企業活動や仕事をしていると「憎まれ役」、「嫌われ役」の立場にたたなければならないケースが出てきます。会社のトップや出世した人はこの役割はやりません。
ある仕事が暗礁に乗り上げて、これを打開するためには組織の中で「憎まれ役」、「嫌われ役」を誰かがしなければなりません。
その中にいて見ていると往々にして誰もその役回りをしません。嫌われ、憎まれるからです。そして結論はなあなあの何も決断できない決断だけが残ります。
「憎まれ役」、「嫌われ役」を務めて初めてその人は仕事ができるということになります。物事はプラス部分とマイナス部分が必ずあります。マイナス部分を誰が引き受けるかです。
政治家が世の中でもっとも信用されない、いやもっとも軽蔑される職業なのは2枚舌を使うからです、万人にいいことしか言わない、それは票が欲しいからです。いつの世も政治家は「正義の味方」をかぶった悪人です。
では「憎まれ役」、「嫌われ役」の人の意見が組織で受け入れられて、最後はみんなに尊敬されるということもありません。
ずっと「憎まれ役」、「嫌われ役」です。例え、その人が言った意見でやってうまく行ったとしてもその人が評価されることはありません。不平不満を言いながら渋々従った連中の手柄になります。
「憎まれ役」、「嫌われ役」は報われようと思ってはいけません。ずっと「憎まれ役」、「嫌われ役」でいなければなりません。
そんな損な役割を誰が引き受けるか?引き受けるのは唯一、トップの仕事です。でも大企業はごますり社会なので「憎まれ役」、「嫌われ役」は出世階段の途中で失脚しています。トップまで登り詰めるのは見かけの「正義の味方役」、「スター」です。
さてそれならどうするか?やっぱり創業者、起業者、愛社人間なりが「死なばもろとも」という覚悟で「憎まれ役」、「嫌われ役」を演じるしかありません。
2017年04月22日
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