2021年06月10日

今朝は嬉しい講演でした

今朝は「第2689回丸の内朝飯会」での講演をしていたのでブログのアップが遅くなりました。午前7時半〜9時近くまででした。仕事は4ヶ月前に依頼され、その頃はコロナも収まり、通常のように丸の内のホテルで朝食を食べながらということでしたが、依然、コロナの猛威でオンライン講演になりました。

受講していた方の全容はわかりませんが、質問の時に顔は映ります。私よりも先輩が多かったのと女性が思ったよりも多かったです。ZOOMを使用しました。一昨日はある地方自治体へのプレゼンを約20分CDRで送るための撮影でした。

バーチャルが2回続きました。リアルしか受けなかった私としては不本意ですが、これも致し方ないことです。リアル講演だと聞いている人の顔と表情を見ながらしゃべります。

しゃべったことが難し過ぎてうまく伝わらなかったという表情を読み取ったら、かみ砕いてもう1度しゃべります。リアル講演だと相手に合わせる修正ができますがそれが不可能です。あとで今朝の受講者のお顔を拝見して、その質問からかなりご理解、ご共感いただいたとほっとしました。

リアルとオンラインとプレゼン録画も違います。録画が一番、難しいです。なぜか?あとで見ると私は実に「あ〜」、「う〜」の間合いが多いです。そしてそれが気になります。無意識の「あ〜」、「う〜」なしでしゃべろうとするといつものペースが掴めません。

顔も緊張した恐い顔になります。間合いを入れたり、ジョークを入れたり、一呼吸置いたり、アイコンタクトを入れたり、同意のうなずきを入れたり、しぐさ、手ぶりを入れたり等のアクションも必要なのですが、プレゼン録画はそれを入れると不謹慎と思われて落されるのではないか?と思い、くそまじめなプレゼンになります。

テレビのアナウンサーは相当異質な人種だと思います。多分、何の感情も入れずに読み屋に徹しているのでしょう。そういった人が選挙に出ると当選するので怖いものです。

ところで質問ですが、「丸の内」と銘打っているので東京都区内の方ばかりか?と思っていたら、結構、地方在住の方もいました。皆様が農業に関心が高く、知識も豊富なのもびっくりしました。

質問の1つは「一般民間人が農家になれない」という嘆き。農地法で農地の売買、賃貸は市町村農業委員会が担当です。他産業並みの生涯所得(額は地域によって異なります)を目指す農業経営者を認定する「認農業者制度」は市町村農業主管課の認定になります。

それに都道府県の農業公共企業体の農業会議、農業振興公社があり、さらに農地中間管理機構もでき、なかなか複雑なものになっています。さらにあの国のあの代理人が「大企業に農地を保有させよ」と叫び始めています。

女性3名からの感想。「そばかす美人とワックス美人の表現がわかり易かった」、「ベトナムで納豆、豆腐の製造を教えています。早速、、この本を買って、持って行きます」、「横浜の実家江戸時代からの古民家です。それをどう生かすか?勉強になりました。」今後、連携したいというお言葉もいただき、嬉しい講演でした。



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2021年06月09日

農業は自分が幸せになるためのもの

腹が立つというのはたいてい相手の態度に対してです。自分の心、自尊心が傷つけられた時に腹が立ちます。怒ると我を忘れて相手に反撃します。あるいは傷ついて心が壊れてしまいます。

怒りに対する反撃が相手へのダメージが1とすると自分の心はその10倍はこっちの心がダメージを受けます。怒りは結局自分を壊しています。怒らないことが一番上手な生き方です。やり過ごすというか、流すというか。それができれば人間の達人です。

空手はいいですよ。格闘技であり、常に目の前に敵がいますが、戦いの相手は自分です。なぜ、この技を自分ができないか?常に自分の上達に重きを置いています。するとストレスが溜まりません。納得行くまで稽古するしかありません。

コロナ以降あるいはコロナWITH社会が来るというかもう始まっています。ここに来て農業がブームです。ものすごい勢いで農業をやりたい人が増えています。

どうして?ストレスフリーだからだと思います?種を蒔き、あるいは苗を植え、成長して(その成長を見るのも楽しく)やがて実を付けます。その実(青果物=成果物)を手にする時の喜びは計り知れないものがあります。

でも、そう簡単には問屋が卸しません。芽を出さない場合も多々あります。幾多の失敗や試行錯誤を重ねながら、納得のいく結果を追い求めます。自分の農業技術の向上の追求、あるいは成長する作物と自分との会話、コミュニケーションの世界に没頭できます。

上手にできたと思ってもある時は実を結ばない時もあります。どうして?あるいは明日収穫しようと思っていたのに、台風がやって来てすべてだめになった。そんなことも農業の世界では当たり前のことです。

それでも誰も自分を責めない、そして農業も止めない。明日から次に向かって種まき、苗植えを始めます。なぜみんな農業に向かうのか?自然相手に、栽培農作物相手にしていれば、それは致し方のない事と納得できるから。だからストレスフリーです。

それがこれが農業ビジネスで激しい産地間競争や収益性の向上、たくさん採れる農法や農業技術や農薬や肥料に取り囲まれるとストレスだらけになります。

設備投資して多大の借り入れの返済ができなくなり、納屋で首を吊った話も聞きます。それも農業だと言えばそうかも知れませんが、私はこれはこれからの農業ではないと思います。

農業をやり始めて、その喜びも難しさもわかった頃、これをビジネスにしようと決断からのチャレンジ、精進、努力、克服等は進んで乗り超えようと思えるのではないかと思います。きっと、そんな農業がこれからの新規就農の主役になっていきます。

これからの農業は人も幸せにするけれど、何といっても自分が幸せになるためのものです。

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2021年06月08日

「作る」より「創る」

当社は「加工特産品開発を支援すること」を重点に仕事をしています。ということはその原料に関する支援も必要なので農水産業とのつきあいも増えて来ます。また、売り先を教えてくれ等の要望も高くてその紹介等も多くやっています。

特になかなか売れないので「販路支援」の要望は強いです。しかし、そう簡単に売れるようにはなりません。販路先の候補になる大手小売業には全国の地方自治体の事業で数千の加工特産品が持ち込まれています。

当然、大手小売業も客商売なのでけんもほろろに断ることはしないので商談まで行かない面談や交通費・宿泊費付きの現地視察には行きますが、それを持ちかえり、仕入れする検討がなされることはほぼゼロです。

なのになぜその愚行が繰り返されるのか?事業に販路開拓の予算が付いているからです。また、事業獲得のために手を挙げたコンサル企業がそれを提案するからです。

結果からいうと既存の流通に新しい商品を売る力はありません。特に大百貨店は「しょば貸し業」、「大家さん業」で息をついています。巨大量販店も数を売らないと経営が成り立たないので、既存商品をいかに安く仕入れるかだけです。

どうすればよいか?そんなところに売ろうとする行為を止めることです。既存流通とのマッチングや連携は言葉の遊びにしか過ぎません。人に売ってもらおうなんて考えないで「自分で売る」、「自分で流通を創る」ことです。

自分で流通を創ろうとすれば当然売る商品が必要になります。それがどこにでも売っている商品なら、また売る価値がありません。ないものを売らなければなりません。すると次は「新商品開発」です。「商品を創る」です。

魅力ある世にない加工食品を開発するために当社は「地域連携」、「LOCAL TO LOCAL」を提唱しています。当社はもうすぐ創業30年です。全国の農水産業者と直でつながっています。それを活用すれば戦わずして勝ちます。

つながっているのは商売だけでなく、人間同士の「同志」としてつながっています。このネットワークは当社の財産です。資産です。この資産をフルに使った新商品開発をすればよいだけの話です。

ポイントは地域の特産性の強い農産物を原料にすることです。これは大手流通業は数量が少な過ぎて相手にしません。まさにそのマーケットを創ることです。
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2021年06月07日

気立てのよい、愛想のよい娘がよい

岩手県二戸市の煎餅メーカーS社夫妻を新商品のプロモーションで九州(福岡県・熊本県)にお連れしたら、料理も農産物も東北にはないものばかりで、ぜひ会社のお店(会社・工場の脇に小さな店舗を隣接している)で販売したいという要望がありました。

何を売るか?一家で果物大好き家族ということでフルーツにしました。東北はかんきつが採れないので私が糸島はるかや平戸夏香やマイヤーレモンを送っているのがこの発想の原点にあります。

6月から開始しました。石垣島のパイナップルを先週やったら即完売でした。来週は宮古島のマンゴー、次の週は鹿児島県屋久島のパッションフルーツと続きます。

私が人様に送るはそばかす美人です。ワックスで磨き込んだ絶世の美女は高くて買えないので、中身は同じ(中には中身は1級品以上もたくさん含まれている)けどちょっと愛嬌のある顔です。最近は都会の人ほど、絶世の美女は化粧美人と知っているので私が送るナチュラル派が人気が出ています。

この会社(社長の奥様)はリーズナブルプライスで買えて、人様に贈るものではなく、自分用、家族用のマーケットに販売したいと思っています。それを生産者から直接仕入れます。選別も要りません。そばかす美人が主役です。箱に詰めて送ってくれればサイズに合わせてこっちで価格は付けます。

マンゴー、パッションフルーツなどは高級フルーツのイメージですが、それはギフト用の最終小売価格がです。実際、JA等青果物業者に出荷している価格は5,000円の小売価格のものは1000円以下、800円程度でしょう。誰が儲かっているか、中抜き業者です。

ネット販売のフルーツや水産物を安売りしているのもこの構造です。嘘写真を見せられてそれに釣られて無知な消費者は結果高いものを掴ませられています。それも仕方ありません。そのしくみに乗っているのは生産者と消費者なのだから。それを3流コンサルは「消費者ニーズ」と呼ぶ。

トマトが生産量過多、品種数過多で暴落し始めています。次はいちごでしょう。ぶどうのシャインマスカットも近々暴落フルーツになるでしょう。何でこんなに激しい生産地間争いをするのか?

「JAがやらせているのか?」と高校の後輩のJAグループのトップに聞いてみたことがあります。「JAじゃなかばい、先輩。県ばい。どの県も〇〇県農業試験場、野菜試験場、果樹試験場を持っおけん、その熾烈な競争の成果?ばい」と教えてくれました。

新品種コンテストが続く限り、開発されてもせいぜい、5〜10年が全盛期。絶世の美女もあとは「昔の名前で出ています」ひっそり生きるしかありません。あるいはお店を閉じるしかない。そこになじみのお客さんが付いていつもお店に来てくれる。お代はいつも3000円程度。その「スナックマーケット」、「小料理屋マーケット」をつくれば結構幸せに生きれるかも。

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2021年06月06日

モンペと言えば久留米かすりたい

とよの新規就農塾は農地・ハウスを町内の農業+工務店をやっている方から借りています。木工具をつくっている職人ですが、木工ブームで木が足りないそうです。木を使うと言っても国産材はコストが高過ぎてあり得ないそうで、木材と言えば外材のことだそうです。それでも木材が復活で化学工業建材は不人気だそうです。

その農地を貸してくれているKさんは70歳代半ばでしょうか?奥様は70歳前後?二人でいつも農業をしています。今年度は塾生が3倍の17名に膨れ上がったので、Kさんも心配してくれているように必ず圃場に顔を出します。

奥さんは松本伊代に似ているので私が「伊代、伊代」と呼んでいます。昨日、伊代さんがこっちに近づいてくる時に素敵なモンペをはいているのでほめて「久留米かすりですか?」と聞いたら「そう、なんでわかるんですか?」

「モンペと言えば久留米かすりですよ」「私、この柄が素敵で価格も高かったけど、買ったら通気性もよく農作業に最適。もう長くはいています。気に入っているので裂けても継ぎはぎ、継当てして使っています。継ぎはぎ、継当てしているのも誰も気づかないみたい」と言いながら色々ポーズをつくってくれました。

「何で久留米かすりとわかったんですか?」伊代ちゃん、よくぞ、聞いてくれました。私は福岡県の出身です。久留米も福岡県です。おばあちゃんから幼い頃に久留米の若い女性の井上伝という人が、かすれた布地を見てそれからデザインを考案して、織ったものだと教えられていたので、もんぺ=久留米かすりが頭に定着しています。私はモンペという言葉で祖母を、モンペ姿で生母を思い出します。

久留米といえば地下足袋、長靴も有名です。ゴム靴メーカーの発祥は久留米です。世界のタイヤメーカーのブリジストンも元々は足袋屋さんです。それからゴム地下足袋を発売して、クルマのタイヤになっていきます。

地下足袋はタイヤに姿を変えて行きましたが、モンペはモンペです。農業の衰退で着用機会も人数も激減したはずです。それでも「久留米かすりのもんぺ」が生き残り、健在なのには嬉しくなりました。

農業復活、しかも趣味やライフスタイルとしての農業が活発化すると農作業服もファッション性を高めています。中には????と思われる奇をてらったものも増えていますが。

そういえば糸島農業高校のことを戦後の一時期安貞高校と言っていました。由来は福岡(黒田)藩士の農業学者宮崎安貞です。「農業全書」を著した人です。糸島(現在の福岡市西区)女原村に住み、自ら農業にいそしみ、自分の農地とその周辺地域の新田開発・干拓事業・植林を進め、農民を指導しました。

福岡県は関連産業も含めて農業の偉大な人材を輩出しているなとちょっと嬉しくなります。それにも増して、井上伝の久留米かすりの話を聞かせてくれた祖母の顔が思い浮かびました。
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2021年06月05日

受講生が講師に昇格するのが最良

大阪府豊能町のとよの就農支援塾は(一社)エクセレントローカルが受託して、講師1人、事務局1名に、サポーター1名でやっていますが、徐々に受講者が増えて来て昨年度から3人サポーター体制にしました。このサポーターは当塾の卒業生に就任してもらっています。

今年度は受講生が17名と一挙に3倍になったので今後のセミナーの体制をどうするかの検討を主催者の豊能町役場と行いました。農業ブームです。今後もっと受講者が増えることも予想されます。

しかし、予算は据え置きの中でメイン講師の出番回数を増やすことは不可能です。また、メイン講師自身は宮城県で専業農業を営む経営者でもあるので本業が忙しくこれ以上の登場回数は無理です。

どうすればこの3倍に膨れ上がった受講者の満足の行く体制を作れるか?3名のサポーターの出番強化と権限強化と能力強化しかありません。本来、大阪府で新規就農支援塾をやるのに宮城県から講師を呼んでいるのも不自然と言えば不自然です。

6年前にこの企画を豊能町担当課から相談を受けた時に熟慮しました。本来は近場の大阪府内から講師を選ぶべきなのですが、その時に私の人脈の中でセミナーの目的に沿って農業実践を教えられるのは現在の講師しかいないと判断して彼に宮城県から毎月来てもらっています。

しかし、新規就農塾がますます盛大になって行くと地元から講師をというのが一番自然です。その時が来たのかな?と嬉しい悩みが出てきました。

思い切ってサポーターの3名を来年から講師に昇格させる準備に入ります。3名のサポーターに講師に格上げするべき能力、技術の取得を今年度の就農塾で行って欲しいと現在のメイン講師にお願いしました。

3名のサポーターはそれぞれ仕事を持っており、このセミナーで講師になると時間の拘束も長くなるし、そう簡単には行きませんがぜひ3名には講師昇格を受けて欲しいと思っています。

受講生から次の講師・先生が生まれてくる。しかもその3名の講師は受講生と同じ地域に住んでいます。新規就農者として豊能町で農地を取得して農業を始めたくてセミナーに集まっています。受講者からすると頼もしい憧れの先輩のはずです。

とよの新規就農塾は今年度受講生が5期目です。6期目の来年ようやく我々は自分で自分の首をはねることができそうです。当塾が当塾の卒業生で一人歩きできます。では我々はどうするか?我々を必要としてくれるところへ行きます。
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2021年06月04日

廃校活用、学校は今でも学びの場

昨日は三重県名張市のイーナバリ社を訪問しました。ここは廃校となった滝之原小学校の給食施設を食品加工場に利用した農産加工食品会社です。名張市の雇用創造協議会の事業から生まれた会社です。

昨日、この会社が入っている旧滝之原小学校を見学させてもらいました。旧給食室はイーナバリ社が借りていますが、メインの旧教室部は顧客データ管理会社が使用しています。また、名張市役所の書類や文献等の保管所としても使用されています。体育館は市民に開放されたスポーツ施設になっています。

顧客データや書類保管をしているのでセキュリティはセコムのシステムが入り、かつ非常時には自家発電が出来るしくみになっています。

雇用創造協議会の食品産業・起業のセミナー等は当社がずっと3年間受託して行っていました。その時に廃校跡に食品加工場をという構想は既にありました。その時に旧給食室であった現場を視察して、私はネガティブな発言をしたのを覚えています。

給食室を食品加工場にするには新築と同じくらいお金がかかる。しかもHACCPが数年後に義務化されるので衛生管理上からもむしろコスト高になると。しかし、6年前ごろに「6次産業施設」として産声をあげました。現在は手狭になるくらい繁忙を極めています。鳥巣研二の嬉しい読み間違いでした。

全国で廃校利用が進んでいます。廃校の理由は出生率の低下、その地域全体の人口減、都市近郊の人口急増したベッドタウンの住民の高齢化等があります。この滝之原小学校は3番目のベットタウンの高齢化による廃校です。

廃校ビジネスは市町村民ビジネスの場としてそれこそ産声を上げています。そしてそのビジネスの揺籃(ようらん)期の役割を果たしています。三重県の月兎社という出版社が出しているNAGIという季刊誌の2021年夏号は「特集廃校の活かし方」です。

それによると文化施設・交流施設・体験施設・食品加工所・教育施設等実にいろんな活用の仕方があるものだと感心します。私見ですが今ある施設を生かすので建設コストがかからない、学校というのは学びの場なので起業や創業の場としてのイメージに合う、思ったよりも付帯施設がしっかりしていて便利である等のメリットがあるのではないかと思います。

当社が開業に関わったところでは福岡県みやま市旧山川南部小学校跡に作った「ルフラン」という市民共同使用型食品加工場・レンタルカフェがあります。ここは利用者が後を立たないくらい利用率が高いです。市外在住の利用者が目白押しです。

このルフランもゆりかごです。ここで学び、体験した起業家たちがやがて常設施設を構えます。イーナバリも3年後は新加工場を建設しないと生産が間に合わなくなります。まさに廃校は今でも学校です。ここから生徒たちが羽ばたいて行きます。

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2021年06月03日

「空手に先手なし」は最高の至言

自分のことは棚に上げてよく書くよと言われそうですが、なかなか感銘を受ける本に出会うことがなくなりました。本はよく買いますが、冷静に計算すると自分が読書に向けられる時間の10倍分くらいの本を買っています。9割は挫折しています。本が悪いのではなく、こっちの知力、体力の問題です。本を読むにはエネルギーが必要です。

その癖、下手なのに空手の稽古には毎日相当の時間を費やしています。どうしてだろう?不思議です。毎日毎日同じことのように見える稽古をしていますが、毎日違います。

毎日ノートに稽古で気付いたことを書き留めますが、何か少しずつ成長している気になります。死ぬまで続くこの修業は無我夢中になれます、無心になれます。仕事よりも面白いかも知れません。

人間はいつも何かを求めています。自分の中に何かが充ち足りない、物足りない。それは自信のなさ、コンプレックス、弱さ等から来ている気がします。いつも何かを求めています。どうすれば快に充たされるのだろうか?

趣味のない私は若い頃から仕事人間です。仕事は仕事に成功するためにやります。何かを企画してシナリオを書いて、それが社内やクライアントに受け入れられて仕事になった時が一番嬉しいです。

だから自分の目論見通りにいかない時は心が乱れます。相手を攻撃します。お前たちは何もわかっちゃいないと。しかしそれはお門違いです。相手が求めていないものを押し付けようとしているだけです。

はらいせ攻撃を積極的と履き違えます。先人の「先手必勝」、「攻撃は最大の防御なり」を誤解して座右の銘にしているようでは青いです。最良は「戦わないで勝つ」さらに「戦い」すらない。相手を幸せにする。それが最高の戦いです。

パソコンで空手の情報を検索します。膨大な情報が載っています。しかし、最初に共通して書かれているのは1つだけ。「空手に先手なし」です。今まではこの言葉は飛ばしていましたが、最近はこの冒頭の文章に眼に釘付けになります。

昔、まだ若い頃、全国に講演・セミナーで飛び回っていた頃、最後の質問で予期せぬ質問やいわゆる理解不足質問が来ると結構、むきになって反論していました。相手はこっちが講師なので不服でも黙って引き下がります。

「なぜ、こんな質問をこの人はするのだろう?」と見下していました。ある日から質問を全部受けて、相手を誠意を持って見つめて、全部聞いて答えるようにしました。一言でいうと「どこからでも斬りかかって来なさい」とこっちが丸腰になって相手の意見をまず尊重して聞く。それから答える。

すると質問者は私の答えでどうであろう、自分の意にそぐわなくても私に感謝の表情をして納得するようになりました。トップを下りて5年。今年は会社の存亡を賭けて前線に立っています。

その時に相手のお役に立てればよい、仕事が受注できなくても恨むことではない。「空手に先手なし」と唱えてプレゼンを始めます。5年前よりも少しは成長したかな?
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2021年06月02日

顕在利権より潜在をビジネス化しよう

巨大な国家プロジェクトの利権の争奪戦が行われています。連日、名を馳せるのはD社、J社、P社です。これらの会社はプロジェクトだけでなく、長く我が国の戦後の体制をも崩しています。

20〜15年前頃から行われ始めた〇泉改革がその始めでしょう。戦後、アメリカが我が国を統治するためにつくったしくみと自民党政権と自民党票田は温存されましたが、規制緩和の名のもとにプレーヤーを半民半官の執行団体から民間企業に変えました。

表向きは大変よい話で国民はそれをするとバラ色の社会が来ると熱狂的に応援しました。例えば、政府は中小企業行政は地方の商工会、商工会議所、中小企業団体中央会を通して政策を進め、統治してきました。農水省は農協です。郵政省は郵便局です。

それが制度疲労を起こした頃、外圧と言う形で規制緩和、市場開放が行われました。行ったのは今でも我が国政府に隠然たる力を持つ人と言われます。当然、アメリカの思惑があったからです。逆に言われるとアメリカに命じられて彼は既得権のこじあけをしたわけです。

それでこれらのしくみの形骸化で登場した民間企業がD社、J社、P社です。特にD社、J社は学生就職人気でも上位に来る大企業です。本業は言わずと知れたD社は広告代理店、J社は旅行代理店、P社は人材派遣会社です。東日本大震災復興などはP社の独壇場でした。

そこで国家ビジネスが彼らに開かれました。とは言っても彼らはプレイヤーになる能力はありません。今でもD社、J社の本当のエリート達は政府の仕事などしていません。D社は広告・媒体の仕事をJ社は観光・旅行業の仕事をしています。

実務はわからない、それでピンだけはねて下請け丸投げの構図です。そしてそれが今コロナ、オリパラ問題で表面化してきました。

D社、J社、P社が規制緩和でもらった利権はそれ自体がもう放っておいても衰退している利権です。それほど美味しくありません。また国家プロジェクトはあくまでもプロジェクトですから臨時です。オリパラも終われば終了です。

6次産業化に今頃、P社が手を出して来て支配しています。でも国家政策としての6次化はもう農家の力、民間の力で定着しています。それをP社はダボハゼのように食らいついて来る。

でも彼らも馬鹿ではありません。アメリカンコピーの規制緩和の大先生が最近、農地法の改正、企業の農地取得等を盛んに言っているのは次の利権を取りに行っています。しかし、大先生が口を挟むのは今、顕在化している利権ばかりです。

次の世の中がどうなるか?潜在マーケットがどこにあるかは読めないようです。それじゃカッコ悪いのでアメリカの例を出します。しかし、日本とアメリカは気候も歴史も風土も違う。

どうすればよいか?民、国民の動き、ライフスタイルの変化をよお〜く見るのが一番です。永田町界隈で蠢いていないで、全国の虫けらのような我々の動き、活動を観察することです。次の社会はそこにヒントがあります。



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2021年06月01日

10数年の行動軌跡はブログと写真に

岩手県二戸市のクライアントがパイナップルを買いたいと相談が来たので最近地域連携(LOCAL TO LOCAL)を企画している私はすぐ頭に浮かんだ沖縄県石垣島の石垣の塩の東郷社長が浮かび、電話したら「いいタイミング、今が最盛期です」で生産者を紹介してくれました。

その生産者の声で「昔、会っているな」と直感して記憶をたどると平成25年6月29日にその生産者の藤原農園を訪ねていました。それを話すとさささっと話がまとまりました。8年前ですが昨日のことのように覚えています。ピパーツもここで知りました。

先週新刊「農と食ビジネスへの転身」の注文者票を見ていたらこれまた懐かしい方が注文してくれていました。当時宮城県大崎市の農林課長だった方です。8〜13年位前に仕事でずいぶんお世話になりました。

10年前の大震災で大被害を受けた南三陸町に案内してくれてその惨状をつぶさに見せてくれました。自分自身が言葉が出なかったのを覚えています。ただ、二人で呆然として立ち尽くしました。

その方が役所を定年退職してもう6年、家のあるラムサール条約の蕪栗沼の近くで家業の農業にいそしんでいました。電話すると、「6年ぶりに役所の仕事に復活しましたよ」とのこと。仕事は鳴子温泉郷あたりに出没する熊をわなで捕獲してジビエにできないかの調査事業をするそうです。

ジビエに関心の高い私は即、来週会いに行く約束を取り付けました。すると昨日、また新刊の注文が入り、買ってくれたのは同じ大崎市に住み、無添加ハムメーカーの女子経営者です。

彼女も私のセミナーの受講者なのでよく知っています。なななんと、ジビエを活用できるハムメーカーが地元大崎市にありました。早速、連絡して2人を会わせよう。私も勉強で度あることに大崎市に伺おうと。

ロングランの私のブログの電車から見た「タイトルの風景写真」は大崎平野、場所は陸羽東線の古川駅と出てしばらくしたあたりです。もう10年以上は使っていますがみずみずしさを失いません。

さて、今日書きたいことはここからです。ブログを毎日書き始めたのは2006年(平成18年)からです。その頃から写真掲載していましたが、毎日写真を撮って収録するようになったのは2007年(平成19年)からです。2014年(平成26年)にフェイスブックを始めました。同時にブログの写真掲載を止めて、写真はフェイスブックにしました。毎日のスケジュールが1枚の紙で見れる「鳥巣研二スケジュール表」はもう20年以上つけています

私の手元にこのブログの記事と写真とスケジュール表が全てあります。この私の行動軌跡の記録が一番の私の財産ではないか?と思います。どういう形でこれからのビジネス、人生のまとめに活用できるか?考えなくちゃいけないという気になって来ました。あの鉄ちゃんに教えを乞おう。
posted by tk at 07:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする