2021年06月06日

モンペと言えば久留米かすりたい

とよの新規就農塾は農地・ハウスを町内の農業+工務店をやっている方から借りています。木工具をつくっている職人ですが、木工ブームで木が足りないそうです。木を使うと言っても国産材はコストが高過ぎてあり得ないそうで、木材と言えば外材のことだそうです。それでも木材が復活で化学工業建材は不人気だそうです。

その農地を貸してくれているKさんは70歳代半ばでしょうか?奥様は70歳前後?二人でいつも農業をしています。今年度は塾生が3倍の17名に膨れ上がったので、Kさんも心配してくれているように必ず圃場に顔を出します。

奥さんは松本伊代に似ているので私が「伊代、伊代」と呼んでいます。昨日、伊代さんがこっちに近づいてくる時に素敵なモンペをはいているのでほめて「久留米かすりですか?」と聞いたら「そう、なんでわかるんですか?」

「モンペと言えば久留米かすりですよ」「私、この柄が素敵で価格も高かったけど、買ったら通気性もよく農作業に最適。もう長くはいています。気に入っているので裂けても継ぎはぎ、継当てして使っています。継ぎはぎ、継当てしているのも誰も気づかないみたい」と言いながら色々ポーズをつくってくれました。

「何で久留米かすりとわかったんですか?」伊代ちゃん、よくぞ、聞いてくれました。私は福岡県の出身です。久留米も福岡県です。おばあちゃんから幼い頃に久留米の若い女性の井上伝という人が、かすれた布地を見てそれからデザインを考案して、織ったものだと教えられていたので、もんぺ=久留米かすりが頭に定着しています。私はモンペという言葉で祖母を、モンペ姿で生母を思い出します。

久留米といえば地下足袋、長靴も有名です。ゴム靴メーカーの発祥は久留米です。世界のタイヤメーカーのブリジストンも元々は足袋屋さんです。それからゴム地下足袋を発売して、クルマのタイヤになっていきます。

地下足袋はタイヤに姿を変えて行きましたが、モンペはモンペです。農業の衰退で着用機会も人数も激減したはずです。それでも「久留米かすりのもんぺ」が生き残り、健在なのには嬉しくなりました。

農業復活、しかも趣味やライフスタイルとしての農業が活発化すると農作業服もファッション性を高めています。中には????と思われる奇をてらったものも増えていますが。

そういえば糸島農業高校のことを戦後の一時期安貞高校と言っていました。由来は福岡(黒田)藩士の農業学者宮崎安貞です。「農業全書」を著した人です。糸島(現在の福岡市西区)女原村に住み、自ら農業にいそしみ、自分の農地とその周辺地域の新田開発・干拓事業・植林を進め、農民を指導しました。

福岡県は関連産業も含めて農業の偉大な人材を輩出しているなとちょっと嬉しくなります。それにも増して、井上伝の久留米かすりの話を聞かせてくれた祖母の顔が思い浮かびました。
posted by tk at 09:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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