2021年05月05日

矛盾も普遍

住まいから会社まで200m徒歩3分です。その街路樹(花)はあじさいです。銀座は多くのあじさいが路上に植えられています。もちろん、ホコ天になる中央通り以外の街路ですが。日一日と成長していくあじさいを3分の通勤時間の間に眺められるのは至福です。

かつ、散り際も哀れではないです。ちゃんと咲いて堂々と花は散ります。その散り際がまたエレガントで美です。常緑植物なので葉は1年中、生きています。

私は銀座1丁目に住み、2丁目が会社です。個人の飲食店が結構ありました。「ありました」と書くのは半分以上が閉店・退店・閉鎖したからです。

当社経営の8丁目の食と農の交流エクセレントローカルも12月に閉鎖しました。あれから店の前を一度も歩いていません。銀座7丁目・8丁目にも近づきません。辛くて。来店してくれた方々の一人一人が目に浮かびます。

銀座の物件の投げ売りが始まりました。入居者募集チラシから物件売却チラシに変わりました。

その通勤3分間途中の閉鎖店も新たな入居者の内装工事が少しずつ増えて来ました。みんな潰れているのに誰が借りるのだろう?と思うのは私の発想の短絡です。

コロナ禍で高笑いをしている人や会社や産業もたくさんあります。実際、私の周辺にも史上空前の売上高、利益という会社が少なからずあります。そういった会社や個人が安くなった物件を今こそと物色しています。

外食もあと3年すれば復活するだろう?当社も外食参入への千載一遇のチャンスだとばかりに。儲かり過ぎた会社の新規事業?オーナーの節税対策?

世の中の普遍性とは何だろう?と考えます。「矛盾も普遍」とすれば閉鎖する者のところへの新規開店、没落する者と栄える者。

東日本大震災もそうでした。多くの犠牲者、その後の復興にはその犠牲者たちはいません。太平洋戦争もそうです。戦没者は戦後の奇跡の高度成長の時には存在しません。

精進すれば報われる、努力すれば功を成す。どれも嘘のような気がします。真実は「矛盾が普遍、僥倖も普遍」であるということではないか?と。
posted by tk at 08:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする