2020年07月29日

俺はどこで死ぬんだろう?

昨日から糸島にいます。実家があります。親父が亡くなって7年くらい経ちますが、最近は実家に立ち寄ることがとんとなくなります。昨日は実家はどんなになっているのだろう?クルマで目的地に行く途中に実家の前を通ってみました。

何も変わっておらず相変わらず存在していました。あの広くて高低差のある庭も荒れずにちゃんと庭木も剪定されているので安心しました。親父が定年後から亡くなるまでの四半世紀、日課はこの庭の管理でした。最近はやる人がいないので母親がシルバー人材センターにお願いしてやってもらっています。

親父が存命中は真面目すぎるくらい必ず福岡出張時は実家に泊まっていました。親父が亡くなり、弟の代になり弟の家族の手前、自分の存在が邪魔になっていると思うようになり、ホテルに宿泊するようになり、実家への足も遠のきました。

私は現在、狭い1Kの賃貸マンションで暮らしています。現在、66歳です。66歳の頃、親父はせっせとこの庭と向かい合って余生を送っていました。私はまだ仕事していますが当然引退を考えなければなりません。70歳かな?あと3年半です。

持ち家は千葉県にありますが元妻が暮らしており、マルイチになった日から一度も行ったことがありません。なぜか?こっちはどうなっているんだろう?とは思いません。

70歳になり、引退してからどこに住むか?少しずつ考えるようになりました。家を購入する財力はないので、現実的に考えると東京都内の4畳か、6畳一間のアパートを借りて住むことになるのでしょう。当然、一人暮らしなので自分の心身が健康なうちの話です。

要介護になった時はどうするか?介護保険は徴収されるのでちゃんと払っていますが、捨て金です。老後にこの税金でちゃんと看てもらえると思えません。国のお金で一生を全うできるのは今の老人まででしょう。新型コロナでもこの高齢者には手厚い治療がなされていますが、それが我々が必要とする20年後も可能とはとても思えません。

70歳からも設計を真面目にしないとやばいです。昨日は実家の前を通ると共に宿泊施設に行くと途中、亡き叔父のうちが空き家になっているのを思い出しました。管理している従兄弟は一人娘なので嫁に行っているので住んでいません。空き家です。

親父の法事の時に「買ってくれない?」と言っていたのを思い出しました。平家の狭い廃屋なので値段はつかないのでは。そういえば「終(つい)のすみか」をここにするという選択もあるなと思いながら宿泊場所への道を急ぎました。
posted by tk at 07:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: