器に入った水は入っている量が適正なら溢れません。多少揺れても器から水は溢れません。しかし、自分の人生を見ていると水の量を器ギリギリまで入れ、溢れないように願って道を歩いています。
しかし、それを持って歩くことは至難です。どこかで石にぶつかったり、人が飛び出てきます。どうすればよいか?水の量を減らすか?器を大きくするか?です。
いずれにしても(自分の器量である)器のサイズや形は変えられません。あとはこぼれてもいいと覚悟するしかありません。運がいいならこぼれないで目的地まで行けます。普通ならこぼれます。これを運が悪いと思って諦めるしかありません。
他に方法はないか?器のサイズは決まっていますが底を改良して倒れにくい安定感のある形に変えたり、補強はできます。一番いいのは水の量を減らすことですがどれだけ減らせばよいか?これも難しいです。
次にできることはこの水の入った器を丁寧に扱い、持ち運びもゆっくりすることです。しかし、そのためには器を改良する、水の量を減らすといった他人事ではなく、自分が変わるしかありません。
結局はせっかちな荒っぽい行動を止めて、この水の入った器を精神を集中してゆっくり丁寧に扱うしかありません。そのためには「ゆっくり丁寧に扱う気持ち」が必要です。
今までのせっかち、「それ行け、失敗しても何とかなるさ」では何ともなりません。「ゆっくり丁寧に」は動作なので気を付ければできるようになります。でも「扱う気持ち」はそう簡単には行きません。
そう簡単に気持ちは変えられません。どうすればよいか?「ゆっくり丁寧に扱う気持ちが一番楽しい」と思えるようになることです。ゆっくり丁寧にすれば今まで見えなかった景色も風景も見えて来ます。
老眼鏡に頼らなくても裸眼で見えるようになります。「俺、最近視力がよくなった」ような気分になり、嬉しい気持ち、100歳まで生きてみようかなという気分になります。
また丁寧に扱うということは動作が無我夢中になり、器と水に集中するので精神(集中)統一が可能になります。今までよりも時間がかかるようになるので短気が消え、待ったり、我慢したりすることもできるようになります。
今までの苦が喜びに変わります。今までマイナスだと思っていた現象・出来事をプラスに受け止めることができるようになります。時間の刹那が充実します。ロートル会員にとって(一社)エクセレントローカルがそんな場であればよいと思っています。