2021年02月10日

転身に歳はない、次は70、80歳の転身を書く

今日、私の新刊が出ます。私にとっては4冊目の出版です。今回は私が所属する(一社)エクセレントローカルに出版部をつくり、そこからの出版になります。また、発売元は潟Lースタッフです。

タイトルは「農と食ビジネスへの転身」です。テーマは移住、転身、帰郷、転職、農業進出、再起で畑違いの業種から農と食ビジネスへの転身をした人やカップル22を取り上げました。この方々をテーマにしたのはこの方々がとても楽しそうに人生を生きているからです。大半は私のセミナーの受講者です。

兵児帯には「今がとても幸せ 22+1の人生」と書きました。「+1」って?私の人生を冒頭に書いています。講演等で話しているので受講者はみんなよく知っていますが。なぜ、私がここにいてこの職業をしているかを書いています。


明治以降は我が祖先は商家だったようです。当然、農地も保有しており、農業もやっていたようですが、家長はもっぱら商業が仕事だったようです。その後、明治・大正・昭和の初期頃までは家長は農業はせずに、役人、教員といった仕事について、農業は雇用人がやっていたようです。

戦後の農地解放と共に農業で飯を食うぞと決めたのが私の親父のようです。それで昭和29年に生まれたあと継ぎの私が物心ついた頃は純然たる農家でした。

しかし、米価の価格の下落と共に親父の農業への夢が壊れ、ご先祖様と同じように非農家への道に帰ります。親父のサラリーマンへの転身は42歳頃だと記憶しています。親父の覚悟と必死の転身の苦労は今でも記憶によみがえります。

それに連動して農家の後継者ではなくなった私もサラリーマンになりました。俗にいう一流食品会社に勤めていましたが39歳で転身を余儀なくされました。会社で悪いことをしたということで首になりました。

それから3年後にこの会社の大スキャンダルが世に出て、鳥巣事件がでっち上げであったことがわかり、私の潔白が証明されましたが、その頃はもう中小企業診断士に転身していました。

親父が42歳、私が39歳、親父は転身でしたが、私は再起でした。でも、お互い育ち盛りの子供を抱えて大変でした。でも生き抜きました。人生は100年までになりそうです。1度の転機だけではすまなそうです。

この本には転身に年齢はない。20歳代の転身、30歳代の転身、40歳代の転身、50歳代の転身、60歳代の転身を執筆しました。そして第2弾はぜひ、70歳の転身、80歳の転身、90歳の転身を書きたいと思っています。


posted by tk at 07:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする