2021年02月22日

見えない所で応援してくれている人

おかげさまで新刊が好調です。献本も結構ありますが、10日足らずで2刷の勢いです。本に生母を書いたので久しぶりに思い出しましたが、12歳で亡くしているので日頃、生母のことを思うことはほとんどありません。

時々、思い出すのは難局に直面した時や事態が膠着して動かなくなった時です。生母が自らの命と引き換えに私にくれた最大のプレゼント、形見は「人を当てにしないで、自分で生きなさい」です。

それまではやり手の生母の長男だったので何でも生母が解決してくれました。それがなくなったと実感するようになったのは亡くなって1年経った頃からでした。

それからは人を当てにしなくなりました。人は助けてくれないもの、一人でやるのが当然、当たり前になりました。そして大人になると、その通りだと思う局面が多いのにも驚きました。何かをやる時も困難に直面すると人は逃げて行きます。今は当初から織り込み済みですので、腹も立たなければ、怒りもしない。

私の名刺に私の肩書がないのは、あると信用できない人が寄って来るのを排除するためです。名刺交換をして私の無役に冷淡、落胆の表情をする人を私は見逃していません。この人とは付き合わない方がよいと判断します。

しかし、一人で頑張っていると事が成る時があります。その時は俺の力とは思いません。必ず、見えないところで助けてくれた人がいると思って探します。必ずいます。応援している人が。ただただ、心から感謝です。

ところで2日前に舌を噛んでしまって、老人の耄碌の一種なのでしょうが、動きが鈍くなっているので非常に深く噛んでしまって、すさまじい出血でした。2日続きました。一生止まらないかと思っていたら、今朝はぴたっと止まっていました。傷もふさがっていました。辛いことも長くは続かないなと実感しました。

それと空手の道着を洗っても洗っても汚れが落ちないので、そのまま使用していたらいくら何でも汚れが目立つようになり、期待しないで洗剤と炭酸ソーダをいつもの倍入れて洗いました。するときれいになりました。なんだそういうことだったのかと腑に落ちました。
posted by tk at 07:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする