2021年08月26日

ここにいるこれこそ幸せな人生

引っ越して便利になったのは交通機関です。銀座はJRの駅がありません。東京駅がぐっと近くなりました。地下鉄都営浅草線宝町駅も3分です。新幹線も飛行機もさらに近くなりました。多くの企業がここに本社を置いているのがわかります。

銀座を出たので私がよく「都落ちした」というとスタッフが「でも東京の中心機能は丸の内とここらへんじゃないんですか」と言われて納得です。歩いて3分のところに昔、社員だった味の素本社があります。

私の15年のサラリーマン人生で11年は本社勤務でした。本社勤務になった頃はこの近くの京橋に本社があり、その後、今の宝町に新社屋ができました。宝町に勤務したのは4年間程度です。そのあとはいつも書いているクビになり、自宅のあった千葉県で起業しました。

まさか、28年ぶりにここに舞い戻るとは思いませんでした。当時、新社屋ができた時はその高さも話題になりましたが、今は隣の建設が本業の清水建設が巨大新社屋を建て、すっかり中程度サイズの地味なビルに成り下がりました。

当時、このビルから東京駅間はみんな社員は歩いて通勤していました。歩いていると当時常務程度だった役員もみんな遠距離通勤で歩いていました。朝のそれぞれの通勤時間は同じなので不思議と同じ役員といつも同じになります。

会社では偉い人ですが、まだ課長にもなっていないペーペーの私と並んで会社までの15分程度を一緒に歩いていました。役員はみんな優しかったです。当然、その後に社長・会長まで行った人もいましたが、私ごときに気を遣って話しかけてくれました。だからこそ、その人達は人格者でみんな偉くなった。

昨日、東京駅に切符を買いに行ったのでその同じルートを歩いてみました。世の中に「もし」はありませんが、私があのでっち上げ事件に遭遇しなければどんな人生を歩いたのか?ほとんど考えたことはありませんが、昨日は不思議に頭をよぎりました。

私が役員になったかどうかはわかりませんが、60歳か62歳で定年退職して、現在は再就職で仕事を得ていたでしょう。自宅のある千葉県に腰を落ち着けていたでしょう。

「離婚したか?」う〜むわかりません。会社をクビになったその日から生活も人生も周りの社会も一変しました。小学低学年だった娘と幼児だった息子を育てなければならないそれこそ「死にもの狂い」の人生が始まりました。

それがよかったのか?悪かったのか?正直、味の素をクビになったことを感謝しています。あのままの人生は私には向かない。どこかで途中会社を飛び出していたと思います。その鳥巣研二がここにいる、これこそ幸せな人生です。

posted by tk at 06:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする