2021年10月12日

狭い農地を生かして少量多品種栽培

東日本大震災が来る10年前頃までよく東北に行っていました。東北農家の栽培品目は圧倒的に米でした。土地改良事業で農地の集約が進み1枚1町歩、3町歩といった九州の農家出身の私には信じられない面積の田んぼが作られていました。

また、生産者の集約は進み、1農家(あるいは1農業法人)で30町歩、50町歩耕している農家もいました。しかし、現在、米の価格が暴落しています。彼らは飯は食えているのだろうか?飯を作っている人が飯が食えない。そんな事にならないで欲しい。

私自身は狭い農地に春夏秋冬の作物を植えて多品種の作物を人力で栽培している農家に関心があります。農産物をマスで管理するのではなく、1個1個を子供を育てるように育てていく。そんな農業です。

昨日は奈良県明日香村の中山間地域の農家を訪問しました。浅山さんは77歳の農家です。奥様と一緒に農業をしています。昨日、見せていただいた3反歩の畑に15〜16種類の野菜が植えてあります。大根、にんじん、かぶ、水菜、白菜、玉ねぎ、かぼちゃ、さつまいも、カリフラワー、海老芋、しょうが等です。

年間にすると輪作障害を避けるために、この3倍のアイテム数の野菜を生産している事になります。昨日の私の目的は新生姜(しょうが)でした。畑では虫類が元気にはって、動き回っています。肥料は有機質肥料を使用し、特に牛糞の堆肥を使います。

牛糞はみみずが繁殖します。そのご馳走を狙ってもぐらがやって来ます。もぐらが通り道を作ってくれるので、もぐら道には今度はねずみがやって来ます。畑は見事なまでのイノシシ対策の電気柵で囲ってあります。しかし、イノシシはしょうがはさつまいもやかぼちゃの穀類は好きですが、しょうがは食べないそうです。そして最大のごちそうはみみずです。みみずを食べに畑にやって来る。

しょうがは5月に定植して、今の10〜11月に収穫します。そのまま出荷するのが「新生姜」でこの時期だけの販売、一般的にスーパーでよく見るしょうがはそれを保管して販売するいわゆる「土生姜(つちしょうが)」と呼ばれるものです。

現在77歳の浅山さんは勤め人の頃は兼業農家でしたが、定年後奥様と一緒に専業になりました。今の畑の土を作るのに10数年がかかったといいます。しょうが赤土によく育つそうで明日香ではそれこそ飛鳥時代から栽培されていました。装飾壁画で有名な高松塚古墳も発見されたのはしょうが畑です。

農産物の売り先は100%「道の駅飛鳥」です。昔は地域農協がありましたが今はJA奈良県で1つになってしまいました。農協の根幹業務である営農事業が失われてしまった。「今のJAは営農といえば栽培技術だと思っている、農協の営農とは農家の生産増大と合わせて販売先開拓である」

小泉政権で郵便局とJAが槍玉に上がり、破壊されました。同時に田舎地域の生活インフラも破壊されました。もう一度、農村地域、田舎地域に昔、農協と郵便局がやっていた機能を作る必要があります。
posted by tk at 07:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする