2021年07月08日

1対1関係が究極。それを貫くには

大衆という言葉があります。一般的に大衆というと庶民性を感じさせます。大衆芸能、大衆小説等大衆と付けば学のない庶民、誰でもが理解できるものを意味します。そこには大衆はどうせ無学無知なのでこの程度しかわからないだろうという侮蔑も含まれています。だからその対極としてエリートつまり選民思想があります。

でも「誰にでもわかるように」というのは大事なことです。では大衆とは十把一絡げのマスことを言うのでしょうか?あるいは1人1人の個のことを言うのでしょうか?私は後者だと思います。

なぜ、伝わらないか?マスに向かって語りかけているからです。「マスなど存在しない」とは私の言い過ぎですね。都議会選の結果を見ても最終日に敵前逃亡先から戻って来た事実上の党首がマスに語りかけた瞬間にその党の投票率が上がったので。

しかし、現在はマス(大衆)へのコミュニケーションはうまく行っていません。特にテレビ、一昔前は新聞がマスコミでしょうが、ほとんどが崩壊過程に入っています。

大企業は消費者から召し上げた利益を広告費に投じて宣伝を行いますが、効果はほとんどないに等しいです。それで世界一の巨大広告代理店も今回の国家プロジェクトに手を出した途端に地獄の苦しみです。

四半世紀前からマスコミュニケーションに取って代わるものとしてインターネットが現れました。それが一部の知識層で使用されていた黎明期は確かにその機能を果たしましたが、現在はインターネットはかってのテレビ以上に大衆(マス)の生活に入り込んでいます。

ネット広告の大半が既に不信な存在となっています。フェイスブックもインスタもラインもうんざりするほどの広告が貼り付けられ、流れてきます。ネット広告は信頼性を失うと共にネット情報も信頼性を失っています。またやらせ?

ではどうすればよいか?私は1対1のコミュニケーションが理想だと思います。例えば、コンサートや演劇があります。会場・劇場に向かって一人のあるいは少数の役者が歌手がパフォーマンスを行います。

その時の観客が100人いたとします。その歌手・役者と観客は1対100のコミュニケーションか?否、私は1対1のコミュニケーションを100組やっています。歌手・役者は1人1人の観客にパフォーマンスし、語りかけています。それが100組あるということです。

芸プロに属して人気タレントを目指すか?アーチストを目指すかその人一人の生き方です。前者を目指すならオーディションに受からなければなりません。そのためには採用のためのパフォーマンスが必要になります。大企業のリクルートはたいていが外注の就職求人情報会社に外注されています。

その試験をかいくぐるのは採用試験向けのパフォーマンスに長けた人間だけです。中身は何もない。だから大企業の社員の質がどんどん落ちている(社員だけではありません、社長の質も目を覆うほどです。)。本当に人生のアーチストを目指す若者はそこには行かない。

マーケティングもそうです。お金を出して買って下さる1人1人とコミュニケーションできていない、それ以前にお客様が見えていない。向いているのは少数のお金の亡者の投資家や株主や等の方(ほう)ばかりです。お客様が買ってくれたお金が究極は金の亡者に流れ、ますます貧富の差が激しくなっています。コロナ以後、大チャンスです。どうチャンスか?さあ、みんなで考えましょう。






posted by tk at 07:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする