2021年04月30日

命令・指示とはやって見せること

大組織は構想・企画する人1割、実施・実行する人4割、講釈をたれるだけの人(傍観者)6割で成り立っているような気がします。これは行政機関も大企業も同じです。

1割の人が企画した仕事を4割の人が現場で実行して、仕事が達成されていきます。我が国の行政のしくみもそうでしょう。1割の高級官僚が法律をつくったり、事業を考えて政策をつくります。

それを中間行政組織を通して、市町村役所に伝えられ、受益者の国民が実施します。末端の市町村役所の公務員は受益者と打ち合わせて実施します。それが実行する人です。

受益者はそれを得るために事業計画書を作成します。末端窓口の公務員が相談に乗り、作成します。それが多重中間の組織を通して霞が関や地域の霞が関の出先機関に提出されます。

この場合、「多重の組織」が邪魔になります。多重の中間組織の職員は受益者や窓口の公務員が書いた事業計画書を読んで、チェックします。この「チェック」が問題です。

現場を知らない、受益者を知らない、法律や事業の本質を知らない「多重中間の組織職員」がその文章にいちゃもんを付けます。何でいちゃもんをつけるか?自分の存在発揮のためです。

受益者のために自分たちの存在があるのであれば「こう書いた方がよい」とか尋ねられた疑問に解決策を提示するのが仕事なのに「いちゃもん付け機能」が仕事になっています。ではどう書けばいいんですか?と聞くと答えられないくせに人の書いたものにはケチをつける。

そしてタチの悪いことにこの機能の職場にいる人は「学歴は末端職員よりも上だが、現場を知らない、プライドだけは一丁前」の典型です。この「いちゃもん機能」が今の日本の国力を削いでします。

民間にも言えます。なぜ大企業が機能しなくなったか?取締役会が「社外取締役を入れたチェック機能」になり下がったからです。

私は四半世紀前までは大企業の社員でした。当時会社を動かしているのはトップ経営陣と高卒の現場社員と当時B職と言われた女子職員でした(書き方に語弊があるかも知れませんが、当時の現実なのでお許しください)。

大卒本社の職員や大学院卒の研究所の職員の大半は現場を職員がやった仕事の「コメンテーター」でした。具体的な命令ができない、具体的な指示ができない。あるいは「やって見せる」ができない。その情けないリスクを取らない連中が現在経営陣になるのでに日本の大組織は崩壊寸前なのです。

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2021年04月29日

名医は患者ファーストである

東京に戻った時に結構行くのはクリニックです。と言っても私の場合は治療もありますが、メンテナンスに近い治療です。心房細動の持病はコロナ禍でクリニックも薬を出すカルテを書いてもらいがもっぱらで2〜3ヶ月に一度通院します。

あとは歯科医院に行くくらいです。35年くらいお世話になった歯科医の先生が突然「鳥巣さん、引退します。最近は目が悪くなり、患者さんの歯の細部まで見えなくなりました。医療事故を起こして多くの方々に迷惑をかけるのはいやだし、引退します」と70歳なかばでクリニックを閉めました。

その時に紹介してくれたのが今の先生です。前の先生の紹介状と申し渡し事項を記載したカルテを持って訪ねました。お互いも認め合っている親友のようです。ずっとお世話になった先生は治療が大胆で、今の先生は治療が穏便です。

前の先生のところに行くようになったのは30歳の頃です。インプラントも我が国では相当早く施術を受けました。しかもその当時インプラント技術の最先端で権威者だった同窓の東京医科歯科大学の教授をクリニックに招いて手術をしてくれました。

価格も歯の治療としては高かったですが、その後、インプラント治療がブームになった頃の相場の半額程度の価格でした。このインプラントは20年近く元気に活躍しましたが、やがて土台が私の加齢とともにぐらつき始めました。インプラントの寿命でした。

その頃に先生が引退して今の先生に治療が受けるようになりました。インプラントの後は脱装着が優しくて、しかも素材のしっかりした入れ歯を提案してくれ、それを使っています。

それでも入れ歯なのであまり負担をかけないように噛みます。すると周辺の歯に負担がかかります。その都度、こまめにクリニックに行くと、丁寧に先生は治療してくれます。2〜3年間、耐える歯に優しい治療です。

これはどうして?2人の治療方針が違う?ではなくお二人とも患者ファーストの治療だとわかり始めました。前の先生に初めて行ったのは30歳の頃です。当然、私は定年まで30年あります。それで少し高価でも30年に耐え得る治療をしてくれました。

今の私に30年耐え得る治療をしたら97歳まで持ちます。97歳まで生きたいけどその保証はありません。それで高齢の私には2〜3年間持つ治療、そしてそれがだめになったら、次にその年齢に合った治療を施してくれると思います。

企業はゴーイングコンサーンで永遠ですが、人の命は必ず終わります。患者のステージに合わせた治療。お二人ともまさに名医です。会社の経営もそれに当てはめるとどうなるか?


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2021年04月28日

既存の出版業界の慣習を外しての発売

食品業界のチャネルを支配している者は巨大小売業です。書籍業界の場合は「取次」と言われる特に2大卸売業者です。前者業界は完全に小売価格は形骸化されましたが、後者の書籍は再販価格(つまり定価)で販売されています。法律で守られているからです。

食品業界は小売価格が廃止されたためにどんどん販売価格が安くなっています。これじゃ、メーカーは生きていけないので「中抜き」つまり消費者に直接販売する業態が増えています。道の駅や農産物直売所や究極は自分のお店をつくりそこで販売する。街のお菓子屋さんの製造小売り等です。

しかし、書籍は法律で守られているので既存の販売チャネルに縛れています。それで販売数量の少ない書店はほぼ消えてしまいました。消えた後に何が来たか?大型書店です。しかし、これも瀕死の状態です。今この業界の流通を支配しているのはアマゾンです。

今までの私の出版した本はすべて出版社からです。出版社がメーカーなので出版元でもあり、発売元です。これだと利益の大半は出版社のものになります。当社には著者のに私に入る雀の涙ほどの印税と私が講演等で、直売した場合は「取次」の取り分と同じ程度のマージンが当社の手元に残るシステムです。

では自分で執筆して、製版、製本して出版したらどうなるか?の試みを行いました。自費出版があるでしょ?それとは間違いです。自費出版は執筆者が出版会社に製版・製本・印刷・出版業務をしてもらい、本にすることです。出版社は全部執筆者が引き取るので実においしい話なのです。

今回の「農と食ビジネスへの転身」は出版の慣習を覆す営みなのです。当社(潟Lースタッフ)が出版元(エクセレントローカル出版部)になり、製版・製本・印刷等業務を製版会社・製本会社・印刷会社にそれぞれ発注して、出来上がった本の出版・販売業務は当社がやるというものです。

売り方(チャネル)は直販(ファックス受注とbase社のネット・クレジット機能を使った販売)です。市中の書店での販売はありません。それに宣伝・告知効果もあり、アマゾンへの出店です。

なかなかアマゾンへの出店の了解が得られません出した。その理由は当社(エクセレントローカル出版部)は出版物は初めてなので出版社として認識されていません。

かつ、書籍には「書籍バーコード」が付いていますが当社は書店以外の販売先も販売しようと思い、この書籍バーコードではなく、普通の一般商品のバーコードを付けました。書籍バーコードが付いていないのも障害になりました。

この2つの新規の試みがアマゾン社がなかなか出店を受け入れてくれなかった理由です。でも理解してくれてようやく出店できました。感謝です。
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2021年04月27日

死ぬ瞬間まで幸せに生きる秘訣

歳を取ると無理はしないようにという健康法、長寿法があります。無理をしないことは心と体によいかどうか?難しいですね。体と頭が健全なうちはちょっと無理するぐらいがよいです。でも、体と頭が病気になったら無理しないで治した方がよいです。

働くということはある意味ストレスができます。半面、喜びも涌きます。自分の中に自分との闘い、あるいは自分に対する労(いたわ)りもできます。自分を褒めたり、叱ったりといった感情も涌きます。

自分が自分に語りかけ、自分が自分に応じるという起点から行動が始まります。自分の中に二人の自分がいる。こんな生き方をしている人はいつまでも元気に生きることができるのではないかと思います。

とても仲のよい奥様と二人で暮らしていて、二人の会話がスムーズであっても、もう一人の自分との会話は必要であると思います。自問自答の行為が人間がいつまでも元気でいられるポイント出ないかと思います。

今朝も徒歩3分の通勤距離を歩いて来ました。今朝、目に付いたのは銀座のあじさいが今年もきれいに咲きそうなつぼみが顔を出し始めたことです。

もう1つは喫茶店の前にクルマが止まり、年齢は80歳過ぎていると見える老人が荷下ろししていました。伝票を見る目がちょっと辛そうでしたが、10s入りの砂糖袋をクルマから下ろして運び入れていました。

これをこんなよぼよぼじいさんがこの年齢で業務用の砂糖袋を担いで大変だと思うのでしょうが、むしろこの老人はとても賢明な人だと思いました。早朝に自分の頭と体を使ってする仕事を持っているのですから。

老後の幸せって何でしょう?仕事を引退して何不自由なく暮らすこと。悠々自適で奥様と旅をしたり、趣味に明け暮れることというイメージです。しかし、そんなものは引退して3ヶ月もすれば飽きます。

一番幸せなことは労働をして対価を得て、相手に喜ばれることです。それが生涯現役長寿の秘訣でしょう。この自分の居場所をつくるのは至難ですがそれを求め、そしてそこでちょっとだけ自分に負荷をかける行動、ちょっとだけ自分を駆り立てる企てを常に心掛けている人は死ぬ瞬間まで幸せです。


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2021年04月26日

コロナのおかげで超健康生活

非常事態宣言3回目はいつからいつまでか?4月25日(日)〜5月11日(火)だそうです。土曜日久しぶりに中央区総合スポーツセンターのインドアゴルフ練習場に行ったら明日から閉館ですと素っ気ない顔と声で言われました。ハイっと「気をつけ」して拝聴しました。お上の施設はどこもタカビーでどっちが客でどっちが営業者かわかりません。

昨日の銀座の人出は?日曜日はいつもホコ天なので人が混みますが、昨日はホコ天の中央通りも通常で、歩道を歩いている人は多くもなく、少なくもない状態でした。

さて、非常事態宣言で仕事に支障があるか?まだ現役なのでそれを一番に考えます。この間、一日だけGW明けの翌日に関東圏内で出張が入っています。もちろん、私は大丈夫ですが、同行するのが宮城県の人なので奥さんから「お父さん行かないで」の規制が入るかな?とちょっと心配です。入れば行ける人で行くだけです。仕事の出張はそれだけです。

4月から今年度が始まっていますが、仕事の仕込みは1〜3月の間に非常事態宣言の中を搔い潜って、行動できるだけはしたので後悔はありません。GWはちょっと一休みと思っていた時の非常事態宣言3回目なので気が楽です。

東京にいる時が一番、人と会いません。自宅と会社の間は徒歩3分。会社に行ってもテレワークが多いので顔を合わせることもありません。あんまりテレワークが増えるとみんな定期券はどうしているのだろう?切符買って会社に来た方が安いかも?

買い物も鬱陶しくなり行きません。昨日は空手の稽古で中野に行きましたが、帰りに生鮮品をスーパーで調達して帰りますが(住まいのある銀座にはスーパーがないため)混雑の中、レジの前で待つのがもっと鬱陶しくて寄らずに帰って来ました。

最近は野菜は九州に出張した時に調達して持てるものは持って飛行機に乗り、持てないものは宅配便で送り、翌日会社で受け取る方式を導入したら、宅配便代を差し引いても価格面でも鮮度面でもアイテム面でもメリットがあります。

最近、九州出張が多いのは実は仕事ではなく、買い出しか?とまあそれも一面、当たっています。

しかし、野菜はオーケーですが、肉類、魚類は輸送に向きません。東京で調達するしかありませんが、それも近くにないと大変です。いっそ、食べなきゃいいと思い、それじゃビーガンで行こうと決めました。ビーガンと言っても厳しくない、自分の気持ちの中でよしとするレベルのビーガンです。

空手で体力を付けて、新鮮な菜食で脂肪を減らして、かつなぜか?最近お酒が飲めなくなり、東京での独り暮らしでは飲まなくなりました。

それでよく眠れるなって?酒の代わりにアロマオイルの安眠・不眠症に効く4種類を足の裏に塗って布団に入ると3分以内に深い眠りに就きます。しかし、それより何より早起きすることです。午前6時前に起きて行動開始すれば、酒を飲まなくてもぐっすりです。ますます健康になります。




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2021年04月25日

中学同級生が続々糸島生活を始めている

昨年、中学の同級生のLINEができ、投稿していたら「連絡版なので個人的なことを書くな」というイエローカードが出てしばらく投稿を止めていました。昨夜、同じ糸島出身で福岡市内の天神で税理士事務所をやっていた同級生が9月から故郷糸島に事務所を移設するのでその話題を投稿していました。

私の出た中学で西南中学という私立中学です。誰でも知っているのは西南大学ですが、付属の西南高校、西南中学が併設されていました。西南学院はプロテスタント系の学校で福岡市の西部地域の西新にあり、糸島と隣接していたので、当時糸島郡からも西南中への通学者も多かったです。

多かったと言っても1学年200名中の20人程度の1割程度でしょうか?このブログや私のフェイスブックによく登場する田中65で有名な白糸酒造の社長や福ふくの里の社長糸島市長も糸島郡から通学した同窓生です。

私は福岡市内の県立高校を目指して入学したのですが、当時は小学区制で福岡市内の母の実家に戸籍を移して準備を進めていましたが、母が急死したために現在の実家に戸籍を戻し、糸島郡内の県立普通高校の糸島高校に行くことになりました。挫折人生だらけの私の最初の挫折でした。

西南は高校・大学が付いているのでたいていの人がそのままエスカレーターに乗りますが、気が乗らず、そのまま上には進みませんでした。とは言っても、糸島高校に行ってももうやる気は出ないしでろくな成績でもなかったです。

しかし、「人生万事塞翁が馬」でこの当時の田舎の公立高校に行ったことが今は大変役に立っています。私は中学は西南、高校は糸高という今、九州で一番熱い地域の人脈につながったのですから。

話が横道に逸れましたが、税理士の同級生が連絡くれたら、すぐに福岡県最大の物流・倉庫業を経営している同級生から、福岡市内に生まれて、住んでいたけど10年前から社長を弟に譲り、糸島の雷山に引っ越して暮らしているよ、糸島はサイコーという投稿がありました。

やはり会長が同級生のトリゼンフーズも糸島に工場を持っています。同じ小学校から西南中に行った一人も長く他県の国立大の教授をしていましたが、最近は一貴山駅の近くの実家に住んでいると風の便りに聞きました。

昨日のLINEでは糸島西南中同窓会ができるぞっと提案がありました。福岡市街で生まれ育った同級生が続々と糸島に足場を固めています。元々糸島で生まれた私はそのままずっと糸島にいればよかったとちょっと残念な気持ちですがさあ、糸島に帰ろう。
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2021年04月24日

自分で考え、自分で行動する

10日間の出張を終えて、東京に戻りました。自分の机についた途端、東京の生活が再開します。出張先とどこが違うの?東京にいる時はコロナの影響もあり、人様と会ったり、会食することはまずありません。

食事もほとんど自炊に戻ります。お酒も基本的には飲みません。早寝早起きになります。午後10時就寝で午前5時起きです。一人作業ばかりになります。早朝から空手の独り稽古も欠かしません。

私はサラリーマンを首になってからか、いや幼くして母を亡くしてからか、生まれつきなのがよくわかりませんが、「自分で考え、行動する」派です。しかし、それもあまりやると偏屈親父にされるのでほどほどというか、人様には気づかれないようにしています。

東京にいる独り時間は家事や片付け仕事や身の回り仕事をしながら、ひたすら「熟慮」時間です。仕事を中心に今後の事を考えていることがほとんどです。今後と言っても5年先も、10年先もありますが、来週のこともあります。

来週の出張の計画や目的の明確化や相手様への応対の仕方を考えています。そしていざ出張となると何も考えません。行動あるのみです。考えたことを相手様に向かって行動します。そして再び東京に戻り、その成果や反省点や行動すべきこと等をまた考えます。

総じてですが、現代は頭でっかちが多いです(話は脱線しますが、私は年少の頃、体形が頭でっかちとからかわれていました。若者になった頃は顔がでかいと容姿のことをよく言われました。中年になった頃から言われなくなりました。多分、胴体部が頭と釣り合うように肥満したからだと思います)。

話を戻し、頭でっかっちという言葉は「発言や理屈は一人前だけど、現場能力に欠ける」という蔑みの意味で使われます。同業者のコンサルの9割がこれです。現場を知らないと言うか、知っている人はコンサルなんかにはならない。

現場能力がないと何ができないかというと知恵がないから創造ができません。無からあるいは現状から新たなものを創り出す力がありません。出て来るのはネットからのコピーばかりです。

ネットの情報も中には役に立つものもありますが、現場情報というより現場経験には勝てません。大企業は現場仕事を子会社や下請けや委託企業に押し付けて、ピンハネします。不当な搾取が行われます。

そして大企業の社員は現場仕事のできない単なる評論家として下請け・子会社いじめをします。本当に仕事の魂の部分の「試行錯誤作業」を業務の効率化という美名の下、経験しません。その時点で技術や知恵や創造力は下請け・子会社・委託先に持って行かれます。

定年後、定年延長で下請け・子会社・委託先あるいは再就職で新たな企業に行きます。そしてあまりの無能さを露呈してたいていが2年くらいでお払い箱です。
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2021年04月23日

当社の創業から今までの経営の変遷

10日間に亘る出張が今日終わります。福岡県、熊本県、佐賀県、長崎県、宮崎県と5県を訪問しました。行かなかったのは鹿児島県と大分県です。会ってくれる人や地方自治体がないと行かないので5県には何らかの面談相手がいたということです。

私の人脈を大きく分けると3つの期間層に分かれます。第1期は私が創業したての40歳前半にお世話になった方々です。この頃は農業関係の仕事はしておらず、もっぱら中小企業診断士として商業関係の診断、経営支援をしていた時期です。

中小企業大学校の指導員をしていたので、職場派遣で来ている生徒が全国の商工会や商工会議所の経営指導員だったので中小企業診断士資格を取得して、現地に帰り、声をかけてくれるので全国に行くようになりました。

次の第2期層は50歳代前半からです。元々は農家出身、食品メーカー出身なので食と農関係の仕事をしたいという気持ちが強く、「加工特産品開発読本」という本を書いてそっちの方に仕事を向けて行きました。

おりから経済産業省・中小企業庁が農商工連携という言葉を使い始めていたのでそれに乗った格好になりました。実際、いなか地域にある商工会は農業と商工業の連携が叫ばれ始めました。また、建設業の農業参入も。

これがやがて農水省の「6次産業化」につながり、2冊目「よくわかる加工特産品のつくり方、売り方」、3冊目の「農産加工食品の繁盛指南」を出版して全国から講演が来るようになりました。中小企業庁の事業から農水省の事業は増えました。1年間に150回以上講演した年がいくつがありました。

その頃から私の講演活動と同時にスタッフを採用し始め、加工特産品や農産加工品の開発支援機能を持つようになりました。当初は私が勤務していた食品メーカーの定年退職後の研究開発技術者を採用して手伝ってもらいました。

これは大変画期的なことが多くの反響がありました。特に営業許可の要らないドレッシング開発に重点を置いて全国の農家のおかあさんに食品添加物を使わないで6ヶ月日持ちするノウハウを教えました。

しかし、その技術者も60歳以降に当社を手伝ってくれるようになったので既に70歳代半ばです。そしてここ数年は自前の若いスタッフの育成を開始しました。そしてそれもようやく実現しました。

私も社長を下りて、経営スタッフも一挙に若返らせました。これでしばらくは経営成績が下降しました。そしてコロナを迎え、万事休すと覚悟して、去年と今年の活動になります。

体制を整えたので積極的に打って出ようということで、一線を下りたと言ってもキースタッフ社の創業者の私が当社の最強の広告塔に変わりはありません。

そして営業活動再開の第3期が今です。一番仕事が多かった東北が大震災後、青森県を除いてほぼ仕事が無くなりました。巨額の復興支援のお金が投入される中で大手が規制緩和と称して入ってきて仕事をかっさらって行きました。

それで私の出身地である九州シフトを開始しました。九州は「お帰りなさい」と50年近くブランクのある私を温かく迎え入れてくれます。特に私の出身地糸島市の仕事がいただけると決まった時は涙が出ました。50年にして、ようやく故郷の地を踏むことができました。

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2021年04月22日

産地食品加工技術の4つの神器とは

「地域に食品加工施設を」という動きが加速しています。理由は国産原料がもてはやされる現在、使えないために廃棄される農産物も多く、それを活用しようという背景があります。

地域の食品加工に必要なことは4つです。「原料」「加工技術」「加工機械」「加工する人材」です。この4つの神器をどう調達、整備できるか?です。

原料は加工用の野菜や鮮魚を言います。しかし、加工食品を製造する場合は生の野菜や魚を調達しても、いきなり食品製造には使用できません。当然、加工できる形にした「一次加工」が必要です。

かつ、生鮮原料にはとれる(採れる・獲れる)時期があり、その時期に確保したものを年間通じて使用するできるようにするためには「保管」が必要になります。つまり「一次加工と保管」のしくみが農漁業と食品加工業とつなぐ大事な機能です。これを食品メーカーがやるか?産地がやるか?も大いに検討が必要になります。

次は完成商品製造の段階になります。当然、販売できる商品(完成商品・最終商品)まで作り上げなければなりません。これを地域でやろうとすれば、当然、「食品加工する人」「食品加工所と機械」「加工技術」が必要になります。

大企業の工場はほとんど省力がされ「機械」が製造しています。地域で加工食品を製造しようと思えばいきなり無人大量生産工場を建設しても機能しません。

小規模ロットで製造できる食品加工機械と食品加工所が必要です。コンパクトな半自動機械と言ってもいいでしょうか。これと地域雇用した現場製造要員が必要になります。手先の器用な食品加工に慣れたお母さんたちの出番です。ここに地域雇用が生まれます。

しかし、調理技術だけでは加工食品はできません。食品添加物を使わないで一定期間日持ちする、いわゆる賞味期間(期限)保持の加工技術が必要になります。これは当社が長年、教えてきたことです。

「いかに作るかよりもいかに売るか?」が一番大切だという世間知らずのコンサルがいます。行政職員もいます。いやいや、目の前に道の駅があるでしょう、農産物直売所があるでしょう。そこで売ればよい。

道の駅や直売所を回って売れる商品探しに血眼になっている小売業者がたくさんいます。彼らから製造委託の話がやって来たら「こっちの言い値なら作るよ」と言ってやればよいです。世はまさに売り手市場です。
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2021年04月21日

なぜ市町村の加工食品開発が失敗ばかりか

28年もやっているし、それに関する本を3冊も書いているので今更、人にいうのはアホくさくて言いません。それに私と付き合いの長い人は正確にちゃんと理解しているから。

行政機関の事業で「農産加工品開発」、「加工特産品開発」があります。行政機関の場合はコンペになる場合が多いです。当社はあまり参加しませんが、時々参加することがあります。たいていが落ちます。ショックで何が悪かったのだろうと考えます。

結果は1年後に出ます。落札して受注したコンサル企業が開発したものを見ればわかります。たいていがそこらへんの洋菓子屋で売っているものを「ご当地スイーツ」や料理上手のおかあさんの家庭料理にも劣る小手先だけの料理を「ご当地食品」でシャーシャーと成果品として出します。それでうん百万円を事業費として手にします。無駄遣いの象徴です。

何が悪いか?受注業者でもありません。彼ら、彼女らはちゃんと正規にコンペで仕事受注したのだから。一番悪いのは発注者です。行政機関です。彼らは「私どもは一切不正をしていません。どこが悪いのですか?」と開き直ります。

どこが悪いか?事業の要項・要領が悪いのです。加工食品とは概ね、「製造から3ヶ月以内あるいは1年間以内の賞味期限(賞味期間)を有する食品」を言います。要は一定期間の日持ち期間が必要です。当日〜5日以内しか持たないものは消費期限と言って賞味期限とは別物です。生モノに近い生鮮品に入ります。スーパーの売り場を見ればわかります。

「3ヶ月以内」「1年間以内」の賞味期限(賞味期間)を有する食品や菓子を製造するにはノウハウ、食品が必要です。今日作って今日食べるママの手作りお菓子や家庭料理は加工食品とは言いません。

それが行政機関の加工食品開発事業の要項要領には書かれていません。それでそのノウハウを知らない自称経営コンサルタントがコンペ・入札に入ってきます。また発注側も加工食品の定義を知らないので加工食品技術を知らないコンサルを選びます。そして結果が出せない。

責任を問われたくないので成果品はひた隠しに隠す。そんなことが横行しています。まず、行政の仕事は事業目的が「加工食品」であれば加工食品技術と加工食品開発ノウハウを持っているコンサルを選ばなければなりません。

当然、都道府県庁は食品産業センターや加工食品開発センター、食品技術センター等、さらには保健所も有しているのでわかっている人材はいますが、タテ割行政で要項要領を書いているので事務一般職の素人、市町村レベルになるともっとわかっていない人が要項要領を書くので最初からボタンの掛け違えが始まっています。最初から失敗の結果が決まっています。

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2021年04月20日

受け入れてくれる人を訪問

ピッチャーが登板の機会を与えられてもそれは勝利ではない、そのうちにいくつ勝てるかで結果20勝投手にもなるし、一桁勝利投手で終わることにもなります。会社の営業活動、仕事受注活動も同じです。

しかし、やみくもにクライアント候補先を回っても仕事をいただける可能性はきわめて低いです。私と旧知の人がいるところは必ず会って話を聞いてくれます。人を介する場合は相手次第です。真摯な人もいれば、話だけは聞きましょう程度の人もいます。

一番可能性が高くて、活動していて楽しいのは私を受け入れてくれる人と会う時です。それは一番は昔からよくお互いを知っている人です。この人達と会うと昔話に花が咲き、そして現状の話になり、こっちが提案をするという形になります。受け入れない人は最初から私の話は聞いていないし、業務としての形だけの面談になります。

現在も私は営業活動の最中です。福岡県から昨日と今日は長崎県を訪問します。行先は旧知で私を受け入れてくれる人がいるところばかりです。受注しなくても話を聞いてくれればよいです。

明後日は佐賀県ですが、これも一度訪問して向こうから再度、声をかけてくれたので私の話を聞いてくれます。

また、熊本県のある市も行きます。ここは過去に2〜3度訪問しましたが、受注先はどんな理由かは知りませんが、いつもある事業者に決まっているようなので行く気はしないのですが、それではいけないと思っている担当者が熱心なので顔を立てに行きます。

訪問する時は当社が何ができるか?が必要です。10年1日ワンパターンでは生きていけません。それで当社が最近制作したパンフレットを持参して訪問します。これがあると旧知のところも新たな訪問のところも話のきっかけができます。逆にパンフレットができたので積極的に新規開拓しようという気になりました。

それに私の新刊「農と食ビジネスへの転身」の案内も持参します。これも営業ツールに使用します。コロナ以降、農業をやりたいという人が激増しています。また、地方への移住も増えています。さらにコロナで多くの人が仕事を失い、起業が盛んになります。この本の価値が受け入れられる日が近いと思って訪問しています。
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2021年04月19日

悪戦苦闘の日々を楽しむ

長い長い営みがあって、それが花開きます。そして開かない場合もありますが、継続することが人生そのものです。

私の郷里の糸島の中学の先輩のKさんは当地の網元の家に生まれますが、祖母と父親が作った借金を2人の引退後に家業と併せて背負います。大学進学も断念して家業である漁師の道を歩きます。

しかし、漁師では借金を返すだけの儲けはなく、加工に目を付けます。この先輩と再会するのは私も今の会社を起業してからですから、20年前頃からです。その頃、この先輩は浜で揚がった魚の不揃い、規格外品を船小屋の加工場で調理加工して、福岡市の百貨店の催事で販売して現金収入を確保していました。

併せて週1回地域の農家等と組んで地元で「夕市」を開催していました。中学の憧れの先輩が100〜200円の魚加工品を家族総出で販売している姿に声をかけるのをためらったのを覚えています。

それから糸島に帰省する度に先輩に会っていました。やがて、見事に10年以上かけて借金は返済しましたが、子供の教育費等にお金がかかり(私もそうでしたが)、必死で働いていました。

さらに地元の農水産物直売所の社長にも請われて就任しました。そこは当時、日の出の勢いの農産物直売所伊都菜彩に押されて経営が苦しい状況で、先輩は新たな赤字経営体を背負い込んで悪戦苦闘していました。

一方ではその頃、先輩の魚製品加工が脚光を浴びるようになりました。借金返済のための魚加工から、自分の夢の実現で加工をするようになりました。糸島は天然鯛水揚げナンバーワンです。そのサイズの規格外を利用して天然鯛茶漬け、さらには天然鯛のオリーブ漬けを開発して脚光を浴びるようになりました。

東京でコックをやっていた長男と福岡市内でコックをしていた次男が辞めて家業を手伝うようになり、その給料の支払いも大変だと話していました。その2人が4年前に糸島で水揚げされた鮮魚を使って太宰府で居酒屋を始めます。

これが大ヒットとなり、当初は私も営業応援で客で利用していましたが、今は繁盛店で入れないほどです。そしてこの度、太宰府天満宮の参道に鮮魚店を開店するそうです。

先輩は69歳で、来年は70歳です。私が再会したのは40歳代です。それからもずっと苦難は続き、そこから抜けたのはほんの2〜3年前です。5年前に胃癌の兆候が見られ、手術を受けましたが、体も今は元気そのものです。

「鳥巣、人生ではどこでどうなるかわからんぞ、余計なことを考えないで毎日懸命に働くことだ」と指導してくれます。現在、渦中で悪戦苦闘の私としては大いに励みになる先輩です。
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2021年04月18日

農業・農産物を生かす商品開発とは

4日間に亘り、東北の二戸市の南部煎餅メーカーと一緒に九州と南部せんべいを結びつけることにより、新しい世界を作れないかという試みを行いました。もちろんクライアントであるS社のためです。

話は去年、コロナの中でS社から商品開発と販路開拓支援と会社案内製作の仕事が来ました。この15年間は仕事でのお付き合いはなかったのが昨年突如として私のセミナーの受講生だった社長夫妻から仕事をいただきました。

南部せんべいの商品開発といえば味を変えた例えばコンソメ味とかそんなことになります。販路開拓でも新たにコンビニチェーンとの商談会とか。それじゃ面白くありません。

九州に販路先を求めようということを提案しました。そのためには新たに九州の原料を使おう、もちろんベースは東北岩手県ですが。東北になくて、九州にあり、最近人気の農産物は?それでさつまいもが候補に上がりました。

それ以前に美味しいさつまいもを生産している農家を探さなければなりません。熊本県で活動している(一社)エクセレントローカル理事の女子に相談して、さつまいも農家を紹介してもらいました。

しかし、いきなりさつまいもを使って南部せんべいはできません。せんべいに練り込むのには1次加工が必要です。いわゆるペーストです。さつまいもペーストはどこでも売っています。しかし、くず芋をペーストにしているので美味しくありません。

試作品づくりのためのペーストは私の知り合いの農産加工をしている鹿児島県の女子にお願いしてたった5kgの量でそのさつまいもをペーストにしてもらいました。

これを二戸に送り、試作が始まりました。一番の関所は南部せんべいの硬さをどの程度にするか?です。それはこのせんべいを九州で売るか?関東東北で売るで嗜好が違うためにどっちに合わせるか?ちょっと悩みました。結論は当事者の我々でベストと思う硬さにしました。

次はデビュー先です。これを九州でデビューさせることにしました。それで買い叩かない、商品の魅力を最優先する小売業2社に提案することにしました。1社はこだわりスーパーのまとめ役をしているところ、1社はボランタリーチェーンを組織しているスーパー本部です。

それに合わせて、プロモーションをどうするか?まずは九州では知名度の低い南部せんべいを普及させるにはせんべい汁で美味しさを知ってもらいながら併せてさつまいも入り南部せんべいを提案して行こうと決めました。

評価は上々でした。それで昨日はこの一連の流れを理解してもらうため、その熊本県の農家を訪ねました。85歳の生産者に試作品を食べてもらいながら、来年の発売のために必要な量を発注しました。加工に使うので大きなサイズがよいです。農家では大きなサイズは大き過ぎて規格外で出荷できません。それでお互いのニーズとメリットが見つかりました。

これが農業を生かし、かつ規格外品も有価物に変え、製造者も新たな新商品開発・販路開拓になり、売ってくれるスーパーも新たな商品品揃えができ、お客様も東北の新しい商品を食べることができるようになるしくみづくりです。

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2021年04月17日

魅力ある食品メーカーになろう

昨日も福岡県での活動でした。岩手県南部せんべいのメーカーの社長夫妻をボランタリーチェーンのスーパー本部にお連れました。南部せんべいの九州での販売の可能性を知るためです。

話を伺っていると南部せんべい自体の消費者の認知度は低いようで、南部せんべいの最大手(と言っても規模は知れていますが)の商品と4枚で99円を定番としている安売りメーカーの2社の取り扱いがありました。

それは事前にわかっていたことで我々が知りたかったのは2つです。1つは九州熊本県産のさつまいもと岩手県産南部小麦100%を使用した「さつまいも入り南部せんべい」のマーケットの可能性があるか?です。

2つ目はせんべい汁という南部せんべいの新しい食べ方が九州で受けれられるか?の調査です。訪ねたスーパーの菓子部門バイヤーも南部せんべいに対する意識もそんなに高くなく(それは南部せんべいの売り上げ自体が低いので)、我々の質問に窮していました。

でも一緒に売り場を案内して同類のせんべい類の販売トレンド等を説明してくれました。結果は「熊本県産さつまいも入り南部せんべい」は地域特産性が強く、定番日常菓子を販売するスーパーに置くためには何らかの仕掛けが必要であるということ。

一方、せんべい汁については南部せんべいを煎餅(菓子)で販売するのではなく、具入りスープ(食品)でカップスープやみそ汁売り場で販売すれば可能性は大いにありという手応えでした。

我々の仮説は2商品とも一応の評価を得ることができました。さて、これらをどう実現するか?です。2つともこれからさらなる商品開発が必要です。開発を進めるか?断念するか?です。もちろん社長夫妻の意思はゴーです。

大手だったらどうでしょう?この程度の意思決定は大企業では部長決定です。多くの部長はノーでしょう。中小企業はゴー、大手はノー。この一字違いで会社の行動は全く真逆になります。

このスーパー本部の会長と私は肌が合います。年齢も同じくらいです。お互い、四半世紀前までは、会長は日本一の流通小売業、私は日本一の食品メーカーに勤めていました。2人とも大企業コンプレックスがありません。大企業の限界、夢のなさ、失望、能力のなさをよく知っています。反面、創業者の凄さもよく知っています。

その会長の口癖は2つ、「産地づくり」と「商品づくり」です。前者は食品の原料を供給してくれる農業、農家との連携と育成を言います。後者はそれを使った新商品開発です。

私、キースタッフの活動と全く同じです。食品メーカーの社員達、これが今後の日本の食品メーカーの進む道だということを肝に銘じなさい。


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2021年04月16日

食品業界の小さな胎動が聞こえますか

昨日は福岡パワーグループの商談会でした。勝又義正さんが主宰するこのグループは九州北部のいわゆるこだわりスーパーが加盟しています。そこに私は岩手県二戸市の志賀煎餅社長夫妻を案内しました。

出展したのはせんべい汁用の南部せんべいと九州産の原料を使った新製品さつまいも南部せんべいです。九州の流通の社長がバイヤーにとっての初物ばかりで大変な人気となりました。

せんべい汁用添付スープは偶然ですが今まで福岡県の小袋メーカーから買っていましたが、昨日登場したのスープはその会社にオリジナルで発注した無化学調味料、食品添加物不使用スープでした。

また、その商談会に熊本県宇土市の海苔の佃煮メーカー(合)火の国屋が出展していました。このメーカーは一昨年、商工会の相談会で勝又さんと私がアドバイスして新商品開発を提案しました。その新商品が昨日デビューしました。

勝又さんは加盟スーパーに野菜は無農薬、加工食品は食品添加物不使用商品を提供しています。海苔の佃煮は私も好物ですが、食品添加物たっぷりが現状です。食べると胸焼けします。

商工会の相談会で無添加海苔の佃煮を開発するように勝又さんが提案しました。ただ提案だけではありません。具体的に使用する調味料をこれは何何社のこれを使いなさいと具体的に列挙しました。例えば、醤油、麦芽水飴、砂糖、本みりん、米酢、かつお節はここの会社の何何を使いなさいです。

最初はこの会社の社長もポカンと聞いていました。この相談会にはもう1社参加していましたが、その会社は勝又さんの言っている意味すらわからないようで、その会社はそこで終わりました。私もそんなに徹底的やったらみんなついてこれないんじゃないのと正直思いました。

が、(合)火の国屋はそれからトライを始めました。1年半勝又さんがずっと付きっきりで指導して、ようやく商品になりました。そして昨日登場しました。

そこの社長夫妻とは昨日の商談会で1年半ぶりに会いました。「ついにやったね、本当にご夫婦で頑張ったね」と声をかけたら嬉しそうでした。勝又さんも「やったよ、パーフェクトだ」と手放しに喜んで昨日の商談会の注目を集めました。

これが真の流通です。買い叩くことが流通ではない。育てることが流通です。さらには消費者、お客様のよい商品を提供するのが流通の仕事です。そのものさしで見ると99%が落第です。

世の中を変える、新しい価値観を創り上げる、これが加工食品業界のパラダイムシフトなのです。既に得ている大企業や巨大流通にはそれはできません。小さな営みの胎動が聞こえて来るでしょう。


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2021年04月15日

自分のものさしで生きる

サラリーマン時代はそれは田舎からのぽっと出なので、出世したいと思っていました。39歳で朝は普通に出勤して、夜は首が刎ねられて帰宅しました。それで会社員生活は潰えました。生活費を稼がなきゃいけないので自営をはじめました。

世にいう起業とか、戦略的な自己実現でも何でもありません。給料がなくなったので、その代りの収入源を求めての自営開始でした。現実は厳しく、毎月の生活費を得るのがやっとでした。

もう子供も独立して、妻とも離婚していますが、相変わらず地を這うような生活です。多少、貯めていた老後の蓄えもコロナ禍による会社への資金投入で全部消えました。

じゃあ、私が毎日楽しくないかというと否です。日々楽しい暮らしを送っています。なぜ?楽しいことしかやらないからです。子供が独立した時点で親鳥が巣に餌を持ち帰る義務がなくなりました。自分が今日食べるお金があれば十分楽しくやっていけます。

私のことを性格が戦闘的だとか、怖いとか、性格が激しいとかいう人がいますが、それはがっぷり四つに組んで私と仕事をしたことのない人です。私は家族に手を上げたこともなければ、子供達や妻を怒鳴ったこともありません。まず、怒ったこともない、ただし子供には叱りました。

会社でも同様です。相手を褒めながら、やる気を注入しながら、担当者やクライアントがその気になってもらうやり方です。それをパワハラとみなすかどうか?は相手の人生観次第です。

私を怖いとか激しいとか戦闘的だと評価する人は自分達の逃げ場として私を悪く言っています。昔は私に対する中傷を気にしましたが、結果、私を中傷したり、私に卑怯なことをした人はみんな消えていきます。化けの皮が剥がれるというか、世間の評価は意外にも同じです。

私の人生訓はキレない、投げない、逃げない、最後までやるです。いろんな困難に直面してもこれが人生だと覚悟してまず受け入れる。まずできる解決策を考えてすぐ行動を起こす。行動しているうちにもっとよい手や知恵が浮かんだらそれを取り入れて乗り切っていくです。

解決というか次の目標の実現には膨大な時間とエネルギーがかかります。その解決行動、新たな目標実現が人生そのものに変わって(代わって)きます。それでいいような気がします。今のキースタッフは28年経ってもこの程度なのですから。

社会的名声や地位やお金やメディアによる評価で人生の自己実現した人は哀れです。あなたには自分がないですね、世間のものさしだけで生きていますね。周りに素晴らしい人がいませんねと呟きたくなります。
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2021年04月14日

異質を取り入れないと生き残れない

何と平成1年は企業の時価総額世界ランキングトップ15位に日本企業が11社入っていたそうです。それが30年後の平成31年はトップ15位に入っている日本企業はゼロだそうです。

「ダイナモ人を呼び起こせ」という本は冒頭にそのショックな現実を日本国民に突き付けます。あとはまだ読んでいないのでこれから読んで行きますがその原因の分析とその解決が提案されているのでしょう。これから読み進んで行くのが楽しみです。

当社でもメガバンクの社員が担当だと言ってやって来ます。入社1〜2年の大学を出たての人ばかりです。大学出たてなので大学名を聞くと東大・一橋・早慶のいずれかでです。

みんなそうなんでしょう。毎年、この会社には我が国で一流大学だと言われる大学卒を何千人も採用していることになります。何でこんな会社に行くんだろうと内心は思っていますが、口には出しません。

こんなに高学歴社員ばかり採用してこの会社は立ち行くのか?と傍で見ていても不安になります。案の定、システムの不具合で現在危機の真っ最中です。

この会社にかかわらず、この国自体のこの繁栄の仕組みが今後も続くとみんな思っているのだろうか?と不思議に思います。

私は食品会社を途中、首になって、39歳で辞めています。それでも今の職業になっても過去の経歴はつきまといます。28年経った今もあんな超一流企業を何で辞めたんですかと問われます。

中身を知っている私は吹き出しそうになります。実際は成長力のない会社です。しかし、世はそれを安定している企業と言います。毎年、微増していく利益、それはそれは達成できる数字でつくられたからくりでしかないのにそんな決算を見て世の中がピカピカの一流会社だと言います。

最近は早期退職推奨で若くして会社から紹介された企業に転籍・就職する人も増えているそうですが、先方企業の評価は「使い物にならん、頭でっかちの評論家ばかり」、「あの会社の社員は実際はこの程度なのか」だそうです。

建て前だけのみんな幸せのこの日本が続かないのはみんなわかっているのですが、自分が社長のうちは何とかぼろを出さずに乗り切りたい、後継者は俺のリモコンを指名したい。

社員でも自分はうまく立ち回って定年までいて子会社出向でなるべく現役を長く続けたい。こんな社員ばかりなのです。日本自体がそんな国民ばかりなのです。

傑出する人が出るのを嫌うムラ社会。ピンチになればムラの長が助けてくれる。そう思っているうちの敵の襲来を受け、ムラ自体が皆殺し、消滅にならないように異質を取り入れないと。
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2021年04月13日

他人の心の読めない人は愚か

食品小売店でレジ袋が廃止されて、数か月経ちます。スピードアップを喜んでいる人とそうでない人がいます。たいていが有料になった袋を買う人はいなくて、持参の袋に入れます。

店員はレジを打つとそれで仕事が終わります。こっちは精算が終わったその商品を持参の袋に入れなければなりません。当然それから1〜2分を要します。

ここでトラブル、不快が起こります。店員はレジと精算で仕事が終わり、「次のお待ちの方〜」と声を掛けます。すると呼ばれた人が購入商品を籠に入れて後ろからやって来ます。精算を終えたばかりの人はまだ袋入れが終わっていません。

せかされます。まだ袋詰めをやっている先客に「さっさとしろと」ばかりの行動をした店員に対する恨みはお客は一生忘れません。私はかってよく行っていた品質のよい豆腐屋のパートがそれをあからさまに私にしてからその豆腐屋には2度と行きません。

住まいの前のコンビニでもありました。レジ店員はほとんど外国人研修生(労働者)です。彼らのほとんどはクレバーで礼儀が正しいですのでそんなことはありません。むしろ袋詰めをもたついていると一緒に手伝ってくれます。

しかし、ある時日本人の60歳代の定年後のじいさんがレジに立った時は全く同じの不快な行為をしました。私に不快な行為をしたということはすべてのお客様にしているということです。彼自身の言葉使いや態度自体の人格が貧相に見えました。

お客様を不快にさせる行為を繰り返している店員は仕事全体を把握していません。自分とお客様の目の前の行動全体を把握していません。自分のことしか頭にない。自分がレジを打ち終われば終わりだと思っています。

意外にも世の中にはこんな人がたくさんいます。道を歩いていてぶつかって来る人、前を見ないで歩いています。ぶつかって来るのが男子だとこっち睨みつけるか、女子だと自分が被害者とばかりの顔をします。ちゃんと前を向いて歩きなさい。

人の心の読めない人、行動を見ていない人。要は観察力のない人は愚かです。世の中が自分の思い通りになる、「そこどけ、そこどけ私が通る」タイプの人はやがて大きなしくじりをします。そしてその時はもう取り返しがつきません。
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2021年04月12日

はやく落ちこぼれてよかった

しっくり来ないけれども高齢だから仕方ないと思って我慢して使っているものもあります。入れ歯がそうです。若い頃から歯の管理はちゃんとして来たつもりです。

インプラントも早い時期から導入しました。しかし、それも20年以上経つと土台の方の歯が耐え切れなくなり、今は装着式の入れ歯に変えました。主治医は高い技術なので、それ自体は相当高い水準のものを装着していますが。自分の歯やインプラントに比べると物足りなさが残ります。

それでも多分、死ぬまでこの入れ歯と仲良くするのが一番利口な生き方だと思い、この入れ歯に合った食事の仕方を考えます。

もっと大変なのはネットで行う行為のパスワード、IDコード、暗証番号、メールアドレスです。これにクレジットカードも加わります。ネット音痴の私でも常に使用しているこれらの行為やカードは20はゆうに超えます。

これらは当社社長や息子等これらに強い人の好意に甘えながら何とかなっていますが、彼らがいなければとてもじゃないが完全アウトです。これに最近は円ではない電子マネーも登場して訳が分からないというのが実情です。

それでも何とか生きていけるのは私が現役だからです。これらを使う職場環境や身近に使いこなすスタッフや人がいるからです。

もし、引退して独り暮らしや同世代の奥様と2人だけの生活の人はとてもじゃないけど対応できません。実際はできないので放棄したままになっている人も多いのではないか?と思います。

私も同世代の知人・友人とはまだ付き合いがありますが、先輩世代はほとんど付き合いがありません。私がサラリーマンだったのは40歳前までです。その当時のバリバリの部長クラスだった人は大体現在80歳代です。

だれも亡くなったとは聞かないので生きています。でも消息を聞くと誰も答えられません。聞こえて来るのは何かの病気に罹ったけど回復して多少、体が不自由だけど元気で生きているみたい的情報です。

彼らが世間社会から、会社社会から消えて約四半世紀です。あと10年生きれば会社生活と同じ長さの老後を生きたことになります。過酷なまでの情報ネット社会。そこから取り残された元エリートサラリーマンがたくさんいると思うとこれからが切なくなります(取り残されていない元気、元気先輩もいるでしょうが)

老後の経済的な準備はできなかったけれでも、現役を続けられる生身の自分がいる。正直、早く落ちこぼれてよかった。だから現役でいられる。
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2021年04月11日

本好きの人はよく買ってくれる

学ぶことがこの年齢になってもたくさんあります。新刊「農と食ビジネスへの転身」をよりたくさん販売するためにいろんなことを考え、実行します。過去3冊の経験があるのでそれも参考にしながら販売手法を考えます。

販売チャネルは今回はBASEという決済条件付きネット販売と自社キースタッフ直販です。アマゾンの登録をしようとしていますがネットに精通している当社野口でも通過できないほど登録までにはいくつもの関所があります。まだアマゾンでの取り扱いには行きません。

当初、私の知人友人と出版元になっている(一社)エクセレントローカルに申込書付きで1冊献本しました。(一社)エクセレントローカルの反応は鈍かったですが、私の知人友人はそれなりにたくさんの冊数を買ってくれた人がいます。

1版はすぐ完売してしまい、現在2版を販売しています。ようやく、在庫もできたので私の知人・友人、ビジネス仲間で献本していない人(圧倒的にそっちの方が多いですが)へのDM(挨拶状と本の注文書だけを封入)を郵送し始めました。

私の知人友人、ビジネス仲間に献本なしで注文書を送るのはちょっと躊躇いましたが、全部献本にしていると何のために本を出版したかわからないので献本なしの注文書を送付することにしました。

意外に反応がよくてびっくりです。もっとも私も献本された本は読まない、むしろお金を出して買った本は「元を取らなきゃ」と思って読みます。それに挨拶状と注文書と送ること自体は本の出版の告知をしていることになるので先方に失礼にはならない。結構、「おめでとう」と言って買ってくれます。

やっぱり、一番、買ってくれるのは鳥巣ファンと言われる「親鳥巣研二」の人達です。私と考えや生き方が似ている、共有できる人達は買ってくれます。

それともう1つの傾向として買ってくれる人達は本を読む人。本好きの人です。本を読むのが日常生活に組み入れられている人です。今回の執筆に取り上げた、登場者にはお礼と献本をしましたが、意外にも3組は全く反応・応答がありません。

取材中はあんなに積極的に協力してくれたのに本になってしまうと全く無関心です。実際、話があっちに行ったりこっちに来たりでよく跳ぶので文章にするのが一番難しかったのもこの人達ですが。

この傾向をどう考えるか?この人達は日々のビジネスの頭も体も使って懸命に働いている人達です。しかし、この反応の薄さは?要は彼らは本を読まない人なのです。

本を読んでいる暇などない。毎日、毎日、次から次に発想が涌いているからそれを実現することで手一杯という人です。だから彼らのビジネスは斬新で凄いんだろうと納得。

結果、現段階でわかったことは買ってくれるのは「本をよく読む人」それも常日頃、書籍購入にそれなりのお金を使っている人達です。次は私が取り上げたテーマに多少の関心がある人。しかし、これも購入強度としては「多少」です。一番強い購入強度セグメントは「本をよく読む人」です。これからの販売戦略に生かします。

ブログ派は結構読む人、フェイスブック派はそこそこ読む人、インスタ派はあまり読まない人。でもそれも人それぞれオケージョンと場面で分けているので一概には言えませんが。

posted by tk at 08:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする