2021年06月30日

争いも平和も繁栄も生命線は水

昨日は福岡県柳川市のうなぎの江口商店を訪ねました。2月に福岡市の高質スーパーに食品を納品している会社が企画した商談会で話が合いました。社長と初対面から話が合って、ようやく昨日訪問できました。

柳川といえば筑後川が有明海に流れ込む河口域にあります。福岡県でも柳川藩は立花宗茂を始祖として歴史的にも有名です。柳川城の堀は川下りの観光で有名です。水郷柳川とも言います。今での中心部の家々は川で行き来できるようなつくりになっています。ここでは道とは堀、堀が生活路です。

始祖の立花宗重は治水の天才を言われ、この無田・牟田(ムタ)と呼ばれていた湿地地帯を大水田地帯に変えます。アフガニスタンを支援していた故中村医師はアフガニスタンを緑に変える治水はこの立花宗茂の技術を模しています。

江口商店はアンギラジャポニカと呼ばれる純国産品種のうなぎしか扱いません。業界の異端児でしたが、異端児も長く続けると認知され、いいお客様や得意先がついています。やはり鰻もポイントは水だそうで江口商店が使用する地下水でミネラル豊富で餌はなくても2年間はうなぎが元気に生きているそうです。

それから故郷糸島に向かいました。福吉の二丈赤米産直センターの吉住家は一家総出で田植えをしていました。苗(苗床)を作っている水田が約2反歩あります。赤米黒米の苗を育てて、一定の大きさになるとそれを苗床箱ごと乗用田植機に積んで植える田んぼまで運び、そのまま田植え機を水田に入れて田植えをします。

5条植えと言って苗床箱が5列並んでおり、自動的に田植えしてくれます。こんな中山間地域でも5条植えが主流で機械化は恐るべき浸透をしています。田植え機の価格はクボタ製で500万円だそうです。機械を買うために農業をしている、それでも機械を所有する農家は少数です。ほとんどが田植え機やコンバインを所有する農家に生産委託しています。生産委託というよりも田んぼ自体を貸しています。

ここでも水が生命線です。水利権という言葉が今でも生きています。ここは上流の川の水と一部は昔、堤と呼んでいた貯水池の水を利用しています。我が家もかっては農家でした。

田植えの時期になると集落の担当者からいつ、何時に堤を開門すると連絡が入ります。すると親父が田んぼに行き、田んぼの畦の一角の小さな堰を空けます。するとものすごい勢いで水が一斉に田に流れ込み、その地域一面が水田になります。その時に農家は一気に活気づきます。これは米農家育ちでしかわからない興奮、勢いです。

現在、「水田と前方後円墳」という本を読んでいます。歴史上、忽然と現れる奈良県桜井地域の巨大前方後円墳は王権の誇示ですが実は周りの池(堀)は稲作のための貯水池だったという説です。この巨大貯水池ができたために稲が増産化できるようになり、天皇家が生まれ、王権が確立されて行ったという説です。私は正しいと思います。治水とは治世です。



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2021年06月29日

自立支援、次は加工食品技術習得

昨日は1ヶ月半ぶりに福岡県に入りました。M市で2年目の事業が始まりました。地元農産物を使用して健康食品を開発する業務です。地元農産物を利用する場合、今年度の事業なので来月7月から開始して、来年1月頃までに完了します。

しかし、このM市で開発を予定している健康食品の原料になる農産物はセロリ、いちご、すもも、摘果みかん等です。今年度の事業期間にはこれらの農産物は収穫時期が終わっており、あるいは早すぎて確保できません。

どうするか?原料のある今の時期、確保してそれをストックしておかなければなりません。どうやってやるか?取りあえず、冷凍ストックです。理想は開発する商品にする使えるように皮を剥いたり、カットしたり、形状もペーストや粉末や果汁にして置かなければなりません。それを1次加工と言います。

加工食品を製造するのは収穫時期が限定される原料を年間、常時使えるための知恵です。

その後に私の食品加工の本を2冊読んで見入ったと言ってくれた方に会いました。そのSさんはルワンダの支援を20年前からやっています。大内戦で100万人以上の国民が虐殺されたことで知られるアフリカの小国です。

内戦の傷から立ち上がり、復興は着々を進んでいるようです。特に女子に対しての教育が急ピッチに改善されているそうです。彼女は貧困層を対象にした技術専門学校を活動拠点として支援しています。

コーヒー園か紅茶園で働くくらいしか働くところがないそうで、お金を稼ぐところがないそうです。大半の貧困層は狭い土地で自家栽培したものを食べて、慢性的な失業状態だそうです。

女子に対する技術支援はまず縫製技術から始まり、見せてくれた写真には足踏みミシンがずらっと並んだ光景が写っています。最近は理美容まで進んで来たそうです。次は?と思っている矢先に私の食品加工の本で出会ってこれだと直感したそうです。

何を食べているか?マメ、イモ、バナナ等で調理技術といえばそれを蒸す程度だそうです。その世界に加工食品技術を導入したいということです。観光が徐々に増えて来ており、そのお土産品も需要があると言います。

今日のご飯に事欠いている時は加工してストックする発想は生まれません。いわば、加工してそれを年間通じて所有するということは富の象徴です。それが必要な時期に差し掛かったということはルワンダの発展が食うか食わずかの段階を卒業したということです。

さて、技術支援はSさんに全面協力します。しかし、加工品の原料となる農産物は安定的に手に入るのか?包装容器は持ち込めるのか?加工機器は調達できるか?販売先は?次から次へとクリアにしなければならないことが浮かびます。

でも悩みは日本も同じです。Sさんと会う前にM市で打ち合わせていた課題とハードルは大して変わらないじゃないかという気になりました。日本の食と農の課題もルワンダもいや世界どこでも同じなのじゃないかと思いました。さあ行くか?ルワンダに。

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2021年06月28日

食えない農家の再生産ではダメ

昨日、新農業人フェア・農業EXPOに行きました。今までのちらっと名前を聞いたことがありましたが、あまりピンと来なかったので行きませんでした。

今回、行ったのは拙著「農と食ビジネスへの転身」をもっと多く売るためには、この本の購読層は都会の就農希望者なのではないか?という思いもあり、行って見ました。

内容もさることながらどんな人が訪れて、どんな人が迎え入れているか?の観察でした。まあ、予測通りでした。外見だけではわかりませんが、来場するのは地方にいる農業若者とは似ても似つかないスマートな若者です。夫婦・カップルも多いです。私の予想よりも年配者、サラリーマン卒業者世代は少なかったです。

彼らの会話や相談話が漏れ聞こえて来るのを聞いていると大半は「田舎へのあこがれ」、「農業へのあこがれ」が誘因の大半です。「農業で生計を立てるんだ」というタイプも中にはいます。その人達はたいてい一人で来ています。顔も真っ黒、着ている服も作業着に近いもの、もう少し農業をしているのかも知れません。

迎える方はコロナの影響か、リアル相談を受けている県市町村は1/3、2/3はオンライン相談ですが、そのブースで現地とオンラインでつながっているのは1/3で、残りの1/3はブースはあるけど誰もいないし、現地ともオンラインも行っていないです。

リアル相談相手は高齢者の県の農林職員OBって感じです。全員男性でした。市町村は比較的若い現役職員が男女で座っているケースが多かったです。

私はパンフレット集めに集中していました。このフェアの主催は全国農業会議です。パンフレットもここがひな形で作ったのかどうか知りませんが「新規就農ガイドブック」みないなものを表紙だけ県が変えて、内容はほぼ同じです。あとは県が行っている新規就農者のための研修制度の案内です。

パンフの中身を見るといかに我が町がすばらしいかということとどれだけ農業をやる人を優遇しているか、さらには素人が農業ができるようになる技術研修を揃えているかです。

どこにも農業でめしが食えるようになる支援、指導、研修はありません。農業で一番大事なのは「農業でめしが食える」ということです。これについては一切触れない。それに答えられる相談者がいない。現状の農業衰退もめしが食えないから起きています。これだとめしの食えない農家の再生産です。

こんな作物をつくればこれくらいの所得になるとか、夫婦で機能分担して農業と加工を連携させる経営体をつくるとかそんなことは論外です。相変わらず中途半端な規模拡大とそのための資金制度融資、そして販路はワンパターンのJAという構図です。

この現状の打破のために「農と食ビジネスへの転身」を書きました。これ1冊読めば答えは書いてあります。このイベント視察は拙著の拡販のヒントになるかもと期待していきましたが無駄でした。でも無駄ということがわかればよかったのです。拙著の価値を認識できたので。

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2021年06月27日

現地の3倍の価格、そのからくり

鹿児島県出身で、東京で編集の仕事をして現在は沖縄県北部の離島に移住して「クバ」の葉でかごや生活雑貨を製作している女子から「今週から日本橋で展示販売をします」と連絡が来たので行きました。

拙著「農と食ビジネスへの転身」には彼女を登場させたかったのですが、コロナのあの時期、あの島に取材に行くことが島民感情を逆なでにし、彼女の立場を危うくすると判断したので断念した経緯があります。

新刊発売日に案内をしたら彼女は買ってくれました。その気持ちは嬉しく、今回は返礼の意味もあり、初日に伺いました。時期柄、製作者はだれも来京しておらず、彼女の姿もなく、商品が展示され、販売されていました。

彼女の工房は私は3回程度訪ねています。1度は彼女がその工房で開業したての頃でした。その時に作品がとても素敵で買いました。そしてびっくりしたのはその作品の出来栄えからするとあまりにも価格がリーズナブル過ぎるということでした。それを感激のプライスと言っていいのか?迷いました。

昨日の展示品は同じ価格で彼女は出荷しているのですが、小売価格が3倍です。今度はこれを高過ぎるというかリーズナブルと言うか?この即売会を企画して販売しているお店は輸送費や企画費等のコストがかかりますからと答えるでしょう。

それを加味しても高い。東京の一等地ということでこの主催企業が利益を取り過ぎです。ではどのくらいなら許容できるか?現地価格の2倍まででしょう。

現在は有名百貨店はすべてテナント業になっています。不動産業です。一等地の店舗に今、元気なお店を誘致してそのショバ代で食べています。有名百貨店の商品政策は?マーチャンダイジングは?シーンの創造は?何もありません。あこぎな不動産屋です。

レストランもそうです。当社も昨年まで経営していましたが、賃料に売り上げが追い着きません。大体、1,000円のランチを食べると300〜400円のショバ代を食べていると思ってもらって結構です。だから、都会の食が一番まずいと言うのは正しい評価なのです。それを破壊しようとレストラン業を思い立ちましたが今のことろ敗北しました。

もっと酷いのは主要鉄道駅のショッピングモール、空港のお店のテナント料等。これらのオーナーは鉄道会社と航空会社です。公益性のあるオーナー企業が税金等で建てた建物の中で暴利を貪っているのだからおかしな話です。そしてそこがお上やオーナー企業の天下り先になっているのですから。日本の都会は土地や物件が自己所有でないとビジネスは成り立ちません。

地方は?この状況だと国民は自分の食料と自分の健康は自分で確保するしかありません。だから農業が元気になって来ました。私みたいな現代医学の薬依存しない元気な高齢者も増えて来ました。

農業をやる人に積極的に不耕作農地を開放するのはよいことですが、農転かけて転売して、あくどい商売をしようとしているハゲタカとハイエナとクズどもがうようよしていることも忘れないで下さい。




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2021年06月26日

名声・評価への邪心が人生を失わせる

毎日、何をやっている時が楽しい?と聞かれると即座にブログ書いている時と空手の稽古をしている時です。早朝の2〜3時間を使います。誰にも干渉されない私の至福の時です。その日、解決しなければならない仕事の難事がある時もその時は頭から外しています。

ブログはもう15年も書いています。読者が徐々に増えているようですが、それも徐々です。15年以上の実績のあるブログからすると隅のちっぽけな冴えない存在です。それでも誰かが見てくれている、毎日楽しみですと言ってくれる人がいます。

なぜ、楽しいか?無心になれるからです。何か、いい事、書いてやろうというのは皆無です。ネタも書く間際、パソコンに向かって決めます。決まらない時もありますが、長くて15分程度、迷いの時間がある時もあります。

なぜ、書けるか?読んでいる人に評価してもらおうと思っていないからです。書きたいこと、心に浮かぶことを書いています。それだと毎日の生活で人間は喜怒哀楽で生きているので書くことはたくさんあります。

もう1つの楽しみはやはり、早朝の楽しみですが、空手の一人稽古です。空手は5年前からやっていますが、いろいろあって、かつこの2年はコロナもあり、集団指導もなくなり、1年前から週1回、先輩師匠の懇切丁寧な指導をマンツーマンで受けています。

最近、空手が楽しくなりました。上手にというか、上達しようと思う野心?がなくなりました。すると、楽しくなりました。空手を空手道の体得、形や技の習得と思うのを止めて、当初、空手をやろうと思った健康体づくりに戻しました。

すると毎日楽しくなりました。できなかった柔軟ができるようになり、体が柔らかくなるのが体感できます。姿勢がよいですねと言われます。猫背がなくなり、筋骨隆々になってきました。大いなる成果です。

人の前でぶざまな方や技をしないようにとばかり気にかけていた邪心?を止めました。形や技の習得が目的ではない。目的は健康に生きられる体づくりです。それならば自分の好きなように体づくりをすればよい、どうせ自分如きではできもしない極意・理想は無視です。

仕事は?こっちは相変わらず、楽しくもあり、辛くもあります。生計を立てているのでお金が入って来ないと暮らせません。そんなことばかり考えていると仕事は楽しくありません。

仕事を楽しくやるには?相手に合わせるか?こっちのペースでぐいぐい行くか?ですが、一般的には前者と言われています。でもそれは大企業でしょう、我々、零細は存在してなんぼの小さな存在です。

お客様になるほどと思ってもらえる中身を持っていないと存在できません。仕事が取れない時はそれに迷いが出ます。その時はブログや空手に立ち戻って、お前にとっての本来の仕事は?を自問自答することです。

共感、共鳴して認めてくれる人に向かって仕事をすればよい。お金は最低レベルは確保できるだろう、いやできないかも知れないけど。そして、それで30年近く、存在させてもらっています。あと30年ですね、頑張ろう。
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2021年06月25日

誰も会社の看板とは取引していない

人間の評価とははかないものです。もし、西郷隆盛が西南戦争を起こさずに、ずっと明治政府のトップに君臨していたら?織田信長ら本能寺の変に遭遇しなくて織田幕府をつくり、それが徳川のように260年続いたら、今頃の日本史にはこの2人はどう評価され、記載されたのでしょう?

人間は必然、偶然、突然の中で生きています。何が起こるかわからない。生を受けたことすら必然、偶然、突然の世界です。ただ、言えることは人生は応援してくれる人、助けてくれる人がいないと生きていけません。

特に小さな会社は生きているというよりも生かされています。だからこそ、その感謝・報恩は毎日の企業行動で恩返しをしていくことです。「企業活動とは恩返し活動」と思えばよいです。

何かをやろうとしてちょっと迷った時、この行為・行動は自分以外人様の役に立つ行動なのか?と自問自答することです。その答えが「自分の為だけ」以外見いだせない時はその行動は止めた方がいいです。必ず、失敗する。

困難が予想される仕事でもそれが必要としている人の役に立つを思ったら果敢に挑戦して、やる方がよい。それで冒頭に唐突に日本の英雄である非業の死を遂げた2人を挙げました。

英雄にはなれませんが誰かが要望してくること、望んでいることはそれは自分の喜び、楽しみとして受け止め、協力できるか、どうかですね。

当社には金融機関の担当者います。メガバンク、地方銀行、信用金庫等複数の金融機関の人がやって来ます。当社は小規模なのでたいていが若い人です。

あのシステム故障を起こしたメガバンクは最近は「コロナのせい」と言いながら一切、来なくなりました。1年前、担当の若いおにいさんが当社の赤字決算を小馬鹿にしましたが、今度はこのメガバンクが存亡の危機です。

一寸先は闇ですね。本人はさっさと銀行を退職して、司法試験の勉強しているとか?こんな人が弁護士になって社会の何の役に立つのだろう?

一方では信用金庫は中小企業の金融ニーズが高いらしくて忙しそうです。今までカウンター業務だった女子社員まで企業訪問をして、最前線で営業(企業支援)をしています。

若い担当者曰く「前年度の決算書類を拝見しました。御社は回復基調に入りました。資金需要も増えるでしょう。政府や都の金融施策もたくさんありますのでぜひご活用ください」この差やろうな、誰も会社の看板とは取引していない。
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2021年06月24日

「Designated food by myself」の到来

福岡県久留米市に在住の女性の方から手紙をいただき、「私に会いたい」とのこと。「次の福岡出張の時にお会いしましょう」とはがきで返信したのはよいけど、来週、福岡出張するのでその方に連絡しなくちゃと思い、手紙を探してもない、ない、ない。

大事な手紙だから大切にといつも置いているところじゃないところに仕舞ってしまったのが仇になりました。手紙の一部は写真に撮っていたので彼女が活動している支援機関の名前だけはかろうじてわかり、(一社)エクセレントローカル九州担当理事に連絡して支援機関を通して探したらあっという間につながりました。

前置きはさておき、その方の私に会いたい目的は、ルワンダの女性たちに加工食品のつくり方の支援をしているそうで、たまたま八女市黒木町の子供さんの学校の図書室で私の「農産加工食品の繁盛指南」、「よくわかる加工特産品のつくり方、売り方」を見つけ、「これだ」と閃光が走り、それでいても立っても居られず手紙を出したそうです。

料理本なら世にたくさんありますが、「一定期間の賞味期限を持つ加工食品のつくり方」のノウハウ本がなかなかなくてそれで地方の図書館は常備してくれているようです。来週、会いますがルワンダのお母さんたちにどう説明すれば「加工食品」づくりができるか?私の楽しみが増えました。

去る2週間前に拙著「農と食ビジネスへの転身」の紹介で、丸の内朝飯会でオンラインでミニ講演しました。そこで聴いていた女性の方が質疑応答で「2冊買います」と言ってくれました。

さらに後日はがきをくれ、「長い間関係のあるベトナムで農業産物を使って加工食品の製造販売を目論んでおります。私にとりましても大変興味深いタイトルでした」と書いてありました。

う〜ん、ウガンダとベトナム、急激に発展をしている途上の国です。ウガンダで支援している方は写真も同封してくれましたが、まったく日本の特産品開発セミナーの光景と同じです。受講者が日本人でなくて、ウガンダ人であるだけの違いです。

最近は日本の中でも都会の人、とりわけ都内の住民の方が加工食品づくりを学びたいという声が強いです。料理じゃないんです、加工食品です。「Designated food by myself」の時代が到来です。

いかん、いかん、すっかり海外に行く気になって調子に乗って「Designated food by myself」など造語を考えては。

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2021年06月23日

里山、森林そこに行き着くのかな?

我々は「たけのこ」とは言わないで、「もうそう」と言います。「もうそう」とは「孟宗竹」のことです。俗にみんなが「たけのこ」と呼んでいるものです。

九州は竹林が多いです。勝手に繁殖して行きます。九州の知人が友人の竹林で「たけのこ堀り」をやるというので参加して、黙々とたけのこを掘っていたら「鳥巣さん、じょうずかね」。

「当ったり前たい」少年時代どれだけうちの山のたけのこ堀りをしたことか?「根元に鎌・鍬を打ち込んじゃいかんばい、地中5〜10pをめがけて打ち込むったい。それでちょうど根元の付いた立派なたけのこが掘れるったい」と講釈を垂れながら。

昨日のJA新聞に糸島でボランティアで竹林整備で国産めんまをつくっている日高栄治さんが載っていました。トップに写真入りで掲載されていましたが、厳密には日高夫婦です。奥様もご主人と夫唱婦随で2人でやっています。竹林の荒廃が酷く、このボランティアの輪は35府県に拡大したと書いてあります。

昨日、知人が前東大教授で現在森林関係の社団法人会長に就いている先生を紹介してくれました。専攻は森林学、林業です。話は逸れて、紹介してくれた知人も東大卒なので、「どうですか?最近の東大の学生は?」と聞くと「ほとんどが東大入学までの人、それから先、世の中を甘く見るので、急激に劣化する。しかも、最近はどの予備校に行くかで東大に入れるかが決まる」

その先生がいろんな面白いことを教えてくれました。先生が会長を務める社団法人は木を伐採した後の木くずをペレットやチップにしている企業の集まりです。いわゆる木質バイオマスエネルギーです。

ヨーロッパは伐採後の木くずを燃やし、そのスチームで発電して、個々の家庭が使用する。ヨーロッパの人は住民が自分たちのためには自分たちがお金を出すそうです。のに対して日本は「電気を高く買います、木質バイオマス発電やりませんか?木質バイオマス発電はお金になりますよ」の世界です。

日本は雑木林のばかりですが、先生がおっしゃるのにはそれは「宝の山」です。逆に人工林は1000万ha、国土の1/4は植林されています。その植林率は圧倒的に世界ナンバー1です。

戦後の日本の工業の礎になったのは信州カラマツです。京浜工業地帯の工場建設地に打ち込んで土地を強固にした、また炭鉱の坑道の坑木も信州カラマツです。そのために信州カラマツは北海道で植えられ、北海道炭鉱で使われました。

その話を今の学生、しかも林学専攻の学生にすると「石炭って何ですか?練炭って何ですか?炭って何ですか?」だそうです。また、薪(まき)割りが少しずつ復活の様相です。薪も薪にしなければ単なる雑木林の木です。薪にすると1u当たり1万円の有価物になります。

また先生が「黙々と木を植える。それは座禅と同じです。心が無になる。爽やかな汗が出て来る」






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2021年06月22日

命令よりも配慮、強制より柔和

私が学んでいる沖縄空手は剛柔流という流派です。「剛」と「柔」と相反する2つの言葉が合わさって、多分、この流派の「コンセプト」になっています。

空手をやっている人の大半は「強くなる=剛」に向かっています。かくいう私もそうです。だからこの貧相な体を必死に筋トレでたくましくしています。私も「目指せ、剛」です(でした)。「強さ=剛」です。

しかし、先輩たちと話していると2段までで止まっている先輩は筋トレ、鍛錬の人が多いです。4段くらいになっている先輩は空手の修業を「柔」、あるいは「柔と剛」に置いています。

沖縄伝武備志という琉球空手の(バイブル的?)書があります。その最初は白鶴拳法の始まりは聡明な女子だと書いてあります。彼女があみ出して、最初に教えたのが男子だと書かれています。女子の「柔」が先です、それから男子の「剛」です。

書の冒頭から「空手=力任せ」を否定しています。空手を目指す人はあの漫画テレビで有名になった梶原一騎氏の書く英雄を連想しますそして9割の人がその方向に稽古します(主人公に担ぎ出された人は空手の本質はわかっていたはずです)。

しかし、殴り合い、ど突き合いと思っていると一向に上達しません。殴り合い、ど突き合いだと体力のない人間は大きな人や力のある人には到底勝てません。空手は護身術です、相手を破壊する凶器ではありません。

殴り合い、ど突き合いなら弱い人間は空手をする意味はありません。食われる餌食・破滅の世界に進んで身を置く馬鹿がいますか?でも空手を剛柔の「柔」、つまり「柔を磨く」と思うと体力のない者でも修業、上達の道が開けます。

最近、「柔を磨く」方に方向転換しました。つまり、「体を柔軟になるよう鍛錬して、目標は自分の意思の通りに自由に動かせるようになる」そうしたら空手の稽古が面白いのなんのって?俺でもできそうと思えるようになりました。私はそれを体で感じるのに5年かかりました。

仕事もそうです。行ってはいけない方向に、そこには不毛しかないところに向かって行進しています。強いはずのメガ企業が破綻へまっしぐらです。人を動かすのは強制ではなく、人が気持ちよくそれをやるようになることです。

今、自分がやりたいことをすることが人生にも仕事にも一番いいことだということを教えること。そして攻撃よりも配慮・気遣い、感謝。そんな社会、コミュニティに住みたいとみんな思っています。
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2021年06月21日

小さい会社こそ真の顧客が見える

「会社は「小さい」ほどうまくいく」という本はなかなかいいです。なぜなかなかいいのかというと私が思ってやってきたことを全面的に肯定しているからです。著者と私の考えが同じだからです。

「あんた不遜でしょ、この立派な本の著者とあんたは比べ物(者?)にならない」と怒られそうですが、人間は自分の同意を何かに求めています。自分の考えと同じことを述べた本は自分が間違っていなかった確認になり、同意、称賛します。

この本が売れているということは、この本に書かれていることを実行、実践している人が増えているからです。賛同者が多いということは大変な強みです。

マス、メガ、世界支配等巨大が力でした。その頂点には巨大国アメリカ、最近では中国がいます。ビジネスでもそうです。グローバル化で国家よりも力のあるメガ企業が出現しています。

瞬時にしてマスへ自分の考えを伝達するネット社会が定着しています。しかし、誰でも手に入る情報や誉め言葉は誰も見ても読んでもいない。それよりお客様はパーソンtoパーソンを喜び、感激しているとこの本は書いています。

逸れますが、面白かったのは世界を席巻している「FACEBOOK」を開発して、ビジネス化した人間は凄いと思っていたら、あれは既存にあった他社の原形の改良版ということも書かれています。

面白いこともありますよ。私が私の新刊を紹介すると、知人たちがFACEBOOKのコメントで「すぐアマゾンで買います」と嬉しいコメントをしてくれます。その大半は買っていません。要はネット上のリップサービスにしか過ぎません。ネットは嘘が蔓延しているのも事実です。

どうして買っていないのがわかるの?今回の拙著は当社が出版社でもあります。販売ルートは自社ダイレクト、ネット販売のBASEとアマゾンの3ルートしかありません。アマゾンも小事業者向けで登録しているので、注文はすべて当社に来ます。

注文は当社に一元化されており、しかも購入者はすべて私に報告されます。私はどこのどなたが買ってくれたかすべてわかっています。真の顧客はすべてわかっているのです。アマゾンが世界一のマス会社と思っていたら大間違いです。1冊の本さえ誰が買ったかわかるのです。

意外な人が買ってくれています。会っても何も私に言いません。しかし、読んでくれています。逆の人もいます。買っていない人に買ってくれていると思い込んでお礼を言ったら、それこそ彼らはどんな気がするでしょうか?何も感じないか?あらゆる人にそうなのだから。こうやってどういった人が真に私を受け入れてくれているかよくわかります。

そして、今後の自分の人生とビジネスに役立ちます。それぞれの人とどの濃淡で付き合った方がよいのか。だからやっぱりビジネスは小さい方がよいのです。真のお客様が見えます。
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2021年06月20日

米・麦2毛作の復活傾向なのかな?

田植え時期も忘れてしまっている自分が情けなくなります。昨日、九州在住の知人が「明日、田植えの手伝いに行く」と言っていたので改めて「田植えって、そんなに遅かったかいな?」と思いました。

新入社員で入社して東北勤務になって、東北に着任したのは5月連休明け頃と記憶しています。そしてその5月が田植え繁忙期だったように覚えています。その後、兼業農家が増えて、田植えは5月GWにが定着しました。

今でも覚えているのは米は温帯モンスーン地域に適している書いてあった小学校の教科書です。亜熱帯地域の石垣島や宮古島から田植えが始まりますが、今でもそうです。

実際、ちょっと北上して鹿児島県種子島で7月にはもう刈り取りできるほどに稲が育っているのを見て納得しました。千葉県も早いです。お盆明けには新米出荷です。当時、宮崎はもっと早い超早場米があると聞きました。

早場米が先行して、それから寒くて成長期も水温が上がらない東北が早く田植えして、温暖な九州は最後ということになるのでしょうかね?暖冬傾向なので東北の冷害も有名無実化いるのに。

私が小学校の頃、当時、田植えはうちでも一大イベントでした。糸島市の姫島の漁師の奥さんを3名くらい確保してその方々が1週間くらい逗留して手植えで田植えをしてくれました。当時、まかない担当が祖母と公務員の嫁になっていたおばだったですが、それはそれは見たことないご馳走が出ていました。それだけ、貴重な労働力でした。

それから記憶がよみがえるのは小学校高学年になった頃、うちでも田植機が入りました。何条植えか?忘れましたが自動歩行型田植機でした。親父にせがんでやらせてもらいましたがなかなかまっすぐ行きませんでした。

私の田植えの記憶は5年間程度で小学生時代です。今、思うと手伝っているつもりなのに邪魔になっていました。実際はその後も数年は実家も田植えをやったのでしょうが、自動田植機の定着で人出が要らなくなった。姫島のあのお母さんたちも来なくなった。

そのうちにあっという間に乗用多条田植機が発売されました。その頃、親父は農業の意欲をなくして親戚の大農家に田植え稲刈りを委託することになりました。

それでも九州の6月下旬の田植えは遅い気もします。ひょっとしたら米麦2毛作が復活しているのかな?内麦の需要が急速に伸びています。日本人もコメよりもパンが常食になったせいからか?
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2021年06月19日

賢くて尊敬すべき人は無名である

手にいくばくかのお金を握りしめている。大した金額ではないけど、これから何とか生き延びるためのお金だ。手を開いたらお金は落ちてしまった、あいにく足元が悪くもう拾えない。しかし、お金は無くしたが、掌中に自由が入った。どっちが幸せか?

私は歴史の特に人物史が好きでよくその関連の本を読みます。主人公は小説の主役になるくらいなのでたいていが歴史上のヒーローです。そして、そういった本は戦いの本が多いです。

主役が勝者です。しかし、常に敗者側の将も重要が役です。なぜに負けたか?を演じなければなりません。そのペアリングでその物語は面白くなります。ですから敗者の将は準主役のこれまた人気スターが演じます。

しかし、最近、67歳に思うに、こんな構図の本ばかり読んでいるので自分は馬鹿なんじゃないかと?大衆娯楽小説の吉川英治原作の域を脱していません(吉川英治先生は大作家であることは間違いありません)。

本当の歴史は物語に出て来ない多くの人物がいるのではないか?滅ぼされる準主役スターが演じる人物よりも、もっと賢く立ち回って、自分の血統も自分の領民も誰も傷つけないで世の中を生きたリーダーたちがいるはずです。

でもこの人達は歴史には登場しません。戦わないので無名です。この人の人生は絵にならないから。芝居にならないから。大衆がお金を払って見てくれないから。庶民に感動を与えないから。

歴史の中の偉人は歴史が動く局面で対立の中の勝者です。勝者はその局面を解決、敵を滅ぼし、対立を自分の支配に変えた者です。そしてその世界の統一社会をつくった者です。

人類の力が増せば増すほど「統一」という名の一体化は進みます。地球上はアメリカ支配の地球の最終仕上げに入っています。その覇権は誰も止められない。しかし、この不合理なアメリカ至上主義の中でどう我々は利口に上手に生きればよいのか?

生体(人間)の同一化は米語のスタンダード化、グローバル企業の世界支配、国際結婚による人種間の差の消滅等で進むでしょうが、うん万年の歴史の人類の一人一人の心まで変えることができるのか?支配者たちはそれを最大課題にしており、心や頭脳の同一化、統一か、つまり洗脳に必死です。留学による米語教育、インターネット社会はその最たるものかも知れません。

ささやかな抵抗は「歴史に名をとどめること、そこまで行かなくても有名になること、人よりも地位が上がること等は全部自分をかんじがらめにする、自分の人生を貧しいものにする、名を残してはいけない」ということに気づくことです。それが人生の勝者です。
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2021年06月18日

自由な発想と自由に動ける状態

毎日、早朝にブログで頭と指(入力)トレーニングをして、それから空手稽古で筋トレしてと書きますが、「はた」と気づいたのは空手稽古に必要なのは筋肉をもりもりにする筋トレではなく、筋肉を柔らかくする柔軟トレです。それに頭も大事です。ブログを書くよりも空手の方が頭を使います。

私は下手で底辺にうごめいているので空手談義なんかできるレベルではないのですが、勝手に書かせていただくと、最近一人朝稽古していて肘と膝の使い方が大事だと気が付き、肘と膝のパワーアップを図るトレーニングをしていました。

肘も膝も接合部です。屈折部でもあります。ここを鍛えれば空手がパワーアップすると思いました。やっているうちに待てよと疑念。ヌンチャクを肘に想定すると2本の棒が上腕部と下腕部に相当します。それを接合している鎖や紐が肘に相当します。

その鎖や紐にパワーがあるか?全くないです。ふにゃふにゃです。そこを筋トレして何の意味があるのか?確かにそうです。ヌンチャクを振り回すとわかります。ヌンチャクの接合部には何の力もありません。

しかし、接合部を動かそうと思えば自由に動きます。何の抵抗もなく動きます。また、武道に「居つく」という言葉があります。悪い意味です。「居つかない」のがよいです。「居つく」と斬られます。そのためには「膝を抜け」と書いてあります。これまた難解です。

ある文章に「居つかない」状態とは「今、その瞬間からどの方向にでも自由に動ける状態」と書いてありました。眼からうろこです。とすると肘と膝の筋トレよりも「肘と膝を自由に動かせる」稽古をした方がよいということになります。

さて、人生や仕事に置き換えましょう。難局に立ち向かうのは心構えが必要です。難局に動じない「強い意志」、「精神力」、「不撓不屈の精神」等が言われます。そしていろんな精神鍛錬の話の本が出ています。

しかし、よく考えると難局を切り抜けるのに一番大事なのは「自由に動く頭と心と体」ではないでしょうか?「意思を貫く」、「難局を乗り越える」のは猪突猛進の猪武者発想ではなく、「自由な発想と自由に動ける状態」でしょう。

「今をいかにかわすか?」、「いかに逃げるか?」、「いかに騙すか?」も目的を達するためには立派な攻撃であり、攻めです。そのためにはいつも心を無色・透明にしておくことといつも頭と体を鍛えておくことが大事ではないかと思います。
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2021年06月17日

最近の座右の銘は周到なる準備

私は起業してからずっと座右の銘は「覚悟」と「精進」です。起業して28年。起こることすべてを人のせいにしない、自分のことだとして受け止めることが一番大事だと思ったからです。

最近、いい言葉が頭を支配しています。それは「準備」です。「覚悟」と「精進」は仏教用語の特に「自力本願」を目指す禅宗の匂いのする言葉です。それに対して「準備」は何の変哲もない一般用語です。

「そろそろ、死ぬ準備ですか?」、「おいおいまだ殺さないでくれ」でもこのジョークもあながち現実離れではありません。最近、今後の人生を考える時に「いつまで生きる」から逆算するようになりました。「〇歳で死ぬとしたらあと何年あるな。それだとこれまではできるな」と無意識に自問自答しています。

あと、どのくらいの年数が必要か?を計算します。「準備に何年、実行活動何年、引退何年」その必要総年数でやることの中身を決めようとします。その時。最初に準備という言葉が頭をよぎります。

話を現実、日々の活動に戻します。最近、つくづく思うのは「実行よりも準備で決まる」ということです。現在、年度が始まって、行政の仕事が着手段階です。業者を選定するのにほとんどが公共性を持たせるために公募型プロポーザル形式が取られます。

当社もその企画案とプレゼン資料作りに余念がありません。限られた頭数でやるので限界があります。それで優先順位をつけるのですが、中には公募型プロポーザル形式と言いながらどう見ても事前に業者が決まっているのもありますが、それを言えば身も蓋もありません。当社はまじめに企画案とプレゼン資料作りに没頭します。

今年度は私も書いています。が、年寄なのでプレゼン用資料のパワポが使えません。ワードはブラインドでものすごいスピードで打てるのに。起業した頃はワード、エクセルで十分でしたが、私が50歳頃から講演レジメもパワポが当たり前になりました。その頃、売れっ子になっていたので超忙し過ぎてパワポの習得ができませんでした。

今年は昨年でレストランを閉めたのでそのマネージャーが事務所に在籍しています。彼に原稿を渡して、細かく指示してパワポにしてもらいます。それでプレゼン資料や講演資料が丁寧にこっちの意図を反映したものができるようになりました。

これでこれまで落選していた公募型プロポーザル案件もひょっとするとうかるかも知れないとひそかに期待できるようになりました。今までは自らがパワポ難民でおろそかになっていたものが丁寧に準備できるようになりました。

つくづく、覚悟も精進も大切だけど、目の前の仕事は周到な準備だなと思います。仕事は準備の最後の一過程にしか過ぎない。


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2021年06月16日

少しだと不安、まったくないと爽やか

会社の預金通帳を見るのは怖いものです。資金繰りが頭をもたげて鬱々とします。それで5年前代表取締役を下りてそれをしなくてよくなった時は精神的に楽になります。

しかし、担当が私から現社長に代わっただけですから、会社のお金が増えたわけではないので、相変わらず現社長が私の辛さを代わって引き受けているだけのことですが。

私は自分の預金通帳もほとんど見ません。キャッシュカードで銀行に引き出しに行く時に預金残高を見る程度です。世間ではキャッシュカードで現金を引き出している行為(紙幣を使っていること)すらもう過去のものだという人が多いです。

それでも昨日、預金通帳を改めて見ました。長く生きているので個人預金通帳もたくさんあります。見て気づいたことは個人のお金もほとんどないということです。

コロナが来る前は複数の預金通帳に少額と言え多少のお金が入って全部合わせるとちょっとは余裕がありましたが、昨日改めて見ると見事にほとんどないです。

なぜ?昨年、コロナで最大の経営危機に陥った時にほとんど下ろして、会社につぎ込んだからです。私のメイン口座だけならまだしも、他の口座からもかっさらうように下ろしています。当時、切羽詰まっていたので下ろしたことさえ忘れていました。

それでよかったです。会社が今のところ潰れていないので。しかし、潰れなかったのは正直、国の金融政策のおかげです。

お金とは不思議なものでそこそこあると「余裕」が出ます。少ししかないと「不安」になります。全くなくなると「爽やか」になります。しかし、霞で生きるわけにもいかず、金策に奔走します。そして融資が受けられると金融機関に感謝すると同時に自分が「謙虚」になります。

この「余裕」→「不安」→「爽やか」→「謙虚」のサイクルを経験しながら経営者として成長していきます。現社長もコロナに育ててもらっています。

ところで人から聞いた話ですが、コロナの行動制限で個人がお金を使わない(使えない)のでその個人預金が30兆円増加したとか。なのに、私の個人預金額は限りなくゼロです。世の中、おかしいなと思いながら妙に「爽やか」な気分です。

WITHコロナはこの30兆円の争奪戦でしょうか?これで一気に景気回復だ????これをいただきに行こう。
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2021年06月15日

私は死ぬまで零細事業者・農家の味方

地域を豊かにして小規模の事業者を底上げして来た経済団体は?一般的には商工業では商工会議所・商工会、農業ではJAでしょう。それに公共性から行くと観光協会が入ることもあります。

では、現在、地域の衰退の元凶となっている経済団体はどこでしょう?これまた商工会議所・商工会、JA、観光協会でしょう。地域経済成長の牽引車が今は地域の足を引っ張っているのだから????

商工会議所・商工会、JA、観光協会が何が変わってしまったのか?何も変わっていません。世の中が変わっただけです。こう書くと「あんた、喧嘩売る気なの?」と言われそうですが、とんでもありません。

私が大企業をクビになり、中小企業診断士でめしが食えたのも、子供を育てられたのも商工会議所・商工会、JAからの仕事のおかげです。とても感謝しています。

しかし、この経済団体が地域の足を引っ張っているのは現実です。これらの組織の長はただ名誉職(これらの長に就くことを名誉と思っていること自体が噴飯ものですが)が欲しくて就いています。中にはそうでない有能な人もいますが、2割でしょう。

大半は事務局の操り人形です。ではその事務局が力があるかというとこれまた事なかれ主義の自然衰退組織です。ここをつけ狙ったのがあの「規制緩和」学者です。今でも政府の中で隠然たる、いいえ公然たる力を持っています。

上記の組織が持っていた事業や権利を自分が関与している特定企業に付け替えて暴利を得ています。これはだれもわかっているけど何も言えません。

商工会・商工会議所は地域の中小・零細商工業者やサービス業者のためにあります。JAは地域の農家のためにあります。なのに、たとえばJA新聞の見出しに「自己改革各JAで方針」、「JA全国大会へ組織協議案 持続可能な基盤確立」と載ります。

どこにも「農家のため」という文字は入っていません、組織が肥大化、弱体化して本来の組合員農家の存在を置き去りにしています。では、中小・零細商工業者やサービス業者や農家は誰が守ってくれるの?彼らの胸中を誰が代弁してくれるの?

私がいい歳こいて、吠えまくっているのはそのためです。「大人げない」、「エキセントリック」、「むきになり過ぎ」等私をたしなめる言葉が忠告として届きます。

でも、私は止めません。食ええようが食えまいが孤立無援になろうがこの論調・発言は変えません。これを止めたら鳥巣研二が世に存在する意義はない。



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2021年06月14日

いつまで今の農業政策が続くか?

田植えはもう大半は終わったのだろうか?最近は兼業農家が多く、しかも大型機械で田植えをすればあっという間に終了します。たいていが5月のGWにやります。5月GW2〜3日のために農家は高価な田植え機を所有しています。

それは稲刈りのコンバインにも言えます。日本の農家はお金持ちです。兼業農家はサラリーマン所得を家業の農業につぎ込んでいます。兼業農家のサラリーマン所得が日本の農業を支えて来たともいえます。

が、いつまで続くか?「定年帰農」という言葉が流行り出したのは20年位前からです。兼業農家の長男はサラリーマン定年退職後は家業の農家をやろうということで実際は生産する人は若干は増えました。しかし、それでもその人達も80歳に達しています。

今年(2021年)の米の作付け意向は減少しました。最近、ずっと米の消費縮小が続いています。「意向」というと農家の意向のように聞こえますが、米の買い上げ意向と書いた方が適切かも。米価に国は直接介入しませんが、作付け面積等で需給バランスが急激に壊れないようにしています。

一般的に米というのは主食用米、加工用米、備蓄米、新規需要米(飼料用、米粉用等)があるそうです。今、消費が縮小しているのは主食用米です。今年レベルだと6万7000ha作付け分が過剰のようです(日本農業新聞5月27日)。

それを今、言われてももう田植えは終わっています。秋にこの量の米がいっぺんに市場に出ると米は暴落を起こします。それで有能な政策立案者はこの用途別を利用します。

大半は主食用米ですが、過剰が予測される分を飼料米として買い付けます。そして主食用米の買い付け価格を家畜の餌である飼料米の方が高くすれば、米は飼料米に流れ、今年の秋に過剰共有される主食用米の生販バランスが取れます。

では元々必要としない分が一気に回って来る飼料米はどうなるのか?飼料用米への転換交付金等の対象になり、主食用米を生産するよりも飼料米に出荷した方が実入りがよいという結果になります。

先週、日本一、伊達政宗公の治世の最高傑作と言われる大崎平野の土地改良事業の行き届いた1枚1ha(中には3ha)の水田を見ながら、日本の農業はこれからどうなるんだろう?とひそかに実家の水田を思い出しました。
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2021年06月13日

再会・邂逅は新しい知恵がいっぱい

人生はその人の実力通りにできているような気がします。今の状況が自分の実力であり、自分の器です。自分がいる世界(土俵)も自分のサイズにあった土俵で相撲を取っています。

時々、何の拍子かで幸運を掴むことがあります。しかし、それは実力ではありません。でき過ぎ状態です。でき過ぎ状態がずっと持続できればそれは実力ですが、たいていは前いたところまで下がります。そしてそこが実力です。

また、突然大変な状況になり、えええっと思うことがありますが、それも世をはかなむほどのことでもありません。何かのめぐり合わせでその状況に落されています。腐らないで日々やっていることを精進すれば、そのうちに実力通りのレベルに回復します。

では今の総理大臣や都知事や国会議員はその実力レベルにあるのか?総理や都知事は彼らのレベルが高いのではなく、総理や都知事のポストのレベルが下がったので彼らがその地位に就けたと思った方がよいでしょう。大企業も社長もそうです。国会議員は実力がなくても風が吹けば初当選できます。しかしそれを維持・持続することは大変なことなのでしょうが。

鳥巣研二の位置は鳥巣研二の実力通りのところにいます。「さらに上を」はないでしょう。でき過ぎくらい幸せな位置にいます。なぜわかるの?私の知人・友人・同志・仲間・仕事関係者でわかります。それなりの人ばかりです。その人達が私と同目線・同格で付き合ってくれるのだからそりゃ、幸せです。

世の中には孤独な人がたくさんいます。1日誰とも口をきかなかった、いやもう1週間も誰とも口をきいていない。そんな人もたくさんいます。じゃあ、買い物に行くか。でもスーパーもコンビニも無人精算機、セルフチェッカーになったのでだれとも口をきくことはありません。

話し相手がいない。それがあなたの実力なのですよ。でも安心しなさい。総理も都知事も話し相手はいないんですよ。あなたは総理も都知事と同格だと思いなさい????

私の行動が最近、特にコロナ襲来からか?新たに人に会うことが少なくなってしまっています。みんなそうだと思います。名刺の需要が落ちています。

新たに人に会うのを控え、いつ行っても会ってくれる旧知の知人との邂逅を楽しんでいます。それこそこの30年近いコンサル人生・生活で得た友です。ただ再会、邂逅を楽しんでいるだけですが、自分の実力相応の世界が一番新しいしくみやヒントや発想が詰まっています。
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2021年06月12日

農林資源の価値創造は無限に

昨日は10年近くぶりに宮城県大崎市を訪ねました。当社はここでちょうど10年前の東日本大震災の前後4年間、厚生労働省の雇用創造事業で伺いました。今年で合併発足15年で当時はまだ発足して2〜3年目頃でした。

雇用創造セミナーが終了してからずっとご無沙汰です。その当時の産業振興課長だったN氏から「ずっとご無沙汰しているけど私は毎日ブログで毎日鳥巣さんと会っている」と連絡をくれたので10年ぶり近い訪問になりました。

定年退職をして6年間、毎朝午前5時に起きて農業をやっているそうです。Nさんの集落は蕪栗(かぶくり)というところです。田んぼは蕪栗沼にあります。蕪栗沼はラムサール条約登録湿地です。ラムサール条約に登録できる沼は絶滅の恐れのある水鳥が飛来する沼です。蕪栗沼は真雁の飛来する湿地です。

蕪栗沼は423haの広さがあり、そのうち259haが水田です。ラムサール条約登録湿地内に生産場所(田んぼ)があるのはここだけです。シベリアから9〜10月頃真雁が飛来して、2〜3月には帰途に着くそうです。ちょうど稲刈りが終わり、次の田植えが始まるまでいるそうで、田んぼの落ち穂や沼の生物が餌になります。

ここで収穫する米は東京の生協や地元の清酒メーカーにJAを帳合にして出荷されます。価格は通常米の2倍近い価格で取引されますが、有機栽培なので収量が少なく、かつ農作業量も多く、トータルでは通常米と利益面ではそれほど変わらないとNさんは笑いますが、米生産に対する意識・思想の違いです。

昨日はそのNさんの案内で害獣捕獲の現状を見るために大崎市山間部に入りました。山間部といえば鳴子、岩出山です。岩出山には私のセミナー受講者だった手作りハムソーセージメーカー「ジャンボンメゾン」Tさんがおり、彼女に声をかけたら一緒したいということになりました。

実際にいのししの獣道や捕獲の括り(くくり)罠が仕掛けてある現場を見ました。現在は罠にかかったいのししは括り罠免許のハンターが猟銃免許を持ったハンターと同行して、猟銃でトドメをして、そのまま廃棄物処理場に持ち込まれて、焼却されます。

他の処理としては埋却するか、自家消費です。これを害獣から有価物にするにはジビエ施設を建設してクリーンルームで解体してジビエ肉にします。どこでやるか?最近、廃校だらけです。

廃校の一室を改造して処理場にして、隣にハムソー製造場をつくれば解体されたてのフレッシュ肉を使ったジビエのハムソーが商品化できます。そのまた隣にジビエレストランを併設すれば新鮮野菜と共にジビエ料理を楽しめます。Tさんにも声をかけたのはそのためです。そんな夢を広げながらの視察でした。
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2021年06月11日

今年度は本業のコンサルで大忙し

今年度は新年度を迎えて地方自治体の仕事のプロポーザル公募に挑戦しています。私だけでなく、企画担当のスタッフは企画書書きを手分けしてやります。また、こういった場合の提出は一緒に会社概要書や履歴全部事項証明書、納税証明書(国税と地方税)、業務実績等の添付が求められます。

当社は本社登記は今でも創業の地千葉県佐倉市なので、営業活動の実態はありませんが納税証明書等は当地まで行って発行してもらいます。銀座オフィスは支店登録しているので営業所在地ということで東京都の証明書を求められることもあります。この時期は企画書担当スタッフだけでなく、こういった書類を揃えるスタッフも大忙しです。

しかし、プロポーザル公募いわゆるコンペ案件に挑戦しても大方、落選です。では止めればよいという意見もありますが、仕事が欲しいのと当社がやっている企画提案を認めて欲しいといった要素もあり、挑戦します。

私以外は全員若いスタッフの当社が受注確率の低いプロポーザル公募に果敢に挑戦するのもいいことです。実際、現在3年間やっている当社の大きな仕事は実はこの公募型プロポーザルが評価されて始まりました。認めてくれる自治体はちゃんと認めてくれます。

そういったことに触発されて私も小さい案件を自分なりに企画書を書いています。これで今年度は結構、忙しいです。去年の今頃はコロナが始まり、レストランのイローカル(食と農の交流エクセレントローカル)に赤信号が灯り、何とかしなくてはと奔走していました。その1年前はちょうど開業3年目を迎えたイローカルの売上げ向上に必死でした。

イローカルを営業した4年間は本業の経営コンサル業と飲食店の二足のわらじで昼間はコンサル、夜は飲食業の毎日でした。それがなくなり、夜の時間が空きました。それでコンペ案件を書く余裕ができました。

たいていが落選ですが、何といっても自分の頭の体系化になります。また、過去の当社の活動等を振り返り、評価を自分なりにできます。例えば、イローカル事業は失敗だったか?

うん千万円の損失でしたが、それ以上のものを得ています。これを今後のコンサルに活かせます。活かせれば投資としての価値が出ます。私は負け惜しみではなく、いずれの日かイローカルをどこの地でどんな業態になるかわかりませんが、再開しようと思っています。

話を戻して、早朝5時に起きて6時に出社して午後8時頃まで本業のコンサル業務に没頭しています。午後10時過ぎにはふとんに入りますが、すぐ深い眠りに就けます。

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