2026年01月12日

ゆっくり、穏やか、そして丁寧に

探し物をしている時にないと思って探していると見つかりません。あると思って探すとたいていあります。なぜですかね?心の中に第六感という潜在的な感覚・確信みたいなものがあってそれが作動するのでしょうか?

お金に貴賎はないと言います。でもありますよね、稼ぐ人、使う人によってお金は貴賤の象徴になります。では人間に貴賎はあるのでしょうか?ないと言いますがそれも嘘です。

貴賎はあります。その人の生き方で貴賎はあります。卑怯な人はたいてい貴賤の「賤」の典型です。周りを見てご覧なさい。いっぱいいますよ「賤」が。でもそれ以上に「貴」もいっぱいいます。素晴らしい人柄の人がたくさんいます。

どこにいるか?我々が暮らす市井にはいっぱいいます。人種が違うわけでもない、出自が違うわけでもない、地位が違うわけでもない、持っているお金の額が違うわけでもない。でも人間には「貴」と「賤」があります。

生き方で決まるような気がします。「貴」の人は心穏やかな人が多いです。喜怒哀楽の「怒」と「哀」をあまり動作や表情に出しません。行動を見ていても焦ったり、逸ったりする感情をストレートに出しません。動作も隣や周りの人に気遣いしながら迷惑をかけないように行います。

私は引退、年金暮らして時間ができました。あらゆることをゆっくり、穏やかに、丁寧にできるようになりました。そしてその態度や行動を継続することができ、最後までやり切れるようになりました。

金銭的にも年金生活なので、自炊しかしないので料理が上手になりました。また食材を無駄なく最後まで使い切る知恵が出てきました。そして野菜中心の食生活で体がスリムになり、元気になりました。

かつ、清貧というより貧乏暮らしで年金支給額内で暮らせるようになり、その生活にも慣れて余裕が出てきました。それで多分、人生最後の仕事にも自信が出てきました。
posted by tk at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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