2021年02月28日

無目的に夢中になるのが幸せ

れいらん後が始まりました。出張から戻ったられいらんがいなくなっていました。娘のところに行きました。ほとんど、感慨はありません。相変わらず、れいらんは私の心の中にいます。さらに娘のところだから安心だというのもあります。

昨日、床に入ったらやけに毛布についているれいらんの毛が気になり出しました。付いている、付いている、特に毛布の端にはたくさん小さな毛玉で突いていました。

除去し始めたら、取っても、取っても取り切れません。それでやっていると夢中になってしまいました。1時間近く、一心不乱でれいらんの毛とりをやっていました。ということは寝具、衣服以外のものにも相当付着しているはずだからしばらくはこれに夢中です。やることができてうれしいです。

「無目的に近いことに夢中になれる」ほど幸せなことはありません。猿の蚤(のみ)とりもそうかも。かゆいのを取り除くためにやっているのではなく、一心不乱に夢中で蚤とりをしています。

人生の行動にすべて目的を持っている人を相手にすると疲れます。もし、行動を共にするなら無目的の人に限ります。二人で蚤とりごっこ、いいですね。サイコー。

昨日、昔の会社の同期から退職の連絡が来ていました。現役で大学に入り、しかも3月生まれなので彼が最後でその会社から全員引退です。でも65歳でしょ、あと四半世紀から30年は生きます。何して暮らすんだろ?彼は優秀だから毛布の毛とりや蚤とりはしないだろうから。

人の評価などどうでもよい、自分が夢中になるものを見つけたものが勝ちです。その天才は政治家の先生です。国民の迷惑顧みず、今日も国会というサル山で蚤とり、いや元へ、権力闘争です。本当に嬉々としています。

コロナでも嬉々として、オリンピックでも嬉々として、過剰接待でも活き活きとして、全員100歳まで生きれます。幹事長、まだ18年ありますよ。総理なんてまだ青年だ。
posted by tk at 08:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする