2018年06月13日

GI表示のすんき漬けを初めて見た

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昨日は長野県木祖村に行きました。道の駅きそむらでGI表示されたすんき漬けを売っているのを見ました。農水省が進めている日本地理的表示はいくつかの商品に適応されています。販売されているのは見たのは初めてです。

GI(地理的表示商品)とは一番わかりやすのはシャンパンです。シャンパンの名称が使えるのはシャンパーニュ地域のスパークリングワインのみです。他はすべて商品名はスパークリングワインです。

すんき漬けとは長野県木曽地域の無塩の乳酸発酵漬けものです。最近の健康ブームでたいそう注目されています。当然、類似品に悩まされるのでGI商品に登録したものと思われます。

日本GI表示による「すんき漬け」の定義は「長野県産の赤かぶ葉、赤かぶを原料として、長野県木曽郡内で製造された酢酸発酵漬物」です。すんき漬けがGI表示してお土産品として火が点きました。1億円のマーケットができたと言われています。木曽地域は現在原料の赤かぶ生産が盛んになっています。定義では長野県赤かぶも使用可ですから、長野県内全域で赤かぶ生産が盛んになるものと考えられます。

表示法の改正で2年後は加工食品はすべて製造者名を表記しなければならなくなります。お土産店でよく見られる「販売者名のみ表示で、製造者は製造者固有記号表記のみで表示」が許されなくなります。すべて誰が製造しているかを表記しなければならなくなります。

たとえば「信州そば」ももし岩手県で製造されていれば「販売者長野県〇〇、製造者岩手県〇〇」と明記されます。当然、長野県に観光に来たお客様は買いません。

焦っているのはお土産店です。相当のお土産店が廃業に追い込まれるでしょう。現在全国のお土産店・道の駅は自分たちの所在地で製造製造している食品メーカーを探しています。

木祖村は道の駅きそむらに併設で加工場の建設を予定しています。この情報を得た長野県内の道の駅、お土産業者がこの新加工場に製造依頼詣が始まっています。
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2018年06月12日

時代は大衆、人類自体がつくっている

組織はたとえ、民間企業でも私企業も組織員のものです。その中に不純の目的が入ると組織は衰退していきます。一将成りて万骨枯る。また、不純な動機の人はその後ろめたさからか、組織では必ず浮いています。

昨日、日本株式会社新聞と陰口を叩かれている大手経済紙主催(後援なのかも)のアグリテクノロジー展とセミナーが開かれました。ひょんなことでこの展示会のセミナーに紛れ込んでしまいました。世界的に食糧難の時代が来ており、ロボットやドローン等のハイテクノロジーを駆使して農業を産業として育成しようというものです。

この虚構はこの新聞社が考えたのでしょうが、別に目新しくも何もないです。目新しくないので残念ながら虚構にはなっていません。大企業向け新聞なので本音はアグリテクノロジー産業を盛り上げることによってこれらの企業からの広告費と購読部数を増やそうというミエミエの企画です。

来場しているのも動員がかかった人と対象のアグリテクノロジー産業の社員ばかりです。それとこのイベント・展示会の提灯記事を書くメディアばかりです。今日のこの大手経済紙は今日の朝刊で一面広告で大成功を報じます。これまたミエミエ。

地球の人口暴発で、食糧難が来ることはとうの昔からわかっていました。しかし、それを誰も話題にしませんでした。カネにならないからです。ようやく農業がカネになり始めた。それで一斉にアグリ、アグリです。

世の中の流れは一部の人間ではつくれません。人類自体の流れなのですから。別に西郷隆盛や坂本龍馬がいなくても明治維新はなった。世の中がその時期になっていただけのことです。

インターネット時代の到来は時代の寵児と大金持ちを生み出しましたが、彼らがインターネットを産業にしたわけではありません。インターネット時代が来ることは時代の流れからそうなっていただけです。

別に英雄や不純な人材が組織にいてもそれで組織自体の流れが変わるわけではありません。時代は大衆、人類全体がつくっているのです。
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2018年06月11日

成功したいなら人の為に貢献すること

我々の日々の生活は地味であり、目立たないものです。人間社会自体がそうです。人類の数だけそこには生活があります。しかもその生活は一人では生きていけません。生まれて来たこと自体がお父さんとお母さんがいるからです。

しかし、人間というものは栄達・名声・出世等名逹を欲しがるものです。よくスポーツの世界が美化されます。スポーツマンシップ、フェアプレー等まさに人間社会の鑑のように言われます。

が、実際はどうでしょう。一般社会と何も変わりません。レギュラーになりたい、優勝させると有名になれる、お金がたくさんもらえるそんな俗世間と何も変わりません。だから指導者と呼ばれる独裁者の奴隷になります。取り入ろうとします。そこにあるのは薄汚れた人間社会の醜さです。

勝手にメディアが我々人間が美化しているだけです。それは戦争もそうでしょう。日本の軍国主義を激しく現代人は批判しますが、あの当時戦争を煽っていたのはメディアと国民です。戦争責任がよく問題になりますが、最大の戦争責任者は国民そのものです。

スポーツは自分を磨くためにあります。自己修練です。それを忘れています。自分を磨いて、人間的に大きくなれば人にも優しくできます。できない人の痛みや苦しみがわかるようになります。そして、自分をそういった弱い立場の人達の役に立とうと行動します。

そういった意味でそういう人間になろうと思えば現代のスポーツなどやっても何の意味もありません。年少の頃から社会に出て苦労している人の方が人間的にも自己鍛錬ができているし、配慮、気配りができます。

すべて人間社会は相手があります。人との関わり合いの中で生きています。人の為にやった行動も行為も受け入れられるかどうかは相手次第です。誠心誠意やって相手が受け入れてくれなければ、なぜ受け入れられないかをとことん考える。そうやって行動しても半分の人は受け入れてくれないし、評価してくれません。

その時に相手を恨まないことです。評価してくれる人、受け入れてくれる人のために一生懸命やることです。成功したいなら人のために貢献することです。
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2018年06月10日

受講者の目と息づかいがわからないと

昨日は高校の同窓会でした。みんな私のフェイスブックを見ているので、一番多い質問は「しょっちゅう、全国あっちこっちに行っとうばってん、何ば、しに行きようと?銀座のお店の仕入れに行っとうと?」です。

「いや、うちは飲食店専門じゃなかけん、セミナーとかコンサルに行っとうとよ」、「セミナーとか講演とかそうしょっちゅうはなかろうもん?仕事はどこから来ると?」ここで話は続かなくなります。

「いつもおいしかもん、食べてとなりに美女がおってよかね」、大体一緒に会食しているのは受講者です。女子ばかりではありません。男子もいますがフェイスブックを見ている人の目に入らないだけです。

「そういえば、高校の同級生で先生と結婚しとる人がけっこうおるね。あれは授業中、先生が目をつけるっちゃろうか?それとも、生徒が先生を結婚相手として目をつけとうっちゃろか?」

わかりません、私には。ただ言えることことは私がセミナーで喋っている時に受講者の顔はほとんど見ていません。ましてや顔が美女かどうかまったく見ていません。

ただ、受講者の目は見ています。一人一人の目を見ています。目を見ていると私の講演に対する反応が手に取るようにわかります。あの人は話が理解できていないなと思うと、言葉を平易にします。下を向いてしまう人が多い時は話題を楽しくて身近なものにします。

受講者の息づかいがわからないようでは講師は務まりません。聴衆や受講者は多ければ多いほど講演は楽です。一人一人の目が見えないから。「私」と「500人十把一絡げ」の1ルートしかないから。だからテレビでしゃべっている人が一番楽です。言いぱなしでよいのですから。要はマスマーケティング。

20名以下の講演、セミナーが一番難しいです。1対20ではなく、1対1が20通りあるので。個のマーケティング手法の会話でしか、受講者の心を掴むことができません。

テレビはマスマーケティングです。インターネットは個のマーケティングの集合です。
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2018年06月09日

直感を最優先で意思決定すること

生きていると決断を迫られることが少なからずあります。その場合の決断、自分の答えは100%よしというものはありません。100%よしという答えがあればそれは決断する必要がありません。何かがプラスだけれでもその反面マイナスも出る。そんな中でベターの決断をしなければなりません。

また、いつを見て決断するかも大事です。企業はゴーイングコンサーンだし、人生も長い。明日死ぬのがわかっていれば決断する必要はありません。目の前の今を取るか将来を取るか、その場合の将来とはいつ頃をイメージするか?そんなことも決断の要素に入ってきます。

決断は直感を大切にすることです。一晩も二晩も1ヶ月も熟慮することはよいことです。しかし、1ヶ月熟慮していたら心身が疲れ果てます。毎晩酒のお世話になるか、人に八つ当たりするかしかなくなります。

決断ができなくて病気して身を滅ぼしたのでは本末転倒です。だから決断は直感に頼るのが一番よいです。理想はその場で決めてしまうことです。その場で決める人ほど素敵な人はいません。

ただし、1つだけ言えることは直感に逃げが入ると必ず失敗します。ためらい、ひるみと言ってもよいかも知れません。自信を持って決めることです。

その場で直感で意思決定したことが一番成功の確率が高いです。そのためには日々の情報収集や決断力アップのための自己鍛錬をしておかなければなりません。常にアンテナを立てて、決断するのが自分の仕事だと覚悟しておかなければなりません。

失敗したらどうするか?またすぐ決断して修正すればよいです。スピード決断、スピード修正です。軸がぶれていなければ大勢に影響はありません。人生も仕事も日々修正の連続です。

商品開発で味が決められない人がいます。また、人がつくったものへの評論家はいっぱいいますが、自己責任で決定・決断できない。そんな人が山ほどいます。ある程度の試作品ができたらさっさと発売することです。そしてお客様の反応を見て修正することです。

本発売の度胸がなければテストマーケティングを言って発売することです。永遠にテストマーケティングをやっていると思ってビジネスをやっていればよいのです。
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直感を最優先で意思決定すること

生きていると決断を迫られることが少なからずあります。その場合の決断、自分の答えは100%よしというものはありません。100%よしという答えがあればそれは決断する必要がありません。何かがプラスだけれでもその反面マイナスも出る。そんな中でベターの決断をしなければなりません。

また、いつを見て決断するかも大事です。企業はゴーイングコンサーンだし、人生も長い。明日死ぬのがわかっていれば決断する必要はありません。目の前の今を取るか将来を取るか、その場合の将来とはいつ頃をイメージするか?そんなことも決断の要素に入ってきます。

決断は直感を大切にすることです。一晩も二晩も1ヶ月も熟慮することはよいことです。しかし、1ヶ月熟慮していたら心身が疲れ果てます。毎晩酒のお世話になるか、人に八つ当たりするかしかなくなります。

決断ができなくて病気して身を滅ぼしたのでは本末転倒です。だから決断は直感に頼るのが一番よいです。理想はその場で決めてしまうことです。その場で決める人ほど素敵な人はいません。

ただし、1つだけ言えることは直感に逃げが入ると必ず失敗します。ためらい、ひるみと言ってもよいかも知れません。自信を持って決めることです。

その場で直感で意思決定したことが一番成功の確率が高いです。そのためには日々の情報収集や決断力アップのための自己鍛錬をしておかなければなりません。常にアンテナを立てて、決断するのが自分の仕事だと覚悟しておかなければなりません。

失敗したらどうするか?またすぐ決断して修正すればよいです。スピード決断、スピード修正です。軸がぶれていなければ大勢に影響はありません。人生も仕事も日々修正の連続です。

商品開発で味が決められない人がいます。また、人がつくったものへの評論家はいっぱいいますが、自己責任で決定・決断できない。そんな人が山ほどいます。ある程度の試作品ができたらさっさと発売することです。そしてお客様の反応を見て修正することです。

本発売の度胸がなければテストマーケティングを言って発売することです。永遠にテストマーケティングをやっていると思ってビジネスをやっていればよいのです。
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2018年06月08日

誰かが支配しようとすると終わる

昨日はフライングシャークの会に参加しました。前回はイーローカルでやってくれて私が講演したのでその御礼も兼ねて出席しました。今回は田島慎一さんというソニープラザで輸入菓子を育てた経歴の方が話しました。今はなくなりましたが数寄屋橋のソニープラザは日産ショールームと並ぶ銀座のシンボルでした。話はとても面白く田島さんしか知らないであろうエピソードがたくさん出ました。

田島さんは最後の部分で「無駄」について話しました。無駄には2つあり、利益追求の企業経営で排除しなければならない悪い無駄とそこから芽が出る創造のネタになる無駄があり、まさに新製品、新事業は後者の無駄から生まれるという話です。私も同じ考えでこのブログでもいつも書いていますが6割の利益追求仕事と4割の無駄のバランスが企業を成長させます。

経費節減ばかり言って、新しいリスク案件には踏み込めない経営者は無能です。しかし、そういう人間は得てしていかがわしい投資話、儲け話に乗って思わぬつまずきをします。

さて昨夜の会は講演の後に会食です。前回もイーローカルで開催してもらったにも関わらず先客があり、会食会には出られませんでした。今回も先客予定が入っていて講演会の後にすぐ帰ってきました。残念です。一見、無駄のように見える会食会が実は最も有意義な時間なのですが。

昨夜は私の故郷糸島でロードバイクを楽しいでいるサークルメンバーがイーローカルで会食を予約してくれたのでその挨拶でした。イーローカルを紹介してくれたのは糸高の同級生の大庭旅館の女将の江美子さんです。

大庭旅館はGWやお盆、正月の休暇の時期がいつも長期滞在のお客様で満杯なのは実はこのロードバイクを趣味とする方々の常宿的存在なのだそうです。江美子さんは朝ごはんしか、出さなそうです。その朝ごはんが美味しいのなんのって昨夜の方々が言っていました。彼女の方針はお昼と夜はどうぞ食堂やレストランや料理屋で糸島の美味しいものとたくさん味わって下さいという方針です。

フライングシャークの会もロードバイクも趣味、ライフスタイルのサークルです。2つの会の懇親会は実に和やかで楽しいものです。その秘訣は何か?そこにはその会を支配しようとする人がいないことです。全員が快になることが存在意義です。

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2018年06月07日

若者には失敗が許される権利がある

ある会合の挨拶を頼まれたのに出張で不在なので、新人に代理をお願いしたら「えっ、私で務まるのでしょうか?」十分務まります。みんな鳥巣の話など聞き飽きています。私が話すと結論の話になります。経験談になります。お客様は答えを欲しがっているのではなく、共に考えてくれる人を求めています。経験年数は自慢にはなりません。

また、その若手の挨拶が失敗でも許されます。人生には育ててもらえる期間と時間があります。その期間中であれば多少の失敗はどんどん経験した方がよいです。育てる側に育てるために怒ってもらったり、叱ってもらえるのは育てられる側の権利です。叱ってくれない上司、先輩はろくな人間ではないです。

一方、30歳を過ぎてその仕事の年数が長くても成長しない人を怒ったり、叱ったりするのは止めた方がよいです。その人はもう育てられる期間、年齢をとうに過ぎています。その人はもう叱ってもらえる権利を既に失っているのです。そういった人には怒ったり、叱ったりしてはいけません。その人達は既に見捨てられているのです。

いろんな業界で、そのトップにいる人、極めている人は極めるために膨大な時間と精進をしています。そしてそれを維持するためにも日々努力しています。業界は違ってもその人たちと会談、会食できるのは人生の最高の喜びです。考え方、行動、進化、前進、実に見事です。

実際、その人達はその業界でトップになっているのでそんなに多種多様な経験はしていません。その業界1本で生きて来た人です。でも視野は広く、いろんな自分の業界外のことも勉強して自分の精進・努力に積極的に取り入れています。

むしろ、物知り、博学、広く浅く、あるいは転職、転職を繰り返して人は経験豊か、知識豊かに見えて実際本質は何もわかっていないという人が多いです。

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2018年06月06日

中高年男子をきれいに、素敵に、美しく

文春砲で撃たれて退場していく人も多くいます。毎週、毎週あれだけのネタを見つけてくるのも凄いですが、それでも不倫、男女関係のネタが絶える事なく供給されて来るのもこの種の行為が日常化しているとも言えます。

