2010年05月09日

最初はそんなに強い動機で始めたわけではない

先日訪問した長崎県西海市の西海市商工会長の山崎会長は30歳までは専業農家でしたが農閑期の手間賃稼ぎに刺繍やマークの裁断を見て、指先が器用だったのでこれならできるとミシンとハサミを買って見よう見まねで始めたのが現在、業界で九州一のシェアを誇る(有)山崎マークです。西海市の田中市長は農業高校を出て当初みかん等果樹の専業農家をやっていましたが価格の暴落と共に生活のために病院事務の仕事に行くようになり、兼業農家を続けながら市長に立候補して当選したそうです。
青森県弘前市のまごころ農場の斉藤さんは農協のコンピューターグラマーでしたが結婚して斉藤家に婿入りしてしばらくは農協に勤務していましたがその後にみんな周りはリンゴを作っているのに何を考えたか本人は農協を辞めてミニトマト栽培を始めます。今や農場にドリンクやソースの加工場もあります。秋田県小坂町の潟xジ&フルの青沢社長も農協の職員で「A-coop(農協が経営するスーパー)」の店長でした。リストラで店舗が売却される時に父親の退職金等を頼りにこの店舗を買い取って加工場にして(有)ベジ&フルを設立します。創業当初は苦労していました。その後当社の経営方針である地域資源の活用や農商工連携に日が当たるようになり今年3月に3億円の新工場を建設しました。既にフル稼働で半年先まで仕事が入っています。
また青森県深浦町には雪にんじんがありそれを町が産業おこしにと「深浦町創業促進協議会」を設立して1次加工のしくみづくりを始めました。その責任者に雇用されたのが島元さんです。島元さんは家は農家ですが当時企業誘致で町に進出した縫製工場に勤務します。しばらくは平穏なサラリーマン人生でしたがその会社がやがてもっと人件費の安い中国に逃げたために失業しました。深浦町ではそれで仕事を失った働き盛りの町民が300人います。島元さんはその後農場勤めをしていましたが今回のこの新事業に仕事を得ました。
宮城県大崎市のデリシャスファームの今野社長はデリシャストマト作りの名人で近隣の農家6戸に栽培を教えながらグループを組んでデリシャストマトを有名にします。1年前から奥さんの栄子さんが自園トマト選果場を改装してファームカフェを設置してさらに事業は飛躍しています。千葉県松戸市の万星食品の創業会長の佐藤会長は新潟県の出身です。父親の政治活動で家計が傾いてしまい両親と10名の兄弟で静岡県に出てきて青果商を始めます。その後2男の佐藤会長が単身上京して精肉店に修行に入り、やがて独立して万星食品鰍創業します。その後それを追うように兄弟が東京・千葉に集結してスーパー・フジマートも展開するようになり、現在の万星グループに成長します。
まだまだ事例は山ほどありますがここに紹介したのは皆さま、何かのきっかけで今のビジネス・仕事に入ります。最初はそんなに強い動機があったわけではありません。もちろんその前や途中に多くの挫折・失敗もしています。それを乗り越えて日々精進しているから皆さまの今があるわけです。
posted by tk at 02:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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