2020年06月28日

人は自分を認めてくれた人の商品を買う

イベントなんかで実際に販売してみます。いくら説明してもお客様の反応は鈍く、反応がありません。売れもしません。ショックで傷つく人は半人前どころか、0人前です。

四半世紀前に政界のプリンスと呼ばれた中村喜四郎氏は現役国会議員のまま、ゼネコン汚職で逮捕されます。裁判で有罪となり、服役しますが、その後も立候補し続け、何と現在まで無敵の14回当選を重ねています。彼のキャッチフレーズは「党より人」です。

この人が常に「誰も聞いていない場所で演説を続けられるようになってようやく政治家は1人前」と言っています。今でも無反応を確かめるかのように人のいない場所で街宣活動をしているそうです。そこに立って聞いている人は誰もいないそうです。手を振る人もいない。

その人が自力で14回連続当選しているということは選挙民は彼を無視しているのでもなく、聞いていないのでもなく、ちゃんと聞いているのです。だから選挙では票を入れてくれる。そして、選挙民からの要望があれば必ず自らが聞いて、自らが応対するそうです。

何かを売り出してもそう簡単には売れません。お客様の財布からお金を出してもらうのは本当に大変です。ただのサンプルは誰も褒めてくれますが、買ってはくれません。

買ってもらえない落胆の表情が出たら負けでしょう。買ってくれなくても熱心に売り続ける。大半が買う気がない人であることも事実ですが、中には買うかどうが迷っている人も必ずいます。その人の心に入れるかどうか。熱意ですね。

お客様の反応を確かめるように、お客様からの言葉に耳を傾けることも大切です。絶対、無視しない。面倒臭い要望でも可能な限り、対応する。今できなければ帰社してから必ずその回答をする、あるいはサンプルを送る。

お互いの心の通い合い、気持ちが通じ合った時にお客様はファンになって買ってくれます。私はテレビに出ました。メディアに取り上げられましたなんて何の自慢にもならない。お客様にとっては自分だけを認めてくれればよいのだから。
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2020年06月27日

加工食品のブランディングは品質と技術

例えば、シャネルのデニムパンツの価格を見ると200,000円位です。一方、ユニクロのデニムパンツは2,990円位です。価格差は197,010円あります。両方とも見事に経営が成り立っているということはそれぞれにお客様、ファンがいるからです。

では製造原価はどのくらいでしょう?マル秘なので私にもわかりませんが、勝手な想像ですが、前者は10,000円位、後者は1,000円位ではないか?と思います。販売価格から製造原価を引いたのを粗利とすると前者は粗利は190,000円です。後者は2,000円です。

価格差は何か?2つでしょう。ブランド力と品質そのもの差でしょう。一番はなんと言ってもブランド力です。世界の頂点のシャネルブランドのデニムパンツを身に付けると200,000円の価値があるということでしょう。後者を履いていると大体高くて3,000円くらいかなとわかります。

では実質的な品質さはどのくらいでしょうか?前者が10,000円の製造原価に対して、後者は1,000円だとすればその差は9,000円です。たった9,000円の差で販売価格では197,000円の差になります。

しかし、この9,000円の差に技術と品質が込められているのです。安いブランドはたいていが既に中国を通り越して、ベトナムも通り越してミャンマーやバングラディシュで製造されています。

では前者はどこで製造されているか?世界の超高級ブランドのアパレルの縫製はほとんどが日本だそうです。当社社長のお母さんは縫製技術を持ち、もうすぐ80歳なのに現役で世界の超高級ブランドの縫製をしています。アパレルの業界は分業なのでお母さんは縫製の中でも糸が表に出ない内から内へ縫っていく針縫いをしています。この技術はお母さんでなくてはできないそうです。実家に帰るとびっくりする高級ブランドが仕事場に積まれていると言っています。

ここからが今日の本題。では食品業界はどうか?ジーンズで言えばユニクロのレベルです。安く、たくさん作って売る。だから低収益に喘いています。一応商品にはブランドも付いていますが、安売りブランドのイメージばかりです。

中には時々ぎょっとするほど高いものがネットで販売されています。気になって買うと、高いのは価格だけで品質はサイテーというのも蔓延しています。2度と買わない、お客様を裏切っています。

当社が、私が目指しているのは、当社がこれから自ら加工の世界に入るのは、これから当社が地域の加工のお母さんとやりたいのはシャネル化です。でもあの価格で販売できるブランドの形成まではとてもできません。目指すのは製造技術・品質のシャネル化です。

農家には素晴らしい農産物があります。コックさんには調理技術があります。メーカーには加工技術があります。これをうまくマッチングして分業体制を作ればお客様が納得してくれる品質レベルのものが生まれると信じています。最近、やっているのは実はこの準備です。
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2020年06月26日

この仕組みを自由経済とは笑ってしまう

嘘のようで本当の話です。ある村で道の駅に併設する農産加工場を建設しました。この加工場で製造してこれを隣接する道の駅で販売しようという考えです。今年から稼働しています。

しかし、このコロナ騒ぎで道の駅の販売が減少しています。それで加工場で製造する数量や品目数が当初目論見よりもだいぶん下回っています。そこでこの道の駅の運営協議会の幹部メンバーから、こんなに稼働しないものなら潰してしまえという意見が出ました。稼働してまだ半年足らずなのに。

それを言ったのはこの加工場の建設を請け負った地元の建設業者です。建設費用の2億円をちゃっかりいただいている企業の社長です。最初はジョークで言っているのかな?と思っていたら本人は本気でそう言っているそうです。

もう2億円を獲得したのであとは加工場は野となれ山となれ、俺には関係無い。稼働率が低くて村の足を引っ張るくらいなら潰してしまえということらしいです。普通はこの加工場の稼働率を上げるために村のリーダーたちは知恵を絞るのが役目でしょうに。

建設業者がみんなそうではないでしょうが、正直呆れます。行政予算で行われる建設、工事を請け負う建設業者はまだこんな経営がまかり通りのだとびっくりです。大手ゼネコン社員の下請け業者に対する態度、びっくりするくらい尊大です。

建設業界はピラミッドの頂点から幾層にも重なった構造を下々の業者に下りていきます。その間、それぞれが上前(うわまえ)を跳ねるので最後の末端(最下層)の業者は人工(にんく)賃程度しか回ってきません。

現在、社会問題になっているコロナ禍の給付金がある特定企業に丸投げされてそれを数社の大企業が2次受けして、さらに末端へ下りていきます。多分、ゆうに5〜6層は形成され、ピンハネされているでしょう。それは東日本大震災の時もそうでした。原発事故処理業務は7〜8層くらいのピラミッドで末端に仕事が下りていました。

食品業界はどうか?縦の引き算ピラミッドはないですが、横の足し算構造です。農家ーJAー全農ー産地卸売市場ー消費卸売市場ー仲卸ー小売店ー消費者の構造です。農家が10円で出荷したものが消費者には100円で届きます。

いつの世も中間搾取した者が富を得ます。それが自由主義といい、民主主義というのですからおかしいですね。耕さない者が儲けている、ああ情けなや。
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2020年06月25日

何事も努力している人には勝てない

昭和30年生まれで今、65歳です。青森県で生まれて、実家は農家でした。8反の水田と1.2町の畑を所有していました。しかし、現金収入の得られる出稼ぎが村でも盛んで、親父は11〜3月までは関東の道路工事の出稼ぎに行っていました。

8反の水田が親父が夏場に田植えをして稲刈りが終わると出稼ぎに行きました。出稼ぎに行っている会社から現金封筒が毎月送られてきてそれが生活費でした。畑は1.2町歩ありましたが、出稼ぎの方が収入になるので母親が生活で食べる程度野菜を作っていました。

親父が出稼ぎ先のマンホールに落ちて大怪我をしてから出稼ぎは止めて、地元で土木工事の作業員で働くようになりました。親父も母親も働きすぎのせいか、60歳代で倒れて80歳を超えて亡くなるまでずっと施設に入っていました。

私は親戚のおじさんが北海道で競争馬の飼育の仕事をしており、それに憧れて、北海道に行こうと思い、高校卒業して定職につかずにその費用をアルバイトで稼ごうと働きました。ガソリンスタンドで働いていた頃、高校の先生が近くによい建設会社が募集しているので行けと言われて就職しました。

40歳で専務になり、45歳で独立しました。入社当時は施工管理から施工、工事まで受注していましたが、手間ひまのかかるフルファンクション機能を捨てて受注だけして実作業は下請けに丸投げ会社になり、業績が悪化しました。

慕ってくれている現場作業員を引き連れ、新会社を起こして、もう20年が経ちました。それから10年後に農業に参入しました。参入したと言っても実家の荒れて鋤き込みだけしてその後はそのままにしている田畑に種を撒く耕作を始めました。

理由は60歳代で両親が倒れて、施設に入れた時に膨大なお金がかかると知って、行政に相談に行ったらそれなりの田畑等の資産があるので国の補助援助の対象者にならないと言われ、それなら逆にその田畑を活かそう思いました。

最初はニンニクを植えました。農業をやり始めたと家族も親戚も近隣の人にも言わずに、気づかれずに始めました。3年目にそれなりの収穫があり、農業開始宣言をしました。

その後、2町歩ににんじんを植えてその種から農薬・肥料、収穫までJAに委託したら私にJAから振り込まれたお金は27,000円でした。これじゃ食えない。それなら自分でやって自分で売ろうと思いました。

現在は産直とネットで販売しています。産直はスーパーのインショップです。毎朝午前3時に起きて、七戸の十和田地域から青森市内まで数店配達します。そして午前8時に戻り、それから仕事を開始します。

サラリーマン時代は健康なのにいつも体調がどこか悪かったのが、65歳にして健康診断でもどこも悪くなく、体調も最高です。農業を始めていろんなものを得ましたが最大は健康です。
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2020年06月24日

生活のリズム、心の平穏を保てることが人生の勝ち

毎日、山にんじん茶を飲んでいます。事務所にいる時はいつもこれです。厳密にいうと山にんじん茶と私好みの緑茶をブレンドして茶パックに詰めてお湯を注ぎます。事務所にいる時は一日5〜6杯飲んでいます。

山にんじん茶も緑茶もパウチ(袋)に入っているものを茶筒に入れ替えて飲む都度、必要なだけさらに茶パックに詰めます。今朝、茶パウチ(袋)に入っているのを茶筒に入れ替えようとして茶筒を倒してしまい、台無しにしてしまいました。安全無事できれいなところを回収しましたが、それでも半分はオシャカです。

原因はコロナ対策で毎日何回も消毒液で手を洗うので手がカサカサで脂っ気がなくなってしまいました。わかっているはずなのにそれによるミスです。この場合、半分なくしてしまったことを嘆くか?半分回収できたことを喜ぶか?当然齢重ねた現在の私は後者です。若い頃なら間違いなく前者です。

毎日、生きていて生活のリズム、ペースがあります。それが崩れた時が大変です。心やリズムを平静に戻すのが大変です。生きるペース、単位をどこに置くか?例えば本を書く時、200ページ書くにしても、それぞれ文章は原稿用紙2枚〜3分(1000字前後)程度で完結させています。その積み上げが1冊の本になります。

人生100歳。その超長距離マラソンを走っているわけではありません。年で区切ると100回、月で区切ると1200月、1日で区切ると36500日程度です。睡眠は1日最低でも1回はあります。眠っていると記憶がありません。一旦、死んでいるようなものです。そして朝になると生き返る。

人生の区切りを1日に置くと自分のペースやリズムや人生そのものを保ち易いです。人生の勝者になれます。勝者?勝つということは誰かを負かすことではありません。自分が幸せと喜びを感じて生きることができるかです。勝つことは競争することではなく、相対的に自分が幸せでいられるかです。

無競争の世界に自分を置く。毎日髭を剃る時に自分の顔を鏡で見ます。66歳の老醜がそこにいるか、30歳代のお兄ちゃんがそこにいるか、確認するとよいです。まず毎日鏡を見れることを喜ぶべきでしょう。そして自分におはようという。

毎日、元気でいられる、毎日仕事があり忙しい、友人がいて、話し相手がいる、今日も大いに笑える。それが勝つことでしょう。
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2020年06月23日

コロナ禍のおかげで新しく得るもの

桜の花が永遠に咲いていたら誰もきれいだとは思わないでしょう。散るからきれいです。人間も刹那を生きているからこそ人生の泣き笑いがあります。世の中は新陳代謝が前に進めています。

人生、仕事においていろんな企画を考えて提案を行います。あるいはアドバイスをします。それが受け入れられることもあれば相手が拒否することもあります。拒否はまだしも無視されることもあります。心が塞ぎますが、受け入れられなければ、受け入れる人を探せばよいです。

新型コロナウィルスで県をまたぐ行動が可能になりました。こっちは国の方針に従って行動していますが、地域によっては露骨にそれを嫌がる地域というより、人がいます。これまた地域愛に燃えている素晴らしい人なのでしょう。

こっちが行かなければよいだけのことです。歓迎してくれる人のところに行けばよいだけのことです。

こうやって、新規に切り開いた顧客やクライアントは大変貴重な存在です。まさに天の配剤、縁、巡り合わせを感じます。新しい世界が生まれていく感動があります。

それは予め、準備されているものなのかも知れません。何かを捨てなければ、新しいものは入ってきません。まさに自分がそれを必要とする時にそれが目の前に現れます。

コロナ禍でなくすもの、失うものも山ほどあります。3ヶ月の動けない期間はそれを悲しみ、憂いました。しかし今思えば新しいものへの胎動だったわけです。

何もないのに縁を切るのは恨みつらみを残します。コロナ禍で先方から切ってくれたことはまさに幸せなことです。コロナ禍は今までの人生も仕事もリセット、再構築する大きなチャンスです。自分を取り巻く環境が大きく動いています。
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2020年06月22日

都会からやってきて農業で身を立てる

1979年に東京農業大学に入学しました。学生時代は2〜4年卒業まで横浜の旧家の母屋を借りて4〜8名で合宿生活を行っていました。野菜を栽培してそれを住宅地に売りに行って学費を稼いでいました。卒業して種苗会社のに就職したが、その後、県農業改良普及員で入庁しました。

31歳の時に先輩が農業イベントの案内をくれたので夏休みに行きました。そこで同世代の若手農家と話しているうちに口先だけではだめだ。今すぐ、農業をやれと煽られて、県庁を退庁してこの地にやってきました。 2時間だし、うまく行かなくなっても近くの仙台市で働けば何とかなるだろうと思っていました。

住まいはちょうどよく空き家が見つかり、月3万円で借りました。そこで園芸を始めました。子供が幼稚園に行き始めた頃でこの広さはありがたかった。畑は6反借りました。たばこ農家がたばこの栽培を止めて2〜3年経っていました。

そこで露地園芸を始めました。ほうれん草市場に出荷しましたが、年間100万円にもならず、家族4人食うのがやっとでした。その年、友人のコメ農家が1俵(60kg)コメをくれたのを覚えています。

近隣の農家と3人と組んで無農薬栽培野菜セット販売を始めました。お客様ができ、1000万円以上に売り上げになり、1農家当たり300〜400万円の売上高になりました。しかし、人間関係がうまくいかなくなり、長続きせずに3年間で解散しました。

次第に地元に定着するようになり、トマトを栽培したいと思い、農協のトマト部会に入りました。新規就農の視察を受けました。胸を張って、トマトの話をした3日後、台風の大雨で全滅してしまいました。自然の無常さを感じました。

やっぱり、いいトマトを作りたい、という気持ちは収まらず、トマトを作るためのハウスを増設。研修生や息子たちとほとんど自分で建てました。ハウスは10坪から始まり、それから90坪を、さらに100坪、さらに250坪を建て増ししました。現在は1ヶ所に集中させて、1100坪を使用しています。

現在も借地農業です。自宅からちょっと離れているが、徐々に野菜づくりに適した畑に移動しました。

露地畑約70アールは移住して来た時から同じ面積です。主にねぎ、かぼちゃ、にんじん、ハウスは夏はトマト、冬はほうれん草、小松菜、春菊です。
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2020年06月21日

心の抵抗、摩擦、対立をなくし平にする

健康診断でγーgtpの数値がどんどんよくなっていますが、反面お酒を飲めなくなりました。次の日の二日酔いが酷くて苦痛です。それに二日酔いが酷いと心が塞がって、落ち込みます。いっそ、お酒を飲むのを止めようかと思っています。

私は高齢で元気な人に必ずお酒を飲みますか?と質問します。たいていの答えは「昔は飲んでいましたが、今はほとんど飲まなくなりました」です。逆に言えば大量の飲酒を毎晩している人には「高齢で元気な人はいない」ということにもなります。

健康と精神状態とものすごく関連していると思います。つまり、肉体を精神は一体でしょう。大量の飲酒はまずは精神を左右します。躁鬱になります。飲んでいる時は躁(爽)ですが、覚めると鬱状態です。これが続くと間違いなく、自分の肉体を傷つけます。次に他人、友人を傷つけます。そしてみんな離れて行き、最後はますます孤独になり、心身ともにボロボロになります。

お酒は関係なく、仕事をしている時はうまく行く時といかない時があります。仕事は必ず摩擦があります。対立があります。うまく行っている時は高揚しますが、一旦不調になると落ち込みます。

若い時は好調状態を持続して、どんどん積極的に攻めた方がよいです。それだけの知力も体力もあります。しかし、歳を取ると不調な状態、落ち込む精神状態を作らない方が上手に生きることができます。

いわゆる「気にしない」です。なるべく心の気がかりや障害を避けて通る。結果を出さないでそのまま通り過ぎる。相手の言うことを同調する。同調するが協力まではしない。さらには不快なことはさっさと忘れる。上りでも、下りでもない階段を歩く。つまり、階段、通路をフラットにして置く。

歳を取ると物忘れが激しくなります。これは神からの大切なプレゼントです。忘れてしまえば人を恨むことも憎むこともありません。ただそこにいる自分を楽しく生きる。それだけです。
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2020年06月20日

予期せぬお金は人生を狂わせる

ブログを書こうと思って画面を開いたら、昨日の順位がなんと210位、信じられません。こんな好き勝手なことを書いているブログを多くの方々が読んでくれています。実はここ2週間、私はブログで実験しています。

コロナ後に農業や食と農をビジネス、あるいは生活をしたいという人が増えるだろうと思って、その本を執筆しようと思って全国取材をしています。取材先は私の知っている人で私がこの人の生き方はぜひ本にしたいという人を取り上げます。

取材したもののあらましを次の日のブログで書いて、読者の反応を見ています。こういった生き方にブログの読者は興味を示すのかどうか?触りの部分だけですが書いて載せます。その結果が210位ということはニーズは高いということです。

ネットを見ているとコロナ蔓延の頃から地域特産品の販売が増えてきました。スーパーのチラシと何ら変わらない、それ以上に下品な「安い、安い」フレーズが並んでいます。地方に30年近く足を運んでいる私はどの地域にどんなものがあるか、多少わかっています。その私が聞いたことも見たこともない????と思う特産品のオンパレードです。

また、ネットでコロナ後の会社経営はどうなるか?マーケティング手法は?ビジネスモデルは?と言ったコンサル会社の宣伝情報も溢れています。その自称コンサルの名前も実績も聞いたことのない人があたかもプロのような顔で掲載されています。

東日本大震災でも多くのお金が投入され、それを権力に近い東京の大企業が受注して、地域がますます倒壊していくのをつぶさに見てきました。震災で辛い思いをした人よりも、震災後のマネーに踊ってしまった人の方が壊れてしまったのを見てきました。

さて、昨日に全国の往来が解除されました。国のお金が地方に大量に投入されます。虎視淡々と狙っている政商企業が手ぐすね引いて待っています。大震災後のバブル再来でしょう。

地域で農業をすることはその人のライフスタイルであり、その人の人生です。お金とは関係ありません。目くらませのお金がコロナ後の社会と人間をを狂わせないか心配です。だからこそ、しっかりした本を書きたいと思っています。
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2020年06月19日

農業は自己実現であると同時に奉仕である

仕事とは何か?金儲け?日本近代の会社や経済の仕組みをつくった福沢諭吉や渋沢栄一の書を読んでも仕事・事業は金儲けとはどこにも書いてありません.むしろ仕事は奉仕であるという考え方です.

アメリカでは仕事は金儲けという思想が強いように思います.アメリカンドリームとは大金持ちになることです.日本でも事業を成功させ、大企業に育てた人の名言集がベストセラーです。ということは今の日本も仕事=金儲けです。後から道徳をくっつけています。

私が物心ついた頃から大金持ちのなった人は不動産所得、株の大化け、最近ではネットでのビジネスモデルに成功した人です。そして会社を早く売って使い切れないお金を手にした人です。

最近、農業に参入した人を取材しています。農業の世界でリッチマンになろうとしたら生産規模拡大ですが今までの経営手法でした。たくさん作れば、コメがそうであったように政府が買い上げる価格が決まっているので売上高は相当なものになります。

買い上げ制度は無くなりましたが、たくさん作れば生産コストが抑えられて、実入りがよくなるという手法です。でもそれをやると農薬、化学肥料まみれの農産物ばかりになります。あるいは面積の広い国で作ったものが有利になります。

そのためには当然、生産設備や圃場の整備が必要ですが、それは補助金や一部は融資で行います。しかし、農業をすることとたくさん売上高を上げる事はあまり関係ないような気がします。現在、単純掛け算の世界はビジネスモデルとして人の心を動かすものではないような気がします。

農業以外から参入する人の多くは「田舎暮らしが好き」、「幼い頃から農業に憧れていた」と言います。反面、農家出身の人は農家を継承していない人がほとんどです。親が「百姓では飯は食えんぞ」と言っているからです。

実際、霞を食べて生きていけないわけですから、当然対価という商行為は発生します。農産物を販売して、対価を得てそれで生活して、農業を続けます。

取材をしていて共通しているのは農業を「自己実現」としていることと同時に「奉仕」の精神を持っていることです。いや、奉仕の精神ではない、実際に奉仕しています。農業は自己実現であると同時に奉仕です。損得だけではない、人間同士の心のふれあい、絆を大切にしている人が多いです。農業をするということは経済行為の原点に立ち返ることではないととつくづく思います。
posted by tk at 08:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする