2021年06月22日

命令よりも配慮、強制より柔和

私が学んでいる沖縄空手は剛柔流という流派です。「剛」と「柔」と相反する2つの言葉が合わさって、多分、この流派の「コンセプト」になっています。

空手をやっている人の大半は「強くなる=剛」に向かっています。かくいう私もそうです。だからこの貧相な体を必死に筋トレでたくましくしています。私も「目指せ、剛」です(でした)。「強さ=剛」です。

しかし、先輩たちと話していると2段までで止まっている先輩は筋トレ、鍛錬の人が多いです。4段くらいになっている先輩は空手の修業を「柔」、あるいは「柔と剛」に置いています。

沖縄伝武備志という琉球空手の(バイブル的?)書があります。その最初は白鶴拳法の始まりは聡明な女子だと書いてあります。彼女があみ出して、最初に教えたのが男子だと書かれています。女子の「柔」が先です、それから男子の「剛」です。

書の冒頭から「空手=力任せ」を否定しています。空手を目指す人はあの漫画テレビで有名になった梶原一騎氏の書く英雄を連想しますそして9割の人がその方向に稽古します(主人公に担ぎ出された人は空手の本質はわかっていたはずです)。

しかし、殴り合い、ど突き合いと思っていると一向に上達しません。殴り合い、ど突き合いだと体力のない人間は大きな人や力のある人には到底勝てません。空手は護身術です、相手を破壊する凶器ではありません。

殴り合い、ど突き合いなら弱い人間は空手をする意味はありません。食われる餌食・破滅の世界に進んで身を置く馬鹿がいますか?でも空手を剛柔の「柔」、つまり「柔を磨く」と思うと体力のない者でも修業、上達の道が開けます。

最近、「柔を磨く」方に方向転換しました。つまり、「体を柔軟になるよう鍛錬して、目標は自分の意思の通りに自由に動かせるようになる」そうしたら空手の稽古が面白いのなんのって?俺でもできそうと思えるようになりました。私はそれを体で感じるのに5年かかりました。

仕事もそうです。行ってはいけない方向に、そこには不毛しかないところに向かって行進しています。強いはずのメガ企業が破綻へまっしぐらです。人を動かすのは強制ではなく、人が気持ちよくそれをやるようになることです。

今、自分がやりたいことをすることが人生にも仕事にも一番いいことだということを教えること。そして攻撃よりも配慮・気遣い、感謝。そんな社会、コミュニティに住みたいとみんな思っています。
posted by tk at 07:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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