70年生きています。食についての記憶があるのは小学生の頃からなので大体60年半前頃からです。
就職したのは大手食品メーカーでその頃から食べること=仕事の感覚になりました。20歳代後半から39歳まではその会社のメイン商品であるスープ・ドレッシング、中華用調味料、和風調味料の企画と事業管理をしていました。
毎夜、夜中まで仕事をしていましたが会食も多かったです。上記の商品と同じ料理を出している有名人気店はたいてい行きました。いわゆる「グルメ」時代です。料金も高かったですが全て仕事ということで会社の経費で処理していました。
39歳で失脚して独立してしばらくしてから農水省が6次産業の政策を打ち出したのでまさにそれの寵児となり、全国のローカル地域を講演に回りました。この時代が私の「ローカル」食時代です。
それはそれは北から南の東から西まで全ての都道府県に行って地方の食べ物をいただきました。これが今の我が社の母胎となっています。
70歳で引退し、年金生活に入り、今は全て自炊です。材料は九州のスタッフに送ってもらっていますが、外食のような豪華さやリッチさは何もありません。でも今が一番美味しいです。今の私の食は「ヘルシー」です。
自炊しながらいつも思い出すのは少年時代の家庭の料理です。一番美味しかったのは自転車にトロ箱を積んで毎日鯵・鯖・イカ等を売りに来るおじさんの魚です。家は農家なので野菜は全部畑で母が作った野菜です。
好みは冬はかぶです。今頃が旬です。5月頃はうちの山で採れた筍です。料理だとなす・ピーマンの味噌炒めが好きでした。肉は鶏肉がダメなのでほとんど食べませんでしたが給食の鯨肉は好きでした。あとは夏の祖母が作る「おきゅうと」が大好きでした。
加工食品では九州北部でよく食べる粕漬けが好きでした。今でも母が私の帰省のために大量の生姜の味噌・粕漬けを漬けて待っています。みんなそれぞれ生まれてから少年・少女時代は親の家庭料理で育っています。現在、その料理と加工食品の復活を目指しています。
2026年01月08日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック


