2018年01月16日

出社時間までに出社できるか

人間は優秀か、そうでないかを見る最大の判断材料は時間管理ができるかどうかです。

頑迷に見えても時間管理のしっかりしている人は人の信頼を得ますが調子のよいことばかりいうのに時間管理のできない人は誰にも信用されません。

時間管理のできる人は約束を守る人。人間社会では最も大切なことです。

企業でスタッフの出社時間が違うとそれは自由な気風でよいことだみたいに言われた時期があります。アメリカ的な自由な風土ということでしょう。

しかし、スタッフの出勤時間が揃わないと指示する人は同じことをその都度人数分伝えなければなりません。これこそ、無駄であり。生産性のロスです。

仕事は相手があって成立します。出勤する側の都合だけでは組織は成り立ちません。指示を出す側のことが配慮されていないこと自体が組織として体をなしていないということになります。

個別にメールを送ればよいではありませんか?という反論も聞こえてきます。1行、2行のメールで指示が浸透するほど現代社会の仕事は単純作業ではありません。複雑な指示の意味を理解できるように顔を合わせて、指示する側も指示される側もお互いの言い分、納得をしながら命令・指示系統は機能していきます。

昨日、当社(キースタッフ社)に新入社員が入りました。ちょっと話してみたけれどなかなかの人材です。そういうのはちょっと早計ですね。なかなかの人材になれる可能性を秘めた人材といった方がよいと思います。

どのくらい、期待できるかというと「新人は当面は誰よりも早く出勤して、鍵を開けて、掃除して、机拭きまでして、プランターに水遣りして、先輩の出社を待つのだよ」と教えたくほどの人材です。

過去、斎藤早希子も松本淳代もそういう私の心得を守って、成長していきました。キースタッフ社を辞めても2人とも大きく成長しています。人間の心構えをいうのは些細なことの積み重ねです。
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2018年01月15日

なぜ、今朝はごみが気になったか?

朝起きたら、周りの風景がすっかり変わっていた。そんな経験は滅多なことではないけど、人生にゼロというわけではありません。

今朝、眼を覚まして起きたら、やけに部屋の中のごみが眼に付きます。あっちもこっちも小さなごみが落ちています。れいらんが散らかしたかな?と思いましたがれいらんが部屋を散らかす時はもっと派手で大胆です。

どうしなのかな?宿泊出張のない通常日は毎日朝クリーナーをかけているのに。狭い部屋なので毎日掃除しているのが自慢だったのにどうしてだろう?

この小さなごみは今までもずっと部屋に落ちていたのでしょう。私が見えていなかっただけです。私は雑巾を湿らせて、床掃除を始めました。

人間は現状から次のステップ、段階、ステージに行く時は突如として見えなかったものが見えてきます。昨夜まで見えなかった小さなごみが突如として気になり出したのはそれが何を意味するかまだ私にはわかりません。

ここで独り暮らし(れいらんと二人暮らし)するようになってもうすぐ3回目の春が来ます。

事務所の入っているマンションと同じところに住んでいるので便利です。日常の食事に困るので昨年、全国の農漁業者から直接食材を仕入れて提供するレストランイーローカルをオープンしました。

2年前から老後の身体づくりのために沖縄空手を始めました。その間にヘルニアの手術をしたりでペースはのろいですがずっと継続しています。

その沖縄空手国際明武館剛柔流八木道場東京本部に八木明人館長が東京に在住して教えてくれることになりました。

レンタルですが現在の新宿稽古場から銀座と大宮にもできました。銀座稽古場は銀座3丁目銀座花道スタジオと新富町のスタジオポップコーンを使います。

両方とも私の住まいから3分です。これで空手が私の生活に入ってきました。しっかり組み込まれます。

昨夜は八木館長の奥さまも那覇からやって来て今後この空手をヘルス、ビューティ、アスレチックとしてどう展開するか楽しく話し合いました(写真左・右)。

それで今朝の部屋の風景が変わったのかな?
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2018年01月14日

大震災後の年も行ったセミナー

平成29年度アグリビジネス実践講座が始まりました。昨日はその第1回目ということで基調講演でした。

何度もこのブログで紹介していますがこの塾(セミナー)は平成16年度に始まり、15年続いているロングランセミナーです。

私と梅津義人さんが第1回目からずっと講師を続けています。その間はいろんな講師が現れ、消えていきました。私と梅津さんは中小企業診断士なので当時アグリビジネス塾と言っても珍しかったので、主催者のみやぎ産業振興機構が中小企業支援の主管なので、中小企業診断士の我々にお鉢が回ってきたのではないかと思います。

私もその頃はすでに全業種対応の中小企業診断士業務に限界を感じて、食と農を看板にしていたので渡りに船でした。今の鳥巣研二もこのセミナーで育てられたと言っても過言ではありません。

全8回シリーズのうち半分以上の講師をした頃もありますが最近は第1回目の基調講義と最終回の受講者のプレゼンのコメンテーターの2回の出番です。

私に代わって、青森在住の加藤哲也氏がメイン講師を務めます。加藤氏は昔の会社の同僚で宮城県生まれで東北大農学部卒なので適任です。

よく続いているのはみやぎ産業支援機構アグリビジネス支援室の存在によります。ここは宮城県農業職の職員が出向してきてアグリビジネスの支援を行いますが、歴代人材に恵まれています。出向時期のエース級が配されます。

そんなにお金はかけていません。毎年の予算は世の中で行われている地方自治体の農業セミナーと同じくらいのものです。それでたぶん世の大半ものの100倍の成果が出ています。主催者がよい?講師がよい?受講者がよい?たぶんその全部でしょう。

1月第1週に始まり、3月の第1週くらいが最終回です。東北大震災の年(平成23年)はどうだったか?手帳を開いてみました。その年は平成22年度セミナーですが平成23年1月8日(土)に始まり、2月26日(土)に第8回目を行って、無事に終了しています。

では震災後の平成23年度はどうだったか?手帳では被災地各地に赴いて行っています。継続は力ですね。
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2018年01月13日

HACCPを学ぶならこの事業所

昨日は宮城県利府町の汲ンやぎ保健企画セントラルキッチンを訪問しました。一緒に来たのはみやぎ産業振興機構アグリビジネス経営革新講座の企画担当者と今年度の受講者有志です。

当施設の統括責任者だった吉田勇次さんがこのセミナーの受講者であり、ぜひ事業所(セントラルキッチン)を見せていただこうということになりました(写真上左・右、下左・右)。

当セントラルキッチンは青森県から群馬県の病院給食、高齢者施設に毎日6,500食の食事を供給しています。しくみはこのセントラルキッチンで製造したクックチル(急速チルド)の食事を病院や高齢者施設のキッチン(サテライトキッチン)に輸送して、加熱して給食になるものです。

みやぎ保健企画セントラルキッチンと各病院給食・高齢者施設のサテライトキッチンは経営・資本のかかわり合いはなく、お得意様(販売先)です。

平成15年にみやぎ産業振興機構のビジネス実践塾に吉田さんがやって来ました。15年前の話です。勤務していた大病院の給食施設が大赤字で止めるか生まれ変わらせるかの決断を迫られ、当時常務で病院事務長だった吉田さんに白羽の矢が立ちました。

起業相談なのでコンサルの一人で私も対応して、食品業界にいた私が一番厳しくて具体的なアドバイスをしたようで、それから「いつの日か鳥巣の目をあかしてやろうと日々研鑽して(本人談)」この事業は大成功します。

最初は親会社である大病院のためにつくられましたが最近は前述のように資本関係のない得意先が主流になってきました。

たいていの大食品メーカーの工場は「いかに安くつくるか」工場です。また、大手コンビニ会社ベンダーは「いかに日持ちさせるか」が大命題で食品添加物保存料まみれです。

また、流通や食品メーカーの下請け会社は発注先から無理難題を押し付けられて青息吐息です。かくして食品業界のレベルは下がりっぱなしです。

このセントラルキッチンはそういったしがらみ(食品業界の通念?)からフリーです。

15年前と言えば国が特定業種工場にHACCP方式を求め始めた時期です。このHACCPはここ2〜3年前から突如としてまた国が持ち出してきて業界が混乱しています。

私は今まで活動のなかで吉田さんの話すHACCPが一番分かりやすく、的確でみやぎ保健企画セントラルキッチンが一番HACCPに則っていると思います。
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2018年01月12日

こんな直売所があればいいな

その土地に住んでいるお年寄りが行けるような道の駅・農産物直売所。

道の駅・農産物直売所は人気のところほど駐車場がいっぱいです。駐車場に入るまでに路上待機30分も珍しくありません。

歩いて行ける農産物直売所は幹線道路沿いよりも生活道路沿いがいいでしょう。行くまでの道に車道とは別に歩道が付いている。

田舎に行けば行くほどドライバーは狂暴です。スマホ片手にタバコスパスパ、さらに缶コーヒーごくごく、わき見運転は当然のドライバーなんてざらです。一方では高齢者の運転も危険極まりありません。

ウオーキングしながら、散歩しながら行ける農産物直売所がよいです。公共バスのターミナルも兼ねている直売所はさらによいです。タクシーも待機しています。郵便ポストもあります。銀行もあれば、できたら病院もあればよいですね。

農産物直売所をマグネットに生活形態を変えてしまうのもよいですね。

このまま地方が衰退すると道の駅や農産物直売所に出荷する野菜の生産もままなりません。高齢者ががんばってつくるしかありません。

元気な高齢者は農産物を出荷してその代金を一部直売所通貨で受け取って、帰りにそれで買い物ができる。しかも通常価格の1〜2割引きで。そんなサービスもあればよいですね。

また、直売所の品揃えを変えなきゃだめでしょう。高齢者はそれほど料理をしません。ましてやつくっても1人分か、2人分です。少量でよいです。それを毎日買えた方が幸せです。同じもんばかり食べなくてよいです。

自分が若くて家族も子供もたくさんいた頃につくっていた料理が作れない。そんな人のために材料を揃える、あるいはそのまま食べられる。そんな工夫も必要ですね。

お年寄りになるとお菓子をよく食べます。でもコンビニのお菓子は苦手です。昔よく食べたお菓子やパンやケーキもあれば嬉しいです。

自分達が買うものは華美な包装紙やデザインは必要ありません。商品名と一括表示がきちんとしていればよいです。でも、盆・正月は都会に住む子供や孫や親戚に地元のものを送ってあげたいです。その時は胸を張れるようなちょっと素敵なデザインと包装にしてあげるとよいです。

私のセミナーに来る人に言っています。主催者はすぐ販路開拓、都会に販売しようと言いますが、買い叩くだけの流通に売ろうとする姿勢は間違っています。まず地元のおじいちゃんやおばあちゃんや住民の人が喜ぶような商品を開発しなさい。
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2018年01月11日

歩いて行ける道の駅・農産物直売所

最近はどんな地方自治体も道の駅(その中にある農産物直売所)の設立が盛んです。しかし、一方では過当競争の時代が始まっています。

世の中の大半の人は新しいことをやる人を冷ややかに見るくせにそれがブームになると一斉に追っかけます。

私が最も心の奥で軽蔑している人たちです。道の駅・農産物直売所をだめにしているのはこの人たちです。

遅れてきた道の駅・農産物直売所がマーケットを切り開いてきた先駆的な道の駅・農産物直売所の足を引っ張っています。

人気の農産物直売所の最大の魅力は溢れんばかりの朝採り生活野菜が並んでいることです。この経営を可能にするにはそれを買ってくださいお客様が必要です。商圏範囲10km以内くらいに最低10〜20万人くらいの生活者が必要です。

そういった意味では農産物直売所は近郊都市が一番好立地です。都会ほど盛んです。神奈川・埼玉・千葉・栃木県の農業が盛んなのはこういう理由によります。

都市でも所得の高い住民が住む東京都町田市、神奈川県藤沢市などはスーパーよりも直売所で野菜を買うのが一般的です。所得が高くなればなるほど、生活者は生産者直売を望みます。

しかし、料理をする生活者は確実に減少しています。食の外部化は進んでいます。今後は農産加工食品を積極的に販売することです。

観光地にある道の駅等はおみやげ品の販売が主です。そりゃそうです。観光地で新鮮野菜を買って観光バスで帰る人はあまりいません。

トイレ休憩の時にファストフードを食べるか、おみやげを買うかです。そのお土産もラベルだけ張り替えた俗にいう「くだりもの」ばかりです。人様にあげるのが恥ずかしいようなおみやげ品ばかりです。このままでは土産品業者は消滅です。

地方にある、過疎地域にある農産物直売所・道の駅が見落としているのはその地域に住む住民達です。高齢者で独り暮らし、二人暮らしの老人です。

これからますますスーパー、コンビニは過疎地域から撤退して行きます。彼ら買い物難民の唯一の購買が道の駅・農産物直売所です。

歩いて行ける道の駅・農産物直売所づくり、そしてそこに何を並べれば地域の住民、高齢者は喜ぶか?それは次回書きます。
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2018年01月10日

今後は男子に期待

この仕事をしてはや四半世紀。25年が経ちました。親子2代に亘り、仕事をしているところも出てきました。

沖縄県宮古島の楽園の果実社長の砂川智子さんと初めて仕事をしたのは13年前の平成17年です。今週、当社社長の野口が砂川さんのお嬢さんの山名ナミさんの会社(合)みゃーくの味を訪ねます。

ナミさんは4年前に当社のセミナーを宮古島で受講して、起業しました。まさに親子2代に亘るお付き合いです。13年前におかあさんは確か、40歳前半、現在娘のナミさんは30歳歳代前半です。本当に月日が経つのは早いです。

後継者がいるということはそのビジネスがメシを食えているということです。頑張っている親が子供にバトンタッチできるのは幸せなことです。

鹿児島県さつま町泣nローさつまもそうです。古田妙子さんから子息の昌也さんへの継承が順調です。妙子さんは美人みそで有名ですが、昌也さんは料理人であり、レトルト食品製造技術を身に付けています。

宮城県美里町カネサオーガニック味噌工房の加工部門はお母さんの安部光枝さんが責任者でみそや麹やドレッシングを開発して人気です。

昨年は娘の美佐さんが世田谷区松陰神社前商店街に店舗を出店して、産地と消費地の一体化を行っています。

積極果敢に攻めています。経営者はみんな女性の母親です。異色は青森県のまごころ農場は経営者は父親の斎藤靖彦さんですが加工場(かっては靖彦さんが加工場の責任者でもあった)の経営は娘の早希子さんがやっています。

まごころ農場本体の農業部門を若干27歳の娘早希子率いる加工部門が凌駕する勢いです。農家の加工部門は女子の起業者が多く、活躍しているのも女子が多いですが、今後は男子の台頭も期待したいところです。古田昌也さんのように。
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2018年01月09日

感謝すれば応えてくれる

今朝は勝負でした。この連休中は早寝早起きの私とは思えないくらい出勤時刻が遅かったです。大体、午前9時半から10時半頃でした。外は寒いし、布団の中でれいらんを抱っこしているとなかなか起き上がれません。

今朝は午前5時に起きて、5時半に東京駅に向かいました。そして午前6時前にはJR東日本チケット売り場に着きました。予想通り閑散でした。

お正月に海外で過ごしたり、帰省したり、東京に遊びに来ている人が帰る頃から我々の出張が始まります。

1月の私の出張のチケットを買ってきました。私のと私に同行するスタッフのを合わせてです。これが結構ややこしいのです。席を隣にしなければならないので。

10セット(写真)購入しました。金額は1月後半は大人のホリデイパスチケットが適用になるので4日間乗り放題15,000円の割引チケットを2期間を使っても購入金額は25万円程度です。これを通常チケットだと30万円を超えます。

金額よりもそのチケットの行程図(地図)は私でなければつくれないくらい込み入っています。それも今朝のJR東日本のスタッフは完璧に対応してくれました。

「今年は幸先がいい」と嬉しくなりました。その有能なスタッフでも発券が完了したのは午前7時過ぎです。1時間以上かかっています。

通常は窓口が混んでおり、私が長時間窓口にいると後ろの客に睨み付けられるのでこのように早朝に行って買うわけです。

昔は後ろが気になるのでチケットをつくってくれているスタッフに「早くしてくれ」みたいなことを言ったり、あからさまに不快な表情をしていました。

最近は自然と私は「すみませんね。こんなややこしいチケットつくらせて」と「ありがとう。ありがとう」しか言わなくなりました。

なぜ50歳代の頃まではいちいちいきり立っていたのがわかりません。私が「ありがとう」を連発するのでスタッフも煩わしい発券業務を嫌な顔ひとつせずにやってくれます。

今朝も1時間以上かかって、帰り際に大きな声で「ありがとう。助かった」と言ったらスタッフの人が「お客様のスケジュールは超過密ですね。どうぞお体に気をつけて頑張って下さい」と言ってくれました。

また、立ち去ろうとする時には他の窓口のスタッフ達もそれぞれ大きな声で「ありがとうございました」と言ってくれました。感謝すれば、みんなそれに応えてくれます。
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2018年01月08日

滅多に会わない人に出くわした

100万人以上の人口のある都市を歩いていて知人・友人に出くわすことはまずありません。

お正月も終わり、銀座も平静に戻るかと期待していたのに中央通りはもの凄い人出です。

昨日、用事を足しに歩いていたら、知人とおぼしき人が急ぎ足で大きなタクシーに乗り込もうしていました。

○○さんだとわかりましたが、10数年ぶりでずいぶん太っているので(当時から20kg位)一瞬ためらいました。

昨年12月にイーローカルに来店してくれた情報を入手したのでお礼状を書いたら、年賀状が来ました。

挨拶した方がよいなと思い、大きな声で呼び止めたら振り向きました。間違いなかったと近づいて来店のお礼を再度言いました。

その後、彼が発した言葉「今、親父の納骨が無事済みました」そういえば全員黒い服を来ていたので祝儀かと思っていたらその逆でした。

結局、その大型タクシーの前に立ち、敬礼・合掌で見送ることにしました。このHさんは昔の会社の同僚でお父さんは「八丁堀で菓子屋を営んでいる」と聞いていたのでこれも何かの縁だと思ったので。

もう1つ、年末というよりも晦日の日。一人海外休暇で滞在を楽しんだ知人から。休暇先のホテルで独りで食事をしていたら、仕事で知り合いの男女が大きなキャリーバッグをがらがら眼の前を通過したそうです。

眼を疑ったそうです。「あの二人がそんな関係だったとは」お正月を一緒に過ごすためにやって来たようです。

私もその男性はビジネスで年末、海外に行き、晦日に帰って来るという情報は聞いていましたが。まさか、その後があるとは。

昔は海外での逢瀬が一番安全でしたが、みんなそうするので海外の空港、ホテルはリスクがいっぱいです。

なかなか皆様。いろんな顔を持っているんだなと意外でもあり、納得もしました。しかし、特に後半部分はあまり書くとやがて矛先がこっちに向かうので、書くのもほどほどにしておかないと。あ〜、こわい。
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2018年01月07日

初日から素敵なお客様が

5日(金)から銀座エクセレントローカル(イーローカル)を営業しています。5日は3組のお客様が来店してくれました。

1つはちば国際税理士法人の税理士の源川先生と桐谷先生です。源川先生はキースタッフの顧問税理士で、桐谷先生は(社)エクセレントローカル理事です。当初、桐谷先生にお会いした時に産声をあげて間もなかったキースタッフの顧問税理士を引き受けていただいてすでに20年近くが経過しました。キースタッフが25年持ったのもきちんと税理士による会計を行っていることにもよります。

2組目は潟Gンザイムの鈴木さんです。鈴木さんは腐植土のフルボ酸の活用を行っています。フルボ酸に力による排水・汚水・汚泥施設の浄化、それらのペレット化、肥料化です。フルボ酸を活かしたビューティビジネスも順調です。

彼の活動範囲はすさまじく、アジア全域です。私は「全国を飛び回っていますね」とよく言われますが、彼はアジア全域を日帰り、1泊2日ペースで駆け抜けて行きます。実に度胸の座ったかつ爽やかな男です。「鳥巣さん、そろそろアジアにウィングを拡げたら」と誘ってくれます。

一緒にやって来たのは50歳代前半の鈴木さんと同じ年(とてもそうは見えない。どう見ても30歳代前半)のモデルさん。この方は18年前からベトナムのホーチミンに住み、エステサロンの経営コンサルをやっています。

最近、我が国がシニア化してきて、モデルもシニアモデルの需要が増えたので再び日本で仕事をするようになり、1ヶ月を日本1週間、ベトナム3週間のペースで仕事をしているそうです。

3組目はタカ食品工業の幹部2名。昨年、瀬戸内レモンを探していたので知り合いの瀬戸内海周防大島の生産者を紹介したら、大変順調だと大感謝でした。

フルーツ原料加工メーカー最大手の当社が国内フルーツ原料調達で農家とのウィン・ウィン関係を確立したことは今後日本の加工食品業界が大きく変わることの胎動です。

ついでながら感謝の意味を込めて書きます。3組はいずれも(社)エクセレントローカルの社員(会員)です。エンザイム社とタカ食品工業は3社しかいない社員企業の2社です(もう1社は新生バイオ社)。
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2018年01月06日

幸せな人生を生きるためには

人間は必ずよいところと悪いところを持っています。何がよくて、何が悪いかもこれまた難しいところですが。

一般的に人間社会をスムーズに生きていくための行動規範、態度、行動、言動等に即しているかどうかです。

私にも多少のよいところと無数の欠点があります。私とつきあってくれる人は私の欠点に目をつぶって、私の長所を見て付き合ってくれる人です。

いろんな人がします。人間付き合いの下手な人は相手の気に入らないところばかりを見てそれを気にします。そしてその人の悪口をあげつらいます。そういった人自体、人に好かれることはありません。

人のよい点を見ようとするのはこっちの心の問題です。こっちの心が濁っていたら、やましかったから、自信がなかったら相手を悪く見てしまいます。

こっちの心を「無所有」にできるかどうかでしょう。人間は裸のままなにも持たずに生まれてきます。とても一人では生きていけません。でも両親はその子を愛しく、自分の命に代えても守り育てます。

成長するにしたがって、富、名声、学歴、お金、家族、組織等を手に入れていきます。がんじがらめの中で生きていきます。

それを否定するものではありません。人間は社会的な動物だし、霞を食べて生きているわけでもない。闘いと支配欲が人間社会を成長させてきたのは事実です。

でもそういった生き方のまま死ぬのも空しいですね。だから人間社会には隠居というよい生き方があります。

人生の下り坂、齢を重ねるということは再び「無所有」への回帰です。死んだ日に葬式代以外は何も持っていない。これが最高の人生のエクスタシーでしょう。

歳を取って来ると周りの人に接する時に相手のよいところしか見ないようにする。無所有の生き方を貫く。そうすれば幸せな人生を全うできる気がします。
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2018年01月05日

本当の優しさとは

大晦日にもう1人大切な友人を亡くしました。訃報が入ったのは昨日の3日(水)でした。

私どもがやっているある町の職員でした。名前はMさんにしましょう。都道府県職員だったのが転籍して、3年前からこの町の職員でした。東大と並ぶ我が国のトップ大学をでていましたが、町では名ばかりの部長職に置かれ、窓際的な存在でした。

エクセレントローカルが受注しているセミナーは農業実習なので農家志望の実習生と役場の担当職員と当社側からスタッフも参加します。

黙々と実習生と農作業している職員がいました。それが亡くなったMさん友人です。関西地域の地方自治体の仕事は関東と違い、私どもも戸惑うことばかりで私もずいぶん町職員とぶつかりました。その時にさりげなくかばってくれたのがMさんでした。

農業実習は午前7時から始まります。市内の宿泊ホテルからこの町に公共バスで午前7時に来いというのは無理なことです。それもMさんが自分は市内に住んでいるからホテルの近くの駅まで迎えに行きますと送迎してくれました。

私どもが受注している農業セミナーでMさんは居場所を見つけたようでした。実習生と我々スタッフは仲が良く懇親会を催しました。その時は相当に楽しかったようで椅子に乗って立ち上がってスピーチをしました。実習生・我々からやんやの拍手でした。

この仕事は(社)エクセレントローカルで受注しているので理事達もこの町に来るようになりました。女子理事に一番人気があったのもMさんでした。とても親切だったからでしょう。

A理事が熊本から初登場した時もA理事が持参したお土産のお菓子を「美味しい、美味しい」と食べてくれました。

昨日、A理事と電話で思い出話をしました。実習作業の日にしゃがんで間引き大根とかぶを洗っていたら、椅子を探してきて腰かけさせてくれたこと、小雨の実習の日には傘を差しかけてくれたこと等。私が行かなかった月にその日の我々側のメンバーを誘って、行きつけの居酒屋でご馳走してくれたこと等。

私も帰路は駅までよく送ってもらいました。彼は54歳で独身でした。その車中、「彼女いないの?」と聞くと「いる」。「結婚しないの?」と聞くと「今、結婚を考えている」といった会話もありました。

一番悲しんでいるのは残された彼女でしょう。心から冥福をお祈り申しあげます。
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2018年01月04日

凛として清々しく逝った人

日本中の農家のおかあさんとセミナーをやったり、製造実習をやっています。気がつくともう四半世紀。25年になりました。

農家のおかあさんがお世辞にも鳥巣さんの話は面白くてと言ってくれます。実習も楽しくてしょうがない。ストレス解消に来ているのよねと言ってくれます。

お昼のお弁当を食べていてもきゃきゃっと笑いが絶えません。

尊敬する友人が12月31日(日)に2人逝ってしまいました。1人はセミナーの受講者でした。

初めて会ったのは平成27年1月22日でした。ちょうど3年前でした。次の年もセミナーは続きましたので2年間来てくれました。

このセミナーは5回シリーズで行いましたが、同じ内容を2日に亘り、対象者を変えて行うというものでした。

2日目の次の日も彼女はやってきました。1日目が面白かったのでこれから同じ内容の翌日の2日目とも聞くことにしましたと言いながら2日目は和服で登場しました。会った瞬間、お〜と声を出してしました。

次の年も行われ、彼女は熱心な受講者でした。夜もみんなでよく飲みに行きました。本当に楽しそうでした。

2年目のセミナーが終わって1〜2ヶ月経って胸部の皮膚がんのステージ3であると宣告されたと打ち明けられました。3なら治るから大丈夫と答えたのを覚えています。

その年の12月、要はちょうど1年前、お嬢さんのAO入試に付いて来て、その地で私の講演があるのを知ったと連絡をくれ、受講してくれました。

当日の朝、ホテルで会い、30分程度、経過を聞きました。胸部手術でバストを失ったこと。でも「すてきなバストをオーダーするんだ」と言っていました。「今のヘアもかつらです。でも素敵でしょ。今度先生と会うときは自毛になっていますよ」とも。そしてこれが最後の会話になりました。

昨年大晦日31日の夜、ご主人から妻からの遺言と言って電話をいただきました。その遺言とは「もし私になにかあったら私の携帯からまっさきに鳥巣先生に連絡して」だったそうです。

訃報を聞き、私が泣き出したら、ご主人も泣き出しました。電話を持ったまま2人で泣き続けました。

キースタッフの、鳥巣さんのセミナーは楽しいといってくれたことを励みに今日も我々は壇上に立ちます。それがキースタッフの仕事なのです。
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2018年01月03日

人生は自分次第

人生はお金が欲しいか?自由が欲しいか?と問われれば人生のステージでも違うと思いますが、育児期間は子供にお金がかかるのでお金でしょう。

この歳になると「お金を払ってでも自由が欲しい」です。実際は会社の代表も下りて、そうなるように仕向けています。

人間が人間らしい人生を生きるためには何者(物)にも支配されない自由を手に入れることです。

人生を生きて行くための最低(最少)のお金があれば十分です。それよりは何にも囚われない自由の身と自由の心です。

一生懸命仕事をして多少のお金をできたらそのお金は自由の身になるために使うのがよいです。

経済的成功者ではITビジネス起業者、外食チェーン起業家は若くして株式上場して巨額なお金を得て、高級マンションと高級車と美女を手に入れてもどこかかぬ顔をしています。何かが満たされないのでしょう。

自分の力で上場したのではない、上場させるための会社に支配されている、あるいは貪欲な投資家の支配下にいる、ファンドのお金にかんじがらめ、どこにも自由はありません。そのうちに会社の賞味期限が切れて退場です。

お金を貸借対照表(バランスシート)の資産と見るか損益計算書(P/L)の原価(コスト)と見るかですね。

私は損益計算書の原価と見ています。製造原価であり、販売管理費です。では売上高はと聞かれると人生そのものです。それから原価を引いて営業利益(純利益でもよいけど)が自由です。

人生は自由を得るための継続的な活動です。

伊能忠敬は養子に来て一心不乱に働き、49歳で子供に家督を譲ってやりたかった地図作成の旅に出て「大日本沿海輿地全図」を作成します。

元来、無欲恬淡な良寛さんは61歳で草庵を結び、質素な生活を貫き、庶民にわかりやすい仏法を説きました。70歳で最期を看取る貞心尼と出会いました。良寛の名が死後、世に出るのは彼女が良寛の和歌を集めたからです。人生は自分次第ですね。
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2018年01月02日

お雑煮を食べて思い出すこと

元旦はお雑煮を食べるのがならわしですがずっとこれが苦痛でした。

家庭内別居が10年以上に亘り、続いていた私は元旦の一家揃ってのお屠蘇とお雑煮が苦痛で苦痛で。餅を1個食べて逃げるように自分の部屋に戻り、それからウオーキングに。

そして午後から事務所へ。事務所に来ても年賀状の取り出し、返信書きをしてさらにウオーキングしてから帰るというのが元旦恒例でした。

お雑煮は年少の頃からそれほど好きでありませんでした。餅自体がね。餅は豆腐と同じでそれ自体の味を楽しむのには大人の味覚で子供の舌にはそれほど美味しいものではありません。

郷里福岡県糸島のお雑煮は鶏肉、寒ぶりのだしですね。それにかつお菜という野菜が入っているのが必須です。鶏肉が嫌いな私はその頃からお雑煮は1杯食べて義務を果たしたにしていました。

覚えているのは不思議と生母がつくった雑煮です。なぜ?たぶん鶏肉嫌いの私のためにオリジナルバージョンになっていたのでしょう(私が子供の頃に亡くなっているので、母親の元旦のお雑煮は5〜6回程度しか食べていないはずですが)。

それに生母の料理はメリハリがしっかりしていて個性的でした。性格が現れていました。もちろん、スタンダードな料理のうまさではもちろん今の母です。

社会人になって仙台勤務になった時に食べたお雑煮は美味しかった。たぶんつくってくれたのは元妻のお母さんでしょう。はぜのだしの魅了されました。ここでお雑煮とはこんなに美味しいものかと認識が変わりました。

さてこの正月、元旦は自分で雑煮をつくるようになって3年目です。独り身を知って、餅を送ってくれる人、かつお菜も糸島から送ってくれる人、さらには手づくりで摂った雑煮のだしまで送ってくれる人がいます。私は何をしているかというとそれをアソートしておいしくいただいています。

これぞエクセレントローカル雑煮。売り出そうかな?いやいや人様のご好意をビジネスにしてはいけません。もうしばらくはこのお雑煮のお世話になりそうです。
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2018年01月01日

今年もブログを続けます

謹んで新春のお慶びを申し上げます。

今日はいい天気ですね。昨日までの寒さが嘘のようです。昨夜は多分寝付かれないだろうと酒の助けを借りる気でいましたが、ちゃんと眠っていました。

私も神経が鈍感になってきているのかも?あるいは体力がなくなって来ているのか?

昔はこのブログも元旦は立派なことを書こうと2〜3日前から推敲していましたが、今日などは手が勝手に動き出している状態です。

このブログを書き始めたのは平成18年11月からです。丸11年を経過しました。最初は11月6日で、数日後から毎日書くことにしたので記事数も4,000を超え、文字数も3,500,000文字を超えています。

順位も500〜1,000位以内です。当時はブログ全盛期だったので順位も1,000〜2,000位をうろうろしていました。順位が上がったのはFacebookとInstagramの登場により、活用者が減ったからです。ただ、それだけ。

11年前と言えば私が52歳の時です。野口と一緒に事務所を千葉から東京に移転して、私の活動が全国地域に広がり始めた頃です。

まさにこのブログにはキースタッフ社が全国区に羽ばたいていく過程が書かれていますが、それで私のこの11年の人生そのものが書かれているかというとそれは違います。

プライベートのことはほとんど書いていません。ブログの内容は全国で展開している活動の記録と紹介が大半を占めています。

その記事がない時に私の人生観や生き様を書きます。結構そっちの方が読者の反響が多くて。最近は歳を取ったせいか、そっちの人生訓話に流れ過ぎているのではないかと反省しています。

Facebookが今の活動を伝えるのでブログは写真もあまり入れずに私の書き物が主体になっています。

ブログはどうしても読者を想定して書くので世の中の風潮に対してはそれを糺(ただ)す論調になるし、自分の人生観を書く時もどうしても立派なことを書きます。これが文章の限界と言えば限界なのですが。

これからどうするかですが、止めるという選択もあります。しかし止めると朝、ブログを書かなければならない義務感から夜更かしをしない早寝、早起きの生活習慣が崩れてしまいます。自堕落が生活になりそうです。毎日書く余力がある間はこれからも書いていきたいと思います。

さて今年ですが、いろんなことが起こりそうです。ただし、自分と自分の周りに起こることはそれこそこのブログに書けないことが多いような気がします。ますますブログの内容が生々しさから遠のいていきますが、どうぞ行間を読んで下さい。
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2017年12月31日

「拒否の実現」が一番の幸せ

年末年始にかけて一番幸せなのは人との接触がなくなることです。この時間を自分の好きに過ごせると言うことです。

若い頃はお正月は幼い子供を連れて家族で実家に帰省する(大混雑の中を自分は立っていても妻と子供のために席を確保しなければならないし)、子供が大きくなると子供の帰省を待って一家で正月を過ごすといったことをしなくてよくなります。

歳を取ると「熱望の成就」、「義務の達成」よりも「拒否の実現」の方が幸せになります。

例えば、一人のお正月は「会いたい人に会えない」ことよりも「会いたくない人に会わなくても済む」のが幸せです。

「食べたいものを食べる」よりも「食べたくないものを食べなくても済む」こっちの方が幸せです。飲みたくないお酒を飲まなくてもよい。

人に会うこともないので服装も「着たきりすずめ」でよいし、部屋も「掃除なし」でオーケーです。お腹が空けば手を伸ばせば届く距離にあるものを美味しくいただく。

「やりたくないことをやらなくてよい」と言うのは無上の幸せです。

これを正月だけでなく、毎日こういう生活になったらどうなるか?「独居老人孤独の死」、「死後3ヶ月後に発見。死体はすでに白骨化」と言うことになるのでしょうか?

これは極端な話で、世の中には必要以上の世間とのかかわり合いを断って生きている人がたくさんいるはずです。

こういう人は利口で、謙虚なので世の中の前面に出て来ないだけです。残された人生を自分の好きなことをやって誰にも迷惑をかけずに、でも自分(あるいは自分達)は最高の幸せ。これにたどり着いたものが人生の勝利者であり、達人でしょう。

すべて自分の思い通りに意思を貫き、かつ誰にも迷惑をかけない。来年からはこういった生き方の練習開始です。
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2017年12月30日

人手不足の次は?ぞっとする

人手不足だそうです。知人の会社が来年の新卒で大卒4名、専門学校・短大卒3名確保できたと喜んでいました。会社の規模は50名足らずの中小企業です。この半年リクルートに精魂尽き果てたと言っていました。

別の人から聞いた話は若者は土日祭日休みでないと入社しないそうです。しかし、人手不足は第3次産業、いわゆるサービス業や運輸業に集中しているとすると土日祭日が休日だというのは無理な気がします。

誰も言わないけどバブルですね。昭和の終わりから平成2年まで続いたバブルの様相を呈しています。人件費の高騰が半端ではありません。時間給1,000円以上は当たり前です。

この状況を景気がよいと言っていいのかどうか難しいです。

なぜ人手不足になったのか?不思議ですね。退場していく人が増えたから?でも60歳定年退職から再雇用制が徹底して65歳まで働けます。

要はその先なのでしょう。いくらなんでも75歳過ぎるとそう働けません。70歳以上の人が労働市場から一挙に抜けていると言うことでしょうか?

農業もここ20年くらいは定年帰農の人たちが実家の農業を何とか継続していましたが、その人たちもさすがもう農作業はできません。

少子化で供給される若年労働者が減少しています。若者主体の超ハードワークの外食産業から若者が逃げ出しています。

それで外食店がバタバタ倒産しています。外食店が倒産するのはまだしも外食関連ビジネス、産業も相当の倒産が予想されます。

その次は今まで雇用を牽引してきましたが、既にインフラが整い、成熟産業となったインターネット関連産業でしょう。

ビジネスは顧客がいないと成り立ちません。顧客が高齢化して仕事がないと所得がありません。購買力のないマーケットの中で人件費と原料費が暴騰していく。

さらに消費税がアップします。その先にあるのはどんな社会か?考えただけでもゾッとします。
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2017年12月29日

沖縄空手をやっていてよかった

40歳前に会社を失脚した私は心を鎮めるため、心の不安を埋めるためにいろんな本を読みました。

新約聖書もよく読んだし、中国の古典、我が国の仏教師祖の本等よく読みました。古典名著と言われるものの現代訳本はたいてい読んでいます。

読んでよかったです。ということは失脚してよかったです。失脚していなければこういった本に触れることはありませんでした。

50歳を過ぎて仕事も安定した来てからあまり読まなくなりました。というか、現代訳本のあるものはたいてい読んだからです。

61歳から沖縄空手を始めました。老後の健康づくりが一番の目的です。と言っても始めた頃はその2年前に右膝をかなりひどく損傷してまだ完治していない頃で膝を十分に曲げるのも痛かった頃です。昨年はヘルニアが襲ってきました。激しい運動はできませんでした。

ようやくかばうものがなくなり、フル運動ができるようになったのは今年からです。東京本部の公式稽古もなるべく出ることができるようになりました。

同時に黒帯の先輩が自分一人で稽古するのに紛れ込ませていただくようになります。これが非常に勉強になっています。もちろん、空手の稽古ですので型や技を教えてもらいます。

同時に「いかに生きるか」談義をよくします。例えば、空手も「相手の目を見よ」と言います。それで相手を見つめてしまったら空手をできません。動きがぎこちなくなるのと相手の目しか見なくなります。相手をよく見るということは相手の全体を見るということです。なるほど。

また、空手には当然敵がいます。敵が強そうだと怯みます。それを乗り越えるために稽古します。勝つために。

そうでしょうか?何にも負けない強い心など人間である限りあり得ません。ある困難を克服したら次の困難が待っているだけです。

今の状況を逆境とも順境とも思わないことです。今の自分のあるがままをそのまま受け入れられるか?そしてそれを幸せと思えるかどうか?

どこにも力が入っていない人生。伸び伸びと体が動く人生。やっぱり空手をやっていてよかったとつくづく思います。
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2017年12月28日

劣等感も優越感もなくなる年齢

人間は人に負けたくないから頑張るのだろうか?あるいは無我夢中になるので頑張るのだろうか?

若い頃は前者が優先します。苦手な学科を克服しないとよい成績は取れません。不得手なものに食らいついて行くことは大切なことです。

でもできないものはできません。受験で偏差値の高い大学に入ろうと思ったら苦手教科を克服するよりも、得意科目を伸ばした方が受かります。

人間は優越感の動物です。自尊心が強いです。ということは表裏一体で劣等感も強いです。自尊心の裏返しで挫折感にも敏感です。

齢を重ねていくということはコンプレックス(劣等感)と優越感のが軽減行動です。人間でおよそ優越感のない人もいなければ、劣等感のない人もいません。

出自・学歴・貧富・容姿・職業等いろんなコンプレックスがあります。それが歳を取るとどうでもよくなります。恥ずかしくも何ともなくなります。

反面、優越部分もどうでもよくなります。そうなるとあらゆる人と対等に付き合えるようになります。いわゆる謙虚になります。人に優しくなります。人を許せるようになります。激しく自分を駆り立ててきた劣等感、優越感競争が必要でなくなります。

では何に基づいて行動するようになるのでしょう。好きなこと。楽しいこと。無我夢中になれること。

そこにはライバルもいません。上手下手もありません。勝つか負けるかもありません。敵がいなくているのは同じ目的の人、同じ価値観の人です。

歳を取って新しいことをやろうとすると不思議とそれが上手なひとに巡り合います。神が出現させているのではないかと思うほどそういった人が周りに集まります。そうしてやろうとしていることは多くの人々の協力を得て実現していきます。敵に回すよりも味方に引き入れる。友達になる。それが老後の快適人生のコツです。
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