2021年06月03日

「空手に先手なし」は最高の至言

自分のことは棚に上げてよく書くよと言われそうですが、なかなか感銘を受ける本に出会うことがなくなりました。本はよく買いますが、冷静に計算すると自分が読書に向けられる時間の10倍分くらいの本を買っています。9割は挫折しています。本が悪いのではなく、こっちの知力、体力の問題です。本を読むにはエネルギーが必要です。

その癖、下手なのに空手の稽古には毎日相当の時間を費やしています。どうしてだろう?不思議です。毎日毎日同じことのように見える稽古をしていますが、毎日違います。

毎日ノートに稽古で気付いたことを書き留めますが、何か少しずつ成長している気になります。死ぬまで続くこの修業は無我夢中になれます、無心になれます。仕事よりも面白いかも知れません。

人間はいつも何かを求めています。自分の中に何かが充ち足りない、物足りない。それは自信のなさ、コンプレックス、弱さ等から来ている気がします。いつも何かを求めています。どうすれば快に充たされるのだろうか?

趣味のない私は若い頃から仕事人間です。仕事は仕事に成功するためにやります。何かを企画してシナリオを書いて、それが社内やクライアントに受け入れられて仕事になった時が一番嬉しいです。

だから自分の目論見通りにいかない時は心が乱れます。相手を攻撃します。お前たちは何もわかっちゃいないと。しかしそれはお門違いです。相手が求めていないものを押し付けようとしているだけです。

はらいせ攻撃を積極的と履き違えます。先人の「先手必勝」、「攻撃は最大の防御なり」を誤解して座右の銘にしているようでは青いです。最良は「戦わないで勝つ」さらに「戦い」すらない。相手を幸せにする。それが最高の戦いです。

パソコンで空手の情報を検索します。膨大な情報が載っています。しかし、最初に共通して書かれているのは1つだけ。「空手に先手なし」です。今まではこの言葉は飛ばしていましたが、最近はこの冒頭の文章に眼に釘付けになります。

昔、まだ若い頃、全国に講演・セミナーで飛び回っていた頃、最後の質問で予期せぬ質問やいわゆる理解不足質問が来ると結構、むきになって反論していました。相手はこっちが講師なので不服でも黙って引き下がります。

「なぜ、こんな質問をこの人はするのだろう?」と見下していました。ある日から質問を全部受けて、相手を誠意を持って見つめて、全部聞いて答えるようにしました。一言でいうと「どこからでも斬りかかって来なさい」とこっちが丸腰になって相手の意見をまず尊重して聞く。それから答える。

すると質問者は私の答えでどうであろう、自分の意にそぐわなくても私に感謝の表情をして納得するようになりました。トップを下りて5年。今年は会社の存亡を賭けて前線に立っています。

その時に相手のお役に立てればよい、仕事が受注できなくても恨むことではない。「空手に先手なし」と唱えてプレゼンを始めます。5年前よりも少しは成長したかな?
posted by tk at 07:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする