2021年03月03日

人間の評価は好きか嫌いかで決まる

人間は概ね人の評価を好きか嫌いかで決めています。概ねというのは中にはその人の社会的な地位や肩書で決める人もいるだろうし、メディアの評価で決めている人もいるでしょうから。

でも大半、実際に付き合いのある人を評価する時は好きか嫌いか?もっとはっきり書くとその人の性格が好きか嫌いかで決めています。そして私も人を評価するものさしとしては最適だと思います。

私の好きな人とは組織への所属依存部の少ない人です。はっきり書くと何かに所属して、それによる恩恵やメリットの少ない人です。一番好きな人は肩書のない人です。

名刺にやたら肩書を書いている人は私は心の中であざ笑っています。書く以前にいろんな役職に就いている人自体を私は心から軽蔑しています。あなた、組織のお飾りでしょうにと。

名刺に所属を書くのは当然です。現在地を証明するようなものですから。何の何兵衛か名乗るのが名刺なので。私も一応はキースタッフと書いています。キースタッフに所属している鳥巣研二です。それだけに留めればいいのに、それを自分の社会的な地位の披露としている人がいます。本当に哀れです。

私の同世代もほとんど引退しています。かっては大企業、大組織の「長」が付くポジションにいた人間ばかりです。引退すると名刺を出したがりません。「長」と書けないからです。

むしろ逆でしょうに。所属がなくなり、肩書がなくなったということは自由人になったということです。誰も支配しない代わりに誰にも支配されていない証です。

所属、肩書はしがらみでもあります。私はそこで生きている奴隷ですとの告白でもあります。それを顕示しているところに人間の悲しさがあります。婚姻届けもそうです。愛情の絆の証明を国にやってもらう必要があるのか?だから嬉しいことにそれを否定するカップルも増えています。

所属と肩書にこだわるのは自分の自信のなさです。自分の証明をする能力がないのでやたらと所属と肩書を誇示します。優秀なドクターが医師会における肩書など名刺に記載するでしょうか?

では何が人の評価になるの?民衆、国民の表には出ない評価です。民の声とも言っていいでしょう。その大きな評価層がこの日本の地下底流に培われていることを知った方がいい。それを風土というのか?国力というのか?伝統というのか?国民性というのか?美意識でしょうね.
posted by tk at 07:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする