2017年11月14日

名歯科医の言葉には迫力がある

昨日はJA新いわての「6次産業化ジャンプアップセミナー」第6回目でした。3年目に入りましたが、3年間かけて育成する目的でやっているので新規の受講者は認めていません。今年度の受講者は10名です。これだけの受講者が3年間受講していると言うことは素晴らしいです。

セミナーは2部構成でした。1部は歯科医指宿先生の食と健康がテーマでした。内容は非常に面白く、私も受講者席でしっかり聴きました。

人間は酸素を吸って生きていますがその人間の寿命を奪うものも酸素で活性化酸素と言うものである。

活性化酸素が体内に大量に発生する原因としては先生は12項目挙げましたが、「食品添加物」、「激しすぎる運動」、「大量飲酒」、「放射線の被曝」等が印象に残ります。

食品添加物は1つの安全は証明されていても、2つ以上のものを一緒に摂取した時はどうなるかは解明されていないそうです。

薬もそうだそうで、たいていの人がいろんな薬を一緒に飲んでいますが、6種類以上の薬を一緒に飲むのは止めた方がよいそうです。

また、「激しすぎる運動」についてはまらそんがよく例に挙げられます。つくづく沖縄空手でよかったと思います。

取り込んだ活性酸素を外に出す、あるいは活性酸素の無力化に役立つのが「酵素」だそうです。

「ビタミンC」、「ビタミンE」、「アントシアニン」ー赤ワイン、「イソフラボン」ー大豆、「カテキン」ー緑茶、「タンニン」ー緑茶、赤ワイン等テレビショッピングや通販でよく聞く健康食品ですね。

最近は食生活が変わり噛まなくなりました。しかし噛むことは脳に血液を送り込むポンプの役割をしているそうで噛むことは大切なことだそうです。玄米、おかずはごぼうやレンコンの繊維質。

また、唾液は毒消しパワーがあるそうで、唾液のペルオキシダーゼという酵素が発ガン性を抑える力があるそうです。よく噛みなさいということです。

名歯科医の言葉は迫力があります。
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2017年11月13日

時間管理で仕事の大半は成る

昨日は福岡空港から羽田空港に向かい、事務所・自宅に3時間いてそれから東北新幹線で二戸まで来て、バスで久慈に着きました。

今日から3日間一緒にセミナー講師を務めていただく歯科医の指宿先生と合流しました。指宿先生は77歳。2ヶ月前に引退されました。「鳥巣さん、私は最近眼が見えづらくなりました。このまま診療してミスすると一生苦しみながら人生を閉じることになります。それで引退することに決めました。この鳥巣さんのインプラントが最後の治療です」

先生とは35年のお付き合いです。食と農、歯と健康にすごい知見を持っています。「先生、ようやく指宿食と健康論を聞ける環境が整いました。当社のセミナーに登壇してください」ということで今回の先生登場ということになりました。

これから4日間一緒なので先生の健康法、食事のしかたを学びます。まず、びっくりが時間厳守。というよりも余裕を持った時間管理です。

先生は車に乗るのが苦手だそうです、昨日の久慈までの旅程も八戸まで新幹線で行き、それから八戸線に乗り、逆戻りするコースをしかも大回りのコースで久慈駅で待ち合わせました。

遅い時間に新幹線で二戸まで行き、そこから久慈までバスで私が久慈駅に着いた時はもう先生はいました。

先日やはり一代で100億円企業をつくった大商金山牧場の小野木会長と会食しました。その日、会長は庄内最終便で鶴岡に帰ることになっていました。銀座で食事をしていたので都営浅草線・京急で30分程度です。

会長のように忙しい人はフライト20〜30分前に羽田空港着かなと思っていたら、「飛行場には余裕を持って必ず1時間前に行く」主義だそうで、会食時間よりも羽田空港着時間を優先してお帰りになりました。

お二人に及ぶべくもありませんが私も「飛行場には1時間前着」派です。「出張の切符は原則週始めの日曜日まで購入」派です。

時間管理。自分でつくったタイムテーブルに自分が乗って仕事をすれば仕事は進みます。心の余裕が一番大切です。
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2017年11月12日

全員、他の職業からの農業参入

昨日は熊本県天水町の明るい農村天水、荒尾市の九州荒尾オリーブ村、福岡県の農業女子2名の訪問、懇談をしました。

私が糸島の出身なので、「人気の糸島をつくったのは誰ですか?」とよく聞かれます。答えは「誰もいません。あえて言うと伊都菜彩をつくったJA糸島でしょう。あとはその便乗者が福岡市等の他地域から流れ込んだだけです。それをメディアが煽っているだけです」

熊本県の「明るい農村天水」は天水グループの農業法人です。社長の嘉永湯世さん(写真上左)のお父さんがみかんの輸送業をやっており、みかんの衰退と共に廃墟と化したみかん山を農家に頼まれて買い受けて農業を始めました。

現在は湯世さんの経営になり、温州みかん・不知火・河内晩柑を生産し、全量自社加工して、自社販売しています。11月18日(土)には町田の駅前にショップを開店します。

九州荒尾オリーブ村の上園満雄さん(写真上右)は市役所を定年後、このオリーブ村を立ち上げて250本のオリーブの木を植えています。退職金の半分はオリーブに使ったそうです。

9月、10月に収穫が終わり、現在製油会社に行っているオリーブがオリーブオイルになって12月1日(金)から販売開始です。私は昨日6本予約購入しました。

夜は農業女子2名と博多駅前で会食しました(写真下)。鞍手町の花田農園の日高ゆかりさんとみやま市の徳永順子さんです。

日高さんは東京で私が講師をしたセミナーを受講したことがあります。ブロッコリー、かぼちゃがトマトの生産と同時にそれらのペースト製造販売しています。

徳永順子さんはみやま市農業委員会会長です。女子では初なのでは?休耕田に菜の花を植えて菜種油を搾っています。地元には私と仲がよいタカ食品工業鰍ェあります。面白くなりそうです。

それにしても嘉永さん、上園さん、日高さん、徳永さん。農家に生まれてずっと農家をやっている人はいません。他の職業、業種からの参入です。
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2017年11月11日

青森県藤崎町水谷さん伊都菜彩で実習開始

昨日から(社)エクセレントローカル絡みで福岡県糸島市にやってきました。というよりも帰ってきました。

私には糸島の行政から声がかかることはなく、付き合いがあるのは食関連事業者直(ちょく)です。高校の同窓や親戚関係という関連が多いです。

昨日はヨーグルト伊都物語で有名な且島みるくぷらんとの新工場(糸島工場)ができたのでその視察に行きました。

今までの工場は周船寺というところにありましたが、周船寺は福岡市です(50〜60年前は糸島郡)。でも企業イメージは伊都なので糸島です。ようやくブランドの地に工場を建設しました。

新工場は6次産業化でつくったので新ビジネスしかできないので、今まで外注だった牛乳を自社製造、ヨーグルトでは甘味を押さえた新製品やあまおうのようなフルーツ入りヨーグルトをこの工場で製造しています(写真上左)。従来の商品は従来通り、福岡(周船寺)工場で製造しています。

説明してくれたのは私の又従兄弟(またいとこ)の常務の田中和久さんです(写真上右)。祖母同士が姉妹でした。田中さんは父親から継承した酪農事業を営んでいます。糸島みるくぷらんとは設立からのメンバーです。

昨日は思いがけなく、母校の糸島高校の前を通ったので降りて写真撮影です(写真下右)。高校を卒業してから一回も来ていなかったので約40年ぶりにやってきました。何も変わっていませんでした。

当時は沖縄返還の時代でやたら教師が日教組を拠点に政治活動をしていました。「生徒を再び戦場には送らない」と立派なことをいうくせに生徒に暴力をふるう教師も多く、言っていることとやっていることは違うという世の中の原形をここで学びました。

昨夜の目的は当社が4年前からお手伝いしているりんご「ふじ」の発祥の地青森県藤崎町が農業拠点施設(ほ場、農産物直売所、加工場)を立ち上げるため、その責任者人材育成でその先生として「伊都菜彩」で修行する人材を派遣することになりました。

その人物が水谷さんで先週から伊都菜彩で実習しています。それで紹介した私と伊都菜彩の責任者の小金丸部長と糸島みるくぷらんと田中常務と私の活動拠点(社)エクセレントローカル荒井理事の5名で会食しました。
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2017年11月10日

自分しか見えていない人は憐れ

世の中にはいろんな人がいます。電車や新幹線に乗っていてそこを自分の家の居間と勘違いしている人もいます。横にいる人の迷惑になっているのがわからない。

講演のやって来る農村女性でも、中には常識のない人(ごくまれで私の友人知人はそんな人はいません)が紛れ込んでくることがあります。

セミナー会場をお茶飲み話の場と勘違いしています。関心のあることはこっちを見ますがないと隣の友達とお茶のみ話に興じ始めます。周りがまったく見えていない。

会社のような組織で働いた人はそんな非常識なことはしませんが、家族農業で上司もいない、命令する人もいない、営業販売先もない、気に入らなきゃ、ぷい。約束も守らない。問い合わせるとやっていない弁解をダラダラ。

専業主婦でもそんな人が多いです。亭主は働きに行って家庭にいないので好き勝手に家庭を支配している。外に出かけるのはスーパーに行く位。セルフ販売なので店員を会話することもない。

要は社会を生きていくための常識がない。それ以前に社会のしくみすら知らない。こういう人たちを農業経営者として育成しようとしている国も行政も大変というか的違いです。

えてして、こういう人の行動は自分しか世の中にいない。自分勝手やり放題。社会の中で生きていくためには自分以外の存在がいることをしっかり認識することです。

相手の立場を考える。忙しい、忙しいとばかり言っていないで、忙しいのは相手も忙しいのです。その相手に頼まれ事をしたり、交渉事をする時、少しだけでよいから「相手への気配り」、「相手への心遣い」ができるかどうか?

しいてはそれがビジネスにつながるし、人との信頼関係醸成に役立つのですが、それがわからない。年寄りは教えても変身できません。でも若い人は教えれば、実践でそれを体験して成長していきます。
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2017年11月09日

沖縄空手のきっかけはこの事業

昨日から沖縄県那覇市にやって来ました。一泊二日の急ぎ足出張です。昨日の那覇は暑く、長袖でやってきましたが、もしかしたらと思い半袖もバッグに入れていたので、到着と共に着替えました。

離島特産品等マーケティング支援事業の中間報告でした。離島の特産品をマーケティング手法を用いて魅力的なものに仕上げて、沖縄本島や本土でもっと売れるようにしようという事業です。

すでに6年目に入っており、私も当初から選定委員を務めています。当初は事業が選定されて、その支援という形でしたが、3年前から事業連携体を支援対象にするようになりました。

これのおかげで多くの離島の事業者とのパイプができました。石垣島、宮古島、津堅島、伊平屋島、久米島の事業者とは今でも親しくしています。

津堅にんじんサイダーもこの事業から生まれました。津堅島のにんじんをパウダーやペーストに一次加工して販売しようとして、その商談用のサンプルとして製造したのが人気になり、津堅にんじんサイダーが生まれました。

実際、この事業で磨きをかけた商品を本土で販売するところが必要です。それを沖縄県物産公社が担っており、沖縄県物産販売店「わしたショップ」で販売します。

それで知り合ったのが渡慶次さんです。渡慶次さんは沖縄空手をやっています。最初は私に、この離島特産品等マーケティング支援事業の席上で「今度、私がやっている空手の国際明武館が東京本部をつくることになりました。鳥巣さん、老後の健康づくりに空手をやりませんか?」から始まりました。2年前です。

それから1年もしないうちに渡慶次さんが銀座わしたショップの店長で東京に再赴任しました。それで現在も稽古をつけてもらっています。

津堅にんじんサイダーを発売した赤嶺かおりさんは今年の2月からスナック「キャロット」を開店しました。沖縄料理をおつまみに出しています。にんじんサイダーも飲めます。昨夜は「キャロット」で2次会をしました。

一方でこの6年間で消えて行った事業者もいます。これしか生きる道はないと覚悟してやっている事業者は生き残っています。
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2017年11月08日

娘世代の2人の女子の素敵な人生

私は羽田空港に行く時は住まいから最寄り駅の東銀座駅から地下鉄都営浅草線に乗ります。

ここから急行羽田空港行きに乗れば京浜急行線に直結しているので乗り換えなしで羽田空港に着きます。乗り換えが必要なのに乗ると泉岳寺か京浜鎌田で乗り換えなければなりません。

乗るのは出張のためなので混んでいる時間が多いです。しかし、品川に近づくにつれて出勤のサラリーマンが降りるので空いてきます。そこでたいてい座れます。座るとほっとします。乗っていれば勝手に電車が羽田空港に連れて行ってくれるからです。

もう羽田空港にいる気分になります。実際は羽田空港に着くかどうか何の保証もないのに。

18歳、あるいは22歳で会社という電車に乗ると定年まで行けると思い、ほっとしてしまいます。そこから40年間はただ乗っているだけ。何の成長もない人間になっていきます。18歳、22歳がその人の人生の到達点だったわけです。これは会社、仕事にだけ言えることではなく、結婚・家庭にも言えます。昔は寿結婚して専業主婦が普通の時代でした。うん10年ぶりにその人生を歩いた人に会うとたいていがっかりします。成長どころか、退化しています。

昨日は若い女子と話をする機会がありました。林絵里花さんは大学を出て福祉の仕事をしながら結婚、出産。月並みのでも幸せな人生が待っているはずでしたが、25歳の時に父親が急死。家業の飲食業を誰が後継するか?廃業するか?彼女が後継します。後継したばかりの7年前私のセミナーを受けに来たのを覚えています。

3年前にやはり当社のセミナーを受けに来た時は経営者の林絵里花になっていました。そして昨日当社が開発支援した加工特産品をいよいよ発売するということで挨拶に来てくれました。

アナウンサーの佐生知嘉子さんは昨夜イーローカルに来てくれました。私は彼女に1度しかしか会ったことがありません。1年半前のシーフードショーの講演の司会を彼女がしていました。向こうから挨拶してくれた時にずいぶん謙虚な人だという印象が残っています。

私の講演が始まると姿を消しました。しかし、私の話を聞いてくれていたようです。大学卒業後、その大学の助手をして、その後、食品分析の企業に勤めたりしたが、しゃべりがしたくてアナウンサーの道に入った。

自活・自立が前提なのでいろんな仕事をしながらアナウンサー業をしてきた。彼女は食と農に関心が高く、将来は農業をやりながら田舎暮らしをしたいという夢を持っています。

昨日は私の娘世代の2人の女性の生き方に聞き入りました。神様ありがとうです。
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2017年11月07日

エクセレントローカルのみが生き残っている

私が15年間勤務していた会社にはいろんな出自の人がいました。特に私の2年後から大量採用に入り、私の同期が男子大卒・大学院卒の採用がオイルショック後で30名程度なのに対して100名以上の新卒が入ってくるようになりました。

この会社は日本中にいや、世界中に当時「化学調味料(今はうまみ調味料)」と呼ばれる商品を製造販売していました(今でもしていますが)。

当時は日本国民がその商品を家庭で使用していました。私が入社する頃は高度成長時代のあとなので国民所得は上がり、加工食品の需要も旺盛でした。当然、そういった加工食品にも化学調味料が使われています。

会社の営業はスーパー・小売店向け家庭用営業、飲食店・外食産業向け業務用営業、食品メーカー向け加工用営業からなっていました。

採用が旺盛になると当然、得意先の子弟が多く入社してくるようになりました。特に男子の得意先採用社員は数年勤めて実家に帰っていくのが一般的でした。

それから30年経ち、地方に行くと多くの後輩が活躍しているのにはびっくりします。たいていが30歳前後で家業に戻り、社長に就任しています。

栄枯盛衰ですから、地方問屋は倒産、地方スーパーは合併吸収、地方メーカーは廃業あるいは不動産業へ衣替え等厳しい現実もたくさんあります。

しかし、生き残っているところは間違いなく、エクセレントローカル企業になっています。そして社長も親から引き継いだものをそのまま経営しているところはほとんどありません。みんな世の中の変化に対応して変身しています。

昨夜、イーローカルに私の会社の9年後輩の名古屋に本社を持つI社のN社長がお見えになりました(写真)。

ブランド力、商品力で地方醤油メーカーでは他社を圧倒する存在です。自社醤油をベースとして加工食品も製造する総合食品メーカーに成長しています。

「国産しょうゆ」という大胆なネーミングの商品が売れています。「食品添加物無添加 国産小麦 国産大豆100%」とパッケージに明記してあります。

どうです。私の持論「国産原料」、「食品添加物不使用」とまったく考えが一致しています。嬉しくて昨夜は飲みすぎました。
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2017年11月06日

鶏が先か、卵が先か。決断するのが経営者

私がやっている空手の先生は月に1回沖縄県那覇市からやってきます。東京本部ができたのはちょうど2年前でその時に私も門を叩きました。

当初、先生は連続で2日間教えていましたが、今年から連続3日の稽古になりました。その効果で埼玉稽古場ができました。

その先生が来年から軸足を東京に移すそうです。お父上と弟様が沖縄本部を守り、運営していくそうです。

館長であるトップ自らが東京の開拓に来るとは思いきった決断です。まだ、40歳前の館長とそのご家族の将来の夢もあるのでしょうが。

現在の収支からすると東京本部の採算には合いませんが、事務局長の積極的な動きで2年間で3倍の会員数になっています。また、先生がいない時に稽古をつけてくれる先輩たちもしっかりしています。

鶏が先か、卵が先かです。50名くらいに会員がなるのを待って東京に軸足を移すか、来年から東京に住んで毎日教える体制をつくることで東京本部を急成長させるかです。館長の決断は正しいです。

末席レベルの会員である私でも東京進出を成功に導く協力をしなくてはと思います。

会社が成長の段階で常にその決断を迫られます。投資が先か、回収優先かです。

当社も昨年から堅実経営をかなぐり捨てて、新規ビジネスに参入しています。レストラン事業、ビジネスとは言えませんが、一般社団法人の設立、さらにはヘルス・ビューティビジネスも現在もくろんでいます。だから、キースタッフの代表を下りたんでしょうと勘ぐられれば多少当たっています。

が、それも鶏・卵論議です。キースタッフの代表を下りたので新ビジネスをできる余裕が私にできたとも言えます。

お金の調達が大変ですがそれも身の丈に合った金額でのシュミレーション済みです。怯むことは何もない。ゴーです。

さらにキースタッフ本体でも経営陣が新規スタッフの採用に動いています。人を1人採用するのは使い捨てのブラックではない当社にとっては大きな決断です。若い経営陣が鶏が先と判断したのでそれが正解だと思います。
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2017年11月05日

究極の目標は今、生きていること

最近、気にしていることがあります。こっそりと。11月になり、来年まであと2ヶ月になり、そのあせりも日々増加します。

それは来年64歳になるということです。私は早生まれなので同級生の大半はもう64歳です。60歳になる2〜3年は焦りましたが、なったらなったで70歳まで10年あると思い開き直りましたが、64歳と言えば65歳の一歩手前ではありませんか。65歳と言えば四捨五入すると70歳です。我が国男子の健康寿命です。

世の中は最近、「アンチ老い」です。食事も運動も若さ、健康、ビューティが目標です。確かに私もそれを念頭に置いて暮らしています。

断酒、粗食、空手、医療機関での定期診察、会社経営からの離脱等「アンチ老い」のためにやっています。ある女医いわく「元気で長生きするためには恋愛。特に若い彼女をつくることよ」それは現実的には不可能ですが、「若さを保つ」ために行われていることはすべて「アンチ老い」です。「老いの先送り」、「老いのカモフラージュ」、「老いの否定」?

「なにせうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」7〜8年ぶりにこの歌が突然頭に浮かびました。閑吟集のなかにあると言われています。それで書店にはないのでネットでとりあえず読み易そうな閑吟集本3冊を買って読むことにしました。老後の生き方がここに書いてあるような気がします。

「アンチ老い」ではなく、「上手な老い方」とは。歯を食いしばって今を耐えて、長い人生を手に入れようとするよりも老いに合わせた上手な生き方があるのではないか?

断酒よりも飲みたい時に飲む。食事もたまにはグリーシーなごちそうを。空手も気が向いた時に稽古する等。

それは老いていくと言う現実、宿命を自然に受け入れること。将来の目標よりも1年の目標、さらに今日1日の目標、さらに今この瞬間の目標、究極は目標は今生きていることだけ。そんな人生を歩けたらよいですね。
posted by tk at 10:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする