2018年01月09日

感謝すれば応えてくれる

今朝は勝負でした。この連休中は早寝早起きの私とは思えないくらい出勤時刻が遅かったです。大体、午前9時半から10時半頃でした。外は寒いし、布団の中でれいらんを抱っこしているとなかなか起き上がれません。

今朝は午前5時に起きて、5時半に東京駅に向かいました。そして午前6時前にはJR東日本チケット売り場に着きました。予想通り閑散でした。

お正月に海外で過ごしたり、帰省したり、東京に遊びに来ている人が帰る頃から我々の出張が始まります。

1月の私の出張のチケットを買ってきました。私のと私に同行するスタッフのを合わせてです。これが結構ややこしいのです。席を隣にしなければならないので。

10セット(写真)購入しました。金額は1月後半は大人のホリデイパスチケットが適用になるので4日間乗り放題15,000円の割引チケットを2期間を使っても購入金額は25万円程度です。これを通常チケットだと30万円を超えます。

金額よりもそのチケットの行程図(地図)は私でなければつくれないくらい込み入っています。それも今朝のJR東日本のスタッフは完璧に対応してくれました。

「今年は幸先がいい」と嬉しくなりました。その有能なスタッフでも発券が完了したのは午前7時過ぎです。1時間以上かかっています。

通常は窓口が混んでおり、私が長時間窓口にいると後ろの客に睨み付けられるのでこのように早朝に行って買うわけです。

昔は後ろが気になるのでチケットをつくってくれているスタッフに「早くしてくれ」みたいなことを言ったり、あからさまに不快な表情をしていました。

最近は自然と私は「すみませんね。こんなややこしいチケットつくらせて」と「ありがとう。ありがとう」しか言わなくなりました。

なぜ50歳代の頃まではいちいちいきり立っていたのがわかりません。私が「ありがとう」を連発するのでスタッフも煩わしい発券業務を嫌な顔ひとつせずにやってくれます。

今朝も1時間以上かかって、帰り際に大きな声で「ありがとう。助かった」と言ったらスタッフの人が「お客様のスケジュールは超過密ですね。どうぞお体に気をつけて頑張って下さい」と言ってくれました。

また、立ち去ろうとする時には他の窓口のスタッフ達もそれぞれ大きな声で「ありがとうございました」と言ってくれました。感謝すれば、みんなそれに応えてくれます。
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2018年01月08日

滅多に会わない人に出くわした

100万人以上の人口のある都市を歩いていて知人・友人に出くわすことはまずありません。

お正月も終わり、銀座も平静に戻るかと期待していたのに中央通りはもの凄い人出です。

昨日、用事を足しに歩いていたら、知人とおぼしき人が急ぎ足で大きなタクシーに乗り込もうしていました。

○○さんだとわかりましたが、10数年ぶりでずいぶん太っているので(当時から20kg位)一瞬ためらいました。

昨年12月にイーローカルに来店してくれた情報を入手したのでお礼状を書いたら、年賀状が来ました。

挨拶した方がよいなと思い、大きな声で呼び止めたら振り向きました。間違いなかったと近づいて来店のお礼を再度言いました。

その後、彼が発した言葉「今、親父の納骨が無事済みました」そういえば全員黒い服を来ていたので祝儀かと思っていたらその逆でした。

結局、その大型タクシーの前に立ち、敬礼・合掌で見送ることにしました。このHさんは昔の会社の同僚でお父さんは「八丁堀で菓子屋を営んでいる」と聞いていたのでこれも何かの縁だと思ったので。

もう1つ、年末というよりも晦日の日。一人海外休暇で滞在を楽しんだ知人から。休暇先のホテルで独りで食事をしていたら、仕事で知り合いの男女が大きなキャリーバッグをがらがら眼の前を通過したそうです。

眼を疑ったそうです。「あの二人がそんな関係だったとは」お正月を一緒に過ごすためにやって来たようです。

私もその男性はビジネスで年末、海外に行き、晦日に帰って来るという情報は聞いていましたが。まさか、その後があるとは。

昔は海外での逢瀬が一番安全でしたが、みんなそうするので海外の空港、ホテルはリスクがいっぱいです。

なかなか皆様。いろんな顔を持っているんだなと意外でもあり、納得もしました。しかし、特に後半部分はあまり書くとやがて矛先がこっちに向かうので、書くのもほどほどにしておかないと。あ〜、こわい。
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2018年01月07日

初日から素敵なお客様が

5日(金)から銀座エクセレントローカル(イーローカル)を営業しています。5日は3組のお客様が来店してくれました。

1つはちば国際税理士法人の税理士の源川先生と桐谷先生です。源川先生はキースタッフの顧問税理士で、桐谷先生は(社)エクセレントローカル理事です。当初、桐谷先生にお会いした時に産声をあげて間もなかったキースタッフの顧問税理士を引き受けていただいてすでに20年近くが経過しました。キースタッフが25年持ったのもきちんと税理士による会計を行っていることにもよります。

2組目は潟Gンザイムの鈴木さんです。鈴木さんは腐植土のフルボ酸の活用を行っています。フルボ酸に力による排水・汚水・汚泥施設の浄化、それらのペレット化、肥料化です。フルボ酸を活かしたビューティビジネスも順調です。

彼の活動範囲はすさまじく、アジア全域です。私は「全国を飛び回っていますね」とよく言われますが、彼はアジア全域を日帰り、1泊2日ペースで駆け抜けて行きます。実に度胸の座ったかつ爽やかな男です。「鳥巣さん、そろそろアジアにウィングを拡げたら」と誘ってくれます。

一緒にやって来たのは50歳代前半の鈴木さんと同じ年(とてもそうは見えない。どう見ても30歳代前半)のモデルさん。この方は18年前からベトナムのホーチミンに住み、エステサロンの経営コンサルをやっています。

最近、我が国がシニア化してきて、モデルもシニアモデルの需要が増えたので再び日本で仕事をするようになり、1ヶ月を日本1週間、ベトナム3週間のペースで仕事をしているそうです。

3組目はタカ食品工業の幹部2名。昨年、瀬戸内レモンを探していたので知り合いの瀬戸内海周防大島の生産者を紹介したら、大変順調だと大感謝でした。

フルーツ原料加工メーカー最大手の当社が国内フルーツ原料調達で農家とのウィン・ウィン関係を確立したことは今後日本の加工食品業界が大きく変わることの胎動です。

ついでながら感謝の意味を込めて書きます。3組はいずれも(社)エクセレントローカルの社員(会員)です。エンザイム社とタカ食品工業は3社しかいない社員企業の2社です(もう1社は新生バイオ社)。
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2018年01月06日

幸せな人生を生きるためには

人間は必ずよいところと悪いところを持っています。何がよくて、何が悪いかもこれまた難しいところですが。

一般的に人間社会をスムーズに生きていくための行動規範、態度、行動、言動等に即しているかどうかです。

私にも多少のよいところと無数の欠点があります。私とつきあってくれる人は私の欠点に目をつぶって、私の長所を見て付き合ってくれる人です。

いろんな人がします。人間付き合いの下手な人は相手の気に入らないところばかりを見てそれを気にします。そしてその人の悪口をあげつらいます。そういった人自体、人に好かれることはありません。

人のよい点を見ようとするのはこっちの心の問題です。こっちの心が濁っていたら、やましかったから、自信がなかったら相手を悪く見てしまいます。

こっちの心を「無所有」にできるかどうかでしょう。人間は裸のままなにも持たずに生まれてきます。とても一人では生きていけません。でも両親はその子を愛しく、自分の命に代えても守り育てます。

成長するにしたがって、富、名声、学歴、お金、家族、組織等を手に入れていきます。がんじがらめの中で生きていきます。

それを否定するものではありません。人間は社会的な動物だし、霞を食べて生きているわけでもない。闘いと支配欲が人間社会を成長させてきたのは事実です。

でもそういった生き方のまま死ぬのも空しいですね。だから人間社会には隠居というよい生き方があります。

人生の下り坂、齢を重ねるということは再び「無所有」への回帰です。死んだ日に葬式代以外は何も持っていない。これが最高の人生のエクスタシーでしょう。

歳を取って来ると周りの人に接する時に相手のよいところしか見ないようにする。無所有の生き方を貫く。そうすれば幸せな人生を全うできる気がします。
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2018年01月05日

本当の優しさとは

大晦日にもう1人大切な友人を亡くしました。訃報が入ったのは昨日の3日(水)でした。

私どもがやっているある町の職員でした。名前はMさんにしましょう。都道府県職員だったのが転籍して、3年前からこの町の職員でした。東大と並ぶ我が国のトップ大学をでていましたが、町では名ばかりの部長職に置かれ、窓際的な存在でした。

エクセレントローカルが受注しているセミナーは農業実習なので農家志望の実習生と役場の担当職員と当社側からスタッフも参加します。

黙々と実習生と農作業している職員がいました。それが亡くなったMさん友人です。関西地域の地方自治体の仕事は関東と違い、私どもも戸惑うことばかりで私もずいぶん町職員とぶつかりました。その時にさりげなくかばってくれたのがMさんでした。

農業実習は午前7時から始まります。市内の宿泊ホテルからこの町に公共バスで午前7時に来いというのは無理なことです。それもMさんが自分は市内に住んでいるからホテルの近くの駅まで迎えに行きますと送迎してくれました。

私どもが受注している農業セミナーでMさんは居場所を見つけたようでした。実習生と我々スタッフは仲が良く懇親会を催しました。その時は相当に楽しかったようで椅子に乗って立ち上がってスピーチをしました。実習生・我々からやんやの拍手でした。

この仕事は(社)エクセレントローカルで受注しているので理事達もこの町に来るようになりました。女子理事に一番人気があったのもMさんでした。とても親切だったからでしょう。

A理事が熊本から初登場した時もA理事が持参したお土産のお菓子を「美味しい、美味しい」と食べてくれました。

昨日、A理事と電話で思い出話をしました。実習作業の日にしゃがんで間引き大根とかぶを洗っていたら、椅子を探してきて腰かけさせてくれたこと、小雨の実習の日には傘を差しかけてくれたこと等。私が行かなかった月にその日の我々側のメンバーを誘って、行きつけの居酒屋でご馳走してくれたこと等。

私も帰路は駅までよく送ってもらいました。彼は54歳で独身でした。その車中、「彼女いないの?」と聞くと「いる」。「結婚しないの?」と聞くと「今、結婚を考えている」といった会話もありました。

一番悲しんでいるのは残された彼女でしょう。心から冥福をお祈り申しあげます。
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2018年01月04日

凛として清々しく逝った人

日本中の農家のおかあさんとセミナーをやったり、製造実習をやっています。気がつくともう四半世紀。25年になりました。

農家のおかあさんがお世辞にも鳥巣さんの話は面白くてと言ってくれます。実習も楽しくてしょうがない。ストレス解消に来ているのよねと言ってくれます。

お昼のお弁当を食べていてもきゃきゃっと笑いが絶えません。

尊敬する友人が12月31日(日)に2人逝ってしまいました。1人はセミナーの受講者でした。

初めて会ったのは平成27年1月22日でした。ちょうど3年前でした。次の年もセミナーは続きましたので2年間来てくれました。

このセミナーは5回シリーズで行いましたが、同じ内容を2日に亘り、対象者を変えて行うというものでした。

2日目の次の日も彼女はやってきました。1日目が面白かったのでこれから同じ内容の翌日の2日目とも聞くことにしましたと言いながら2日目は和服で登場しました。会った瞬間、お〜と声を出してしました。

次の年も行われ、彼女は熱心な受講者でした。夜もみんなでよく飲みに行きました。本当に楽しそうでした。

2年目のセミナーが終わって1〜2ヶ月経って胸部の皮膚がんのステージ3であると宣告されたと打ち明けられました。3なら治るから大丈夫と答えたのを覚えています。

その年の12月、要はちょうど1年前、お嬢さんのAO入試に付いて来て、その地で私の講演があるのを知ったと連絡をくれ、受講してくれました。

当日の朝、ホテルで会い、30分程度、経過を聞きました。胸部手術でバストを失ったこと。でも「すてきなバストをオーダーするんだ」と言っていました。「今のヘアもかつらです。でも素敵でしょ。今度先生と会うときは自毛になっていますよ」とも。そしてこれが最後の会話になりました。

昨年大晦日31日の夜、ご主人から妻からの遺言と言って電話をいただきました。その遺言とは「もし私になにかあったら私の携帯からまっさきに鳥巣先生に連絡して」だったそうです。

訃報を聞き、私が泣き出したら、ご主人も泣き出しました。電話を持ったまま2人で泣き続けました。

キースタッフの、鳥巣さんのセミナーは楽しいといってくれたことを励みに今日も我々は壇上に立ちます。それがキースタッフの仕事なのです。
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2018年01月03日

人生は自分次第

人生はお金が欲しいか?自由が欲しいか?と問われれば人生のステージでも違うと思いますが、育児期間は子供にお金がかかるのでお金でしょう。

この歳になると「お金を払ってでも自由が欲しい」です。実際は会社の代表も下りて、そうなるように仕向けています。

人間が人間らしい人生を生きるためには何者(物)にも支配されない自由を手に入れることです。

人生を生きて行くための最低(最少)のお金があれば十分です。それよりは何にも囚われない自由の身と自由の心です。

一生懸命仕事をして多少のお金をできたらそのお金は自由の身になるために使うのがよいです。

経済的成功者ではITビジネス起業者、外食チェーン起業家は若くして株式上場して巨額なお金を得て、高級マンションと高級車と美女を手に入れてもどこかかぬ顔をしています。何かが満たされないのでしょう。

自分の力で上場したのではない、上場させるための会社に支配されている、あるいは貪欲な投資家の支配下にいる、ファンドのお金にかんじがらめ、どこにも自由はありません。そのうちに会社の賞味期限が切れて退場です。

お金を貸借対照表(バランスシート)の資産と見るか損益計算書(P/L)の原価(コスト)と見るかですね。

私は損益計算書の原価と見ています。製造原価であり、販売管理費です。では売上高はと聞かれると人生そのものです。それから原価を引いて営業利益(純利益でもよいけど)が自由です。

人生は自由を得るための継続的な活動です。

伊能忠敬は養子に来て一心不乱に働き、49歳で子供に家督を譲ってやりたかった地図作成の旅に出て「大日本沿海輿地全図」を作成します。

元来、無欲恬淡な良寛さんは61歳で草庵を結び、質素な生活を貫き、庶民にわかりやすい仏法を説きました。70歳で最期を看取る貞心尼と出会いました。良寛の名が死後、世に出るのは彼女が良寛の和歌を集めたからです。人生は自分次第ですね。
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2018年01月02日

お雑煮を食べて思い出すこと

元旦はお雑煮を食べるのがならわしですがずっとこれが苦痛でした。

家庭内別居が10年以上に亘り、続いていた私は元旦の一家揃ってのお屠蘇とお雑煮が苦痛で苦痛で。餅を1個食べて逃げるように自分の部屋に戻り、それからウオーキングに。

そして午後から事務所へ。事務所に来ても年賀状の取り出し、返信書きをしてさらにウオーキングしてから帰るというのが元旦恒例でした。

お雑煮は年少の頃からそれほど好きでありませんでした。餅自体がね。餅は豆腐と同じでそれ自体の味を楽しむのには大人の味覚で子供の舌にはそれほど美味しいものではありません。

郷里福岡県糸島のお雑煮は鶏肉、寒ぶりのだしですね。それにかつお菜という野菜が入っているのが必須です。鶏肉が嫌いな私はその頃からお雑煮は1杯食べて義務を果たしたにしていました。

覚えているのは不思議と生母がつくった雑煮です。なぜ?たぶん鶏肉嫌いの私のためにオリジナルバージョンになっていたのでしょう(私が子供の頃に亡くなっているので、母親の元旦のお雑煮は5〜6回程度しか食べていないはずですが)。

それに生母の料理はメリハリがしっかりしていて個性的でした。性格が現れていました。もちろん、スタンダードな料理のうまさではもちろん今の母です。

社会人になって仙台勤務になった時に食べたお雑煮は美味しかった。たぶんつくってくれたのは元妻のお母さんでしょう。はぜのだしの魅了されました。ここでお雑煮とはこんなに美味しいものかと認識が変わりました。

さてこの正月、元旦は自分で雑煮をつくるようになって3年目です。独り身を知って、餅を送ってくれる人、かつお菜も糸島から送ってくれる人、さらには手づくりで摂った雑煮のだしまで送ってくれる人がいます。私は何をしているかというとそれをアソートしておいしくいただいています。

これぞエクセレントローカル雑煮。売り出そうかな?いやいや人様のご好意をビジネスにしてはいけません。もうしばらくはこのお雑煮のお世話になりそうです。
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2018年01月01日

今年もブログを続けます

謹んで新春のお慶びを申し上げます。

今日はいい天気ですね。昨日までの寒さが嘘のようです。昨夜は多分寝付かれないだろうと酒の助けを借りる気でいましたが、ちゃんと眠っていました。

私も神経が鈍感になってきているのかも?あるいは体力がなくなって来ているのか?

昔はこのブログも元旦は立派なことを書こうと2〜3日前から推敲していましたが、今日などは手が勝手に動き出している状態です。

このブログを書き始めたのは平成18年11月からです。丸11年を経過しました。最初は11月6日で、数日後から毎日書くことにしたので記事数も4,000を超え、文字数も3,500,000文字を超えています。

順位も500〜1,000位以内です。当時はブログ全盛期だったので順位も1,000〜2,000位をうろうろしていました。順位が上がったのはFacebookとInstagramの登場により、活用者が減ったからです。ただ、それだけ。

11年前と言えば私が52歳の時です。野口と一緒に事務所を千葉から東京に移転して、私の活動が全国地域に広がり始めた頃です。

まさにこのブログにはキースタッフ社が全国区に羽ばたいていく過程が書かれていますが、それで私のこの11年の人生そのものが書かれているかというとそれは違います。

プライベートのことはほとんど書いていません。ブログの内容は全国で展開している活動の記録と紹介が大半を占めています。

その記事がない時に私の人生観や生き様を書きます。結構そっちの方が読者の反響が多くて。最近は歳を取ったせいか、そっちの人生訓話に流れ過ぎているのではないかと反省しています。

Facebookが今の活動を伝えるのでブログは写真もあまり入れずに私の書き物が主体になっています。

ブログはどうしても読者を想定して書くので世の中の風潮に対してはそれを糺(ただ)す論調になるし、自分の人生観を書く時もどうしても立派なことを書きます。これが文章の限界と言えば限界なのですが。

これからどうするかですが、止めるという選択もあります。しかし止めると朝、ブログを書かなければならない義務感から夜更かしをしない早寝、早起きの生活習慣が崩れてしまいます。自堕落が生活になりそうです。毎日書く余力がある間はこれからも書いていきたいと思います。

さて今年ですが、いろんなことが起こりそうです。ただし、自分と自分の周りに起こることはそれこそこのブログに書けないことが多いような気がします。ますますブログの内容が生々しさから遠のいていきますが、どうぞ行間を読んで下さい。
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2017年12月31日

「拒否の実現」が一番の幸せ

年末年始にかけて一番幸せなのは人との接触がなくなることです。この時間を自分の好きに過ごせると言うことです。

若い頃はお正月は幼い子供を連れて家族で実家に帰省する(大混雑の中を自分は立っていても妻と子供のために席を確保しなければならないし)、子供が大きくなると子供の帰省を待って一家で正月を過ごすといったことをしなくてよくなります。

歳を取ると「熱望の成就」、「義務の達成」よりも「拒否の実現」の方が幸せになります。

例えば、一人のお正月は「会いたい人に会えない」ことよりも「会いたくない人に会わなくても済む」のが幸せです。

「食べたいものを食べる」よりも「食べたくないものを食べなくても済む」こっちの方が幸せです。飲みたくないお酒を飲まなくてもよい。

人に会うこともないので服装も「着たきりすずめ」でよいし、部屋も「掃除なし」でオーケーです。お腹が空けば手を伸ばせば届く距離にあるものを美味しくいただく。

「やりたくないことをやらなくてよい」と言うのは無上の幸せです。

これを正月だけでなく、毎日こういう生活になったらどうなるか?「独居老人孤独の死」、「死後3ヶ月後に発見。死体はすでに白骨化」と言うことになるのでしょうか?

これは極端な話で、世の中には必要以上の世間とのかかわり合いを断って生きている人がたくさんいるはずです。

こういう人は利口で、謙虚なので世の中の前面に出て来ないだけです。残された人生を自分の好きなことをやって誰にも迷惑をかけずに、でも自分(あるいは自分達)は最高の幸せ。これにたどり着いたものが人生の勝利者であり、達人でしょう。

すべて自分の思い通りに意思を貫き、かつ誰にも迷惑をかけない。来年からはこういった生き方の練習開始です。
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