2017年05月18日

幸せと思うか不幸と思うか。ただそれだけ

電力の鬼と呼ばれた松永安左エ門の言葉に「長い浪人生活、長い闘病生活、あるいは牢獄生活の経験のない男は役に立たない」という言葉があります。

非常に極端な表現ですが、ある意味当たっています。人間は絶体絶命の体験を経験して、それを乗り越えてきたかということは大きな意味があります。

本気で自殺を考えたことがあるか、極限まで追い詰められたことがあるかどうかです。そこから這い上がってきた人は本当に強いですね。

試練はチャンスでもあります。現状に執着するよりもそれを捨て去れば新しい世界、展開が待っているかもしれません。

神が「捨てよ」と言っているのかも知れません。捨ててしまえば見えなかったものも見えてきます。ただし、その時は執着するのも、捨てるのも両方とも地獄の苦しみですが。

人は常にあらゆるものを評価しながら生きています。○か×かを付けながら生きています。その○か×かは今の現状の自分にとっての○か×です。向こう側に立てば○と×が逆転するかも知れません。

起こっている状況を「あるがまま」で見ることができれば達人です。今はよくない辛いことだけど、将来を見据えればそれは幸せなのかも知れません。

苦境に陥った時に絶望するのではなく、これは神が与えてくれた千載一遇のチャンスであると思えるかどうかです。

心を快にするにはどうしたらよいか?起こっている困難を全部よいことだと受け入れることではないでしょうか。神は常に自分に最高の幸せを与えてくれていると思えば生きられます。

人生の達人はみんな楽天的に生きています。だから人間やっている価値もあるのではないでしょうか。

これが昨日ある方からから受けた相談に対する私の返答です。
posted by tk at 05:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/449988750

この記事へのトラックバック