2021年09月12日

コロナは自分との闘い

毎日、毎日理屈っぽい書生論ですみません。67歳になってもまだ書生論のレベルから成長しない私がこれから成長することもないでしょう。

昨日、おおよそ3年ぶり位に複数の人を空手の稽古をしました。私自身は出張のない東京にいる時はほぼ毎日1時間程度空手の稽古をしています(最近、引っ越して4・5階が空いているので私の稽古場ができたので実は私はご機嫌なのです)

また週1度、日曜日は先生に付いて個人指導を受けています。それが昨日土曜日に道場に知人の空手の先輩の訪問者があり、それに誘われたので行ったら、先生を含め、5名での稽古になりました。いつも1人か、先生と2人でやっているので5名でやる「連続組手」をすっかり忘れており、大いに皆様に迷惑をかけてしまいました。

私が個人指導を望んでいるのはへたくそだからです。どうへたくそかというと上手な人は自分の形(かた)をやります。へたくその私は複数や相対でやると相手の動きばかり気にして自分の形が崩れます。そしてそれが身に付くと直せません。

沖縄空手は形であり、武闘ではないので、自分の形を磨き、完成に向かって精進するのが大切だと思い、現在は1人稽古や先生との2人稽古をしています。

これが武闘だったら、戦闘だったら一番大切なのは自分の命です。勝てばよいです。逃げおおせるのも立派な勝ちです。あるいは度胸も大切です。武闘の前に相手を一発、口でへこませてから戦いに持ち込むのもいいです。相手をひるませればよい。あるいは敵のスキを突く。「兵は詭道なり」騙し合いだと孫子にあります。

さてそれを人生やビジネスに当てはめるとどうなるか?まあ、両方の要素を持つのでしょうけどどっちかというと「戦いのない争わない勝負」に持ち込んだ方が勝っています。孫子では「戦わずして勝つ」になるのでしょう。

これをコロナとの戦いに置き換えるとどうなるか?誰も答えが出せていません。コロナとの戦いというよりも一向に進まない医学的な指導に疲れてしまって、社会自体が差別、偏見、村八分社会に向かっています。崩壊の前夜は大体社会はこうなります。

しかし勝利の定石が「戦いのない争わない勝負」の世界としたら国も医学も頼りにしない自分の勝負に持ち込むことです。「コロナに対する自分の生き方、生きるスタイル」をしっかり持つことです。

コロナに動じない体力づくり、空手もそうでしょう、食事もそうでしょう、ライフスタイルもそうでしょう。これを自分の中で持った人が生き延びれると思います。コロナは自分との闘いです。

posted by tk at 10:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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