2021年10月12日

狭い農地を生かして少量多品種栽培

東日本大震災が来る10年前頃までよく東北に行っていました。東北農家の栽培品目は圧倒的に米でした。土地改良事業で農地の集約が進み1枚1町歩、3町歩といった九州の農家出身の私には信じられない面積の田んぼが作られていました。

また、生産者の集約は進み、1農家(あるいは1農業法人)で30町歩、50町歩耕している農家もいました。しかし、現在、米の価格が暴落しています。彼らは飯は食えているのだろうか?飯を作っている人が飯が食えない。そんな事にならないで欲しい。

私自身は狭い農地に春夏秋冬の作物を植えて多品種の作物を人力で栽培している農家に関心があります。農産物をマスで管理するのではなく、1個1個を子供を育てるように育てていく。そんな農業です。

昨日は奈良県明日香村の中山間地域の農家を訪問しました。浅山さんは77歳の農家です。奥様と一緒に農業をしています。昨日、見せていただいた3反歩の畑に15〜16種類の野菜が植えてあります。大根、にんじん、かぶ、水菜、白菜、玉ねぎ、かぼちゃ、さつまいも、カリフラワー、海老芋、しょうが等です。

年間にすると輪作障害を避けるために、この3倍のアイテム数の野菜を生産している事になります。昨日の私の目的は新生姜(しょうが)でした。畑では虫類が元気にはって、動き回っています。肥料は有機質肥料を使用し、特に牛糞の堆肥を使います。

牛糞はみみずが繁殖します。そのご馳走を狙ってもぐらがやって来ます。もぐらが通り道を作ってくれるので、もぐら道には今度はねずみがやって来ます。畑は見事なまでのイノシシ対策の電気柵で囲ってあります。しかし、イノシシはしょうがはさつまいもやかぼちゃの穀類は好きですが、しょうがは食べないそうです。そして最大のごちそうはみみずです。みみずを食べに畑にやって来る。

しょうがは5月に定植して、今の10〜11月に収穫します。そのまま出荷するのが「新生姜」でこの時期だけの販売、一般的にスーパーでよく見るしょうがはそれを保管して販売するいわゆる「土生姜(つちしょうが)」と呼ばれるものです。

現在77歳の浅山さんは勤め人の頃は兼業農家でしたが、定年後奥様と一緒に専業になりました。今の畑の土を作るのに10数年がかかったといいます。しょうが赤土によく育つそうで明日香ではそれこそ飛鳥時代から栽培されていました。装飾壁画で有名な高松塚古墳も発見されたのはしょうが畑です。

農産物の売り先は100%「道の駅飛鳥」です。昔は地域農協がありましたが今はJA奈良県で1つになってしまいました。農協の根幹業務である営農事業が失われてしまった。「今のJAは営農といえば栽培技術だと思っている、農協の営農とは農家の生産増大と合わせて販売先開拓である」

小泉政権で郵便局とJAが槍玉に上がり、破壊されました。同時に田舎地域の生活インフラも破壊されました。もう一度、農村地域、田舎地域に昔、農協と郵便局がやっていた機能を作る必要があります。
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2021年10月11日

ここにも凄い達人がいた

私が人様に送るかんきつは二丈赤米産直センターの糸島はるか、三重県紀宝町ハギ農園のマイヤーレモン、長崎県平戸市の善果園の平戸夏香、鹿児島県屋久島の白川茶園のたんかん、ぽんかんです。

それぞれ収穫時期が短く、希少性も高いのでそれが採れる時期を覚えておいて送ります。希少性が高くなっているのは人気が出ているためもありますが、現実は栽培者の高齢化と収穫要員の減少のためです。

ではスーパーの目玉、特売温州みかんは送らないか?送りません。生産者ー農協ー卸市場ースーパーの販売経路が出来上がっており、JA規格の大玉で、しみ一つないぴかぴかかつ適度の甘いみかんが「特撰ふくおかみかん」、「特撰くまもとみかん」と書かれて売られています。

その類のものを私が贈ると私も失笑を買います。鳥巣研二も落ちぶれたものだと。鳥巣研二だから「贈る何かがない」と送りません。

村上浮子さんは熊本県熊本市河内町のみかん農家です。河内みかんと言えば名の知れた産地です。当然、村上家もみかん農家です。しかし、面白いのはご主人のみかん畑と浮(うき)子さんのみかん畑は別々です。

仲が悪くてそうなったのではありません。みかん栽培に対する考え方が違うので畑を分けてお互い干渉しない栽培をしています。ご主人の慣行栽培に対してうき子さんはうき子栽培法を行っています。

うき子さんは私よりも少し年上なのでお嫁に来てからみかん栽培歴は半世紀は立っているはずです。いつ頃からご主人栽培法と分かれてうき子栽培法になったのか知りません。

私がこのみかんを人様に贈るようになったのは昨年からです。いただいたものが箱の中全てそばかす美人だったのでB級品を贈ってくれたのか?うき子さんをよく知る知人に聞いてみたら「いや、すべてがそばかす美人です」とのこと。

食べるとすぐわかりました。酸味が違う、酸味が美味です。それから農産物のわかっている知人たちに送るようになりました。わかっていない人に送ると「こんなB級品を送って来て」と言われるので。

うき子さんはクレバーです。箱に入っているメッセージは3項目です。「栽培方法」、「私の食べ方紹介」、「生産者」です。これにはコンサルの端くれである私も参りました。この3つが食べる人が一番知りたいことなので。

特に栽培方法は素敵です。「みかんの樹には蜘蛛の巣があり(ダニを食べてくれる)、圃場を草切すると数えきれないほどの赤とんぼが飛んでくる(虫を食べてくれる)また、草払後、イノシシがミミズを食べに畑を耕してくれる(ミミズを食べてくれる)自然のサイクルで、特別の栽培をしています」
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2021年10月10日

中山間・山村の農業が範になる日

中山間地域や山村地域はスーパーでは買えない特産食料資源があり、魅力的です。しかし、それを栽培したり、収穫する人がいません。いるのは老人ばかりです。

いくら老人が元気でも斜面のきつい、耕作機の入らない田畑の耕作は不可能です。また、山に入って森林資源を採集するのも害獣等の跋扈を考えると不可能です。

「いるのは老人だけ」と書くとこれは幼い頃、祖母に直接聞いた話ですが、第2次世界大戦で祖父を召集された祖母は農業ができなくなり、途方にくれて旧制中学に行っていた次男の叔父を中退させたいと担任のところに行きます。

先生は「学校には来なくてよいから中退はさせるな」言ってくれたそうで、叔父はちゃんと卒業して農林省の下っ端役人で定年まで勤めました。祖母はその先生にずっと感謝していました。

今の中山間地域、森林地域はまさにこの状態です。この状態が続くと邪(よこしま)な気を持つ企業や隣の国の投資家がやって来て中山間地域や森林を買い漁ります。報道されませんが、実際そうなりつつあります。

昔は農協がありました。統制下の米の需給のためにつくられたこの組織は戦後も村落の経済の核でした。金融も生活物資も食品(a-coop)も農協組織から供給、販売されました。農協も新自由主義とかで悪者扱いになり、ものすごいリストラ合併で地方を支える力をもがれてしまいました。

農村共同体を破壊したのは戦後復興から始まる「都市部の労働力の需要」です。高度成長で工業社会に変身する我が国の生産を担ったのは「地方の農家の次男・三男・四男・五男等」です。彼らがいなくなったので田植えも機械になりました。

気がつけば「国破れて山河あり」です。日本は世界の中の「既に用済み国」になりました。「棄国」になりました。我が国の経済苦境、世界への発信力、影響力のなさがそれを物語ってします。

江戸時代は反収2〜3俵(現在は8〜9俵)だったそうです。米は大変貴重な食糧で江戸でも中級武士は自宅の広さが100坪くらいあり、そこに生活用の野菜を植えていたそうです。地方の武士も農村に知行地を持っているのではやはり耕していたようです。農家とあまり変わらない生活だったようです。半農半侍。

上杉鷹山は名門上杉家に婿入りして、関ヶ原で敗れ、100万石以上の大藩が20万石以下の小藩に落されて生活に苦しむ武士や農民の窮状を見ます。それで織物や養蚕・機織り、特産品生産を奨励しました。失敗の連続でしたがやがて米沢藩はそれで潤うようになります。

中山間は山村は魅力的な資源の宝庫です。これを迷惑物で税金で廃棄するか?資源として活用するか?答えは1つです。SDGsもそこにあるような気がします。





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2021年10月09日

畑にいたのは芸術家だった

IpadのGoodNotesを使うようになってノートを持ち歩かなくてよくなりました。これも当社のこれの達人の若いスタッフに教えてもらったためです。それでも一発でできるようにはなりません。

農業も一発でできるようにはなりません。何度も何度も試行錯誤です。昨日知人のお母さんの農園に連れて行ってもらいました。お母さんは当年とって77歳です。我々がお母さんの畑に向かっているとちょうどスカイブルー系のおしゃれなワゴンが現れました、しかも新車で。

運転しているのがお母さんでした。毎年、新車を買い替えるそうです。プレートナンバーも自分の誕生日にしたり、記念日にしたりして楽しんでいるそうです。

朝から畑に出てお昼を食べに帰ります。お昼は同居している知人の奥さんがつくります。それから1時間ほど午睡して再び午後の労働です。日が暮れない時間に帰宅して、夕食を食べて午後7時には熟睡だそうです。

お母さんは2.5反歩ほどの畑を借りています。元々知人の家は農家ではなく、両親ともサラリーマンでした。お母さんは音響メーカーの組み立て工場で50歳まで働き、それから退職してから家の近くの農家から農地を借り、野菜の栽培を始めます。最初は7畝(0.7反)を借りました。

四半世紀以上前の話です。試行錯誤、見よう見まねで始めます。自信が着くと少しずつ農地を広げて行きます。一時は年間80種類の野菜をつくっていたそうです。それでも今でも30〜40種類の野菜を植えています。

趣味かというとそうでもなく、退職後の所得を得るために始めました。当初は知り合いや友人に上げましたが、役場のイベントで東京に行って販売しているうちに馴染みの購入者や飲食店ができ、その要望で作付けと品目を増やします。

5年前に道の駅ができ、最近は道の駅集中です。お母さんの多品種少量・季節重視生産がぴったりマッチして、常に農産物売上高の上位です。

今の時期だと畑にはイタリアンパセリ、赤唐辛子、紅大根、紫大根、綿等希少性と差別化野菜が植えられています。27年かけて身に付けた自分独自の栽培法、最小限の農薬で無化学肥料栽培をしています。

道の駅でお母さんの乾燥ポップ(とうもろこし)を買いました。黄色一色とレインボーコーン(7色とうもろこし)の2種類を販売しています。大ヒット商品です。私はスタッフに食べさせようと思い、売り場に並んでいたのを1袋だけ残して、残りを全部買って来ました。

とうもろこしを乾燥させて、1粒、1粒、身をほぐして袋詰めする作業も並大抵のものではありません。道の駅に並んでいる野菜も洗浄、均一裁断、包装・袋詰め、パッケージシール貼り等手のかかる仕事があります。そしてから道の駅に登場します。

この農業が私の理想です。そこにいたのは農民ではなく、アーチストでした。農業はアートだと言ったのルソーでしたっけ?
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2021年10月08日

不況の後に活況、そして大不況に

定宿にしている旅館があって、10月下旬にそこの近くで仕事があるので、10月1日(金)からの女将さんに旅館営業再開のお祝いも兼ねて宿泊4名の予約をしたら口を濁し、「あとで電話します」とのこと。

その後、私が不在の時にスタッフに電話で「その日は満員なのでご予約を受けられません」とのこと。私が電話した時も電話越しに何かやり取りしているのが聞こえたので不安に思っていましたが的中しました。

福岡県は独自で宿泊客に5,000円の還元をしていましたが、コロナが蔓延して中止していたのがこの10月14日(木)から再開するそうでそれを当て込んだ客が再開情報を聞いて予約しているようです。

ただし、客をどれだけクーポン対象で入れるかは旅館の裁量ですから、定宿に使う客や常連さん用の部屋は普通、別に最低1部屋は確保して置くのが接客業の基本です。

しかし、この旅館は全室をそのキャンペーンの対象として早い者勝ち予約を受けているようでそれでクーポンマニアの一見さんが殺到し、常連さんがはじき出されているという現象が起きています。このしくみを教えてくれたのはこの市の観光協会会長を務める私の友人です。

女将さんに電話したら「鳥巣さん、ごめんね。コロナが増え始めてお客様が来なくなった時も泊まり続けてくれたのは鳥巣さんだけだったのに、こんなことにしてしまって」と謝りました。女将さんは私の母親とあまり年齢が変わらなく、老母を苦しめるのもと気持ちよく引き下がりました。

女将ともめていたのは電話越しの声は若女将だったのです。厨房の調理長の嫁です。子育てが終わり、配膳係で手伝っていましたが、今は権限を完全に掌握しようとしています。どこにもある話なので受け流していました。ここの常連はみんな女将さんの人柄が好きで宿泊しています。これからどうなるのだろう?

雇用調整助成金が切れたのかどうかわからないですが、最近5名のホールスタッフが解雇されたようです。それでクーポンをフル活用してお客を増やそうとしている若女将の戦略が見え隠れします。コロナ以降、あるいはWITHコロナ経営は難しいです。

はじき出された我々4名は困ったか?観光協会会長の紹介で市街地のビジネスホテルにクーポン対象で泊まれるようになりました。そして会食も私の仕事に興味を持ち、接触してくる料理人の経営する人気居酒屋を予約しました。

今まで私も女将に気を遣い、この旅館に泊まり続けましたが、その枷が取れました。自由にどこでも泊まれるようになりました。結局得をしたのは私です。誰も傷つけないで離れることができた。

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2021年10月07日

功労者は毎日試食してくれた長男

昨日は宮崎県ひなたMBAフードビジネス部門人材育成プログラムチャレンジコースの第2回目でした。定員が20名で第1回目で20名を超えていましたがオンライン受講なので冷やかし、様子見もあるのだろうと思っていましたが昨日からリアルセミナーになりました。すると応募がまた増えて30名弱までなりました。

昨日のゲスト講師は川北製麺有田社長でした。「商品コンセプト・ブランディング構築」と題して1時間半内容の濃い講演をいただきました。この会社はグルテンフリーの麺を発売して、それが海外で火が点いて今も成長の好調の最中の会社です。

大阪出身で大阪で宮崎県の女性と知り合い、結婚して、その女性(奥様)の故郷串間市に戻り、家業の製麺所を手伝うようになりました。義父が社長でしたが、販売先は地元スーパーと飲食店。1袋20〜30円の麺(特に中華麺)を夜明け前から製造して、開店前のスーパーに納品。売っても売っても会社は赤字が続きます。

ある日、知り合いのお母さんから子供が小麦粉アレルギーで麺が食べられない、グルテンフリーの麺をつくって欲しいの依頼で米粉麺開発に着手しました。そこそこのものができてその母子には喜ばれました。

しかし、それを商品化して売ろうとすると買い手の評価は普通の麺に比べて「ぼそぼそして美味しくない」それなら小麦粉麺より美味しい、のどごしのよい麺をつくろうということでトライが始まります。

米粉麺は結構すぐできましたが、「美味しい米粉麺」の開発は思っていたよりも難しく2〜3年を要します。最初は試食につき合った従業員ももう試食疲れしたか、誰も食べなくなって来ました。

有田社長はそれでも試作して、毎日毎日試食します。誰に食べさせたか、長男です。長男はお父さんの試作した米粉麺は毎日、毎日食べ続けた。そしてある日、「お父さん今日のは違うよ」と言います。

そのレシピでつくったものを数年前から出展していたイベントで初登場させました。数名の臣下を引き連れた初老の紳士が偶然売り場で試食します。「米粉麺はぼそぼそしてうまくない」とつぶやきながら。その紳士が1口食べて「これはうまい、すぐ発注しなさい」

だれだかわからないまま去って行きました。しかし、首にかけた入場者名札が背中側に回っていたので見るとあの日本一の高級スーパーの社長だとわかりました。すぐ発注が来て「価格も量もお任せしますので納品してください」とのこと。

それからしばらくして別の話で輸出関連の話が来てこれも積極的に応じたら、香港の2週間のイベント分の数量を送ったらイベント開始から数時間後に「全部売り切れた。すぐ追加を送って欲しい」という電話。

快進撃は今も続いています。最後に私が「おたくのグルテンフリー麵の最大の功労者は誰でしょう?」と社長に問うたら社長はぽかんとしていました。

大手流通の社長でもない、輸出業者でもない。「親父の試作品を毎日毎日食べ続けてくれた長男ですよ」と言ったら社長の目が潤みました。その長男も高校3年生福岡で介護の仕事をするそうです。いずれの日かに戻ってくれたらいいですね、有田社長夫妻。
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2021年10月06日

タイトルを間違えたかな?

昨日、佐賀県基山町長室でひょんなことで知り合った大阪の社会福祉法人の経営者が当社に訪ねてくれました。

体によい農産物や加工食品を探しているということで当社に関心を持ってくれています。経営しているは社会福祉法人の老人ホームです。なぜ、食べ物にこだわるのか?

30歳代後半(現在は51歳)に難病の潰瘍性大腸炎になり、鍼灸師だった祖父に小学生の頃に習った鍼を思い出しながら自分で打ったそうです。それと食べ物で治したそうです。

それから体が食品添加物や農薬や化学肥料を受け付けなくなり、自分で納得できる農産物、加工食品を探しているそうです。当社を訪ねてくれたのは当社と私の活動に興味を感じてです。社長と私の息子も在社したので4名で焼き鳥丼を食べながら話が盛り上がりました。

私に「いい農家」や「いい加工食品」とそれを生産・製造している農家や食品加工者を紹介して欲しいという人が山ほどいます。最近はとみにそうです。コロナ対策は「免疫力のある体づくりだ」と納得したためでしょうか?

私もいろんな方々に質問されると答えていますが、でも一番いいのは拙著「農と食ビジネスへの転身」を読んでいただくことです。

副題で移住、転身、帰郷、転職、農業進出、再起の時と書いており、移住促進の本のように思われていますが、中身は今、最もトレンディで生活者が望んでいる農産物や加工食品を生産・製造している農家やメーカーを取り上げています。

生活者が関心があるのは「食品添加物フリー」、「アレルギーフリー」、「SDGs」、「虐待しない飼育」、「中山間地域で採れる希少性の高い作物」、「山村や森林の幸」、「無農薬」、「無化学肥料」、「グローバルGAP」、「農福連携」、「家庭ファーム」、「小ロット製造」、「地域の味」等です。

拙著「農と食ビジネスへの転身」の主人公たちはほとんどこれらのどれかに当てはまる農と食ビジネスをしています。推薦するなら彼らです。この本を読んでいただくのが一番です。

拙著もタイトルを「農と食ビジネスへの転身」副題〜今、最もトレンディな農と食ビジネスとは〜にすればよかった。そしたらもっと売れるのにと思ったりして。
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2021年10月05日

あなたの心の置き場はどこ?

私もお金が欲しいということでは大半の人と同じです。ただし、少し違うのは自分の所得はどうでもよいです。しかし、事業に使うお金は一銭でも多く欲しいです。お金がなくてやり切れていないことがたくさんあります。

自分の所得は何に使うか?この老齢で蓄えは必要ないので生活費です。私自身の生活費は月10万円も超えません。その分、残っているか?この2年間はコロナで会社もピンチなのでそっちに振り向けています。まあ、ほぼすっからかん。それでも会社があり、今の仕事が続けられているので幸せです。

職業を選ぶ時に自分は電車の機関士になりたい、消防士になりたい、コックさんになりたい、ケーキ屋さんになりたいで職業選択して、実際にその職に就けた人は幸せです。

給料が高くて、倒産しない会社といった経済的なファクターで会社を選んだ人は不幸です。私の若い頃に華やかだったのは銀行です。財政家になりたい、あるいは将来の独立を目指して選んだ人はいません。企業名と高い給与という社会の見栄で就職しました。あれから40年経ちました。銀行の世間の評価はどうでしょう?

職業のプライドにも2つあります。自分の職業に対する誇り、もう1つは肩書、給与等世間体、職業そのものではなく、それを所得で現したプライド。

お医者様はもてます。なぜなら、医術という人命を預かる高度な技術を身に付けているから?大半のドクターは検査してその数値を見て処方箋を書いて薬を出すのが仕事です。それなら薬剤師でも看護師でもできます。いや、医師でなくても患者でもできます。でもドクターだけがダントツの所得です。

ドクターでも難病に取り組むドクター、コロナのような治療法がない病気に果敢に取り組むドクター、あるいは院長先生で来院の患者一人一人の症状を記憶して、患者がいつまでも長生きできるような一生付き合えるホームドクターもいます。

地方に行ってもそうです。役場の職員も2つあります。市町村のため市町村民のために、私を捨てて、粉骨砕身、邁進している地方公務員もいます。半面、土日家業の農業が優先で農業をやっている時は活き活きしていますが、役場の席につくと急に別人のように覇気のない精彩のない表情の人もいます。心の置き場が違うのでしょう。

こんな人間に40年役場に居続けられると市町村も市長村民も不幸です。さっさと公務員を辞めて百姓一本になった方が男前ですよ。
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2021年10月04日

これからさらなる負が始まる

内閣府が2021年(今年)6月24日〜8月1日に全国の18歳以上の男女3000人を対象に「農山漁村に関する世論調査」を発表したとメディアが報じていました。

本調査書はまだ私は見ていませんが、メディアによると都会地域の住民に農山漁村地域への移住願望を聞いたら「ない」「どちらかというとない」が72.6%(2014年調査では65.2%)、「ある」「どちらかというとある」は26.6%(2014年調査では31.6%)でいずれも7年前を下回ったとのこと。

これをどう見るかですがコロナの影響で地方への移住熱が高まっているように感じるのは間違いのような結果です。調査期間の今年6月24日〜8月1日の頃といえば7月頃からコロナ蔓延で特に東京はPCR検査陽性者が1日1万人に達するのではないかという不安の真っただ中でした。

特に地方の来県者、よそ者へのブロックは固く、東京からの来県者がコロナを持ち込んでいるというのが一般報道になりました。地方県民は怯え、東京在住者との接触を拒み、頑ななまでの「東京在住者=コロナ感染者」の構図が出来上がった頃です。

地方がこんな体制を取るとそれは我々東京に住む者の心は傷つきます。地方がいやになります。どうせ地方に移住しても「よそ者」扱いされ、何かある度に「村八分」の標的にされるのではないかといった怯みが出て来ます。

しかし、このアンケートでは移住願望がある人に「コロナウィルスの感染拡大が影響したか?」と聞いたら「影響した」「どっちかというと影響したが17.4%、「影響しない」「どちらかというと影響しない」は80.8%だったそうです。

移住願望に強い願望がある人はコロナは関係ないようです。また、今回のコロナで地方移住をためらった人はむしろ地方からの「ノー」が影響しているように感じます。

さてこれからです。非常事態宣言は解除されました。それはPCR陽性者・死者・重症者が減ってきたからです。もう1つの大問題である経済破綻はこれからです。非常事態宣言中は雇用調整助成金も発動し、企業も自分の懐を傷めないで従業員の給与が払えました。当然、これもなくなります。

国の借金も1,000年経っても払えないくらい膨らみました。当然、消費税アップです。10%→20%になったらどうしよう?企業は自力による生き残りだけが残りました。どれだけの企業が生き残れるか?当然、地獄のリストラ、解雇が始まります。都会で行き場をなくした人たちはどこに行くのだろう?

私が住んでいる銀座の1Kマンションは若い人に人気があり、空きは3ヶ月待ちが通常でした。このマンションが空きが結構出ています。住民たちはどこに消えたのだろう?すべての負はこれから始まります。

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2021年10月03日

今日、今やるべきことをやるだけ

コロナの非常事態宣言が解除されたのと東京都のPCR検査の陽性者が激減しているのが相まって、ほっとしたのか?気が緩んだのか?急に疲れが出て来て、昨日、土曜日は昼過ぎから自室で過ごしました。

お昼をつくろうとしてガス台の前に立ちました。2つのガス口がありますが、1つのガス口は方左側しか火が着かなくて、右側が火が着きません。そのせいか、もう一台のカス口も火が点かなくなりました。

半年前頃からそうでしたが、まあ、1台点火の片方側着火でもいいかと思っていましたが、暇になったせいか、気になり出してガス会社に連絡しようと思いましたが、「待てよ、火が着かないということはガス口が詰まっているからではないか?」と思ったら詰まっていました。

1つ1つ詰まっている穴をクリップを伸ばして針代わりに差し込んで詰まりをなくしたら見事に火が着くようになりました。するととなりの不発弾(不着火)になっていたガス口も点火するようになりました。仕事を成し遂げた時よりも嬉しい気分になりました。

現在、ダイエット中ですが、過去2回の15sダイエットは止めて5sダイエットに挑戦です。現在は成績は3〜4sです。ダイエットした方ならわかりますが、1日でも体重は測定する時間で1.5〜2s程度変わります。

朝起きて計ると眠っていたので意外と減っていません。一番減るのは夕方の夕食前です。でも毎朝、計ります。朝は朝の比較でしないといけませんがどうしても自分の一番減った体重と比べます。

昔はがっかりしてまた太ったと効果のなさを嘆きましたが、最近はちょっと増えたな、今日一日食事と運動と歩行に心がけようと前向きな気になります。

それは仕事にも通じます。なかなかうまく行かずに一進一退が続くと精神的にめげます。特に最悪は消耗戦に入った時です。気が滅入る。

その時に気を取り直して今日もやるべきことを結果をあまり気にしないでやって見ようと思う心があれば徐々に仕事は良化して行きます、ダイエットの場合だと体重も漸減します。

過去の反省は?過去の失敗は意外と自分の中で学習しており、知らず知らずの内に対応策を身に付けています。できなかった過去を気にするよりも今日やるべきことに集中するのが一番仕事がはかどります。
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2021年10月02日

潰されないために人脈を築く

下請けで地を這うように生きている事業者に発注先が非道な要求をする。社長はおろおろするばかりで、奥さんは悲嘆にくれ、長年勤めてくれている従業員も悔し涙する。落胆で呆然とした光景が浮かびます。

ふんずり返っている下っ端役人に書類の不備や間違いを面前で罵倒され、おろおろしている光景。こいつらは血も涙のないなと思います。こんな光景はテレビドラマや劇だけかと思うと実際現在も横行している光景なのです。

発注企業の約束反古で潰れている企業もあります。補助金や制度融資を申請して書類不備で血も涙もなく却下されている例も私はたくさん知っています。

どうすればよいか?やり直す。これが一番いいですが、こっちが悪くもないちゃんとやっているものをケチを付けられると直しようもありません。また、出荷したものを一方的に返品されると会社は潰れます。

次は裁判で訴える。裁判は時間もかかるし、金もかかるし、裁判官で白にも黒にもなるのが裁判。たとえ、和解してももとは取れません。その間にこれまた会社が潰れます。

一番いいのは発注先の会社のさらにその上の会社の社長や幹部を知っていることです。下っ端役人のいじめにはその上司やその組織にトップを知っておくことです。その人に不当ないじめを耳打ちする、訴える。状況は一変します。嘘みたいに変わります。

これを俗に「政治力」と呼ぶことが多いです。そんな偉い人と会うことはないと思ってしまえばそれまでです。組織でそれなりのポストにいる人は威張っていません。自分が偉いとも思っていません。誰にも平等に接し、耳を傾けます。

そんな人にどうやって会うの?いやいやあなたが見ていないだけです。誰かの結婚式で会っていた、葬式で会っていた。何かの会合で名刺交換していた。友達の友達だった等人脈のつながりはたくさんあります。

社会を動かしているのは技術でもなければお金でもありません。人です。人脈を築くことです。

そういえば今日の新聞に新政権で規制改革推進会議や国家戦略特区諮問会議等規制等から新自由主義を標榜し、自分の私腹を肥やしているあの人が外れる可能性が高くなったと報じています。

上の人にもこんなごろつきもいます。たかりの人もいます。一概にトップは公平だとも言えませんが、困った時に相談できる力のある人との交際は大切です。
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2021年10月01日

老いてこそ自分の事は自分でやろう

社屋を引っ越して我々のオフィスは3階でそこに全員が机を置いています。5階建てですがエレベーターがついていないので自分の脚力で昇り降りします。4階はオンラインのスタジオと私の空手の稽古場にしているのでそこまでは上りますが、5階と屋上は内覧の時以来、上っていません。5階まで駆け上がるとヒーヒーします。

このビルに来てからよく来る宅配便の元気な若い女子がいます。体も小さいので荷物を持って3階まで上がって来ると本当に申し訳ないと思います。どこの宅配便か?クロネコではない、2番目か3番目の宅配便の会社の社員です。

彼女が昨日、いきなり上がって来て「何か出す荷物はありませんか?」、「えっ」、うちのあるスタッフが「この会社は新規顧客獲得のノルマがあるんだよ」と教えてくれました。

別のスタッフが「ちょうどよい時に来てくれました。結構、大きな荷物が数個あります。午後5時まで荷造りしますが取りに来てくれますか?」、「ありがとうございます。はい、もちろんです。よろこんで。では5時過ぎにうかがいます」私はこの娘のその気持ちのよさと若さと元気さにほだされて机にあった飴玉を3個上げてしました。

ある人がいます。この人も女子です。若手に属します。食と農をやりたいと1年前に何かの縁で当社にやって来ました。ある商品をやりたいので工場等を紹介して欲しいとのことでした。話を聞くと非現実な話だったので止めた方がよいとアドバイスしました。

しかしその人は「ある人がその商品ができると買うと言っているのでやります」とのことでした。それからもそれに関する質問が矢継ぎ早にやって来て閉口して連絡を止めました。

数日前にあることでこの人に電話しました。そしたら再び次から次への質問です。「治らないな」と思いつつ、それでも私なりには真摯に教えました。

学ぼうとする気がない、いつも誰かに依存している。もっと言うと自分がない。今流行りの「食と農ビジネス」の表層にだけ憧れてやっている。というよりもやっているつもりでいる。

私がスタッフを採用する時どっちを選ぶか?もちろん前者です。世の中は「天は自らを助ける者を助く」です。私も老に入りました。「自分でできることは自分でする」人生を貫きます。

エレベーターのない階段を私も毎日数回は昇り降りします。それが老いた人生にとって一番大事なことであると自覚して。人にも頼りますが、まず自分に頼り、それができないところを他人様にお願いします。
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