2021年08月10日

仕事も空手も人生もすべて縁

8日(日)から沖縄県那覇市に来ています。目的はもちろん仕事です。友人T氏と仕事の打ち合わせです。この人は10年以上前頃からの付き合いがあります。最初は沖縄県の物産を販売する会社が「離島マーケティング」事業を沖縄県から委託され、私はそのアドバイザーで年3〜4回沖縄県に行っていました。

この事業は数年続き、そのおかげで私は沖縄県の離島は相当に行くことができました。宮古島・石垣島・久米島・伊平屋島・伊良部島・津堅島等まだありましたが知名度の高い離島は行かせていただきました。その人脈はいまだ生きており、宮古島の「楽園の果実」社、石垣島の「石垣の塩」社等はその後、ずっとお付き合いをしています。

その当時の担当者はこの友人T氏でした。T氏は沖縄空手をやっており、私にも沖縄空手を勧めましたが、その頃は忙しくてとてもそんな気にはなれませんでした。

それが今から8年前頃に右膝を痛めて歩行できなくなり、3ヶ月間位は杖をついて歩くのがやっと。当時は千葉県に住んでいたので通勤は東京駅から事務所までタクシーでやっとこさ通勤する羽目になりました。

なかなか治らずに杖が要らなくなるのに1年かかり、普通に歩行できるように回復するのにさらに1年かかりました。右膝がO湾脚してしまいました。その頃に空手をやらないかとの勧めを思い出し、これも「神のお告げかも」と思い、入会しました。

そして偶然、ラッキーなことにT氏が銀座勤務になりました。もちろん沖縄本部の道場長が毎月来京して稽古を指導してくれますが、T氏の東京勤務は私にとって大きなものでした。

昨年、コロナが蔓延し始めた頃の3月末で定年を1年残してT氏は退職しました。理由は多くを語りませんが銀座店の売上げの件で那覇本社のトップとの意見の食い違いが原因と聞きました。

T氏は4月に沖縄に帰り、独立しました。株式会社を設立しました。お世話になったのと当社の沖縄の食と農への関心から私も半分出資しました。しかし、残念なことにそれからコロナの大蔓延が始まります。

私も息をひそめましたがT氏も開業したばかりなのに営業活動ができないという状況に陥りました。行政機関のプロポーザルコンペに企画書を書いて応募しますが全部落選です(当社もそうですが)。

生活費に退職金がどんどん減って行き、マンションのローンの返済は大きくのしかかり、途方に暮れたそうです。昨年は励ましの意味もあり、当社が事業を行なっている福岡県M市の事業で沖縄県の観光物産について講演に来てもらいました。

今年度になり、中小企業支援機関から「小規模事業者のコロナ対策アドバイザー」の仕事を得、収入が生まれました。その彼に農水省の中山間地域事業を紹介し、応募したらT氏の会社が受注する可能性が大になり、その援護射撃の意味合いもあってこのW台風とコロナ蔓延の中を私が出張して来たわけです。

仕事の縁、空手の縁に支えられて私も当社もまだ生きていられます。感謝です。



posted by tk at 08:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする