2020年07月06日

百姓で飯を食うということの思い出

私は食と農のコンサルを仕事にしています。加工特産品開発支援が当社の主な仕事ですが、最近は新規就農塾もやっています。私は農作物の作り方を教えられないので、私のセミナーの受講者の農家でこれはという人を先生にお願いしています。

新規就農塾に参加しても私が積極的に農作業に参加することはありません。どっちかというとそばで見ている方です。また、農業体験ツアーの企画をしても私が先頭に立って農作業をすることもありません。

あまり農業が好きではないのでは?と言われることもあります。なぜ?正直にいうと自分で農業、百姓仕事が下手くそだとわかっているからです。スポーツに運動神経が必要なように、農業には農業神経が必要です。それが私はないというか、劣っています。

手先が器用である。これは相当に必要です。ビニールハウスの修繕や耕作機械の運転・修理、肥料の撒き方、播種の細かい作業等農業は正確できめ細かくかつ全体を見通す大局観も必要です。こう言ったセンスが私にはありません。だから私は百姓の真似事よりも百姓の応援の前線に立つと決めています。

私の年少の頃の田畑の記憶はどっちかというと親とのコミュニケーションの思い出ばかりです。生母が私を畑に連れて行って、私を畑の隅に座らせて、自分は畑に鍬を入れながら、いろんな話をしてくれました。

農家の嫁は家では祖父母の眼もあるのでびっくりするほど私に厳しい母でした。母とゆっくり話することもあまりありませんでした。それを母は私を畑に連れ出すことで私との時間を作っていたのだと思います。

話の内容はあまり覚えていませんが、自分の好きな歌手や歌の話や偉人と呼ばれる立派な人の伝記のような話だったように記憶しています。その母が早く亡くなり、2町歩(2ha)程度の田畑を耕作していた父は農業廃業宣言をしました。「これから百姓では食えん」というのが口癖になりました。そしてサラリーマンに転職しました。

農家を止めた最大の理由は「食えん」ではなく、農業の最良のパートナーであった母を亡くしたからではないかとこの年齢になったようやくわかってきました。

例え、1反(10アール)の狭い農地を耕している農家であっても、家庭菜園とは天と地の開きがあるということです。新規就農するということは農業で飯を食うということです。家庭菜園とは天と地の開きがあります。
posted by tk at 06:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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