

(一社)エクセレントローカルが宮古島で製造して販売している石けんは「JAMU(バリ島生薬)入り」、「シーベリーオイル入り(北海道士幌町産)」、「テリハボクオイル入り(沖縄県宮古島産)」の3種類がありますが、好評でさらに商品を開発拡大したいと思っています。

私の果たせなかった夢「日本の歴史の勉強」と現実で飯を食っている食と農を結びつける最終稿に入って来ました。


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2020年02月23日

福岡市東部も素敵なスポット

福岡に帰る時はたいてい福岡空港から地下鉄・筑肥線で糸島に向かいます。学生時代からそうです。

最近はみやま市の仕事が出て来たために鹿児島本線で、筑後地域に向かうことが出てきました。博多を中心に西が糸島、南がみやま市のある筑後地域です。北は博多湾で壱岐・対馬です。壱岐・対馬が長崎県になったのは北部九州の島嶼は全部長崎県にするという明治政府の方針からです。その先は朝鮮半島です。釜山あたりかな?

では東はとなると北九州市です。小倉や門司という地名が有名です。東南部が筑豊で五木寛之「青春の門」の舞台です。

自分自身、大学に入るまでしか、福岡県にいなかったので福岡県の位置関係があまりわかっていません。一般的には福岡市(博多)は筑前、北九州市は豊前、柳川・久留米・大牟田の南部は筑後、青春の門のボタ山地域が筑豊です。

博多湾の西部は糸島半島ですが、東部は雁の巣、志賀島、海の中道等があります。現在は糸島ブームですが、知名度、成熟度は東部です。「漢委奴国王」の金印が出土した志賀島は全国ブランドです。その志賀島との間を通る海の中道も風光明媚な素敵なスポットです。

雁の巣(がんのす)は戦前のわが国最初の民間最大国際空港で、戦後はアメリカ軍が駐留してベース風情を感じるところです。雁の巣ベースからアメリカ軍が撤退した昭和50年頃からこの地域の衰退が始まります。

その後、水族館人気ナンバー1のマリンワールド海の中道や雁の巣レクリエーションセンターができ、人気スポットに変身しました。

博多港を真ん中にすると西が糸島ですが、東がここになります。糸島ブームですが、東側の人気度も相当なものです。農産物も海産物も糸島を凌駕するものがいっぱいあります。
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2020年02月22日

これら4社が真の糸島ブランドと私は思う

一昨日、昨日と糸島の案内をしていました。太宰府市にある「いの吉」を訪ねました。ほとんどの食材が糸島産です。特に魚は経営する2人兄弟が毎日住まいのある糸島市福吉漁港で当日揚がった魚を持って来てメニューに出します。

兄弟のお父さんが福吉水産の釘本さんです。若くして漁業を後継した釘本さんは漁協が規格外と受け取らない鮮魚を加工して福岡市内のデパートの催事や地元の夕市で販売していました。価値がないと市場流通に乗らなかった鮮魚を価値に変えました。若い頃から奥様と二人三脚で働き、親から受け継いだ借金も返済して、子供達の飲食店起業もバックアップしています。全員子供達が後継しています。

二丈赤米産直センターの吉住さんも福吉に住んでいます。我が国の「赤米」の先駆者です。大学受験日の2週間前に長兄が事故で急死して、急遽農学部受験に切り換えて、大学卒業後、すぐ就農しました。今大人気の「糸島はるか」が先週から出荷が始まりました。甘夏と日向夏の突然交配で生まれた「糸島はるか」を定着させ、増産の道を開いて、市場化に成功したのは彼です。販路も顧客ダイレクトが基本です。3人の子供達全員が後継しています。

白糸酒造の田中さんは「田中六十五」で有名です。「白糸」という酒を昔から家業で作っていました。大手と日本酒の需要減のあおりを受けて、糸島も20数社あった造り酒屋もここだけになりました。それでも継続の道を選んで「ハネギ造り」という江戸時代からの製造法でつくっています。「ハネギ造り」他に1社あるだけです。10年近く前ごろには発売した「田中六十五」が大ヒットしています。年に2回、蔵開きと新酒披露目イベントで多くの顧客を掴んでそのクチコミが全国に波及して行きました。やはり長男夫妻が後継してさらに発展させています。

糸島みるくぷらんとは糸島地域の酪農組合が経営しています。「伊都物語」は有名なブランドに育ちました。20年近く前に創業されたこの会社は出資組合員の酪農家が製造、販売も手探りで経営して来ました。ヨーグルトは当初から自工場を建設して製造していましたが、外注していた牛乳が食品事故を起こして、止めるか?内製化するか?の決断を迫られ、自社製造の道を選んで継続しました。乳質のよさと地元密着のイベントの積極的展開が効を奏して経営が軌道に乗りました。

他にもまだたくさんあるのでしょうが、私はこれらが真の「糸島ブランド」だと思います。4社全てが自力で商品開発して、それを長い年月をかけてブランド化しています。そしてその経営手法は次の世代にも受け継がれています。
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2020年02月21日

ブランドとは価値であり、価値の表現、印である

昨日から当社マーケティング業務担当者2名と(一社)エクセレントローカル理事で広告代理店D社の役員だった平野氏と4名で博多入りしました。目的は九州D社とのパイプを持ちたいということでの訪問です。先方は社長と常務が直接応対してくれた話も盛り上がりました。

私は「ターゲット」という言葉も嫌いですが「ブランド化」」「ブランディング」という言葉も嫌いです。でも食と農の業界もにわかマーケッターや偽マーケッター達がいとも簡単に「地域のブランド化」「地域特産品のブランド化」という言葉を使っています。

ブランド化という言葉をいとも簡単に使うのは流通業と地方自治体です。さらにはメディア、コンサルタントです。彼らの共通点は自分で商品を作ったことがない人達です。

私はこの広告代理店D社とのおつきあいは味の素にいた20歳代の頃からあり、友人知人もたくさんいます。日本のブランディングをしているこの会社の社員はブランドという言葉をほとんど使いません。

そのくらい「ブランド」を作るのは難しいです。パッケージデザインをつくったり、奇抜なコピーをつくったりすることは「ブランディング」でもなんでもありません。プロモーション製作物の作成にしか過ぎません。

昨日も九州D社のトップ2が同じことを言っていました。中身があってそれの信頼、価値としてブランドである、中身がないのにブランド化は無理であると。

私の出身の糸島の糸島ブランドって何でしょうか?最近、「糸島野菜」という言葉をよく聞きます。糸島野菜?糸島市で栽培している野菜と福岡市やその周辺地域で栽培している野菜と同じです。農法に特徴があるわけではありません、土壌が他地域と違うわけでもありません。

唯一違うのは糸島市(福岡市西区の旧糸島地域も含まれる)で生産された野菜ということだけです。中身は同じです。「糸島野菜」や糸島という名前がブームであるということです。

極端言えば他地域で栽培された野菜に糸島を付けても「糸島野菜」になります。それは我が国最大の農産物直売所「伊都菜彩」もよくわかっており、それを警戒しており、彼らは彼らなり「糸島ブランド」を規定しています。

明日のブログでそれこそ鳥巣研二が「糸島ブランド」だというものを紹介します。

posted by tk at 09:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする