2019年11月03日

この人は人生の活性感がないだろうな

自分の人生すらまともに生きれていないのに、人様の人生を云々言うのはおこがましいですが。この人は人生の達成感がないだろうなという人がいます。5年前に会った時も、10年前にあった時も、今日も同じことをしています。それは悪いことではないですが、成長がない。

人生の目標を達成するために仕事をしているのではなく、毎日の生活費を得るために職場に通っているそんな人がいます。仕事というよりも業務という作業の埋没しています。

こんな生活は私にはとても耐えられなくて、すぐに別の仕事を探します。パートのお母さんも単純作業の仕事をしているじゃないか?どこが悪いんだと反論が来そうです。

パートのお母さんはパートで得た収入を子供の学費に当てたり、生活費の補充にしたり、使い道をしっかり持っている人もたくさんいます。つまり別のところでの人生の達成のためにパートをしています。それはそれで立派です。

仕事に対して不平不満の多い人がいます。不平不満を言っている割には辞めません。なぜなら、今に安住しているからです。マンネリでできる楽さに逃げ込んでいるからです。ここから脱出して自分の夢を達成するのだという覇気がありません。

世の中にはお膳立てしてもらわないと動けない人が結構います。2タイプあって、能力がなくて動けない人と最高位にいて周りがやってくれるので動けない人もいます。どっちもどっちですが。問題は前者です。

自らお膳立てをして(シナリオを書いて、戦略を立てて)、それを自らが実現に向けて実行する。それが多分一番幸せな人生です。評論家ばかりの世の中です。特に私のような職業はそうです。そうならないように自戒の念も込めて書きました。
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2019年11月02日

我が社はこんな人材を育てたい

マーケティングとか商品開発という言葉が好きな人がたくさんいます。知的な響きでそれをやっている人は尊敬の目で見られるそんな職業、業務と思われています。

特にコンサルがこの言葉が好きです。よくコンサル女子が「この商品は私が開発しました」と言っているのを聞きます。「何をしたの?」と聞くと「こんな商品があればいいなと提案しました」という返事。これは商品開発ではありません。もっと滑稽なのは「現役女子大生が開発した商品」????

また、調理人がテレビで有名になると○○○○監修と銘打って発売されます。本当にそのコックが開発したのであればこんなまずいものは彼のプライドにかけても発売しないだろうにと思うレベルです。監修代というお金で契約しているからです。

流通のバイヤーがこの商品は「私が開発しました」と胸を張ります。PB(プライベートブランド)商品のことを言っています。これも嘘です。まず100%メーカーが試作品をつくり、何度かやりとりをして味とデザインが決まると発売されます。流通に商品開発のできる人材はいません。

あのチキンラーメン創始者のドラマをやっていました。掘っ立て小屋から商品が生まれた美談です。それは間違いありませんが掘っ立て小屋の試作だけではあの世界的な即席ラーメンは生まれません。

アメリカの小麦戦略が背景にあります。小麦に日本に売りたいアメリカが食パンの次に目をつけたのが麺食です。多分、当時日本の加工食品技術の後押しがあったので即席ラーメンは陽の目を見たとも言えます。出て来ませんが、アメリカ政府と日本政府の大きな協力があったはずです。

当社は加工食品開発のできるコンサル会社です。原料を使って、賞味期間のある加工食品や調味料を開発して、販売できる商品にすることができます。商品開発企画と研究開発ができます。

一番よいのは商品開発企画と研究開発の両方ができる人材です。こんな商品があったらと思うイメージを実際、加工食品にできる人です。現在の我が国大手食品メーカーは業務が細分化しており、それを企画アイデア段階から商品化まで一貫してやらせてくれません。だからどこも商品開発担当が育ちません。

昨日はイローカルの3周年記念でした。出てきた料理も素晴らしかった。この料理を食品添加物を使用しないで一定の賞味期間のある加工食品にする。そして発売する。ある意味、料理と加工食品の融合・一体化です。これができる人材を育てたいのです。
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2019年11月01日

試練を乗り越えるために人生・仕事はある

試練は人を潰すか、成長させるかです。私は65年間、試練を糧にして生きて来ました。母が亡くなった時も、大学になかなかは入れなくて2浪した時も、会社を理不尽にクビになった時も不思議と自暴自棄にならなかった。「天よ、我に艱難辛苦を与え給え」です。

いつも自分の居場所をマイナス地点に置いていれば、頑張って少しプラスになった時の喜びが大きいです。しかし、またすぐマイナスに戻ってもここが俺の常設居場所だと思えば平常心で生きられます。

仕事があることが一番幸せです。生活費を稼ぐ仕事を終生持っているということはそれは非常に恵まれた人生です。生活費が稼げなくてもそれでもよいかも。

毎日、ペットに餌をやらなければペットが飢え死にする、あるいは庭の草花に水をやらなければ枯れてしまう、近くの借りているハウスに行って収穫しないと農作物が全部ダメになる等毎日やることのある人は幸せです

若者や働き盛りの独身率が増えているのは、恋をして、家庭持つよりも日々の仕事の方が面白いからかも知れません。気が付いたら、あらもう50歳だよ私は。

人生は、仕事は当然試練を伴います。悩みは尽きません。その悩みや課題を少しずつ解決しながら進んでいきます。そしたら次の試練がやって来ます。永遠に続きます。死ぬ日まで。何が幸せかというと試練を乗り切り、次の試練が来るまでのひとときの時間が嬉しい。自分で自分を褒めてやれるちょっとの間の幸せです。

時々、「僥倖」で凄いラッキーを得る人がいます。誰もが羨ましく思います。しかし、不幸です。その日をピークに落ちていくだけです。落ち方も激しく、その落差はむしろ哀れを誘います。

小波に上手に乗りながら、時々来る大波をかわしながら、スイスイとは行かない人生を生きるのが一番幸せでしょう。

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2019年10月31日

トレンドよりも特徴・特長。自分に売る

商品開発をする時にどんな商品を開発するかポイントです。一般的には市場が伸びているトレンディなものを開発するということになります。もう1つは誰もやっていないけれど特徴のあるお客様は少ないけれど喜んでもらえる商品を発売するのどっちかだと思います。

前者のトレンディを追う新商品開発は「ターゲット」から入ります。一般的な月並みのマーケティング理論が教科書になります。市場が伸びているということは既に先行者がいるということになります。そして同じことを考えている者は多く、激しい競争になります。あなたは勝てるでしょうか?

例えば、サラダの市場が伸びているから、その市場に参入する。これは容易です。生野菜とドレッシングがあればできます。ごく簡単なのでみんな参入します。あなたは勝てますか?少し特徴を付ければ珍しさもあり、ちょっとの期間売れるかも知れませんが、すぐさらに目新しいのが出てきます。

では、誰もやっていないマーケットがない、あるいは小さなマーケット向け商品を開発した場合はどうでしょうか?トレンドがないというよりも顕在化していない潜在トレンドを見逃さずに、お客様が生活していてこんなことに困っているのではないか?あるいはこんな商品があればいいのではないか?そんな商品です。

こんな商品どうやって開発するのですか?と次の質問。自分がこれがあればいいなと思うものを開発する。自分が欲しいと思うものは少なからず同じものが欲しいと持っている人がいます。ターゲットは「自分」であり、差別化のポイントは「自分の生活の悩みが解決する、快適になる」です。

しかし、顕在化していない心(頭)の中にある潜在欲求に訴えるので、それが人様に受け入れられるまで時間がかかります。その間、お金だけがなくなっていきます。

私は小なるものの商品開発は後者だと思います。世にないものを開発することです。リスクが大きいのでは?いやいやリスクは前者の方が大きいです。多くのライバルとしかも大企業と戦わなければならないので。

しかし、どっちにしろ、経営者や社風に「ミスを認めるおおらかさ」がないと新商品開発・発売はできません。ミスをしてもそれは織り込み済み、それを師として改良、進化していくそんな会社でないと新商品、新事業は育ちません。ミスを許さないと社員は固くなってしまい、動けなくなります。そして何もしない方がよい会社になります。

見てごらんなさい、ミスを許さない会社がそれが死への最短距離と知らずに今日も行進しています。
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2019年10月30日

税務署、電力会社、郵便局をどう思いますか?

世の中は不思議な組織と人種がいるものです。税務署、電力会社、郵便局です。税務署といえば1年目から官民ファンドの社外取締役に就任しています。当然、大した額ではない(その業務に私が費やす日数とノウハウからすると)ですが報酬があります。

通常の会社の給与との合算になり、何と所得税率が上がってしまい、顧問税理士の指導でその会社の役員報酬の源泉徴収金とは別にさらに納税しました。なんか損した感じでした。

さらにちゃんと納税したのにまた追徴が来ました。納税日が2日遅れたのでその懲罰としての追徴です。この文章を見た時に呆れかえりました。じゃあ事前に連絡しろよ。こっちが税理士の指導で自発的に税率アップ分を納税したのでそれで気づいたくせに。怠慢はそっちだろう。まともな人間の書く文章ではない非常識なトーンでした。そのくせ、税金当局は権力者への忖度は盛んにやっています。

次は東京電力、突然電気が10月のある朝止まりました。追跡すると7月分の納付を忘れていたためです。その後の8月9月はちゃんと納付しています。なのに7月が納付されていないといきなり止める。それなら事前に7月が納付されていないことを告知すべきでしょうに。

当日私がいたからよかったものの出張中であれば何も知らずにそのままです。れいらんはどうなったでしょうか?彼らの行為は犯罪行為です。原発問題も西の方の電力会社で起きている利益還流事件もすべて犯罪です。それを常識だと思っている常識。腐り果てた組織の末です。

10月から郵便料金が値上がりしたそうです。知りませんでした。私はハガキ派なので常にまとめて200枚買います。前回買ったのは9月です。そのまま使用していたら、30枚一緒に出したのが一挙に戻ってきました。料金不足で。たった1円の。事前告知が行き届いていないんじゃないの?いまだ郵政省のつもりでいます。私のようなヘビーユーザーを敵に回して郵便局もどうするのだろう?年賀状の時期になるとノルマがあるとずいぶん泣きつかれたことがあります。

しかし、地方の郵便局は料金不足でも届けてくれているところもありました。地方で郵便局がどんな位置付けにあるかわかっている郵便局です。一方、突っ返してきたのは銀座中央郵便局です。小泉郵政改革って何だったんだろう?改悪じゃないの?

税務署はお上の末端徴収組織、電力会社・郵便局は元は国の組織です。お客様を見下しています。弱者優先行政は聞こえはよいですが、本来行政組織というのは普通に生活している国民へのサービス機関なのではないでしょうか?国民に感謝しなさい。
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2019年10月29日

お客様に知ってもらうこと、関心を持ってもらうこと

食の交流銀座エクセレントローカル(イローカル)の開店3周年記念企画を11月1日(金)に行います。新進気鋭の画家とのタイアップ企画です。その画家の作品が飾られ、購入できます。野菜のような食材に関する作品が多く、みんな感動してくれると期待しています。

開店から3年、あっと言う間でした。採算は赤字です。しかし、この赤字も織り込み済みだからあまり議論する必要はありません。大いに勉強になったことがあります。

土曜日に各地域の企画をやっています。そのためにその現地の協力者がその日は来店してくれることがあります。その方々が異口同音に、「お世辞抜きで、現地でもこんな美味しい料理を出しているお店はありません」とおっしゃいます。これは本音です。

それに対して料理長の返答「東京でこれだけ野菜、米、魚、肉等こんなに多彩で美味しく、新鮮な食材は手に入りません」これまた本音です。この両者の言っていることが的を射ているのは両地を行ったり来たりしている私が一番よく知っています。しかし、どうしてこういったお店が現地にも東京にもないのか?

市場(マーケット)がないからです。現地の人は外食店に行く時に現地の旬のものを食べたいとはあまり思っていません。定番のサーモンの刺身、シーザーサラダ、鶏の唐揚げ等を頼んで、最近はハイボールを飲んでいます。現地の居酒屋、料理店のメニューはお客様の食べたい料理でかつ食材の仕入れ値が安いオールシーズンある料理を出していると言うことです。

東京のお店はどうか?現地のこれだけ多彩な食材を取り扱う食品問屋、流通業者がいないのです。何故ないか?そんな外食店が少ないからです。そんな多彩な食材のニーズがないからです。品揃えしても在庫になって廃棄しなければなりません。レストランのメニューは問屋、流通業者の取り扱い食材で決まっている(制約されている)と言うことです。

食材生産者と料理人の気持ち、波長が合っても、それをつなぐ問屋等流通業者と料理を食べてくれるお客様の意向が経営に大きな影響力を持ちます。それで地域の食材を直仕入れして料理で提供するイローカルの業態が我が国外食市場で出現することはないのです。

これが3年間の総括です。こんなことなどわかって始めました。これから3年間が問題です。このマーケットが小さい市場が確実に増えている現実です。当店が10割だとすればその1割、2割の産地直接仕入れ、産地食材メニューのお店が出現しています。

当社が一番先を走っているだけの話です。こう思うとますます元気が出て、ますますやる気が出ます。11月1日(金)は是非ご来店をお待ちしております。
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2019年10月28日

スマホ係数が高い人は低所得層????

あっちこっちでスマホ社会です。都会の人は電車の中でもずっとスマホしています。田舎の人は都会に来るとスマホの道案内で歩いています。行動もすべてスマホに支配されています。買い物もスマホ情報、外食もスマホ情報何でもかんでもスマホ情報です。

ただではありません。月額相当な金額を払っています。所得が下がり、日本人は貧乏になっていうと言いますが、さらに所得の中から相当額のスマホ料を払っているのですから。よく若者は生活できるなと思います。

外食市場もスマホの登場で苦境です。スマホで外食の情報を得てもそれを食べるお金がない。だからスマホ代を差し引いた可処分所得内のスマホ受けする安くて、お得情報がいっぱいの虚構のお店が受けます。

昔はエンゲル係数(家計に占める食費の割合)が高い家庭ほど貧乏であると言われていました。例えば入って来る家計の半分以上が食費に使われたら、衣服、住居に使うお金がありません。ましてや医療費もなく、子供の教育費もありません。その日暮らしです。

よく江戸っ子は宵越しの金は持たないと虚勢を張りましたがこれは蓄えがなく、貧乏という意味でもあります。

最近はしみじみ思いますが、エンゲル係数の高い人ほど金持ちです。自分の所得からそれを食費に回して、素敵なお店に行ったり、こだわりの食材で料理をしたり、旅行も団体旅行でまずい冷凍食品料理を食べるのではなく、個のおもてなしの旅館・ホテルに滞在する。そんなライフスタイルはお金持ちだからできます。

ではその逆はエンゲル係数が低くて、スマホ係数が高い人は低所得者です。供給者(搾取者)もさすがで、スマホの料金設定が低所得者が払える最上限ぎりぎりで設定されています。スマホはバーチャル世界に案内してくれます。案内してもらえば、実際体験していなくても体験したふりをして話題にも参加できます。

悲しいといえば悲しい話ですが。最後は今自分が生きているのはバーチャルなのか?リアルなのか?わからない時代が来ます。その前に人生においてスマホは低コストなのか?高コストなのか?議論の余地があります。
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2019年10月27日

戦闘開始から終了までの修羅場

外食業とは刹那のビジネスで、今が全てです。今日、お客様が来ないと辛いし、来過ぎてもまたしんどいです。需要と消化が一体であり、需要量と数が読めないせいです。加工食品は在庫、保管というバッファーがありますが、外食業にはそれがありません。刹那の食欲を満たす仕事です。

3年前にレストランを開業して、今年4月から土曜日企画をやるようになり、土曜日の営業時間の8時間は私がマネージャーとホールに立っています。収穫は自分がいかに今まで奢った人間だったかがよくわかりました。あらゆる行動で私はずっと客側にいたのがよくわかりました。65歳で気づいても遅くありません。行動を変えなきゃ。

特別企画なので内容であるいは連携者の動きのよさでものすごい数の来店がある時があります。その時は開店の戦闘開始から閉店の終了までずっと戦闘状態です。お店は猛スピードで動き始めます。

1つ1つの動作はすべてお客様の希望、欲求を満たしたものでなければなりません。注文が遅れてもいけないし、予期せぬお客様の要望が飛んできます。お客様の荷物が席と席の間を塞いでおり、料理を運べない時があります。

グループで来てもその中に一人だけ食べるのが遅い、食べない、超遅刻して来るのもザラです。いつ料理を出して下げるかもタイミングが難しいです。でも仕事なのでやるべきことはちゃんとやらなければなりません。

自分の判断で行動します。するとクレームが来ます。それには平身低頭、頭を下げて詫びます。そしてぱっと忘れて、引きずらないで、次のテーブルの欲求に応えなければなりません。1コマ、1コマは刹那的な判断、直感を働かせないとできません。考えているひまはありません。

お客様が怒らない、なんとか納得してくれる最低限のサービスを8時間続けなければなりません。多分、戦争の戦闘がそうなのではと思います。頭で考えて、完璧な行動をやろうとすると敵の弾が自分を撃ち抜きます。

ラグビーも試合を観ていてそうではないかと思いました。ゲーム中は多分失敗の連続なのではないかと。自分の持ち場をしっかり務め、それを次にボールをパスして、お互いフォローし合って、敵陣目がける。失敗のフォローとそれを引きずらない、ものともせぬ攻撃力が勝利の秘訣なのでは。

終わるとほっとします。そのまま座り込みたくなります。お客様の評価、客数、売上高、繁盛具合、お店の採算等どうでもよくなります。そして営業中の失敗もすべて忘れてしまいます。やるのは1つだけ共に戦闘したスタッフを労をねぎらい合うことだけです。ラグビーがそうなんですって。多分、戦争戦闘も。
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2019年10月26日

意外にも目標や夢は実現している

人生や事業には目標があります。日々その達成のために生きていますが、達成感はありません。スポーツの選手や大きな賞の受章者がやっているガッツポーズをする機会はありません。

毎日が大変です。四苦八苦しています。自分の夢は実現しないのか?半ば自暴自棄になったりそこまではありませんが。楽になることはありません。

でも、10年前、20年前を振り返ると意外と自分の夢は実現しています。イメージ通りに歩んでいます。今の自分を総括して見たら意外と希望通りになっています。

なぜ、そんな気がしないか?小さな達成の積み重ねで、それが成っても次の夢や目標が出てくるからではないでしょうか?でもその路線を踏み外さないで歩いていると少しずつですが目標は達成されて来ています。

50歳前に食と農のコンサルになりたくて、全国を毎日庭のように飛び回れたらいいなと思っていたら、実際うんざりするくらい地方に出張しています。銀座にオフィスを構えられたらと念じていたら、そうなっています。

こんなレストランがあったらいいなと思っていたら、もう開業して3年になります。加工場が欲しいと思ったらそれも稼働しています。コンサルの売上げが1億円に達したら経営も楽になるのにと思っていましたが1億円はもう超えました。経営は全然楽になりませんが。

初めて300万円融資を受けた時は感激して、いつの日かこの10倍くらい借り入れできたらと思っていたら、しょっちゅうその10倍借金しています。いいも悪いもみんな夢は実現しています。そうなっています。

ということは今見ている夢も多分叶うのでしょう。そう思うとリスクの不安よりゴーと自分で自分の背中を押したくなります。

どうして夢が実現していないように感じるのか?「思いがけない幸運」や「宝くじを引き当てるような僥倖」ではないからです。でもそれを引き当てて時代の寵児と言われた経営者は10年もしないで退場です。退場して行くその人に残るのは夢ではなくいくらかの立ち退き料か隠居料です。
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2019年10月25日

柔軟体操で朝がさわやか

最近、朝起きて始める柔軟体操がとても気持ちいいです。股割りから始め、足首、膝、肩甲骨をほぐしていきます。筋肉が柔らかくなっているのを実感できます。

昔と言っても6〜7年ぐらい前の12月に横綱白鵬関の餅つきに部屋に招待され、伺いました。既にその時横綱は妻帯していたので部屋には寝泊まりしていませんでしたが、前夜、飲み過ぎてその夜は部屋に泊まっていたようで随分我々を待たせてから階下の土俵に降りて来ました。

横綱白鵬の稽古を一目見ようとずっと2時間前から餅をいただきながら座っていました。土俵に上がり、横綱は黙々と一人で柔軟体操を始めました。周りには若い衆もいません。横綱だけです。

ぶちかましの稽古風景を期待していた我々を2時間待たせた上に今度はずっと1時間半以上、一人稽古の柔軟体操です。この光景を見に来たのではないといい加減にうんざりしていたら立会い稽古が始まりました。始まったかと思ったら10分くらいで終わってしまいました。

白鵬関がなぜ黙々と柔軟一人稽古をしているかその時はわかりませんでした。白鵬関は入門時は弱くて、いつも逃げ出そうとしていたのがある日突然強くなったそうです。

多分、その秘訣がこの午前中ずっと一人で行なっている柔軟稽古のたまものではないかと思いました。この柔軟体操90分、立会い稽古10分の時間配分比率を空手の稽古の時もずっと考えておりました。そしてその意味が徐々にわかって来ました。

私ごときが大横綱と比較すべくもありませんが、4年もやって進歩も遅い空手が最近途端に好きになりました。稽古が楽しくなりました。これはあの時に見た光景。とにかく体を柔らかくして体の可動域を増やすことが目に焼き付いたからではないでしょうか。

空手を始めた時に右膝を痛めており、その半年前は3ヶ月間、杖をついて歩いておりました。当時、空手を始めるなんてとんでもない状況の中で空手に入門しました。

ずっと、体を空手ができる体にする事だけを念頭において稽古しています。どうやら、この努力が実ったようで空手ができる体になって来ました。すると自信も出て来て空手が楽しくなりました。
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