2017年06月16日

人生の決断はいつも非情

朝、部屋を出る時、必ずれいらんは追っかけてきます。部屋を一緒に出ようとするのをブロックするのが大変です。

また、夜帰って、扉を開くと必ずれいらんが玄関口にいます。私のキーを差し込む音を聞いて玄関口に走ってくるのか、私がいない時、大半を玄関口で過ごしているのかわかりません。

ただし、確かに言えることはれいらんはこの部屋から出たがっている、あるいは出る機会をうかがっているということです。

一回だけ、こっちの無防備で出たことがあります。私は心臓から火が吹き出すくらい、動転して探し回りました。幸いにしてマンションの配電盤の中にいるのを突き止めて事なきを得ました。

それ以来、れいらんは外界があることを知りました。れいらんにとっての世界は狭いマンションの1Kの世界です。ペットを飼うということは人間の都合でペットにとっては迷惑至極なのだろうといつもれいらんに後ろめたさがあります。

出たいれいらんと出したくない私との日々の知恵比べ、せめぎ合いは続きます。

でも人間も見えない世界に縛られています。鳥巣研二は自由人。そうでしょうか?自分でつくった食と農の世界に縛られています。

その自縄自縛から世界を広げるためにエクセレントローカルの名の下に一般社団法人を設立したり、食と農の交流のレストランを始めました。

新しいビジネスや活動を始めることは現状の世界から抜け出すことです。しかし、現状の生活はしがらみがあります。しがらみを断つことは酷なことでもあります。

時おり、いやいつも人生の決断は非情です。決断できるかどうか?これがチャンスを掴めるかどうかの転機です。

新しい決断をするということは握りしめている手を開き、今持っているものを捨てない限りは新しいものは入ってきません。人生とはそんなものです。
posted by tk at 06:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/450911862

この記事へのトラックバック