今日から仕事始めのようです。私は365日毎日会社に来るので会社の出勤日は私以外のスタッフがいる日ということになります。あっという間の10日間でした。
私も趣味と仕事に没頭できました。趣味と仕事というのは意外に連結しています。仕事が行き詰まった時はそれを自分の趣味の鍛錬、上達に置き換えると意外に解決の道が見つかります。
ます仕事はその大きな構想、プロジェクトだとその全容を計画します。それでもう8割できたようなものだという人もいますが、着想、アイデアとしてはそうですがそれを具現化するには膨大な時間がかかります。
具体化になるとそれこそ「構想8割説」が逆転して「構想2割、具現化8割」になります。構想なしに進めると永遠に具現化→完成は不可能です。なので構想が大事なのはわかります。
しかし、構想だけでは絵に描いた餅です。永遠に食べられません。でも世の中はその餅の絵を褒め合って悦に入っている人が大半です。いわゆるコンサルは餅描き、あるいは当事者の書いた餅を褒めたり、けなしたりするのが仕事です。
しかし、実業家はそれを実行してビジネスあるいは成果品にしなければなりません。それには膨大な時間と根気が必要です。最近、世の中がうまく行かなくなっているのはインターネットで評論家が専門家のような顔をしてうわべの評価ばかりしています。それが素敵な職業になっています。
仕事は構想してそれを実現することです。この実現のためには昨日も書きましたが膨大な停滞、迷い、やり直し、練り直しが必要です。いわゆる反復、継続作業です。そこでギブアップしたらそこで終わりです。何かを成し遂げた人はそれの勝利者です。
世の中の人は「その人は運がよかったんでしょ」と言います。確かに運は1割でしょう。でも9割は継続と反復です。それができる人とできない人の差です。失敗してもよいので実行することです。
2026年01月05日
2026年01月04日
継続、反復の毎日を楽しむ
毎地球が太陽の周りを一周するのを公転といい、その所要時間を1年というらしいです。また、地球が1回転するのを1日というらしいです。人間の年齢は公転回数です。
私は今年3月で72歳になりますから生まれてから地球は太陽の周りを72回、回ることになります。人間が100歳まで生きると生存期間中に地球は太陽の周りを100回ったことになります。
また地球が一回転するのを自転といい1日と読んでいます。またそれを自転にすると36500回(めんどくさいのでうるう年は計算に入れない)100歳といえば大変な長寿ですがその間に地球は太陽を100回しか回りません。でもそれを自転では36500回も回っています。すごい回数です。
いずれにせよ、太陽系に住む我々には時間というものが存在してその経過の中で生きています。地球の公転と自転を止めることはできないし、それはイコール時間を止めることもできないことです。
1年の計は元旦にありと言います。ちょうどこの正月ウィークが1年の計を立てる時です。毎年、立てても人生100回以上、立てられる人はそうはいません。
私は自転単位の1日で立てています。要は日課です。今日のスケジュールです。私の単位は1日の計です。その中で地球の自転と同じで毎日やるのを日課としています。ご飯を食べるのも日課だし、眠るのも日課です。それに私の場合はこのブログを書くこととエクササイズが日課です。
食事について言えば年金生活者になってから自炊に切り替えました。外食のない日(1年で10回程度)以外は自炊しています。しかもその日の夕食で翌日のお昼まで2回分同じものを作るので、しかも朝食は食べないので1年で350回程度食事を作ります。
最近は人生は1日を何回生きれるかだと思って生きています。そうすると結構同じことをやっているので時計の要らない時計代わりの生活です。それでも毎日変化があり、予期せぬことも起こり、飽きません。大事なことは同じことの反復、継続でもいいので自分ですることです。
私は今年3月で72歳になりますから生まれてから地球は太陽の周りを72回、回ることになります。人間が100歳まで生きると生存期間中に地球は太陽の周りを100回ったことになります。
また地球が一回転するのを自転といい1日と読んでいます。またそれを自転にすると36500回(めんどくさいのでうるう年は計算に入れない)100歳といえば大変な長寿ですがその間に地球は太陽を100回しか回りません。でもそれを自転では36500回も回っています。すごい回数です。
いずれにせよ、太陽系に住む我々には時間というものが存在してその経過の中で生きています。地球の公転と自転を止めることはできないし、それはイコール時間を止めることもできないことです。
1年の計は元旦にありと言います。ちょうどこの正月ウィークが1年の計を立てる時です。毎年、立てても人生100回以上、立てられる人はそうはいません。
私は自転単位の1日で立てています。要は日課です。今日のスケジュールです。私の単位は1日の計です。その中で地球の自転と同じで毎日やるのを日課としています。ご飯を食べるのも日課だし、眠るのも日課です。それに私の場合はこのブログを書くこととエクササイズが日課です。
食事について言えば年金生活者になってから自炊に切り替えました。外食のない日(1年で10回程度)以外は自炊しています。しかもその日の夕食で翌日のお昼まで2回分同じものを作るので、しかも朝食は食べないので1年で350回程度食事を作ります。
最近は人生は1日を何回生きれるかだと思って生きています。そうすると結構同じことをやっているので時計の要らない時計代わりの生活です。それでも毎日変化があり、予期せぬことも起こり、飽きません。大事なことは同じことの反復、継続でもいいので自分ですることです。
2026年01月03日
弱者をいじめて来た者が潰れている
パラダイムシフトという言葉が使われるようになって半世紀が過ぎましたがまさにパラダイムシフトの時代です。この言葉が使われてから半世紀が経ちました。オールドメディアという言葉も一般化して来ました。言われ出したのは10年くらい前からですか?
産業革命はまさにパラダイムシフトでした。しかし歴史上は世の中が変わる時は戦争等動乱で政治体制の崩壊が年表の色が変わるように一般的でした。今回のパラダイムシフトを起こしたのは戦争ではなく、インターネットの出現からでしょうか?
メディアだけでなく、オールドと言われる体制が崩壊過程に入っているというか、もう崩壊しています。そして後追いするように地球を支配して来た政治と経済体制の崩壊しています。
我が社は超零細企業です。世の中で言えば最末端企業です。まず社会の変化や困難はその末端の最弱者に苦しみがやって来ます。苦境は産業分類は関係なく零細事業者への圧力、困難から始まります。
コロナ以降、零細企業者はどん底に落とされました。多くの企業が倒産、閉鎖に追い込まれました。生き残った零細事業者は払いたくても税金も払えないし、銀行も融資してくれません。
債権を持っている取引先から罵詈雑言を浴びせられながら、息の根が止まる寸前で息をしています。要は世の中の犠牲になるのは末端の弱い者です。
でもどうでしょう?コロナ禍からもう数年が経ちました。ここに来て大企業がバタバタと倒産しています。弱い者をいじめて来た税金徴収省庁が立ち行かなくなっています。
あれだけ弱い者をいじめた銀行も明日はいや今日は我が身です。どんどん行員が辞めています。大企業も自動車だけでなく日本の世界の雇用を担って来たものが今では崩壊寸前です。
オールドと呼ばれる産業はみんなそうです。この数年で社会のしくみが崩壊するパラダイムシフトが起こっていることさえ気づかずに弱者をいじめて来た体制はもう崩壊しています。2〜3年前まで「俺たちはエリートだ」とうそぶいていたエリートが社会の動き、流れすら読めんのか?と嘲笑いたくなります。
「ニュー」に乗った者、「オプソ」から新しいものを造ったものだけが生き残れます。
産業革命はまさにパラダイムシフトでした。しかし歴史上は世の中が変わる時は戦争等動乱で政治体制の崩壊が年表の色が変わるように一般的でした。今回のパラダイムシフトを起こしたのは戦争ではなく、インターネットの出現からでしょうか?
メディアだけでなく、オールドと言われる体制が崩壊過程に入っているというか、もう崩壊しています。そして後追いするように地球を支配して来た政治と経済体制の崩壊しています。
我が社は超零細企業です。世の中で言えば最末端企業です。まず社会の変化や困難はその末端の最弱者に苦しみがやって来ます。苦境は産業分類は関係なく零細事業者への圧力、困難から始まります。
コロナ以降、零細企業者はどん底に落とされました。多くの企業が倒産、閉鎖に追い込まれました。生き残った零細事業者は払いたくても税金も払えないし、銀行も融資してくれません。
債権を持っている取引先から罵詈雑言を浴びせられながら、息の根が止まる寸前で息をしています。要は世の中の犠牲になるのは末端の弱い者です。
でもどうでしょう?コロナ禍からもう数年が経ちました。ここに来て大企業がバタバタと倒産しています。弱い者をいじめて来た税金徴収省庁が立ち行かなくなっています。
あれだけ弱い者をいじめた銀行も明日はいや今日は我が身です。どんどん行員が辞めています。大企業も自動車だけでなく日本の世界の雇用を担って来たものが今では崩壊寸前です。
オールドと呼ばれる産業はみんなそうです。この数年で社会のしくみが崩壊するパラダイムシフトが起こっていることさえ気づかずに弱者をいじめて来た体制はもう崩壊しています。2〜3年前まで「俺たちはエリートだ」とうそぶいていたエリートが社会の動き、流れすら読めんのか?と嘲笑いたくなります。
「ニュー」に乗った者、「オプソ」から新しいものを造ったものだけが生き残れます。
2026年01月02日
「オプソ」はとても魅力的な言葉
昨年は新たに始める加工食品エクセレンス検定試験のテキストを書いていました。その後は時間ができたので「朝鮮半島の食と酒」と10年前に買って読んでいなかった本を手に取りました。今回の検定試験のポイントがお隣の国ではどんな感じかな?と思って。
かつ、今後は九州に帰り、お隣の韓国人と直接話せるように勉強しようと思って、その習得のノートを作りました。私は元来、韓国に非常に興味があります。古代史が好きなので糸島の先祖は朝鮮半島にあると思うと胸がわくわくします。
この2ヶ月で6冊のノートができました。それを上手にテープと糊とホチキスを駆使して1冊にして持ち歩けるようにしました。これをしっかり学べば韓国人と通常会話ができるようになるというものです。(と言ってもしっかり学ぶということがこれから待ち受けています)
その中にで一番勉強になったのは韓国語では「ある」を「イッソ」と言います。「ない」は「オプソ」です。今までは単なる単語としてしか耳に入ってこなかったですが今回、学んでいると「オプソ」について感心しました。
「ある」に対して「ない」ですから単なる否定です。日本語だとそうです。英語でも「イエス」対する「ノー」です。でも韓国語の「オプソ」という言葉も「ない」という意味ですが、何か「ないというもう1つの世界があるよ」というニュアンスを感じます。
この言い回しだとオプソいう世界の覗いて見たくなります。何か「オプソ」という誰も知らない世界には何か魅力的なものが溢れているのではないか?と積極的な気持ちになります。「ねえ(ない)」、「ノー」と言われりゃ頭に来ますが「オプソ」と言われるとそっちに行こうか?という気になります。
実際、韓国人はそこまで思って使っていないと思いますが、私は「オプソ」は「無」ではなく「我々の知らない新しい世界」の感じです。要は「オプソ」は「ノー」ではなく世界の存在を認めています。
実は今年度から開始する「加工エクセレンス」認定試験はまさに受験者に今の加工食品業界で「オプソ」である「天然のはたらき・自然の手法で、日持ちする、おいしい加工食品をつくる」は実は「オプソ」ではなく「イッソ」なのです。
かつ、今後は九州に帰り、お隣の韓国人と直接話せるように勉強しようと思って、その習得のノートを作りました。私は元来、韓国に非常に興味があります。古代史が好きなので糸島の先祖は朝鮮半島にあると思うと胸がわくわくします。
この2ヶ月で6冊のノートができました。それを上手にテープと糊とホチキスを駆使して1冊にして持ち歩けるようにしました。これをしっかり学べば韓国人と通常会話ができるようになるというものです。(と言ってもしっかり学ぶということがこれから待ち受けています)
その中にで一番勉強になったのは韓国語では「ある」を「イッソ」と言います。「ない」は「オプソ」です。今までは単なる単語としてしか耳に入ってこなかったですが今回、学んでいると「オプソ」について感心しました。
「ある」に対して「ない」ですから単なる否定です。日本語だとそうです。英語でも「イエス」対する「ノー」です。でも韓国語の「オプソ」という言葉も「ない」という意味ですが、何か「ないというもう1つの世界があるよ」というニュアンスを感じます。
この言い回しだとオプソいう世界の覗いて見たくなります。何か「オプソ」という誰も知らない世界には何か魅力的なものが溢れているのではないか?と積極的な気持ちになります。「ねえ(ない)」、「ノー」と言われりゃ頭に来ますが「オプソ」と言われるとそっちに行こうか?という気になります。
実際、韓国人はそこまで思って使っていないと思いますが、私は「オプソ」は「無」ではなく「我々の知らない新しい世界」の感じです。要は「オプソ」は「ノー」ではなく世界の存在を認めています。
実は今年度から開始する「加工エクセレンス」認定試験はまさに受験者に今の加工食品業界で「オプソ」である「天然のはたらき・自然の手法で、日持ちする、おいしい加工食品をつくる」は実は「オプソ」ではなく「イッソ」なのです。
2026年01月01日
日本をエクセレントローカルにする
今年はこのまま朽ちるか、もう一(ひと)仕事するかの大事な年になります。2年間私を悩まし続けた右側膝痛もいろいろ毎朝工夫してエクササイズしていると最近、効果が出て来ました。
何か?決め手になる確信の言葉が欲しいと思っていましたら元旦の今朝もやっていたらわかりました。要は「骨盤(&背骨)を立てる」でした。
さて私のこれからの人生の一言は何でしょう?「エクセレントローカル」です。(一社)エクセレントローカルを設立して現在10期になっていますがコロナ以後は休眠でしたら再活動の準備は2年前から始めています。
日本が冴えません。というか私は自分の会社を経営不振と言い続けていますが当社だけでありません。大手企業も日本自体も沈没寸前です。当社をなじっていた銀行も行政機関もほぼ機能不全です。今頃になって自分の無能にようやく気づき始めています。
日本のリーダーたちはアメリカかぶれと中国頼りの人が多いので外国との連携や資本注入でこの危機を逃れようとしています。しかし、それは事実上その国々の属国に成り下がることです。為政者の懐が温かくなればいいというものではありません。日本自体が温(ぬく)くならなければなりません。
どうすればよいか?エクセレントローカルです。日本には田舎(いなか)と呼ばれる地域があります。渡来人はいつ日本列島に来たか知りませんが、相当昔からこの列島に住んでいます。弥生時代のずっと前から。
江戸時代が自給自足日本完結社会の成熟期でしたが列強、アメリカが太平洋を横断できる船を持ったために日本の鎖国は壊れてしまい、それから100年足らずで日本は事実上、アメリカの支配下に置かれました。
この列島の田舎(いなか)を元気にすることです。そのためにはこのローカル(いなか)の魅力的な人材や資源等を活用するのが一番効果があります。いなかにしかエクセレントは温存されていません。日本の魅力発見とその資源化と活用です。
私の最後の仕事はこの仕事です。10年前から提唱している「エクセレントローカル」でこの国を元気にします。人生最後の仕事です。死ぬ日までやります。
何か?決め手になる確信の言葉が欲しいと思っていましたら元旦の今朝もやっていたらわかりました。要は「骨盤(&背骨)を立てる」でした。
さて私のこれからの人生の一言は何でしょう?「エクセレントローカル」です。(一社)エクセレントローカルを設立して現在10期になっていますがコロナ以後は休眠でしたら再活動の準備は2年前から始めています。
日本が冴えません。というか私は自分の会社を経営不振と言い続けていますが当社だけでありません。大手企業も日本自体も沈没寸前です。当社をなじっていた銀行も行政機関もほぼ機能不全です。今頃になって自分の無能にようやく気づき始めています。
日本のリーダーたちはアメリカかぶれと中国頼りの人が多いので外国との連携や資本注入でこの危機を逃れようとしています。しかし、それは事実上その国々の属国に成り下がることです。為政者の懐が温かくなればいいというものではありません。日本自体が温(ぬく)くならなければなりません。
どうすればよいか?エクセレントローカルです。日本には田舎(いなか)と呼ばれる地域があります。渡来人はいつ日本列島に来たか知りませんが、相当昔からこの列島に住んでいます。弥生時代のずっと前から。
江戸時代が自給自足日本完結社会の成熟期でしたが列強、アメリカが太平洋を横断できる船を持ったために日本の鎖国は壊れてしまい、それから100年足らずで日本は事実上、アメリカの支配下に置かれました。
この列島の田舎(いなか)を元気にすることです。そのためにはこのローカル(いなか)の魅力的な人材や資源等を活用するのが一番効果があります。いなかにしかエクセレントは温存されていません。日本の魅力発見とその資源化と活用です。
私の最後の仕事はこの仕事です。10年前から提唱している「エクセレントローカル」でこの国を元気にします。人生最後の仕事です。死ぬ日までやります。
2025年12月31日
人生は死ぬまで準備である
人生は生まれてから死ぬまで準備です。その準備も達成、完成することはありません。臨終の床でも看取ってくれる人のことなんか目に入らないで、「明日はあそこを少し、やり方を変えてやってみよう」と思いながらあの世に行くのが一番幸せです。
課題があればその対応を考えます。いわば解決の準備にかかります。生まれて死ぬまでそうです。赤ちゃんだってそうなの?おっぱいが欲しくなれば泣きます。泣くことが解決への準備です。お母さんは「はい、はい」と笑顔で解決してくれます。
最近、私の友人や同僚との連絡が途絶えると気になります。まさか病気とか死亡ではないだろうから単なるズボラで連絡しなくなったのなら、あるいは私の窮状を見るに見兼ねて連絡を寄越さないのならそれでいいのですが。何か困っている状況にあるのではないか?と心配になります。
さて準備ですが、来年からの行動・活動の準備を十分にしました。それでも完璧はありえないので活動開始しながらレベルを上げて行きたいと思っています。完璧でないことは幸せなことです。永遠に課題への準備ができます。
人生思い返すとカネも大事ですが、人間の成長には試練が一番有効ですね。試練に追い込まれると何くそとやる気がメラメラ出てきます。カネがある時はつまらんことばかり考えてろくな人生にはなりません。何度か、調子こいて奈落の底に突き落とされましたが、何とか這い上がって来ました。
この2年間の会社の厳しい経営の状況の中で、あるやりたいことを「世の中のために必要だ」とわかっていましたが、70歳過ぎてそこまでやるパワーがなくなっていました。
それは次の世代に任せようと思っていましたが、このまま目を逸らしたら死んだ後、あの世で後悔すると思って準備しました。70歳の老人でも本気でその気になるとやれるものです。その準備したことを来年から世に問います。どうぞ、このブログを読んでくださっている方々、私の企画に手を挙げて下さい。
では来年が皆様に取って今年よりもさらによい年になることをお祈り申し上げます。今年も1年間、この自己満足ブログにお付き合いいただきありがとうございました。来年も、いや命のある限り毎日書きます
課題があればその対応を考えます。いわば解決の準備にかかります。生まれて死ぬまでそうです。赤ちゃんだってそうなの?おっぱいが欲しくなれば泣きます。泣くことが解決への準備です。お母さんは「はい、はい」と笑顔で解決してくれます。
最近、私の友人や同僚との連絡が途絶えると気になります。まさか病気とか死亡ではないだろうから単なるズボラで連絡しなくなったのなら、あるいは私の窮状を見るに見兼ねて連絡を寄越さないのならそれでいいのですが。何か困っている状況にあるのではないか?と心配になります。
さて準備ですが、来年からの行動・活動の準備を十分にしました。それでも完璧はありえないので活動開始しながらレベルを上げて行きたいと思っています。完璧でないことは幸せなことです。永遠に課題への準備ができます。
人生思い返すとカネも大事ですが、人間の成長には試練が一番有効ですね。試練に追い込まれると何くそとやる気がメラメラ出てきます。カネがある時はつまらんことばかり考えてろくな人生にはなりません。何度か、調子こいて奈落の底に突き落とされましたが、何とか這い上がって来ました。
この2年間の会社の厳しい経営の状況の中で、あるやりたいことを「世の中のために必要だ」とわかっていましたが、70歳過ぎてそこまでやるパワーがなくなっていました。
それは次の世代に任せようと思っていましたが、このまま目を逸らしたら死んだ後、あの世で後悔すると思って準備しました。70歳の老人でも本気でその気になるとやれるものです。その準備したことを来年から世に問います。どうぞ、このブログを読んでくださっている方々、私の企画に手を挙げて下さい。
では来年が皆様に取って今年よりもさらによい年になることをお祈り申し上げます。今年も1年間、この自己満足ブログにお付き合いいただきありがとうございました。来年も、いや命のある限り毎日書きます
2025年12月30日
相手の困り事に応えることが仕事
大体の企業・組織が12月26日(金)でご用納めです。役所から年末の挨拶のメールが入ります。そして来年は1月5日(月)仕事始めで来年もよろしくと書いてあります。
ここからが仕事です。仕事といっても何をするわけでもありません。待機です。この年末・年始が鬼門です。なぜなら私は昔、昔の半世紀くらい前、食品会社で外食用商品の営業をしていました。お得意様である飲食店は年末年始は稼ぎ時です。
どのお店も倉庫の在庫は事前にチェックして年末年始客数分は在庫があります。しかし、それは机上の空論です。必ず何かが足りなくなります。足りなくなるということは予めの予測よりもお客様の数が増えたということでいいことです。
お店から電話が入ります。「◯◯がなくなった。明日の分からもうない、トスケン、何とかしろ、午後5時までにもって来い」です。そんなことを言われても私は問屋ではないので営業マンではあっても在庫はありません。でも調達に動きます。
いくつかの問屋に電話して都合つかないか?聞きます。大体ないですが、どこかあるところを突き止めるまで電話します。そしてあったら年末休日に入っているのに取りに行って在庫を切らしたお店まで運びます。
そのお店の大将のほっとした笑顔にこっちも嬉しくなります。そうすると平常の時も私が勤めている会社の商品を進んで使ってくれるようになります。
前置きが長くなりましたが、今年もある町から26日(金)ある町の職員から年末の挨拶をいただいた途端にその町の特産かんきつの注文が入りました。年末年始、食材で使いたいとのこと。そういえば11月にそのかんきつをこの2店お店に商品案内していました。それを使ってくれるということです。
年末で出荷できないと断ればそれで終わりです。2時間前に私に年末の挨拶をくれたそこの町の職員に電話して「急遽注文が来た、31日着で出荷してくれ」と無謀な電話をしたらその職員は「わかりました」と嫌な態度すらせずにこのかんきつの出荷組合と生産者と配送業者に電話して届けることを可能にしました。
民間企業でもこの暮れのこんな注文は断ります。それをこの町の職員はやってくれました。彼は急注文したこの外食企業2社の料理長の心を掴みました。商売とはこんなものなのです。
ここからが仕事です。仕事といっても何をするわけでもありません。待機です。この年末・年始が鬼門です。なぜなら私は昔、昔の半世紀くらい前、食品会社で外食用商品の営業をしていました。お得意様である飲食店は年末年始は稼ぎ時です。
どのお店も倉庫の在庫は事前にチェックして年末年始客数分は在庫があります。しかし、それは机上の空論です。必ず何かが足りなくなります。足りなくなるということは予めの予測よりもお客様の数が増えたということでいいことです。
お店から電話が入ります。「◯◯がなくなった。明日の分からもうない、トスケン、何とかしろ、午後5時までにもって来い」です。そんなことを言われても私は問屋ではないので営業マンではあっても在庫はありません。でも調達に動きます。
いくつかの問屋に電話して都合つかないか?聞きます。大体ないですが、どこかあるところを突き止めるまで電話します。そしてあったら年末休日に入っているのに取りに行って在庫を切らしたお店まで運びます。
そのお店の大将のほっとした笑顔にこっちも嬉しくなります。そうすると平常の時も私が勤めている会社の商品を進んで使ってくれるようになります。
前置きが長くなりましたが、今年もある町から26日(金)ある町の職員から年末の挨拶をいただいた途端にその町の特産かんきつの注文が入りました。年末年始、食材で使いたいとのこと。そういえば11月にそのかんきつをこの2店お店に商品案内していました。それを使ってくれるということです。
年末で出荷できないと断ればそれで終わりです。2時間前に私に年末の挨拶をくれたそこの町の職員に電話して「急遽注文が来た、31日着で出荷してくれ」と無謀な電話をしたらその職員は「わかりました」と嫌な態度すらせずにこのかんきつの出荷組合と生産者と配送業者に電話して届けることを可能にしました。
民間企業でもこの暮れのこんな注文は断ります。それをこの町の職員はやってくれました。彼は急注文したこの外食企業2社の料理長の心を掴みました。商売とはこんなものなのです。
2025年12月29日
人間は落ちぶれてなんぼ
人間は落ちぶれてなんぼです。ここ2年前くらいから貧乏生活です。先日暮れの挨拶と言って息子が酒を持って尋ねて来ました。半年前まで当社の社員でしたがリストラで退社して今は業種の違う会社に勤務しています。
帰り際に少ないけどと言ってお小遣いをくれました。息子からお小遣いをもらったのは初めてです。正直、嬉しかった。家庭を顧みないで仕事、仕事の人生だったけど息子の配慮に頑張って来て良かったと思いました。
年金生活に入り、それだけで暮らしています。ギリギリの生活ですが、かえって年金は自分で自由に使えて幸せ感があります。収入の多かった頃よりも今の方が精神的に楽です。
外食はしない、酒は外では呑まない、オール自炊。洋服は2年間下着も含めて何も買っていません。節制生活なので10kg以上痩せて昔の服が着れてそれを新品と思えばこれまた幸せです。
会社には毎日行きますが引退しているので比較的時間があります。それで昔買ってろくに読んでいない本が数百冊あるので毎日それを読んでいます。その楽しみは至福です。
収入は1/7くらいまで減りましたが付き合いする人の数は1/10くらいまで減りました。打算と取り入ろうとする人がやって来なくなりました。今残った友人たちが私の本当の友人なのだと実感できます。
お金がなくなり、周りも真の友人だけになると人間は誰にも拘束されない自由がやって来ます。するとやりたいことが山ほど頭をもたげて来ます。神様、あと20年私に下さいと生存の欲が出て来ました。
ようやく私は真の人生を得ることができました。これも今まで歯を食いしばって来た人生に対する神様のプレゼントだと思って感謝しながら毎日を楽しく過ごしています。
帰り際に少ないけどと言ってお小遣いをくれました。息子からお小遣いをもらったのは初めてです。正直、嬉しかった。家庭を顧みないで仕事、仕事の人生だったけど息子の配慮に頑張って来て良かったと思いました。
年金生活に入り、それだけで暮らしています。ギリギリの生活ですが、かえって年金は自分で自由に使えて幸せ感があります。収入の多かった頃よりも今の方が精神的に楽です。
外食はしない、酒は外では呑まない、オール自炊。洋服は2年間下着も含めて何も買っていません。節制生活なので10kg以上痩せて昔の服が着れてそれを新品と思えばこれまた幸せです。
会社には毎日行きますが引退しているので比較的時間があります。それで昔買ってろくに読んでいない本が数百冊あるので毎日それを読んでいます。その楽しみは至福です。
収入は1/7くらいまで減りましたが付き合いする人の数は1/10くらいまで減りました。打算と取り入ろうとする人がやって来なくなりました。今残った友人たちが私の本当の友人なのだと実感できます。
お金がなくなり、周りも真の友人だけになると人間は誰にも拘束されない自由がやって来ます。するとやりたいことが山ほど頭をもたげて来ます。神様、あと20年私に下さいと生存の欲が出て来ました。
ようやく私は真の人生を得ることができました。これも今まで歯を食いしばって来た人生に対する神様のプレゼントだと思って感謝しながら毎日を楽しく過ごしています。
2025年12月28日
人類の歴史は協力助け合いの歴史
人類の歴史は殺戮の歴史と言われます。弱肉強食の世界の勝者が人類と言われます。が、私は違うような気がします。人類の歴史は助け合いの歴史ではないのかと思います。
小さな体を助け合った来たから知恵を使うため脳みそも大きくなり動物の中で一番頭がよくなった。また2本足で歩け、手を自由に使えるようになりました。
ダーウィンの言葉(本当はそうではないらしいが)に「強い者が生き残るのではない、変化するものが生き残る」という名言があります。この「変化」という言葉を「困難の克服」に変えると「強い者が生き残るのではない、困難を克服する者だけが生き残る」になります。
生き残るためには協力が必要です。人類だけが助け合い、庇い合い、知恵を出し合い協力し合ったから生き残ることができた。
自分に置き換えると年金生活に入り、2年が経ちました。一人暮らしなので孤独です。自分は会社の「生贄(いけにえ)」と思って毎日生きています。「非常事態が起こればまず私を一番先に差し出しなさい」それが私の役目です。当然のことです、創業者なのだから。
そんな生活は覚悟はしていますが気がつくと多くの人がさりげなく私に気を使ってくれています。来年からやる企画で知人友人に声をかけるとみんな喜んで「待ってました、鳥巣研二はこれで終わる人間ではないと思っていた」と言ってくれます。
この件で話をしたいというとするやって来るし、話を聞いてくれ、「私も同じことを考えていました、協力させてください、一緒にやります」と言ってくれます。
また会社でもさりげなく私のサポートをしてくれるスタッフもいます。困っていると最優先でやってくれます。故郷の糸島からも静かだけで熱い眼差しを送ってくれる仲間たちがいます。また、この30年苦楽を共にした地域にいる人たちも私を見てくれています。
人間は戦いの歴史ではなく、協力助け合いの歴史です。
小さな体を助け合った来たから知恵を使うため脳みそも大きくなり動物の中で一番頭がよくなった。また2本足で歩け、手を自由に使えるようになりました。
ダーウィンの言葉(本当はそうではないらしいが)に「強い者が生き残るのではない、変化するものが生き残る」という名言があります。この「変化」という言葉を「困難の克服」に変えると「強い者が生き残るのではない、困難を克服する者だけが生き残る」になります。
生き残るためには協力が必要です。人類だけが助け合い、庇い合い、知恵を出し合い協力し合ったから生き残ることができた。
自分に置き換えると年金生活に入り、2年が経ちました。一人暮らしなので孤独です。自分は会社の「生贄(いけにえ)」と思って毎日生きています。「非常事態が起こればまず私を一番先に差し出しなさい」それが私の役目です。当然のことです、創業者なのだから。
そんな生活は覚悟はしていますが気がつくと多くの人がさりげなく私に気を使ってくれています。来年からやる企画で知人友人に声をかけるとみんな喜んで「待ってました、鳥巣研二はこれで終わる人間ではないと思っていた」と言ってくれます。
この件で話をしたいというとするやって来るし、話を聞いてくれ、「私も同じことを考えていました、協力させてください、一緒にやります」と言ってくれます。
また会社でもさりげなく私のサポートをしてくれるスタッフもいます。困っていると最優先でやってくれます。故郷の糸島からも静かだけで熱い眼差しを送ってくれる仲間たちがいます。また、この30年苦楽を共にした地域にいる人たちも私を見てくれています。
人間は戦いの歴史ではなく、協力助け合いの歴史です。
2025年12月27日
商品そのものの魅力を見抜けるか
ちょっとした感覚でわかることがあります。私は運動神経が鈍いです。スポーツが下手です。なぜか?全力で体を敵に向かうからです。全部体を敵の前に持って行くと体のバランスが崩れます。
敵にぶつかる時に誰かが後ろで二の腕を掴まえて前に行かないようにしたら力を発揮できます。この後ろで前のめりにならないように引っ張ってくれる力がまさに人生においては人様に対する配慮・気配りではないか?と思います。これがあれば動作はスムーズに行きます。
商品を販売する時にプロモーションが必要です。かってはテレビ広告です。だから大手広告代理店が新商品の生殺与奪権を握っていました。最近はインターネットがその力を持ちました。
しかし広告宣伝はしょせん、広告宣伝です。だから目一杯商品をお化粧してキレイに見せます。でもその神通力も効かなくなりました(実際、笑い話みたいですが、実際、大手化粧品会社が経営危機に瀕しています。化粧の化けの皮が剥がれた)。
必要なのはそのものの魅力です。昨年、今頃佐賀県白石町が栽培推進する「璃の香(りのか)」(「璃の香(りのか)」はこの果樹の品種名、白石町はこれを「璃の雫(りのしずく)」とブランド名をつけています)を都内の外食店にプロモーションしました。
昨年のことで忘れていましたが3社訪問した中で料理長・シェフのいる2社から昨日注文が入りました。ちゃんと覚えてくれていてそろそろ時期だと思い出してくれて連絡くれました。商品の魅力とはそんなものなのです。
もう1社は数十店舗を経営する外食産業です。ここからの何の音沙汰もありません。昨年、評価してくれた調理人が全くの素人でプロという料理の作れない人でした。
商品の魅力というものは評価できる人がいて初めて輝きます。それを宝石と見抜くか、単なる石ころとみなすか?まさに相手の眼力と腕前です。ビジネスとはそれを求めている人の心にしか響かないということです。
敵にぶつかる時に誰かが後ろで二の腕を掴まえて前に行かないようにしたら力を発揮できます。この後ろで前のめりにならないように引っ張ってくれる力がまさに人生においては人様に対する配慮・気配りではないか?と思います。これがあれば動作はスムーズに行きます。
商品を販売する時にプロモーションが必要です。かってはテレビ広告です。だから大手広告代理店が新商品の生殺与奪権を握っていました。最近はインターネットがその力を持ちました。
しかし広告宣伝はしょせん、広告宣伝です。だから目一杯商品をお化粧してキレイに見せます。でもその神通力も効かなくなりました(実際、笑い話みたいですが、実際、大手化粧品会社が経営危機に瀕しています。化粧の化けの皮が剥がれた)。
必要なのはそのものの魅力です。昨年、今頃佐賀県白石町が栽培推進する「璃の香(りのか)」(「璃の香(りのか)」はこの果樹の品種名、白石町はこれを「璃の雫(りのしずく)」とブランド名をつけています)を都内の外食店にプロモーションしました。
昨年のことで忘れていましたが3社訪問した中で料理長・シェフのいる2社から昨日注文が入りました。ちゃんと覚えてくれていてそろそろ時期だと思い出してくれて連絡くれました。商品の魅力とはそんなものなのです。
もう1社は数十店舗を経営する外食産業です。ここからの何の音沙汰もありません。昨年、評価してくれた調理人が全くの素人でプロという料理の作れない人でした。
商品の魅力というものは評価できる人がいて初めて輝きます。それを宝石と見抜くか、単なる石ころとみなすか?まさに相手の眼力と腕前です。ビジネスとはそれを求めている人の心にしか響かないということです。