しかし、この人たちは一部の裕福な人、年収の高い職業の人です。一般的にサラリーマンの子育て時期は貧乏です。パパもママも一生懸命働いて子育てをします。日本は勤勉な国民性なので教育熱心です。その弱みにつけ込むかのように教育産業が盛んです。大学経営もビジネスです。教育精神などかけらもありません。それでも親達は子供に教育をと頑張ります。

家賃(住宅ローン)と子供の保育園と教育費を除くと何も残りません。残った部分が食費。パパはビールも飲めずに発泡酒、銘柄焼酎も飲めずに毎晩大五郎。鳥巣さんのいう地域特産品なんかとても高くて買えません。なるほど。

そんなことを続けながら時間が、時が過ぎて行きます。子供達も成長して家からいなくなります。取り残された暗澹とした気持ちになります。途端に、子育てで貧乏していた頃が人生の一番幸せ時期であったことに気が付きます。

振り返ってばかりいないで前を見てみよう。前を見ると30〜40年が残されています。結婚子育て期間以上の時間が残っています。人生のリセットチャンスです。パートナーもライフスタイルも仕事も遊びも全部変えてみよう。熟年マルイチが増えているのもそういう背景があります。

過去を振り返ってばかりいるのはむしろ男子です。女子は前を向いているような気がします。地下鉄に乗っていつも思うのですが我々世代の女子は着ている服も素敵だし、きれいに化粧しているし、体形も崩れていません。実年齢よりも20年若いです。

それに比べて男子には相当に差があります。女子と同じように若くてきれいな人もいますが、総じて美しくない。醜いとは書きませんが。こ汚いとも書きませんが。冴えないとも書きませんが。加齢臭が漂っているとも書きませんが。

高齢社会で男子高齢者をどうきれいで、素敵で、美しくしていくかこれはきっとビジネスになりますね。
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2018年06月05日

生存サイズを明確にする。そこから知恵が

昨夜の会食会で我が国最大の農業経済団体のトップとお話しする機会がありました。そのトップ曰く「これからのJAは地域の小さな農産物を育てて少しずつ大きくしかない」という話をしていました。あの巨大組織のトップの発言とは思えませんでした。

量の多いものを全国各地同じものを作っても農家の手取りを増やすことはできない。特産性の強い、特長のある農産物を育成していくことである。これは私の持論でもありますが、聞いていてびっくりしました。全く同じ意見です。

そしてその小さなものは最後まで大きくしてはいけないのです。ある一定規模。それは生産者がメシの食える価格で販売できる量が限界なのでは。工業製品は技術革新で原価・コストを劇的に落ちますが、お天道様相手の農業の工業化は限界があります。

「マス」この巨大なものに生産者も製造者も流通も生活者も翻弄されて来ました。大きなもののかたまりの中から新しいものを生み、育てることは至難の技です。というよりも大きくなってしまったものにはそれはできません。

「マス」という価値観を捨てられるか?20世紀を支配した「マス」という虚構を捨てることができるか?それに代わる虚構は何なのか?小がいっぱい存在して、そこに新しい虚構・価値観・世界が生まれます。

巨大産業ビール製造会社の売上高は1兆円を超えています。学生の就職ランキングではいまだ上位です。でもやっていることはメーカー同士の陣取り合戦ばかり。社員はその尖兵です。ビール会社から世に提案する新しい価値は何も生まれて来ません。生まれてくるのは発泡酒の小手先、目先だけの寿命1シーズンの新商品。

日本酒、焼酎、泡盛業界は小規模企業の集合体です。そこで共存共栄です。現実は廃業するところも多いのでそんな綺麗事ではすみませんが。それでも小規模でもキラリと光るエクセレントローカルがたくさん存在しています。

しかし、その焼酎業界、清酒業界でも売上高合戦を仕掛けてくるものがいます。大きくなりたい企業が設備投資で巨大製造能力を持つオールシーズン製造を可能にします。そして安売り合戦。乱売。原料のコストダウンで品質の低下。地獄の苦しみに入ります。規模は大きくなっても誰も尊敬しません。大きくなるのを止める事が最大で最良の経営戦略です。自分の生存領域と生存サイズを明確にすることです。そこから大いなる知恵が生まれます。
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