2019年12月31日

働き方改革なので夜はジムか空手を習いに行こう

フェイスブックを開いたら、4年前の写真が出て来ました。痩せてる、痩せてる、痩せています。体重が60〜62kg程度でした。最近は太っている、太っている、太っています。体重計に乗ると71〜72kgです。

ここ4年で体重が10kg増えました。8年前には76kgありました。健康診断でいつもγーgt、中性脂肪、時折、血糖値と尿酸値も上限ぎりぎりまで迫っていました。、不整脈・心房細動と脂肪肝が指摘されていました。

それでウオーキングとダイエットで減量を始めました。よく歩きました。悲壮なくらい歩きました。それで一時は60kgを割るところまで行きました。体調もよくなり、健康診断の数値もよくなりました。持病になってしまった心房細動以外の脂肪肝等も消えました。

それから月に10日くらいの断酒を始めました。そして4年前から空手を習い始めました。断酒のおかげでγ−gtは劇的に改善しました。

同時に空手を始めて、空手と共に筋トレを始めました。狙いは空手が上手になることと肩甲骨を鍛えて猫背を治すことでした。空手の腕前はさっぱりですが、着々と筋トレは効果が出て、胸板が厚くなりました。

60kgまで体重が落ちた時は洋服のサイズがSまで小さくなりましたが、Mに復活して最近はLです。そして体重計に乗ると70kg超えです。ベルトはと言うと4つ目の穴に入れていたのが、現在3つ目です。10kg体重が増えたのにお腹周りはベルトの穴1つしか増幅していません????

全体が大きくなったのでしょう。前の76kg時代の肥満とは違うようです。実際、健康診断の数値が物語っています。10kg体重が増えたのに数値はγーgtが測定始めた以来の良好数値を示しているのと他のスコアも全部正常値です。

これはなんといっても主治医の谷先生のご指導の賜物によるものです。肥満と体重はあまり関係ないようです。体全体に対する脂肪と筋肉の比率で、疾病率、生活習慣病の発生率が決まって来るのではないかと思われます。

最近、若者を中心にジムに通うのが流行っています。働き方改革で午後5時に会社を追い出されると飲み屋だったのが、ジムに向かっています。ジムで鍛えて、暴飲暴食は週末1日だけ、そんなライフスタイルがここまで来ています。

ジムでなくても空手も十分効果があります。会社を終わると夜は空手で鍛える、女子にとっては最高の護身術なのでさらに効果倍増です。みなさん、空手をやりましょう。
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2019年12月30日

農家と共に戦い、共になき笑う

講演をする時に具体的な事例を挙げて欲しいと主催者から要望があります。もっともなことです。人の話を聞くことはあまりないですが、新米のコンサルや講演者がしゃべる時の事例はほとんど第2次情報です。メディア報道や資料・研究発表論文からの抜粋です。

それを謙虚に喋ればよいのに、あたかも自分がやったことのようにしゃべっているのを聞くと笑って噴飯ものです。でも私も開業期はそうでした。講演前はいろんな資料を集めて調べてしゃべっていました。

現在、当社は私のみならず、うちのスタッフも全員事例は当社が手掛けたものです。成功事例も失敗事例もすべて当社が受託してやった事業です。自慢に聞こえますが、これが当社の同業者と当社の違うところです。

成功は表裏一体で失敗もくっついています。成功はいつでも失敗につながる危険ははらんでいます。失敗も同様です。それを逆手に取って成功に導くこともできます。それがコンサル業の真価です。

クライアント(農産加工のお母さん達と地方自治体や民間企業等)から先進地視察に行きたいと要望があります。これも自分で手掛けた事例で食と農に関する先進地視察ができるのも当社くらいではないでしょうか?

四半世紀の歳月は自然にこの当社の強みを作り出してくれました。ポイントは現場に入ること。一緒にやること。共に泣き、笑うこと。こっちが持っている人脈は惜しみなく、出してつないであげること。予算がない時はお金をいただかないこと。

お母さん達が料理を振舞ってくれる時は大いに食べること、お腹がはち切れるくらいに沢山いただくこと。「私ダイエットしているのでそんなに食べられません」なんて言う人間は食と農のコンサルは失格。地下足袋履いて出直して来なさい。

お母さん達ががっかりしたり、落ち込んでいる時は笑って、元気にしてあげること。共に戦うこと。農家の幸せは我々の幸せであり、我々の喜びは農家の喜びでもあります。

巨万の富や名声を得るためにやっているのではありません。一緒に泣き笑うことが最大、最高の成果であり、我々が報われることなのです。食と農に人生を賭けたいのならそのくらいの覚悟をして入ってくることです。
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2019年12月29日

忘年会が大いに盛り上がりこんな嬉しいことはない

一昨日の宮崎食品加工センター食品加工技術アドバイザー研修の忘年会も盛り上がりましたが、昨日の当社の忘年会も盛り上がりました。年末重賞レースの有馬記念で当てた人もいれば、負けた人もおり、悲喜こもごもでしたが。賭け事は生活費をかけたら必ず負ける。

何故、盛り上がったか?特に若手がすごい勢いでした。8名で1次会、2次会で飲んだワインは10本をゆうに超えていました。会社を動かしているのが彼らである証です。62歳で社長を降りて、4年かかりましたが、完全に平均年齢が30歳前半の会社になりました。

当社は向こう20年は高齢化の心配は要りません。このまま会社に在籍してくれればの話ですが。黒字なのに事業継承ができない、後継者のいない会社がいっぱいあります。当社は入社したいという人が沢山います。

私に関すると今年は忙しかったです。社長を降りてから経営には口を出さないようにと思ってなるべく関与しませんでしたが、今年は大いに関与しました。ただし、代表取締役時代の業務はしておりません。それは野口社長の専管事項です。

私はキースタッフ社の総合経営戦略を考えて、会社をそれに向けて動かすように行動しました。これだと現スタッフの仕事とは別の次元で仕事ができます。

あるところから仕事をいただいたら、営業担当は、次の新たなクライアントを求めて、仕事を取りに行きます。これが間違いです。初めて仕事をいただいたらじっくりそれをやって、評価いただくまで腰を据えることです。言葉は悪いですが「食い散らかさない」ことです。

新しい仕事を企画提案して、受注して、それなりの実績を作り、信頼を得るには3〜4年かかります。そういう意味では経営を若手に委譲して、その体制で仕事が取れるようになって来たということです。

経営資源がヒト、モノ(仕事)、カネだとすると今年はカネは昨年・今年はカネは相当使いました。私と社長は金策ばかりしていました。そしてモノ(仕事)は創り出すものだと覚悟して活動しました。

そして、結果、ヒトが成長しました。有能なヒトさえいれば会社は回ります、成長します。そんな自信がスタッフに出て来たので昨夜は大いにみんな楽しんだのだと思います。
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2019年12月28日

これからの食品マーケティングは制約の中の美

昨日は宮崎県食品開発センターと一緒に取り組ませていただいている加工食品技術講習セミナーの忘年会でした。当社が農漁業者や一般生活者へ食品加工技術を公開して、支援しているのと同じで、当センターも宮崎県内に加工食品技術を教えて加工食品の開発のできる人材育成したいという目的で本セミナーを行っています。セミナー受講者は12名ででうち男子は70歳を超えるレストランシェフが1人だけであとは全員女子です。

宮崎県食品開発センターは全国に先駆けてフードオープンラボを建設して、県食品事業者開放の食品加工場も設立しました。このセンター所長は大胆な施策を打ち出して来ます。世の中に頭のよい人はいますが、合わせて実行力のあるのはこの人くらいです。

今までの加工食品業は規模拡大・売り上げ増・利益増等拡大=成功でした。どこまで大きくすれば成功か?それもない限りなく拡大でした。それを流通業にも言えます。限りない拡大路線です。

そのための手法は「何でもあり」でした。たくさん製造したものをなるべく日もちさせるためには食品添加物使い放題、味の補強にも食品添加物使い放題、原料も産地は問わず、世界中から集める。しかもたくさん売るためには安くつくるので原料の品質よりも、安い原料の調達、原料生産者が死のうと生きようととにかく買い叩く等です。そしてそのマーケティング手法は崩壊しました。

これからの食品マーケティングは「制約」です。あらゆる制約の中で食品業の経営を成り立たせるにはどうしたらよいか?いろんな制約の中で商品開発をして、魅力的な商品を生み出す。「制約があるからこそ魅力が生まれる」、「制約があるから知恵が出る」です。

「日持ちしない」でもよいのです。「この価格でしか製造できない」等でもよいのです。それを超える魅力があれば。「制約」を「魅力」に変えられるかの競争です。それを認めてくれて愛顧してくれるお客様を獲得した人が成功します。

自分のマーケティングは10販売するマーケティングである、あるいは100製造するためのマーケティングである。その製造販売供給規模と需要の一致を見つけた企業が生き残ります。自分の魅力を購入者に認めてもらったものが成功者です。

昨日の忘年会でも苦境に立っているスーパー業界がバイヤーを全員女子にしたら復活してくるだろうなという話が出ました。
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2019年12月27日

自分が九州出身であることに大感謝

昨夜から九州に入りました。博多にいます。12月になって3度目の九州です。1月のスケジュール表を見ると1月も3回やってきます。私の出張の半分近くが九州になりました。

当社は平成5年に起業して平成16年に加工特産品開発読本の出版が仕事の範囲が全国になるきっかけになりました。その頃までは中小企業診断士を主としてとして主に群馬県と千葉県の仕事でメシを食っていました。

農産加工支援の仕事が増えるにつれて東北の仕事が増えて行きました。と言うよりも東日本の仕事が増えて行きました。東日本大震災が起こった頃は6割がたが東北・関東の仕事でした。宮城県、青森県、山形県の仕事が多かったです。

大震災で東北が被災して、被災支援プロジェクトのコンサル仕事も受注しましたが、巨大なお金が流れ込み、大手コンサルファームやシンクタンクや人材派遣会社が我々の受注額の10倍どころか、100倍の単価で仕事を受注するようになりました。震災狂騒曲の始まりです。

発注側の行政も今まで我々と付き合いのあった人は外れて、東京から復興支援員としてやって来て、役場に抱えられた自称コンサルが業務発注するようになり、4年位前には岩手県を除くと東北の仕事がほとんどなくなっていまいました。

さて、ピンチです。その頃までも九州は農業地域でもあるので東北に次いで仕事を受注している地域でした。仕事で関連のある方々もそれなりにいます。それでその人脈を生かして九州開拓にシフトし始めました。

九州だけではなく、全国に目を向けましたが、九州が反応してくれました。2年前から宮崎県で大きな仕事をさせてもらっています。それを受注した時にそのセミナーに参加してくれるように20年前頃から5〜6年やっていた中小企業人吉校の商品開発セミナーの受講者社長達の会社を訪ねました。社長達は突然の私の訪問にびっくりすると共に暖かく向かい入れてくれました。

また10数年前の私の講演を聞いたと言う人達も私を覚えていてくれて積極的に応援してくれました。そう言う九州の風土・人情のおかげで九州シフトが徐々に進み始めました。

大震災の次の日、東京への帰りの飛行機で被災した私は福岡の実家に向かいました。次の日の西日本新聞は大々的に報じていました。同じ第一面ではありましたが、遠慮目に九州新幹線開通の記事を掲載していました。被災しなかった九州が今最も農産物でも注目の地域になりました。「九州産」がブランドとなり、引っ張りだこです。

お前が福岡県出身なので九州シフトに成功したのでは?のご意見に対しては、もしそうなら自分が九州出身であることに大感謝です。
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2019年12月26日

つくる側に見合った買う側の能力育成も大事

世の中にはスーパーマンがいるもので、仕事も趣味もスーパーマンといった人がいます。私も最近、空手に趣味の世界を見出していますが、レベルとしては初心者レベルの域からなかなか上達しません。

仕事で著名な人が趣味でも一芸に秀でているというのはやはり地才能、地能力が違うのだろうと感心します。我々の周辺は仕事と趣味が一体です。2つは集中できません。食と農の世界を切り拓いてきた食品加工のお母さん達も趣味と実益でこの世界にいます。

この農産加工の世界はもとはといえば自給自足のみそ、漬け物、家庭内保存食料の製造から始まっています。歴史は多分、人類の食料調達が狩猟から農耕になり、備蓄、保存の営みが始まった頃から始まっています。

かって私がこの世界に入った四半世紀前からすでに農家のお母さんの加工品づくりは既に農村では日常の営みでした。しかし、これを販売しようというのはその頃から始まりました。それまでは都会に住む兄弟家族にただで送ってあげていました。

その頃の農産加工品は一般的に大食品メーカーに劣るものという位置付けでした。当時の品質ランクづけは大食品メーカーが最上位、続いてローカル食品メーカーそして農家の農産加工品はランク入りもしていませんでした。

時代が変わったのはというよりも現在激しい流れで怒涛のように流れが変わっています。大食品メーカーが大量販店の軍門に下って価格の安いものばかりつくるので品質が落ちてきた。次にコンビニの台頭で日持ちするそうざいが蔓延したために食品添加物まみれ食品になってしまった。

製造法も食品メーカーもそうざいベンダーも大量製造をするために機械化、無人工場になってしまい、調理の匠の技が繁栄しなくなった。しかも、原料も海外のとにかく安い原料が主流になりました。

大企業のオウンゴール、死の行進、自滅により、農家のお母さんのつくる農産加工品が引っ張りだこになっています。今頃になってスーパーが地域産品と言い出しました。もう遅い。君たちは死の行進から逃れられないのだよ。

よく地域農産加工品のアワードが開催されています。審査員は量販店や百貨店やコンビニのバイヤーばかりです。こういった商品が評価できない人ばかりが審査員です。

審査員は農産加工品をよく買い、よく食べている人にしなければならないです。私は一般社団法人の中にそういった人材を入れたいのです。つくる側に見合った買う側の能力も必要なのです。

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2019年12月25日

この時期、加工の農家のお母さんは忙しい

年末は加工をやっている農家のお母さんは忙しいです。どうしてか?お正月食品の製造販売に追いまくられています。一番忙しいのはお餅つきです。コメの消費が落ちていると言っても昔ほどの需要はないにしろお餅の需要はこの時期一気に頂点に達します。

実家が農家の人はこの時期になると実家から送って来ます。しかし、最近は実家も年老いた高齢者なのでお餅つきをするどころか、近くのスーパーで買うしかありません。とは言っても田舎に住んでいるとお餅をつく人が分けてくれたりしてまだつきたてお餅が手に入ります。

都会の高齢者はスーパーから無菌充填のお餅を買うしかありません。こういった都会の消費者のお餅需要がお母さんの手づくりお餅に向かいます。原料は自家生産のもち米ですが、製造は杵と臼でついてとはいかないでしょう。そういう農家もいますが、むしろイベント向けです。大方は機械つきですが、それでも原料がいいのとつきたてなので美味しいです。

この餅を買う人と餅をついて売る人の結びつきはどうやって生まれるでしょう?昔は実家ですが、その線が切れています。都会の生活者はどうやって農家のお母さんのお餅を知るのでしょう?餅をついているお母さん達が宣伝広告するはずもありません。

ほとんどがクチコミと評判でしょう。しかも知人、友人からのその世界が徐々に広がっています。そうやって農家の加工のお母さんは売り上げを伸ばして行きます。

地域の道の駅や農産物直売所に並べるとあっという間に売り切れます。都会の人は宅急便で購入します。宅急便の価格が上昇しています。しかも、買う人が私のように一人暮らしや二人暮らしでは買う量も知れています。

買い過ぎても食べ切れない。宅急便のサイズと胃袋のサイズが合っていない。それなら餅と一緒にほかのお正月食材も入れましょうということになります。これは都会の生活者にとっては大変助かります。

もう1つは食べる量が少ないので、なるべく長い期間食べられるように、消費期限を伸ばす方法です。要冷蔵、要冷凍の他、ホットパック等の加工技術を駆使します。無菌充填パックは装置が価格が高くて農家が導入するには難があります。餅販売が1年稼働する餅類製造業者でなければ導入できません。また、保存料などはご法度です。

ふるさとがあるから、幼い頃の記憶があるから、まだ餅を田舎から買おうとする需要があります。やがて無菌充填餅世代が大方になると餅はスーパーで買うものになります。そうしてまずい餅を食べ、やがてお正月の餅の消費習慣は消滅して行きます。
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2019年12月24日

時がしんしんと過ぎて行く

12月というのは我々の世界は意外に夜はスケジュールが空いているものなのです。世の中が忘年会シーズンなので、仕事関係者も自分の組織、会社や自分のコミュニティとの懇親が多いためです。

銀座エクエレントローカルも忘年会需要でおつかいただき感謝の限りもありません。忘年会だとほとんど都内の方ばかりなので、私の地方の仕事関係者はいないので私もお店に行くのが減っています。

お店は忙しくて嬉しいですが、これも忘年会という特別需要、お店のスタッフもこれにのぼせ上がらずに謙虚に、平常心で運営できるか?が来年のご愛顧につながります。

さて、そういったことなので12月は東京にいる夜が自分のものになります。通常なら羽田空港に着いた時間、あるいはイローカルの接客が終わった時間に自分の部屋に入られます。

まず、いつもはシャワーなのが、時間があるのでお風呂に入れます。この時間が一番蘇生します。体があったまって汗が噴き出すまでずっと湯船に浸かっています。その間にご飯を炊いています。鍋でご飯を炊くのがすっかり上手になりました。

通便をよくするために玄米と白米半々を食べていますが、実に大腸の調子がよいです。それにお歳暮で頂いた魚の塩干(ひもの)を会社から失敬して来ておかずにするのがささやかで豪華なメインディッシュです。

それに常備してあるわかめかもずくを酢の物でたっぷり食べます。わかめ雑炊やわかめ雑炊にすることも多いです。晩酌はノンアルビールです。2缶と決めています。それ以上飲むと酔っ払うから????

それから本を読もうとしますが、れいらんが乗っかってくるので遊んでいると眠くなってくるのでねいらんを一緒におやすみです。明日がれいらんの5回目の誕生日です。クリスマスに生まれました。

最初の誕生日の時は小さなケーキを買って来て2人でお祝いしました。さて明日はどうするか?時がしんしんと過ぎて行きます。
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2019年12月23日

小さくて、細かい行動を大切に

朝は私だけが早朝出勤です。まず日課のブログを書いて、そのあと、空手筋トレをやるか?トイレ掃除や事務所内の掃除をするか?両方の時間があれば両方しますが、ちょっと時間がタイトな時はどっちを選択するか?迷います。

自分のことを考えれば空手稽古と筋トレですが、会社のことを思うと掃除です。掃除を優先します。

最近、おかげさまで来年度の仕事の構想を練って、その企画書を作成する仕事が年末まで入っています。嬉しいですよね。これで来年も消滅せずに生き延びることができるかも。

同時に12月はお歳暮を贈ったり、年賀状書きがあります。人と会うのが仕事の私のところには未整理の名刺が束になってあります。その都度、整理していますがそれでも束になっています。

まず、お歳暮リストを整理しなければなりません。4種類くらいの贈るものを決めておいて、贈る人一人一人に何を贈るかを決めます。次はタイミングです。土日がよいか?土日はノーか?です。昨年や一昨年とダブらないようにも配慮しなければなりません。そしてそれを手書きデータ文書化して発注します。

年賀状は代表を下りた時から減らしています。よく考えると印刷賀状はもらっても2週間後には内閣府の得意な?シュレッダー行きです。枚数を減らして手書きにしようと決心しました。枚数は250名程度。300枚買って、残りの50枚はいただいたものへの返信用に確保です。

一般的に年賀状は印刷で一方的なこっちの近況報告です。でもよく考えるとそれをもらって相手はどう思うか?そうか元気で何よりだなと思ってくれる人は一握りでしょう。

賀状の狭いスペースで相手とのコミュニケーションができないか?こっちの近況報告ではなく、相手の近況を尋ねる、あるいは相手の近況に気を配る。そんなことができるときっと読んでくれるかも?

しかし、それをやっているとこの年末に追われている時期に膨大な時間を費やします。来年の売り上げに直結している企画書を書くか?積年の友人知人とのコミュニケーションを優先すべきか?色々考えます。

将来、残された時間と寿命が少なくなっている自分の中では後者を優先すべきではないかという結論に達しました。仕事も欲しいけど、今、生かしてくれている方々への感謝の方が大事でしょう。
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2019年12月22日

農業ファンドについての考え、あくまでも個人の

いつの時代を世を滅ぼすのは若者ではなく、年寄りです。若者で会社や組織が潰れた話は聞いたことがありません。歳を取れば取るほど人間は自己正当化して、生への執着が増してきます。

戦争末期、若者を特攻させ、大切な命を無駄にしたのも帝国陸海軍の年寄り高級幹部です。その一人が極東裁判で1票差で絞首刑から免れ、終身刑になった時に、「生きていられる」と喜んだそうです。そしてこの恥知らずは92歳まで生きたそうで、世の中とは皮肉なものです。

私は2〜3日前に廃止が閣議決定された農水ファンドの社外取締役です。7年前に設立されたこのファンドの役員に1年半(任期は1期2年なのでまだ1期もやっていませんが)に就任しました。経営が厳しいのでそのサポートとコンプラをしっかりやって欲しいというのが農水省からの就任の期待でした。

半年前からいろんなメディアが報じていました。論調はすべからく「廃止しろ」でした。閣議決定も廃止でした。その間、これについては私はブログにも書かなかったし、対外コメントを控えています。これからもしません。まだ、多くのスタッフが働いている現在、何かをしゃべれば誰かを傷つける、個人中傷になる、そんな状況の中でのコメントはできません。退任して1年くらい経てば話すかも知れません。

でも実際は月1回の取締役会では私のような社外取締役4名から相当に具体的な改革案を提示してきました。また、会社のスタッフも若手ほど、この会社をよくしようといろんな提案や進言をしています。しかし、結果は報道の通りになりました。

うまく行かなかったのは我々の社外取締役も含めた専従経営者からスタッフ全員の問題です。どこが良くなかったか?、どこは受け入れられたか?その検証をしっかりして、次の世代へ農業ファンドをあり方を提案できるかがポイントです。そうしないとこの7年間に無駄にした国民の税金に申し訳ありません。

私の個人的な意見ですが、農業が世に存在する意味が多様化しています。もとは自給自足の食料調達から始まります。その後、権力者の富のシンボルとしての時代も長かったです。

これからの農業はもうすぐ100億人を超える地球人口の胃袋を支える産業として大きな比重を占めます。一方で我が国のように農業人口激減の国では農業が低効率、低所得の産業からの脱皮が必要です。

また、ライフスタイルが多様化しています。農業をやること自体が人生の喜びだという人も増えています。また農薬を使用しない、化石燃料を使用しない環境保全型農業をしたいという人も増えています。

6次産業化は農業生産ー食品加工ー販売を農家が1人3役することを新しビジネスモデルに認定し、支援することです。いわば、6次化は既存産業の組み合わせ(足し算、掛け算)が前提でしたが、これからの既存産業のどこにも入らない新しい農林漁業ビジネスモデルが出現した場合、どうやって育成・支援するのでしょう?

そこにこれからの農業ファンドの出動の機会があると思います。補助金や担保付き融資だけに頼る既存の資金調達から、積極的な他人資本の導入という手法が本当に作動するのはこれからのような気がします。
posted by tk at 08:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする