2021年08月05日

ケチ男の老後の極貧生活

このブログでも再三書いていますが、私の個人貯蓄はゼロです。コロナまでは多少老後のための貯蓄もありましたが、全部資金繰りに窮した会社のつぎ込んだので無一文になりました。しかし、これは当たり前のことです。金融機関に融資を求める前に経営者(資本家)が自らのお金を投入するのは当然です。

無一文の割にはブログにアップされる会食は美味しそうなお店ばかりで贅沢三昧なのでは?これまた違います。地方に出張した時はなるべく当社や私を応援してくれる人と会食します。その人達のご推薦のお店なので美味しくて勘定はリーズナブルプライスです。

会食相手は「割り勘で」と言いますが、そこは日頃の感謝の気持ちでこっちが支払います。すると相手も「わかりました」と言って私の気持ちを汲んでこっちに支払わせてくれます。これが世の常識でもあり、お付き合いのマナーです。

さて今日はそうじゃない人を書きます。私の近親者の配偶者にぎょっとするほど、世の中で2人といないくらいケチがいます。年齢は私よりも5つ程度年上です。ケチは吝嗇はある意味よいことですが、この人はあさましいくらいお金を払わない。親戚で会食しても勘定の時になるとトイレに隠れます。

戻って来て誰かが立て替えたお金を求めても絶対に払いません。我が近親者がなんでこんな男と結婚したか?暗澹たる気持ちになったことも1度や2じゃありません。この人だけそうかと見ているとこの人の親兄弟もすべてそう。

いかにして相応の負担を逃れるか?がお金持ちになる方法だと信じています。「お金を出さないとお金持ちになれる」という生き方です。その人の妻、つまり私の近親者にその男(亭主)が金持ちになったかどうか聞いてみました。

現在は近親者とは別居中だそうです。実家に戻り、親が建てた家に独りで住んでいるそうです。その理由はこの実家を兄妹で分与相続するのがいやでこの家は生前に親から自分がもらったものだと主張するために立て籠もっているそうです。

現役時代に相応の負担を拒否して貯め込んだこがね(小金)はおいしい話に乗せられて投資に回し、すべて回収できずに紙切れになってしまっているそうです。投資家としての才覚があれば取り戻すだろうに、度胸も脳みそもなく、ただ欲だけだから相場が張れない。

定年後、再就職しても「お金のあさましさ」からかでどこも1年契約でクビになってしまい、現在は無職だそうです。厚生年金で暮らしていますが配偶者と分けるととても暮らせる金額でないそうです。

私は30歳のこの男と親戚になり、この人の他人の評価を気にしないケチとあさましさで老後はそれなりのお金を残すものと思っていましたがその逆で極貧生活です。

人のためにすれば、人のためにお金を使えばひょっとしたら多くの人が助けてくれ、老後も稼ぐ機会を与えたのかも知れませんが、自らそれを断って来ました。自業自得なのでしょう。お金は死ぬ時にプラスマイナスゼロになればよい。

posted by tk at 06:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする