2021年05月21日

後半の夢を実現するにはの相談

今週は東京にいるので在首都圏の人に会えます。火曜日は千葉県松戸で農業をやっている知人(40歳前)がやって来て行政を巻き込んだ農産物直売所構想でそれに隣接で農産加工場をつくりたい、そしてその加工場の運営と就業者は社会福祉法人と共同経営したい話でした。

水曜日は知名度日本一のデパートに勤務していた男子(51歳)が奥様(やはりデパートで一緒だった)とやって来て2人が選んだ素敵なライフスタイルグッズをクルマに積んで全国を回って出張販売したいとの話。そこの目玉で当社開発支援のエクセレントローカル加工品を取り扱いたいとのこと。

金曜日は役所を辞めた(現在65歳位)元エリート公務員が退職後、新たな職が見つからなくて悩んでいたのに、木を利用してエネルギーと環境を再生する研究所に入ったとかで訪ねてきます。

さて昨日は61歳で高校も大学も私の後輩という男子がやって来ました。お互い、大学は同じでも高校まで一緒は初めてだと笑い合いました。糸島の半島部のみかん農家の後継ぎでした。2代前は漁師だったそうです。田んぼがなくて山が3町程度あり、そこで両親がみかんを栽培して、大学に入るまでは結構温州みかんが高く取引され、大学まで行ったそうです。

故郷を断ち切って東京で浪人してそれこそ寝食を惜しんで勉強して念願の志望校に入れたそうです。彼の夢は早稲田野球部に入ることだったようですが、その時のメンバーを見てひるんでその夢は断ったそうです。

就職したのは電機メーカー「世界のS」、55歳までいたそうですがそのうちの20年は海外勤務だったそうです。その後も再就職で菓子メーカーのアメリカ支店長をしていたそうです。

私を訪ねて来たのは、現在、両親が亡くなり、空き家と空き地になっている実家とその所有山林(みかん畑)を再生させたいということです。農地は2〜3年放っておいても農地の姿をしています。

しかし20年以上放置すると例えばみかん山はただの雑木林に戻ります(これは我が家のみかん山がそうなので納得)。雑木林と化した元みかん山に行っても少年の頃の思い出は蘇りません。

彼はさらに我々が物置と呼ぶ納屋を改造して民泊もしたいそうです。そしてみかんの選果をしていた作業場を改造して食品加工場にしたいそうです。

空き住居は?奥様は神奈川県出身でしかも彼が単身赴任が多かったそうで、糸島の実家も昔は数年に一度しか連れて行けなかったそうです。それが定年後の最近は2〜3ヶ月に1度は夫婦で糸島入りしているそうです。奥様も糸島が気に入ったということです。

さてこれからの後半の夢を実現するにはどうしたらよいか?その相談でした。
posted by tk at 06:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする