2021年11月08日

終生仕事のある人を模範にしよう

企業を訪ねることが結構あります。その会社の従業員の年齢を見ます。67歳の私よりも年上は流石にいないか?でもなく70歳以上の人が最近はいてもごく普通です。

自分なりに見て一番バランスがよいと思うのは20〜30歳代が社員全体の5〜6割、40〜50歳代が2〜3割、60歳以上が1〜2割が一番業績のよい企業のような気がします。

会社が順調に伸びていると業容拡大で年齢構成も末広がりに若手が増えます。若手は入社3年以内に3割が辞めるとも言いますがそれでも若手が多い会社は活気があります。

40〜50歳代が社員構成が一番多い企業はやっぱり全盛期を過ぎた会社の感があります。銀行がその典型です。私の時代からちょっと下の世代は銀行入行志望が一番多く、エリートの象徴でした。それだけ貸出先(企業)が伸びており、資金需要も多かったのでしょう。

市役所、町村役場もこの世代が多いです。町村役場は課長が上級管理職ですが、課長補佐の多いこと。これは大量採用と市町村合併による組織のスリム化、役職の減少からはみ出した人たちです。面白くなさそうに机に座っています。

はみ出さなくてもこの世代は子供の教育費がかかる一番自分で使えるお金のない世代です。大半のこの世代が一番冴えない顔をしています。

60歳以上の世の中の定年を過ぎた年齢の社員が多い会社もよい会社です。それぞれの社員が会社の中で期待される自分の職能や持ち場を持っており、かつ会社も堅調な収益を上げている証拠です。最近は定年なしの企業も増えていることはさらによいことです。

さらに高齢者の後期高齢者はどこにいるか?農業の世界にちゃんとします。奥さんと二人で楽しく畑仕事をしています。趣味?とんでもない。道の駅や農産物直売所に出荷して年間500万円くらい稼ぎます。自分でクルマを運転して出荷に行きます。現役時代の年金と合わせるとまだまだ立派な所得です。

さて話を戻し、若手が多い会社もよい会社です。最近はネットビジネスが多く、SNSやパソコンに精通していなければなりませんが、大体は学校の授業で習って来ているのでSNSやネットの操作はお安いものです。

しかし、誰でもできる単純作業はやがてDXや海外研修生とって代わられます。創造力や自分しかできないものを身に付けるしかありません。その時のヒント、参考になるのは高年齢者になっても仕事を持っている人、働いている人です。その人達を参考にすることです。

ちっとも所得の上がらない我が国において一番ベンチマークする価値があるのは終生仕事のある高齢者就業者です。
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2021年11月07日

地位に上下はあっても人は平等

先週、いくつかの会社を訪問しましたが、そのうちの2社に共通点を見つけ、感動しました。1つは石垣島の「石垣の塩」です。東郷社長が自ら空港まで出迎えてくれました。そのうちに従業員から電話があり、「わかった」と言って向かったのは冷凍倉庫でした。

そこから本まぐろを取り出し、飲食店に配達です。すると時間が早かったせいか不在でした。怒りもせずに、一度冷凍庫から出したものをまた販売するわけにはいかないので「鳥巣さん、夜食べよう」と夜、思いがけないご相伴に預かりました。私どもだけではなく、そのまぐろは当夜のお客様全員にふるまわれました。

驚いたのは当たり前のように従業員が手が空いていれば社長まで配達員に使っていることです。それを当たり前のこととして社長がやっています。社長夫人は今でもバンに乗って「石垣の塩」を配達しています。

私は「石垣の塩」社には15年前から行っており、オフィス内もよく知っています。東郷社長の机は従業員と同じ小さい机です。違うのは机の上に決済用のハンコ箱が置いてある事だけです。

東郷社長は大学卒業後、就職する気はサラサラなく、最初から起業です。いろいろ商売をやって失敗し、中には人の保証人でつまずいたりしながら20年ほど前に「石垣の塩」を発売して、今があります。

その起業時のスタッフは東郷夫妻と同い年位なので私と同じで60歳後半です。定年退職もなく、いくつになっても本人が辞めると言わない限り勤めています。だから社長への口の利き方も同僚・仲間です。

石垣島から帰り、信州の伊那食品工業を訪ねました。今や世界に名の知れた信州発のエクセレントカンパニーです。井上会長が出迎え、自ら全工場と全会社施設を案内してくれました。

最初、原料倉庫を訪ねました。そこで作業着を従業員が一人、倉庫前に座り込んで缶コーヒーを飲みながら煙草を吹かしていました。会長がクルマから降りても立ち上がりもせずに、会長とため口をきいています。会長も当たり前のようにその人と談笑し始めました。

それから各工場を回りましたが、そこにいる従業員が我々には挨拶してくれますが、会長に対しては取り立てて態度も変えず、普通の同僚への応対です。

夜は会社のレストランに案内してくれました。前掛けをしたホール担当者がいました。名刺交換したらこの会社の監査役でした。今年定年だったと紹介されました。会長に向かって笑いながら「定年したら給料が下がった」と文句を言っていました。しかし、この会社も望むならこの監査役のように年齢制限なくずっと勤務してよいそうです。

もっとびっくりしたのは会長と会食が始まったら配膳係の監査役も一緒に会食の席に着きました。さらに我々を迎えに来てくれた若い従業員も席に着いて一緒に会食です。我々は3名、この会社側は会長、若い従業員、レストランのホール担当者3名です。その若い従業員もリラックスして会社のこと、家族のこと、仕事のことを大いにしゃべりました。

これが極意ですね。地位・ポストの名称(上下)はあっても関係ない。仕事だけでなく発言、行動は対等。従業員が伸び伸び仕事をしています。これぞ、エクセレントカンパニー。

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2021年11月06日

夢を実現してきたオンリーワン企業

昨日、長野県伊那市にある伊那食品工業を訪ねました。伊那食品工業といえば一般的に知られているのは「かんてんパパ」です。飯田線沿いにありますが現在は災害による不通区間があり、中央線茅野駅まで社員の方が迎えてくれました。

車中、1時間。その社員の方が「キースタッフ社とは懐かしいです」「????」「10年頃前に私が電話を取ったら、キースタッフと名乗ってドレッシングの加工の全国の農家のお母さんに教えているが、食品添加物を使わないドレッシングを教えたいということで、増粘剤のキサンタンガムの代わりに寒天を使えないか?との質問でした」、「思い出しました。その時の担当の方があなたですか?」

当社の担当だったHに命じたのは私でした。それから当社のドレッシング実習では「食品添加物不使用のドレッシング」が定着しました。以前から伊那食品工業という会社は一地方の中小企業であるが、寒天を応用した商品で世界中に販売しているオンリーワン企業ということを知っていました。

このやりとりから10余年後、このエクセレントローカル企業を訪問することができました。目的は宮崎県ひなたMBAフードビジネス部門のアワードの基調講演を伊那食品工業の会長井上修氏にお願いするためです。

そうして井上会長が自ら会社を案内してくれました。連れて行かれる順序が実によく組み立てられていました。まず原料庫に行くと世界中から集まった天草が積まれています。その隣は寒天を絞った後の残渣で製造した土壌改良剤(肥料)の発酵・製造庫です。天草は15%の寒天と85%の残渣になります。

次は当社の発足時からこの場所にある寒天製造場に行きました。大きなタンクで天草を煮炊きして寒天を作ります。廃液はバクテリアに食べさせてきれいに浄化して真水にして流します。

その寒天を乾燥させていろんな形の寒天にする工場も訪ねました。「かんてんぱぱ」ブランドの商品が製造されています。それから工務場も訪ねました。世界に2つとない製造機械を使用するので機械の設計、メンテナンス、修理を受け持っています。

次が乾燥寒天を粉砕して粉にする工場です。寒天を粉にしたから用途が増え、世界の伊那寒天になりました。微粉が飛散しない製造方法は世界で唯一だそうです。

さらには医薬品・医薬部外品・化粧品にも使用されている可食フィルム工場も見学しました。そして最後は研究開発部門です。素材研究と商品開発が行われています。

この原料庫から最先端用途商品工場、研究開発棟まで見学するとこの会社が63年かけて実現してきた戦略シナリオを理解できます。夢を実現してきた「世界の伊那食品工業」です。
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2021年11月05日

相手・地域の為に何ができるか=仕事

今朝は5時台に会社に着いて鍵を開けていたら、新聞配達さんがやって来ました。郵便箱に入れると思っていたら私に手渡ししてくれました。この配慮気配りは嬉しいですね。新聞配達さんとの間に心と心のふれあいがあります。

結構、遠くへ出張しています。目的は当社が委託実施している人材育成事業の中のセミナーの講師依頼です。たいていは私がよく知っており、この方の話をぜひ受講生に聞かせたいと思う人ばかりです。

電話で打ち合わせでもよいのですが、話して欲しいことを当社担当者と一緒に伝えた方がよいと思い、現地に出かけます。たかがセミナー、されどセミナーです。

私が30年のコンサル経験の中で20年以上のつきあいのある人はざらです。総数は私が会った人のうちの1%くらいの人です。私よりちょっと年配か同世代です。それでも数十人はいます。最近、10年以内に知り合って付き合いを始めた私よりも若い人にも素晴らしい人材がいます。

共通しているのは信頼のできる人です。まあ、「約束を守る人」と「人の為にやる人」です。一昨日、訪問していた石垣の塩の社長もそういった人です。セミナーに登壇いただく講師もこういった方々にお願いします。かつ、セミナー会場まで来てくれる都合のつけられる方々です。

現地でそういった方々と久しぶり酒を酌み交わすと以前に比べてその地域がどう変わったか?そして今何をすべきか?の話になります。そしてそこから新しい仕事へとつながります。

現場に行かないとだめです。相手・その地域の為に何ができるか?=仕事です。そのニーズを共に考える。

反面、当社に近づいて来る人間もいます。私はシビアなので私を避けて、若いスタッフに取り憑こうとします。若いスタッフを騙して当社から何かの便益を得ようとする連中です。

ころっと騙されている当社スタッフもいます。一度や二度はいいにしてもずっと騙されていると会社に不利益をもたらします。見て見ぬふりをするか?はっきり教育するか?後者です。

本人の為には教育すべきと思い、苦言を呈します。この苦言を素直に受け入れるスタッフは成長して行きます。受け入れられないスタッフは過去、辞めて行きました。自分に対し強い人間のみが生き残ります。



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2021年11月04日

黒字倒産危機を乗り切れれば

今朝の日本農業新聞の見出しは「重油、資材、飼料、肥料・・・増える生産費“四重苦“の冬 農家悲鳴」です。相当数の専業農家が冬を越せない中で廃業、離農していくでしょう。

しかし、この見出しをつけ、文章を書いている人はどんな気持なのでしょうか?この記者には倒産、廃業、解雇等の状況にはありません。他人事を書いているだけです。コロナ禍もそうです。いろんな施策が打たれましたが執行している公務員に倒産はありません。

この2年間、大手食品企業はいい決算でした。大手食品メーカーはテレビ宣伝しているいわゆるブランド企業がほとんどです。メディア等の広告が多いということは消費者向け、いわゆる家庭用商品が会社の売り上げを占めています。

今回のコロナ騒動で大手食品メーカーは巣篭もりのおかげで笑いが止まらないほど好調です。しかも旅行にも行けないし、外食もできないし、家庭内レジャーをするしかないので高級食料品がよく売れました。そうやって支出してもまだ使い切れずに家庭内貯蓄率は増えて、高止まり状態です。

一方、食品メーカーでもブランド力のなり業務用メーカーは苦戦です。業務用でも外食向け食品を製造しているメーカーは大打撃です。農水産業も外食用ブランド牛や高級魚を中心に飼育、水揚げしている1次産業者は相当に打撃を受けています。さらにここに来ての四重苦の襲来です。

かく言う当社も創業以来の経営危機です。運転資金の枯渇です。当社もこの1年半は金融政策のおかげで融資でつないできました。その間に受注活動を地道に続けたこともあり、今年度は創業以来、最高数、最高額の受注をしています。

今年度の決算は売上高も多分、創業以来の最高額です。赤字部門のレストラン部門を閉鎖したことと本業のコンサル事業が好調で3期ぶりの黒字転換で経営は立ち直ります。

しかし、公共の仕事が多いのでお金の入金は年度末の2〜3月です。元々、手持ち資金が少ない中で、過去最高額の仕事をするので運転資金ショートです。当然、銀行への融資も申し込んでいますが、コロナが一服した現在、金融当局が引き締めに入ったら当社はアウトです。

個人の自分の持ち金は全て注ぎ込んでいますが、それでも足りません。今までは赤字倒産に対する危機感で経営して来ましたがここに来て「黒字倒産」と言う新しい危機が襲って来ました。この11月から年末までの入金をどうやって増やすか?

私も起業して30年近くになりますが、この危機は初めてです。どう乗り越えるか?経営は常に未知です。しかし、この状況を乗り越えられれば名実ともに若い社員に会社を任せられるようになります。頑張ろう。

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2021年11月03日

自前の加工場ニーズが高まっている

久しぶりの石垣島にやって来ました。目的はセミナー講師をお願いしている「石垣の塩」の東郷社長に講義内容の打ち合わせです。この事業は多くの食と農の世界で活躍している方々に講師を依頼します。依頼は電話一本で済むことかもしれませんが、受講者のためには講師にちゃんと会ってセミナーの内容の打ち合わせが必要です。

石垣島はこの15年間で年1回程度来ています。合計は10回強かな?通算30回程度行っている隣の宮古島にはかないませんが。石垣・宮古といえば観光の人気スポットです。このコロナで1年半は観光客も激減しました。石垣島空港も今まで見たこともないほど閑散としています。

しかし、島の様子は意外と元気です。石垣市は人口5万人ですが、この5万人規模で島内経済がうまく循環しているような気がします。

最初に八重山漁協の加工場を訪ねました。設備は宮古島市のもので運営は八重山漁協がやっています。沖縄県の他の漁協もそうですが漁業はもずくの養殖が盛んです。ここでも漁業者が持ち込んだもずくを1次加工して塩蔵して需要に合わせて年間を通じて業務用一斗缶や消費者向け商品で販売します。もずくの需要は旺盛のようです。

次は伊盛牧場に伺いました。伊盛社長は漁師に生まれましたが、17歳の時に乳牛1頭を飼い、酪農を始めます。数年前に来島した時に眺めのよい高台の牧場内にアイスクリーム直売店を開設しました。今回、行ったらそのそばで立派な乳製品加工場が稼働していました。6次産業型のビジネスの完結です。

完結でもないようで今度は石垣市が建設する牛乳製造会社の受託管理者として牛乳そのものの製造に参入します。目的は学校給食で「子供達に石垣島の乳牛の牛乳を飲ませたい」と言うことです。原点回帰です。現在の大手乳業メーカーは元は酪農家、組合によって設立されたものだから。

その後に八重山食肉センターを訪問しました。生産者の「石垣牛」をと畜して精肉にします。現在は900頭の石垣牛が生産されています。ブランド力もあり、好調です。内臓(ホルモン)で島外の石垣牛肉卸業者に精肉とセットで販売されます。

石垣牛でない黒毛和牛もほぼ同数持ち込まれます。その精肉は島内外で販売されますが、内臓(ホルモン)は需要がなく、センター内で廃棄・処理しています。この内臓をホルモン商品にして販売できる加工場が欲しいと言う要望が強いです。

コロナによる突然の生活行動の変更は我々の食生活まで変えました。生産者が生産物の販売を平準化するために「自前で加工」という意識を強く持つようになりました。
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2021年11月02日

私の交友・人脈

鳥巣研二の人脈・交友って大したことはありませんが、私の人脈・交友の自慢はつきあいが長いことです。ただし、私のテイストに合う人ばかりです。野心家の人や美貌をウリにしている人は私には近づかないので安心です。

私は気が合う人とだけ付き合います。身分、肩書き、助平心、お金、地位、出世、野心の目論見は無縁です。そりゃあ、若い頃はなかったと言えば嘘ですが、会社をクビになった時に初めて「人は怖い」とわかりました。「野心」、「嫉妬」が人まで殺すということもわかりました。

それからその世界には入らないようにしています。こっちに野心がなければ邪な人や野心家は近づいて来ません。現在、世の中を騒がしているマンモス大学の汚職、賄賂事件もその頂点に立つトップが野心家で権力志向の塊なのでこんな事件を引き起こしています。

こういった人は自分の地位を守るためには相当の裏社会組織との関係があるのでしょう。言い換えると裏社会に守ってもらっています。裏社会の人々もプロなのでそれなりの報酬を求めます。「お金を出さない」と依頼者が消されます。一見、豪胆な風貌に見えますが本当は小心でお金を出し続けざるを得ないところまで追い詰められていたのでしょう。


話を戻し、当社の食品加工室が出来上がりました。1階が製造生産場所です。2階は包装や箱詰めの部屋です。資材置き場でもあります。

ところで誰が製造するの?ということになります。当然、コンサルで受けた仕事の試作は当社研究開発スタッフです。でも今回は当社がオリジナル商品を製造販売し、製造者にもなります。ということはキースタッフブランドやエクセレントローカルブランドの商品が世に出ます。

それの製造を研究開発スタッフがやっていたらコンサル業務ができません。また研究開発スタッフの人件費で商品製造をすると価格が高くなり市場性のない商品になってしまいます。

それで製造スタッフを募集することにしました。もちろん、パートで結構です。最初に声をかけたのは大学時代によく行っていた新宿のスナックの雇われママだった女性(女性と言っても50年前の当時から男装しているので初対面では女性とわからない)です。

「いくつになったの?」と電話したら72歳とのこと。「まだ働ける?」、「当たり前でしょ、クリーニング・掃除会社で働いているけどコロナでもうすぐ解雇されそう。鳥巣と同じで身寄りもないので働き続けるしかない」よかった、ラッキー。すぐうちの社長に紹介することにしました。これが私の人脈です。
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2021年11月01日

文章の書けない人は人の心が読めない

休日はたいてい会社で仕事をしています。昨日も会社にいました。そこに当社で経験の薄いスタッフがやって来て仕事の件で打ち合わせをしました。というよりも彼の報告を聞いていました。

でも報告の内容からしてこの役所のこの幹部は何らかの提案を求めていると感じたのでこのままやり過ごすと今日から1週間も宮崎県、沖縄県石垣島、長野県伊那市に出張なので翌週になってしまうので、早い方に越したことはないのでラフ案でいいので作って出そうということにしました。

始めると浮かぶシナリオとそれに関する裏付けデータと使える行政施策とその予算の3つを合わせてストーリー(提案書)を書きました。昨日、これに使える時間は約1時間です。その後に空手の稽古を入れていたので急ぎました。

いつまでこんな仕事を続けるのだろう?思って書いていました。当社の担当スタッフに命じてもやったことがないので、今回は自分でやって見せて、それを頭に叩き込むように言いました。こうやって若手を育てていきます。

私はサラリーマン時代に散々書類作りをしました。15年いましたがそのうち支店営業は4年間で11年間は本社の事業企画部門勤務でした。最後の1年は本社課長でしたが本社スタッフを10年間経験しました。文書書きや事務作業は何ら苦になりません。

面白いもので課長になった途端に管理職なので事務仕事がなくなりました。それまでは毎晩夜の12時、午前1時はザラでした。それが課長になると急に暇になります。判断、指示業務だけをすればいいのですから。

しかし、1年後に会社をクビになりました。今更、サラリーマンは嫌なので個人事務所を設立し、併せて中小企業診断士の勉強をして第2の人生が始まりました。そうなると提案書、診断報告書、事業実施報告書、年度末には20事業くらいの報告書書きに明け暮れることになりました。こうやって糊口をしのぎました。

今でも文章書きやレジメづくりは自分でやりますが、ネット操作やパワポ資料づくりは若手に手伝ってもらっています。あの会社に定年までいたら今頃は定年して、家庭の粗大ゴミで世の中から抹殺されていたでしょう。

実務は自分でできた方がよいです。大企業のサラリーマン社長の中には社内遊泳術と派閥抗争には長けていても文章が書けない、講演ができない、振付師が付いている人がたくさんいます。しかし、文章の書けない人は人の心を読めない人だと言ってもいいでしょう。
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2021年10月31日

些細な気づき・開眼・上達が嬉しい

人とコミュニケーションしていることが多いようで実際は一人でいることの方が多いです。プライベートでも独り者だし、最近は猫のれいらんも娘のうちの住民になったので。仕事をしていても移動が多いので飛行機の中も、新幹線の中も一人です。

独りの時にいろいろ考えるのが好きです。自分なりの行動について。朝、起きて、トイレに行って、会社に行って、帰って来て、お風呂に入って眠るだけではないです。その間にいろいろ考えます。

朝、出勤する時に排出されたごみ袋をカラスが無心に漁っています。その隣で鳩も自分の好きなえさを探し回っています。私の存在さえ、気が付かないのか、それどころじゃないのか?無心にお互いのテリトリーを侵すことなく餌を探しています。カラスになりたい、鳩になりたい。

人間は自分の心の中の動揺に支配されます。それを感情というのでしょう。でも人間である限り、制御できる範囲内の感情はあった方がよいです。

また、忙しい時は多少のプレッシャーの感情も相手している暇がなく、押し流すことができます。暇だとどうでもよいことが気になる。だから仕事のある現役がよい。収入の問題ではない。

いろいろ考えると例えば昨日のお茶の淹れ方、茶葉の量よりもお湯の量。いろんなご意見をいただきましたが、例えばお湯の温度とか、正直大いに関係があります、熱いとお茶の味がしない。すべて関係するのでしょうが私はお湯の量加減で行きます。そのお湯の量がつまり自分にとっての最適「一服」なのでしょう。

最近、パンツの片足穿(は)きが自然にできるようになりました。玄関での靴の片足履(は)きも。どうして?最近わかったのは人間が立って行動している時、左右どちらかの軸足はピンと伸びているということです。支える片足をぴんと伸ばして立てば体はぐらつきません。ただし、その時の足先は正面を向いていること。これは空手に応用できるな。

そういえばダイエットも3ヶ月で4sの進捗。こんなことを考えていると楽しいです。仕事や会社の行先等を考えると心配と不安が次から次へと襲って来ます。多分、最適・最上の環境にいても不安は尽きないのでしょう。

余計なことを考えない環境・状況を自分で作ること。これが人生の達人です。一番いいのはギブアップしないことです。人生の究極的な敗北は自分で負けたと思った時です。戦う闘争心をなくした時です。

自分が負けと思わなければ負けではない。尽きない悩みは直面した時に悩めばよい。来てもいない難局にこっちからラブコールを送ることはないです。



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2021年10月30日

湯を減らしたら茶がおいしくなった

また、お茶の季節がやって来ました。夏は大手飲料メーカーのお茶もどきの清涼飲料水を飲みますが、この季節から自分の淹れたお茶を飲めます。

しかし、なぜおれが淹れたお茶はおいしくないのか?毎朝、そう思って淹れています。かって、年少の頃、お茶好きの祖母が淹れたお茶の相手をさせられていました。そのお茶の味が再現できません。

茶葉自体はそんなに低級なものを使ってはいません。私の昵懇としている全国のお茶農家の茶葉です。2〜3日前から突然、おいしくなりました。

なぜ??一服のお茶をおいしくするために私は茶葉の量を増やしていました。それを最近、急須に注ぐお湯の量を減らしました。茶葉を増やすのではなく、注ぐ湯を減らす。するとお茶がおいしくなりました。同じことだろう。違うんだな、これが。

なるほど。おととい昔の会社の上司を訪ねました。この会社の創業家の嫡男で5代目を襲名しています。70歳を超えた今、ものすごく元気で健康そのものです。

私が30年前、この方が40歳代の頃、側近の部下でした。当時、この創業家が成した世界規模の会社の社長候補として世間の眼に晒されていました。また、この頃この創業家を経営から奪おうとする勢力が凄まじい権力はく奪を仕掛けていました。根も葉もないでっち上げ風評も横行していました。

そしてこの方は本体のトップになることはなくして、現在創業家の資産管理会社の社長です。実に若々しく、会社を動かし、人材も育て、新しい事にも挑戦しています。精悍で、優しくて、思いやりのある元上司の魅力が溢れています。自分で会社を動かしているのがわかります。

「お前も元気だな」と言われました。39歳でこの会社を放逐されて、現在の会社を創業してもうすぐ30年です。経営は相変わらず厳しいですが、若手への転換もうまく行っています。コロナ禍後、おかげさまで仕事も増えています。それに伴う手持ち資金がないのが心配ですが。

要は自分で会社を動かせる規模の会社を経営するのが一番いいです。その元上司が「経営者の仕事は1.目標の設定、2.目標の戦略・行動への落し込み、3.そしてそれを実現するための組織づくり、その輪を常にぐるぐる回していくこと」と教えてくれました。

お湯の量を減らしたらお茶がおいしくなった理由ががわかりました。自分で加減する量がわかりました。そういえば「茶加減」と言いますね。


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2021年10月29日

鳥巣、うちで学んだ事は役に立っているか?

昨日はそれこそ退社以来、30年ぶりくらいに昔の会社を訪ねました。昔の上司に会社移転の挨拶状を出したら「うちの会社の近くじゃないか、訪ねて来い」とのこと。それで訪ねました。

その上司と言うのはこの会社の創業家5代目で創業者の名前を襲名しています。本社本館ビルと周辺にいくつか別館ビルがあるので元上司がどこにいるのかわからないので本館受付に行って襲名している創業者名を言ったら受付嬢がぽかんとして、私を訝しい眼でみます。

「君はこの会社の創業家の〇〇〇さんの名前を知らんのか?」と声を高めたら守衛かガードマンが飛んで来て、私を押さえつけるのかと思いきや、「ご案内申し上げます」と第何号別館まで案内してくれました。しかし、この受付はどこかの会社の代行サービスが入っているのでしょうが、この会社の顔に泥を塗っています。

久しぶりに会った上司は現在72〜73歳ですが、元気でした。現在は創業家の資産管理会社の社長です。3年前に当社が経営していたレストランを訪ねてくれましたが、2人だけで差しでじっくり話すのはそれこそ30年ぶりくらいです。

元上司は私が農業関係をやっているのに興味があり、当日も好物のにんにく(青森県東北町のエビサワ農園産)と岩手県野田村の山ぶどう赤ワインを持参したら大喜びでした(特別に用意したのでなく、たまたまその2か所からのいただきもの)。2〜3週間前に熊本市の村上浮子さんのそばかす美人の自然栽培みかんを送ったらそれもいたく感激させたようです。

私がこの会社に入社したのは「食品業界の大企業で安定しているから」ではなく、その逆で日本発のベンチャー企業だからです。トヨタやパナソニックの創業者は凄いけどビジネスモデル・商品はアメリカのまねです。この会社の代表商品はこの会社が世界初の商品です。

昨日の面会は2時間にも及び、話も盛り上がりました。2代目が創業して、3代目が世界にはばたかせた。そして元上司は5代目です。おじいちゃんである3代目の家で育てられたと言います。そのエピソードも活き活きと話してくれました。

そして「鳥巣、うちの会社で学んだことは今のお前の役に立っているか?」、「もちろんです。それで30年生き長らえました」、「よかった、嬉しい」

この元上司は私がクビになる時は既に上司ではありませんでしたが、当時の社長に直で「この処断は間違っている」と談判してくれたのはこの人だけです。

またその時の人事担当役員(以前は私の上司だったこともある人)も「この人事は会社に大きな汚点と禍根を残す」と言って反対していた話も昨日初めて聞きました。3年後にこの会社が飼っていた総会屋が逮捕され、世にいう「〇〇〇総会屋利益供与事件」が世に出ます。

「俺もお前と仕事をしていた頃が一番楽しかった、また来い。秘書を紹介するからいちいちアポなど取らなくてよい、いつでも来い」私のささやかな恩返しはまだ10年以上活躍できるこの元上司を私の食と農の世界に案内することです。
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2021年10月28日

仕事と労働・業務は違う

最近、経験の浅い当社スタッフが「仕事と労働・業務は違うんですね」と言い出しました。それを聞いて私は「このスタッフは一人前になったな」と思いました。

仕事と労働・業務は重なるところもありますが、基本的には違います。労働・業務は職場で就業時間内にします。それ以外は残業と言うことになり、給料とは別に労働に対する対価が発生します。

仕事は場所は関係ありません、飛行機の中でも新幹線の中でも、ごはんを食べている時も、趣味をやっている時もできます。起きている時間は場所と時間は問いません。いや、寝ている時もできます。

労働・業務は今の会社の利益のために行いますが、仕事はプラス会社の将来の利益のために行います。仕事は体も使いますが、主に頭を使います。

仕事をしている人は仕事は労働・業務だと思っている人から見ると「何であの人はこんなことをしているのだろう?」、「何でこんな発言や指示をするのだろう?」といぶかしく思われることも多いです。

仕事をしている人は今はもちろんですが、頭や眼が来年や5年先の中にいます。この程度の仕事で来年は経営を乗り切れるか?5年後の事業展開はどうなっているか?を常に考えてかつ行動します。だから今を労働・業務している人からは理解されないことが多いです。

「兵は詭道なり(戦争は騙し合いである)」です。スポーツもそうではないのでしょうか?事業も自分の手の内を事前に読まれてしまえば負けます。仕事も競争の中にいる限りはライバルに行動の手の内を読まれれば勝てません。仕事は来ません。

常に経営者は戦略なしでは会社は生き残れません。見せる部分と伏せておく部分、今の果実と5年後に得る果実等。だから仕事と労働・業務はイコールではありません。

仕事をする人、労働・業務をする人は会社には必要な人材です。困るのは仕事も労働・業務もしない人、大企業や役所に多いタイプです。じっと座っているだけで自分に労働・業務、責任が来ないようにブロックしている人。そのくせ、出世欲は強くて人の功績、実績を横取りする人。こんな人が中小企業にいると間違いなくその組織は潰れます。
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2021年10月27日

応援をよろしくお願い申し上げます

昨年の今頃はコロナ蔓延の危機の中、銀座のレストランエクセレントローカルがピンチに立ち、11月に閉店しました。それから1年、今度は東京都中央区八丁堀の当社本社内に食品加工室を開設しました。

元々、千葉県松戸市に食品加工室は持っていましたが、入っている建物が老朽化して、とてもHACCPに対応したものとは恥ずかしくて言えないレベルでした。

10年前頃に大家さんから空き家ばかりなので借りて欲しいとの要望で借りました。そのうちに2年毎の契約更改になんやかんや文句がついて家賃が吊り上がって来ました。そのうちに昨年の6月に1年後にここに物流センターを建設するので出て行くように言われました。

1年経ちましたしたが、誰も出て行っていません。コロナが蔓延して、その物流センター建設も暗礁に乗り上げているようです。出て行けといった大家さんは急に態度を変えましたが、こっちは出て行く準備をしているので予定通りに1年後に出ました。そして、新社屋移転と同時に食品加工場建設に入り、ようやく10月に完成しました。

みんなの喜びはひとしおです。レストラン撤退、松戸からの退出、新社屋に食品加工場建設は全部現社長の意向で行いましたが、この経営の意思決定は当社を大きく変えるでしょう。併せて鳥巣研二色の強い会社からの脱皮でもあります。

建設は私の知人の川原さんを社長に紹介したら、その通りに社長が川原さんにお願いしました。川原さんが施工の責任者をやってくれたのもよかった。素晴らしいものに出来上がっています。

撤退は攻撃よりも難しいです。戦国時代に最も優秀な武将は大将から殿(しんがり)軍を命ぜられます。秀吉の出世も信長の殿軍を務めてからです。

さて、この都会のビルの中の食品加工室ですが、そうざい製造業と菓子製造業さらに最近レトルト食品が増えたので新設された密封包装食品製造業も取得しました。東京都の保健所は千葉県もそうでしたが親切で前向きです。

この他に営業許可の要らない農産加工品(1次加工品)も製造できます。研究・商品開発スタッフの2人は喜んでいます。3階の我々スタッフルームから下りれば食品加工室なのですから。

来年、管理栄養士の免許も持った加工食品専攻の大学院卒の女子も新卒で入って来ます。また、社長がクラウドファンディング「CAMPFIRE」(https://camp-fire.jp/projects/view/491390?fbclid=IwAR3N8CErlsjH92MvVHmCKmE3_ji4U4vl-t5-V4Ms_dFrhne2zJKtz8f2Mr4)に手を挙げています。大いにみなさまの応援をよろしくお願い申し上げます。
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2021年10月26日

誠実とは真実を伝えること

この文章については誤解を招くという判断で削除しました。
posted by tk at 07:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月25日

嫌なら来るなと言おう

トップの指示に従うというのは組織の鉄則です。組織というのはそれ自体がある目的のために行動しているので、構成メンバーはその組織に中で自分の役目を自覚して目的がうまく行くように責任を果たすことです。

しかし、この真っ当なことに対して、コロナ禍は世の中の仕組みを履き違えた人間も多く作り出しました。昨日、ずっと非常事態宣言で休業していたレストランが再開したので訪ねました。

3ヶ月間休んでいたと言っていました。その間、何をしていたの?と訪ねたら自分の料理を見直していましたとのこと。全ての料理の火入れ温度と時間を1℃ごとに変えながら料理の仕上がりを見ていたそうです。

ずいぶん未熟だったことに気づきましたとのこと。それは大いなる謙遜です。このシェフの料理を美味しい。そんな上達者でも自分の料理のさらなる上を研究しています。

そのお店にしばらくぶりにアポなしで行ったらそれでも入れてくれました。行った目的は久しぶりにシェフの料理を食べたかったのと現在仕事でやっている「スペルト小麦」のイタリア料理での使われ方を教授いただこうと思って。

シェフ一人とホールのバイトの子と2人でやっています。超忙しい中で私を調理カウンターの前に座らせて料理を作りながらスペルト小麦について教えてくれました。

ある二人連れの客がやって来て席に座りました。サーブがホールの子では間に合わなくなり、シェフが自らテーブルに持参したら、その客の女性の方がマスクをしていないと攻撃を始ました。

シェフはそれを詫びました。その二人はずっとマスクしたまま席についています。料理を口に運ぶ時、その都度マスクを耳の片方だけ外して口に放り込んでまたマスクします。その女性に支配されている相方の男もそれに従ってマスク片方外しの食べ方をしています。若者ならともかく40〜50歳代の人生の酸いも甘いもわかっているはずの世代が。興醒めです。

私はこの客の30分前から来店していました。その30分の間にシェフに5本以上の来店予約が入っていましたが、「コロナの状況でお店が密になるので」と丁重に断っていました。そのくらいコロナに気を遣っています。そのシェフに向かって。

私以外の他のお客様も大いに食べ大いにワインを飲んで楽しい食事をしているのに。この貧相な2人の行動が他の客も不愉快にしています。「郷に入らずんば郷に従え」そんなにコロナが嫌なら来店しなければいい。うちにこもってカップ麺でも食べていればよい。

ましてやこのレストランのトップであるシェフの行動にクレームをつけるなんて。セミナーでもアンケートに講師と受講者との距離やマスクの位置がよくないとか書く受講者がいます。

嬉しかったのはこのシェフがその後もマスクをしないで調理をしていたことです。「嫌なら来るな」という強い意思です。このシェフの作る料理は美味しいですよ。
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2021年10月24日

糸島の人間は糸島を殊更強調しない

現在、糸島市にある農事組合法人の仕事で赤米・黒米による中山間地域の農業所得を上げる事業をやっています。赤米・黒米の加工品を開発するということでかるかん饅頭を開発しています。その評価を二丈夕市秋の感謝祭でアンケート調査をしました。

この二丈夕市に来る度に来店者の年齢は高齢化していますが、30年以上も続いているのは週1回行われるこの夕市の固定的なファンがいるということです。以前に比べて孫連れのお客様が増えています。

糸島ブームです。糸島半島の糸島市と福岡市の市境を跨いで九州大学伊都キャンパスができ、医学部を除き、本格的に移転しました。その地は元は田んぼと畑です。そこに忽然と九大が出現しました。九大自体はもとよりそこに新しいビジネスチャンスが生まれ、住む人が増えています。

この新開地はどんな都市になるのか、楽しみです。九大伊都キャンパスはJR筑肥線からは遠く、バス運行は増えていますが、通学・通勤には大変不便な地域にあります。

その分、ここに住む人が増えるのは明らかです。その関連生活産業も大きな経済的な期待が持たれます。学園都市なのでアカデミックな研究機関や関連民間企業の進出も旺盛です。

糸島市街地もその恩恵は多く、移住者や新住民が増えています。それを糸島ブームなのでローカルテレビが特集を組み、放映します。見ていると東京等都市に住んでいて、大企業に勤めていた人が自然に恵まれてかつ都市機能を持つ糸島で起業している人が登場します。

大手企業のエリートサラリーマンの世界を捨てて糸島での田舎暮らしを始めた、あるいは会社の役員をやっていた人が移住して糸島で新生活を始めた等転身のシナリオばかりです。いわば糸島(田舎)を見下した上から目線の見方であり、都会でものにならなかった人間の逃避の物語です。

糸島には糸島のネイティブがいるのを忘れています。昨日は私の高校の同級生が引き継いで小さな旅館を経営している旅館に宿泊しました。同級生は小さな旅館で一組しか宿泊客を取りませんが、アットホームで心が和む経営をしています。

また、かって糸島一の高級料亭だったお店は和食料理のお店として営業しています。長い歴史を持っていますが現在は接待から個人やグループ客相手の和食店として生まれ変わり、若女将がお店を運営しています。取り立てて糸島産や糸島料理を強調せず全国の銘酒を置き、全国の美味しい食材で和食料理を提供していますが大繁盛です。

糸島を強調している糸島新住民の新ビジネスと糸島で長い歴史を持ち経営しているお店の両方の魅力が融合する糸島になれば糸島も一流になれます。
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2021年10月23日

稲の生産を続けることは正しい

米の価格が暴落しています。1町歩〜2町歩程度の田んぼを有する農家は既に50年頃前から兼業農家になっています。サラリーマンになったり、自宅で建設土木業を始めたりして生きてきました。

それでも土日や仕事の合間に農業をして田んぼを守って来ました。そのW収入で子供も大学までやり、そして大学まで行った子供達には農業は継がせないとして農家も核家族になりました。じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんによる3ちゃん農業です。

一家の大黒柱は給与所得や農業以外の事業収入が増えてくると段々と農作業から離れて行きます。しかし、それでも稲刈りは自分でやるということで短期間(土日等)に収穫ができるコンバイン等の共同使用を行う組合が集落単位で設立され、兼業農家が共同でコンバイン等を所有するようになります。

しかし、兼業農家はその稲刈り以外の農作業も億劫になると、稲刈りだけでなく、米作り全般の作業もやってほしいという農家の要望が増えます。それで稲刈り田おこし、苗づくり、代掻き(しろかき)、田植え、稲刈り、刈り取り、乾燥等の作業の農家の農作業全般を請け負う農事組合法人になります。

そして最近は小作人制度、つまり農事組合法人が耕す人のいない田んぼに利用権を設定して、田んぼそのものを管理するしくみが主になってきました。丸ごと委託です。それで受託者は地主(委託者)に一定の米かお金を支払う制度です。

耕す農家がいなくなった中でもこの米の価格暴落にどういう手を打つが農水省もJAも大変です。1つにはWCS(ホールクロップサイレージ)と呼ばれる家畜用の米作りがあります。

富裕国の台頭で食生活が肉の消費が増えると日本に畜産用の餌が入って来なくなる。家畜の餌も自国で生産するという発想です。現在、WCSの米を生産すると補助金で1反歩当たり8万円の収入を得ることができます。

人間が食べる米を生産すると1反歩12万円程度の収入です。これから生産資材のコストを引くと大体8万円程度の身入りです。どっちの用途の米を作るか?選択になります。また、国産の小麦や大豆の消費が旺盛になっており、その生産も考えられます。

また、国の交付金では田んぼの傾斜が急で1枚当たりの面積の狭いいわゆるハンディの多い中山間地域水田には中山間地域直接支払い制度があります。

さらに、田畑を食糧生産場所としてのみ見ないで洪水等災害防止機能、地下水をつくる機能、景観保持機能、癒し安らぎ機能、多様な生きもののすみかになる機能等と見る多面的機能支払い制度もあります。

こういった政策と照らし合いながら上手な農業経営ができないものか?
posted by tk at 07:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月22日

腐るのがお菓子だよ

当社が移転して八丁堀の新社屋の1階と2階を食品加工場にします。食品加工で当社が一番必要な営業許可はそうざい製造業と最近新しく営業許可に加わった密封容器食品製造業です。いわゆるレトルト食品の製造許可です。

それに菓子製造業の許可があれば加工食品と菓子は製造できます。営業許可は取得できても製造技術がないと製造はできません。加工食品は当社にノウハウがありますが、菓子製造業はありません。

スイーツブームなのでお菓子の開発の依頼が当社にも多いです。プロが作るレベルは当社ではできません。そのためにはプロの菓子職人の指導を受けるしかありません。

そこで縁があって訪問したのが熊本県在住のパティスリーアイチローの松山さんです。当社が糸島市で行っている農水省事業で赤米・黒米のスイーツを商品開発していますがなかなかうまく行かないところがありました。

それで松山さんの指導を受けたら何なくクリアできました。そのお礼も兼ねて昨日訪問したら、昨日は赤米・黒米を入れて焼いたパンも食べさせてくれました。

以下は松山さんとの話です。修行時代にお師匠の口癖「腐るのがお菓子だよ」。要は食品添加物を使わない。だから松山さんの生クリームを使ったスイーツの賞味期限は1日です。

ベーキングパウダーだけは使用していますがもちろんアルミニウムフリーです。小麦粉は熊本産小麦で熊本県製粉会社の製造のもの、最近は地元の御船産小麦も積極的に使っています。

朝生(あさなま)と呼ばれる日持ちしない消費期限1日商品は人気です。みたらし団子、おはぎ、栗団子、金時まんじゅうです。これらは午前中のうちに売り切れてしまいます。

こういう商品は大手製パンメーカーの腐らないパンや和洋菓子とは全く異質のものです。大手が蔓延り、日本の加工食品の美味しさレベルがどんどん落ちています。

素材そのものが持つ味を消費者がわからなくなっています。消費者が食べている味は化学食品添加物や合成フレーバーの味です。日本がこれからどうなるのか?大手食品メーカーが日本人の体と味覚を壊しています。
posted by tk at 06:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月21日

大企業がめんどくさくて嫌がることに挑戦

昨日もひなたMBAフードビジネス部門人材育成プログラムチャレンジコース4回目でした。私は14回コースですが私はファシリテーターとして全回登場です。昨日は加工実習2回目でレトルト商品とホットパック商品を実習しました。

レトルト商品は宮崎県の鶏肉を使用したチキンカレー、ホットパックは宮崎県の柑橘へべすポン酢です。このセミナーは定員が20名ですが、毎回増え、現在は30名近くが受講しています。30名の受講者を限られた時間で加工技術を教えるのは至難の技ですが当社開発担当者が2名と地元宮崎県フードアドバイザー3名の手を借りて行います。

それでも1回では無理なので2班に分かれます。その待機している1班に対して私が座学でしゃべります。昨日はレトルト商品とホットパック商品でしたが料理品とは違い、保存料を使用しないで一定期間、賞味期間を保有できる技術を教えることです。美味しさを保持したまま、いやむしろ増しながら菌(微生物)を死滅させる殺菌技術です。

でもこの技術を体得して商品を開発・製造しようとしても大企業と同じものを商品化したのでは販売力も知名度もない中小企業商品では売れません。どこに特長を出すかです。

その前にぶつかるのが包材ロットと製造キャパシティです。包材の発注ロットが大き過ぎて中小企業が発売計画している商品との噛み合わない、それに機械化を図ろうとすると1ロットの製造キャパが大き過ぎる機械ばかりでこれまた中小企業の製造単位に合わない。

最近はこの2つについては柔軟に対応する包材メーカーや機械メーカーが出現しているのでそういったリサーチも大事です。

そういったことを熱弁していたら、会場の隣の部屋で別のミーティングをしていたところまで聞こえたようでその人たちが会議後、私の話をのぞいて行きました。その中にごぼちで有名なデイリーマームの和田社長と長男の和田専務がいました。

お二人を招き入れたら最後まで私の話を聞いてくれました。最後に和田社長に少し話をしてもらいました。中小企業の商品開発のポイントは「大企業がめんどくさがること、嫌がることを実行することです」と明言しました。

ごぼちは同社が発売する前に大手15社が「ごぼうチップス」で商品開発し、発売していました。そこへの参入する時に「形状を手切りのごぼうの形」にしたことと「天然調味料だけで味付けし商品化した」ことだそうです。気が付いたら15社の全てが消え失せ、同社だけがオンリーワンで生き残っているそうです。
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2021年10月20日

現場で育てるのが一番早い

言い古された言葉にOJTとOff-JTがあります。前者は仕事を通して人材育成を図ること、後者は私のような外部コンサルタントを呼んで社内研修をすることです。後者でも中小企業は自前で研修をする予算がないので商工会等主催の研修会に参加することが多いです。

当社も社内勉強会を企画しますが、みんな忙しいと言って継続しません。当社のように全国にクライアントがあるとスタッフ全員が揃うのは月1度程度です。それに学んだ方がいいのはわかっていてもそれが今の業務に直結していないとなかなかスタッフも乗って来ません。

とは言っても若手の育成は急務です。私と社長以外はみんな若手です。高度な技術を要する研究開発のノウハウは私がかって在籍した会社の研究部、商品開発部にいた先輩達を定年後、当社スタッフとして在籍してもらい、若手を育ててもらいました。

若手と一緒に現場に行って育ててもらいました。現場に一緒に行くのが一番上達が早いです。いわゆるOJTです。そこで製造のノウハウや工業用レシピの作り方、殺菌方法等を教えてもらいました。

しかし、コンサル業務でも商品企画のようなマーケティング色彩の強い業務は私の専管事項であまり若手に伝授する機会がありませんでした。

一般的なマーケティング知識は教えられますが、感覚やひらめきを要する商品発想や、さらにはクライアントとのコミュニケーション、距離の置き方、分担等は感覚的やセンスの部分が大きく、なかなか教えようと思っても伝わるものではありません。

当社研究開発スタッフも70歳を超えましたが私もあと3年で70歳です。そこで今年度は私の業務は若手を引き連れて行き、徹底的に現場のOJTを行なっています。

私が現場に行き、課題を持ち帰って、スタッフに指示しても臨場感がなく責任感も湧きません、スタッフは答えに窮すると私に答えを求めてきます。

クライアントとの直接やりとりの場数が成長の源です。臨場感溢れる現場に連れて行き、担当者としてスタッフを紹介すると先方も次からスタッフに連絡をくれます。そうやってようやく現場担当者と当社スタッフのパイプができ始めました。

経営は決して余裕はありませんが、出張経費をケチって人材育成ができないよりも使うべきお金は使って若手を育てた方がクライアントの役に立つのではないか思っています。教育の場を現場に置いた方が成長が早いです。
posted by tk at 05:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする