2021年07月27日

やり切る人になろう

昔はそんな職業はなかったが近年、メディアが発達して生活がメディアなしでは考えられない生活になり、ある人種が発生して久しいです。その人種はホモサピエンスの1種ですが、ホモサピエンスの発生から20万年程度経ったほんの100年以内に生まれた人種です。

彼らを識者と呼ぶののもあれば、コメンテーターと呼ぶものもあれば、解説者、評論家と呼ぶ呼び方等色々です。彼らはマスメディアというものが世に出てから発生したホモサピエンスの奇形です。

彼らは日常どこに生息しているかわかりませんが、姿を現すのはメディアの世界です。メディア言うがままに嘘八百をメディアの台本通りにしゃべります。ライターだったら書きます。

識者とはある現象に対しての法則、因果関係等を追究して学説を打ち立てた人です。そこの底辺にあるのは何といっても真理です。真理の追求をしている人です。だから彼らの理論は整然として説得力があります。首尾一貫した思想があります。

しかし、最近のメディアの識者はお金のためなら、テレビに出られるためなら主催者の意向通りにしゃべり、書きます。昔なら流言飛語を流布したとして世間の指弾を受けますが、近年はメディアの力が強いので責任も問われません。

人生はあるテーマを「やり切る」ことができるかどうかです。やり切ればまた次のテーマが出て来ます。それに向かってまた精進します。完結することはありません。

ある仕事やテーマを「やり切る」人の1つに意外に思われるかも知れませんが「その人達は知人・友人が多い」共通点があります。無責任な一言居士タイプはいません。だから困難な時も友人知人が手を差し伸べる。その応援団がいて、仲間がいて「やり切る」ことができる。

「やり切る」人は自分の心を大きく開いています。来る人は歓迎、応対も寛容です。意見の違う人も受け入れ、話を聞く心の大きさを持っています。友達のいない人は得てして「ジコチュー」です。

もう1つ、友達のいない人は約束を守りません。しかも金銭的にも汚いです。汚いまでもなくケチです。相応の負担をしない。こういった人は往々にして人が離れて行きます。

メディアに出ていようがいまいが、有名であろうがなかろうが人間社会はリアル社会なのです。世の中は相手を好きか嫌いかで動いています。嫌いな人に手を貸す人はいません。

メディアみなさん、メディアの解説者、評論家さん達、自分の愚かさとはしたなさと節操のなさを自覚することです。一番嫌われて、軽蔑されているのは自分たちだと言うことを。
posted by tk at 08:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: