2021年02月28日

無目的に夢中になるのが幸せ

れいらん後が始まりました。出張から戻ったられいらんがいなくなっていました。娘のところに行きました。ほとんど、感慨はありません。相変わらず、れいらんは私の心の中にいます。さらに娘のところだから安心だというのもあります。

昨日、床に入ったらやけに毛布についているれいらんの毛が気になり出しました。付いている、付いている、特に毛布の端にはたくさん小さな毛玉で突いていました。

除去し始めたら、取っても、取っても取り切れません。それでやっていると夢中になってしまいました。1時間近く、一心不乱でれいらんの毛とりをやっていました。ということは寝具、衣服以外のものにも相当付着しているはずだからしばらくはこれに夢中です。やることができてうれしいです。

「無目的に近いことに夢中になれる」ほど幸せなことはありません。猿の蚤(のみ)とりもそうかも。かゆいのを取り除くためにやっているのではなく、一心不乱に夢中で蚤とりをしています。

人生の行動にすべて目的を持っている人を相手にすると疲れます。もし、行動を共にするなら無目的の人に限ります。二人で蚤とりごっこ、いいですね。サイコー。

昨日、昔の会社の同期から退職の連絡が来ていました。現役で大学に入り、しかも3月生まれなので彼が最後でその会社から全員引退です。でも65歳でしょ、あと四半世紀から30年は生きます。何して暮らすんだろ?彼は優秀だから毛布の毛とりや蚤とりはしないだろうから。

人の評価などどうでもよい、自分が夢中になるものを見つけたものが勝ちです。その天才は政治家の先生です。国民の迷惑顧みず、今日も国会というサル山で蚤とり、いや元へ、権力闘争です。本当に嬉々としています。

コロナでも嬉々として、オリンピックでも嬉々として、過剰接待でも活き活きとして、全員100歳まで生きれます。幹事長、まだ18年ありますよ。総理なんてまだ青年だ。
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2021年02月27日

意外にもガバナンスが効いている

ガバナンスとよく言われます。支配ですが、一般的に使われる時は組織の統治を言います。ガバナンスが効いている組織、効いていない組織とよく言います。

ガバナンスが効いていると言えばワンマン経営者が専横をおし通しているようなイメージですがそうではありません。ガバナンスは統治のプロセスです。組織が正常に健康体で機能しているかどうかです。

ですから、ワンマン社長が私利私欲のために専横を押し通したら、これはガバナンスが効いていないということになります。トップの指示が動脈血が動脈をスムーズに流れ、静脈血が静脈を通して心臓に戻って来るような統治のしくみです。血ではなく、風で表現すると風通りのよい組織と言ってもよいかも知れません。

この1ヶ月、仕事の企画等で地方自治体や農業団体に行きました。ガバナンス採点を〇△✕ですると、あくまで偏見、私見ですが当初は〇2:△5:✕3と思っていましたが、訪問してみると〇4:△5:✕1の感じです。

意外にも風通しがよく、4割の組織がトップからミドル、ロワーまで機能しています。そして△5は生活習慣病予備軍ですが、血液はまあ流れています。

よく行政や農業団体組織は動脈硬化だと批判されるので3割くらいそうかと思っていましたが、実際は厳しく見ても✕は1割程度です。住民の眼が厳しいのもあるでしょうが、やはりトップの能力と意識次第です。

トップがワンマンの号令一下では組織は動きません。職員がトップの言うことを聞かない組織はもう組織ではありません。要はトップと職員との信頼関係です。トップと職員が信頼関係を築いている組織は正常に機能しています。

トップが自分の過失を職員に押し付けたり、議会での自分に不利な追及の答弁を職員に押し付けたりしている組織はまずは不信感組織になっています。さらにトップが邪なことをしている組織はもっと体をなしていません。建物に入っただけでひやーとした慄然とする雰囲気が漂っています。





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2021年02月26日

転身しない人は今が幸せだから?

「農と食ビジネスへの転身」に登場する22のカップル・掲載者を私は「今がとても幸せ」と書いています。今がとても幸せということは、それ以前は不幸、悲惨であったと言うことです。

転身前の状態が幸せであれば誰もそこから脱出しようとは思いません。むしろ、その幸せが長く続いて欲しいと思います。そうじゃないから新しい世界に挑戦します。

私のサラリーマン生活はどうだったか?ずっと入社した会社に勤めたかったです。しかし、会社のスキャンダルに巻き込まれて、しかも被害者なのに加害者にされて会社を去りました。新しい世界に飛び込まざるを得ませんでした。

今、振り返るとサラリーマンで定年まで勤めるか、今のように起業した方がよかったか?もちろん後者です。でも私のような人間は例外です。

いい加減なことは書けませんが家庭内バイオレンスに苦しんでいる人が多数います。抜け出せばいいのに脱出できない人もたくさんいるそうです。なぜ?暴力を振るう相手が優しさと暴力を繰り返しているからだそうです。優しい時もある、これが抜け出せない自己肯定になっているそうです。

多くの人が巨大流通に買い叩かれると嘆きます。じゃあ、巨大流通に売らなきゃいいのに、相変わらず売っています。巨大流通は俗に言う大企業で名前が売れているので、売っている側も「うちあそこと取引しています」と自慢します。それじゃ永遠に抜け出せない。

また、JAに出荷している農家はJAに出荷すると儲からないと愚痴の合唱です。でもせっせとJAに出荷します。買い叩かれても、相場が下落しようが、既存流通から出ようとしない。

そう言っているうちに農業は弱体化して、耕作する人がどんどん減っています。農水省だっていろんな施策を打ち出すのに、農家も地方自治体もJAも現状に甘んじて新しい取り組みができない。自業自得です。

私の本に出て来る人はそれに見切りをつけた人です。中に「+1」で私のことを書いています。米の消費が減り、かつ高度成長で物価が高騰する中で、相対的に価格下落する米農家では食べていけないと判断した親父の「脱農家作戦」だったと書いています。そしてそれは成功しました。

現状の中で不満を述べながらもそこから動こうとしない人、それはきっと幸せにはなれません。
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2021年02月25日

れいらん元気で暮らせよ

れいらんが娘のところに引越しすることになりました。私がマルイチになって2週間位して私の部屋にやって来ました。生後5ヶ月くらいでした。約6年間一緒に暮らしたことになります。

6年はあっという間ですが、それでも色々あります。娘も今は一人暮らしになっています。れいらんのために部屋をペットと暮らせるところに引っ越したそうなのでれいらんが戻って来ることはなさそうです。

れいらんが私と別れて知らないところに行くのなら感傷的になりますが、娘のところなので安心だし、可愛がられて今よりも優遇されるでしょう。娘もたまに出張があるようなのでれいらんのこの部屋の備品はそのままになりそうです。

ただし、私が在宅の時に連れて行かれるとちょっと辛いので、昨夜からの出張のいずれの日かに連れて行くように娘に言っておきました。明日、東京戻りなのでその間に引っ越しが済んでいればいいんですが。

れいらんが来た頃は結構、夜は一緒にいられたのですが、銀座にレストランエクセレントローカルを作った4年間は私も東京にいる日は夜はお店に行っていたのであまりかまってやれませんでした。しかし、お店も閉めたし、夜は他のどこもやっていないのでこの3ヶ月くらいは一緒にいる時間が相当あったので私も満足しています。

九州の仕事が増えており、元々、郷里なので九州に移住するのではないか?私の場合は九州に帰るのではないか?という話題になることもあります。九州の仕事が増えてもこれから数年は掛け持ちでしょう。間違いなく、70歳までは軸足は東京です。その後については何もわからない、会社が倒産しているかも知れないし。

れいらんとは年に数回は会えるでしょう。それで十分です。ご老体に猫のお世話もままならなくなりました。と言うのは冗談ですが。

娘も息子も独立していますと言っても私とは生活距離も仕事距離も近くにいます。れいらんが3番目の子です。ようやく3番目も私の手を離れて私も子供に手がかからなくなった。そんな気持ちです。
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2021年02月24日

共感・共鳴しないと一緒に生きれない

新刊の売れ行きが好調の様相を呈しています。「好調だ」と言い切れないのは初版は献本も多いので実売数は献本を引くとぐっと下がります。それでも好調に感じるのは4冊目になると、過去の3冊と比べることができるからです。

なぜ、今回の本は好調なんだろう?そこには22+1の人生を書いているからかも知れません。掲載している人からもお礼と共に自分の箇所だけではなく、他の掲載者箇所も一気に読んでしまいました。それぞれ皆様の人生に共感しました。という電話を多くいただきます。

多分、この「共感」が好調のポイントではないかと思います。買ってくれた人達からも「一気に読んでしまった」という感想が多く寄せられます。

移住のコツや転身の心構えを書いたわけでもありません。「今がとても幸せ」を書きたかったのです。それが読者の心を掴んでいるような気がします。

中には人生の触れられたくない部分を書いている個所もあります。それも読者から「鳥巣さんだから聞き出せたことですよ」と言ってくれます。相手も私が無理に聞いたので、しゃべったわけでもないと思います。掲載者と私の間に信頼があったからでしょう。また、掲載者も私の人生に共感しているからしゃべっくれたということも言えます。

掲載中止になった方もいます。こっちが断った人はなく、相手から掲載見送りが出ました。要はお互いの中に共感を見出せなかったのでしょう。私の至らなさです。

私のことは「+1」で書いています。中にはもっと鳥巣さんの人生を書いて欲しかったと声を寄せてくれる人もいます。あれだけ7ページ程度、自分のことを書いても赤面なのに。とても私の人生を1冊にまとめることはできない感じですが、それもわかりません。何年か後には自分を書くかも。売れないでしょうけど。

私のブログを毎日読んでいる方からも結構、私にブログの内容について声が寄せられます。ファンでしょうから不快な声はありません。自分が共感した個所を書いてくれています。

全て共感のような気がします。共感しないと共鳴しないとあらゆる仕事も進まない、パートナーシップも組めません。私と波長の合わない人にも献本していますが、その方々からは全く反響がありません。ゴミ箱に捨てたか、見るもおぞましいと引き破ったかいずれのどちらかでしょう。人生とはそんなものです。
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2021年02月23日

人を見る極意はその人の友人を見る

もちろん、肉親は大切ですが、大人になって自立すると肉親といる機会は減ります。自分が生きている同じ社会、コミュニティにいる人が自分にとって大切な人になります。

一言でいうと「友人」が一番大切です。家族じゃないの?家族は大事ですが、奥さんが自分と最高の友達、子供も自分と仲のよい友達関係を作った人の家庭は幸せです。

最近、仕事でよく今まで行かなかった所に行って、初めて会う人も結構います。最初は私を見て、警戒半分です。しかし、何度も何度も通っているうちに心を開いてくれます。

また、その人と知り合うのにその間に共通の友人や知人が入っているとなおさら相手は心を開いてくれます。そしてこっちの提案にも耳を傾けてくれるようになります。

そうなるとその人も自分の友人知人も何か大きな道を一緒に歩いているような気になります。しかもそこには笑いが絶えません。冗談もよく出ます。自分の生き方の話なども話題にしながら、一緒に歩きます。

一方で反対の人もいます。最初、訪問した時は愛想がよくて、また来て下さいなのに、何度か訪問する度に迷惑そうな顔になります。何かこっちが悪いことをしたかな?と考え込むと思い当たる節はありません。

こういった人はむしろ非があるのは向こうの方で、最初はひた隠しで隠していますが、何度も訪ねるとそれがばれそうになると、こっちが悪いように非難してきます。

????と思いながら、周りを見渡すとその人には心から話せる友人がいません。友人と称する「ワル」が一人二人必ず、取り憑いています。昔はいい友人もいたのでしょうが、その人の弱さ、冷たさ、身勝手、空気を読めない無能さ等で離れて行ったのでしょう。

この人の友人知人はどんな人がいるか?本人を見るよりも友人知人を見たほうが確かです。これが人を見分ける、見極める時の極意です。
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2021年02月22日

見えない所で応援してくれている人

おかげさまで新刊が好調です。献本も結構ありますが、10日足らずで2刷の勢いです。本に生母を書いたので久しぶりに思い出しましたが、12歳で亡くしているので日頃、生母のことを思うことはほとんどありません。

時々、思い出すのは難局に直面した時や事態が膠着して動かなくなった時です。生母が自らの命と引き換えに私にくれた最大のプレゼント、形見は「人を当てにしないで、自分で生きなさい」です。

それまではやり手の生母の長男だったので何でも生母が解決してくれました。それがなくなったと実感するようになったのは亡くなって1年経った頃からでした。

それからは人を当てにしなくなりました。人は助けてくれないもの、一人でやるのが当然、当たり前になりました。そして大人になると、その通りだと思う局面が多いのにも驚きました。何かをやる時も困難に直面すると人は逃げて行きます。今は当初から織り込み済みですので、腹も立たなければ、怒りもしない。

私の名刺に私の肩書がないのは、あると信用できない人が寄って来るのを排除するためです。名刺交換をして私の無役に冷淡、落胆の表情をする人を私は見逃していません。この人とは付き合わない方がよいと判断します。

しかし、一人で頑張っていると事が成る時があります。その時は俺の力とは思いません。必ず、見えないところで助けてくれた人がいると思って探します。必ずいます。応援している人が。ただただ、心から感謝です。

ところで2日前に舌を噛んでしまって、老人の耄碌の一種なのでしょうが、動きが鈍くなっているので非常に深く噛んでしまって、すさまじい出血でした。2日続きました。一生止まらないかと思っていたら、今朝はぴたっと止まっていました。傷もふさがっていました。辛いことも長くは続かないなと実感しました。

それと空手の道着を洗っても洗っても汚れが落ちないので、そのまま使用していたらいくら何でも汚れが目立つようになり、期待しないで洗剤と炭酸ソーダをいつもの倍入れて洗いました。するときれいになりました。なんだそういうことだったのかと腑に落ちました。
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2021年02月21日

積小為大という名言を知った

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」と言ったのは大日本帝国海軍連合艦隊司令庁長官の山本五十六大将です。これを言ったのは私のような小規模零細企業の経営者ではなく、当時の日本の大組織のトップです。大組織のトップでも「一人一人を丁寧に育てよ」と言っています。

では次の言葉。「積小為大(せきしょういだい)」実はこの言葉は恥ずかしながら知りませんでした。二宮尊徳のことばだそうです。原文は「小を積めば、則ち大となる」だそうで、意味は「小さなことを積み重なって大きなことになる。だから、大きなことを成し遂げようと思うなら小さなことをおろそかにしてはいけない」だそうです。

教えてくれたのはJA全農副会長の乗富幸雄さんです。JAグループの職員数は20万人です。まさに日本有数の大組織です。そのトップからこの言葉が出ました。

企業が投資のお金でM&Aを重ねて、大きくなっていくのが現在です。自分が成長して大きくなっている例はほとんどありません。買収による成長です。

会社を大きくするのは人材です。それが死語になり、会社を大きくするのは買収資金になりました。アメリカ式経営です。人材育成はありません。人材ごと買収です。人材も含めて買収金額が決まります。

でも一番大事なのは企業も人も育成です。育てるということです。商品もそうです。育てなければ売れません、それ以前にまずつくれません。そして、できた1個のものを、1個買ってくれるお客様に売ることから始まります。

いや、違いますね。始まるのではなく、ずっと「1の生産販売と1の購入消費」の積み上げが売り上げになっていきます。それは1億個売れるようになっても1の積み上げの1億です。これを日本人は忘れてしまった。

農業衰退というけれど、地方に行けば、里山に行けば、中山間に行けば、数は少ないけれど魅力的なものがたくさんあります。野草は薬草になります。耕作放棄地に植えた菜種は素晴らしいオイルになります。

これがわからんのですよ、消費者も、生活者も、ある意味、農家も、地方行政機関も。「積小為大」なんだけどな。

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2021年02月20日

全農幹部2名からローカル商品開発を聞く

昨日は福岡県みやま市6次化協議会主催の勉強会でした。講演は現在、JA全農オフィサーで、かって日本最大手小売業の社長だった戸井様にお願い申し上げました。

現在、JA全農が取り組む商品開発のヘッドを務めています。農産物流通だけでなく、JA全農がそれらを使って加工食品を製造販売すると言う事業を統括しています。

大量販売のJA全農から顧客を絞った商品開発を行い、巨大量販店だけではなく、外食産業、中食産業、レジャー施設への販売等も視野に入れています。今までは青果コーナーで販売するものを品揃えしていたJA全農が自らがメーカーになろうと言うものです。今でも多くの食品メーカーを子会社に持っていますが、さらにそれを強化して行きます。

かって大手小売業の社長から地方特産品やスモール生産や限定販売や希少性の話が出るのも意外でもあり、そういった時代が来たのだと痛感しました。スモールの世界で生きて来た受講者の小規模・中小企業事業者からの質問にも肯定的な立場で応答してくれて、みんな勉強になったと言っていました。

もう1人、アドバイザーとしてJA全農副会長の乗富様に出席していただきました。私はかって1度だけあったことがありました。数年前にこの地元に本社を持つタカ食品工業と地元農協の6次化勉強会をした時の組合長でした。あれからJAふくれん会長になり、2年前からJA全農の副会長に就任しました。

以前の勉強会の時にタカ食品社長とJA組合長が自宅も近くで幼稚園から高校まで一緒だった両名が会ったのは20年ぶりだと言っていたので「これだから地域農業と加工の距離が遠く、地域内で6次化は進まないはずだ」と悪態をつく私に両名とも笑っていました。

これから地域農協の生き残りをどうするか?食品加工に力を入れるJA全農を先頭として、地域では大量流通に乗らない加工品開発、希少性野菜加工等の道の話が話題になりました。

受講者にとっても実り多いものとなりました。
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2021年02月19日

約束は口だけではなく実行しないと

公約は実行するものであって、ただ掲げるものではありません。選挙で多くの候補者が掲げる公約は軽い。ただ思いつきを羅列しているだけです。公約は実現しなくても問われないという悪弊が充満しています。

当選してもまだ掲げた公約をしゃべっているだけ。もう当選したのだから、いい加減実行しなさいよ。そして4年間、掲げた公約をしゃべっているだけです。

選挙公約に感動して、協力しようと動く有権者たちも興醒めです。改選期になり、また同じ公約を掲げている。やがて有権者も騙されていることに気がつき、次は落選する。常識のある有権者はサイレントに振る舞っていますが、ちゃんと見ています。

ビジネス社会もそうです。トップの決断と実行部隊だけがいればそれでよい。それが大組織になればなるほど階層ができ、各階層にマネジメントができ、屋上奥を重ねています。その階層を上る能力に欠けた人間だけが出世します。

実行することではなく、実行しない言い訳、弁解に長けている人間だけが出世します。そしてやがてその組織は崩壊します。自分の組織などどうでもよいと思う勇気。ビジネスは入り口と出口のバランスです。左側が生産者、右側が消費者だとすれば両方とも同じくらい大切です。

消費者の為=生産者の為です。地方自治体もそうです。住民の要望を叶えてこそ、地方自治体です。それが一部のクレーマーにばかり神経を取られ厚くするあるいは密室の議会対策にばかりエネルギーを使っている自治体は本末転倒です。

特に首長がその覚悟ができているか?一昨日、福岡県みやま市のルフランバイオマスセンターを見学しました。10年前頃からこの構想が始まり、7年かけて完成しました。農家も生活者にも大きな受益があり、地域の役に立っています。

これをやったみやま市の前市長には敬服します。また、これの原型となった福岡県大木町長にも敬服します。
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2021年02月18日

SDGsを学ぶならルフランバイオマスセンター

昨日は福岡県みやま市に行きました。最近は農水省の事業が入っており、よく行きます。最初に行ったのは2017年頃でした。旧山川町南部小学校運動場跡にバイオマスセンターができるので、併設で旧校舎を「人が集まる賑わい施設」を建設、具体的には市民開放の加工場を作りたいということで当社で支援しました。

バイオマスセンターも関係施設も総称は「ルフラン」です。当社が建設支援をしたのは「ルフラン加工場」と呼ばれ、隣にある市民開放型カフェは「ルフランカフェ」と呼ばれて市民に人気です。

何度もルフランを訪れているのに中核施設の「ルフランバイオマスセンター」はまだ見学したことがなく、昨日見せてもらいました。フル稼働をしています。

このルフラン施設全体を建設、運営しているのはみやま市衛生環境課です。旧知の環境衛生課長から直接説明を受けました。構想は2010年頃から始まり、具体化したのは2012年頃で、完成、営業開始したのは2016年で、1年後に当社が加工場づくり支援をしました。

市内の生ごみとし尿と浄化槽汚泥を回収して、発酵設備でメタンガス発酵をさせて、電力と液肥に変えています。特に液肥は市民に販売され、農業用の肥料として大人気です。10,000トン/年の有機液肥が生産されます。価格は1反(10アール)分当たり、1100円で販売され、市販の化学肥料を購入するのの1/10のコストです。

SDGsが叫ばれる現在、人間のし尿を有機肥料に変えている例ということで探していましたが、実はその模範例が自分が関わった隣にあったということで昨日は大変よい勉強ができました。

昔、肥汲みが農家の大事な仕事でした。異臭の中を辛い仕事でした。人糞を肥料にというのは戦後、アメリカ支配の中、不潔だということで化学肥料産業が育成されて、廃れて行きました。これを科学的に、衛生的に、環境的にそして健康的に解決したのがこの方法です。

施設の側の旧校舎にはルフランカフェがあります。し尿回収車がバイオマスセンターに運搬して来る脇で市民がカフェでお茶しながらゆったり過ごす。これこそSDGsです。百聞は一見に如かず。これぞSDGs社会を見ました。

この構想から実施までやったのが昨日私に説明してくれた松尾課長です。すごい人材がいるものです。特に人間のし尿を液肥に変えて、それを農家が受け入れるよう住民説明から受益者説明まで相当のエネルギーを要したはずです。これぞ、地方公務員の鑑。

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2021年02月17日

日々の煩わしい雑事からの解放

第2次世界大戦後のマーケティングの常道は戦いです。敵・ライバルよりもシェアを上げて、売り上げ利益を拡大するでした。「でした」というのはまだ早いかも。今でもそんな会社はたくさんあります。

会議といえば中長期目標の達成、年次計画の完遂、会議は毎回、売り上げの話だけ。こんな会社に入ったら不幸でしょうね。というよりまずろくな社員は集まりません。

でも昔のマーケティング本を読むと軍事用語ばかりです。多分、第2次世界大戦の後に米ソの緊張はあったものの対戦後、男の仕事が軍隊から会社に移ったからでしょうか?

ターゲットという言葉も軍事目標だし、ひたすらシェア拡大が至上命令です。同業企業はみんな敵です。敵の殲滅のために営業活動をしていました。命のやりとりマーケティングなど楽しくも何ともない。

戦わないマーケティングが最上です。「戦わずして勝つ」いやいや勝ってもいけません。戦わないのだから。ターゲット・ライバル・敵の概念を頭から外すことです。お客様だけを見ていればよい。お客様にひたすら気持ちよくなってもらうためのマーケティング。

高齢者の悩みは何でしょう?老後の不安です。死ぬ日まで安心して暮らせ、安心して死んで行けるかどうかです。そのための最良策は将来よりも毎日、毎日が楽しくいられるマーケティングです。

懸命に努力して命を延ばすよりも今が幸せな方がよい。将来の心の平穏よりも今、どうでもよい煩わしいことに心を取られたくない。長生きするよりも今が幸せなほうがよいです。なぜなら、どうせ長生きはするんだから。

我々の前にある膨大が煩わしい事。あれをやれ、これはやったか、これが国民の義務だ、これは権利だ。保険に入ったか?ワクチンは射ったか?薬は飲んだか?医者にはちゃんと行っているか?あとの蓄えはいくらある?借金は返せるかな?こんな煩わしいどうでもよいことから解放してあげることです。
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2021年02月16日

充足の後には制約のマーケティング

ターゲットマーケティングは充足の時代にはよいが、さらに成熟社会になると機能しません。これからは制約マーケティングでしょう。何かの制約の中で輝くにはどうしたらよいか?

例えば、人生もそうです。無能で何をやっても下手だから、謙虚に精進して何とかここまで生きてくることができた。要は制約の人生です。
@ぼんくらだから、仕事の前にちゃんと念を入れて準備した。
A農家の出だから、華美な生活に溺れずに慎ましく生きて来られた。
B運動神経が鈍くてスポーツが下手だからゴルフに溺れることもなかった。
C音痴なのでカラオケも苦手でカラオケに夢中になることもなかった。
D常食はうちの野菜と近くの漁師が獲った魚ばかり食べていたので今でも健康な体である。
E人は自分よりもできると自覚しているので自分が思い通りにできなくても投げることがなかった。
F挫折が多かったので悩み、苦しむ人の気持ちがわかるようになった。
G何をやってもへたくそなので、根気よく何度も何度もトライを継続した。
H酒が弱く、若い頃はずいぶん失敗したが、この年齢になると飲めなくなり、肝臓も健全に機能している。
I若い頃は女好きだっただったけど、もてなかったので身を持ち崩すこともなかった。
J賭け事に興味がないので大博打を打つ度胸もなかったけど、摩(す)ることもなかった。
K仕事が好きだったので失敗もしたけどそれが血肉になっている等

昔、都会の子供は白米を食べていました。米をつくっている農家の子供は身が欠けた白米に、麦が同量入ったごはんを食べていました。米の採れない地域の子供はひえ、あわ、きび、そば等の雑穀入りごはんかいろんな穀類を乾燥させて粉に挽いた麺やだんごを食べていました。食料の生産者が一番貧困でした。

貧困の象徴だったが農産物が引っ張りだこですが作り手がいません。ひえ、あわ、きび、そば等の雑穀入りごはんやいろんな穀類を食べて育った人たちは見るのもいや。でも健康には最高にいい。充足の後には制約が美になっていきます。この制約の農業がこれからの主流になっていくでしょう。

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2021年02月15日

転身した人の男女比を計算してみると

「女性が入ると会議が長くなる」と言って辞める辞めないすったもんだしていました。辞めましたが、ずいぶん、往生際が悪かったですね。これが九州だったら女子から間違いなく「何しよっと、男らしゅうなかね、あんた。それでも男ね?」と飛んで来ます。彼は北陸出身でよかった。

彼が出た大学の創始者は維新の元勲大隈重信老公です。九州佐賀県の出身ですが、ものすごい恐妻家だったそうで、幕末・維新の砲火をくぐり抜けたあの英雄が奥様の前では信じられないほど従順だったそうです。それでいいのよ。

男女比50対50。慌てて私の新刊「農と食ビジネスへの転身」の登場者の男女比を数えて見ました。食の世界は女子が主役、それは当たっていますが、今回は農もテーマなので男子も頑張っています。

登場の22事例の内でご夫婦(男女)が4組、女子単独は7人、残りが男子で11名です。そんなに男子がいたかな?って、何度も数えて見ましたが、間違いありません。

女子の方が取材内容が面白いから女子が多く感じるのでは?そんなことはありません。男子も頑張っています。

ご夫婦の場合、語っているのは圧倒的に奥様です。4組中、3組は奥様です。1組がご主人です。その1組というのは奥様がアメリカ人で私が英語ができなくて、日本人のご主人にしゃべっていただきました。私が英語に堪能であれば奥様に取材したはずです。

それでご夫婦の場合。語り手で男女を決めて、集計すると女子の語りが10事例、男子が12事例になります。さらに今回は22+1事例の1は私が我が生い立ちを書いていますが、登場するのは女の母と祖母なのでそう考えると男女事例比は偶然にもほぼ半々です。よかった〜。

男子、特に東北の男子が口が重く、取材も難航しました。一生懸命あの手この手でしゃべってもらいましたが、ページ数は圧倒的に少ないです。一杯、飲ませながら取材した方がよかったかも。

一方でよくしゃべったのは?転身して今の世界にいる人はいろんな人生の泣き笑いを経験しているのでしゃべることもたくさんあり、総じて取材は楽でした。

1つだけ男女比が明確なことがあります。食は女子が多く、農は男子が多いというのはどうも明確に言えそうです。しかし、現在、農業女子も増えており、かつ飲食業(調理人)の農業進出もブームです。そうなると男女比は全く関係なくなります。
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2021年02月14日

「農と食ビジネスへの転身」出版の意義

作家でもない私がなぜ本を書くか?その時々でセミナー等で教えていることをまとめているというのが本当です。39歳で会社を辞めたというよりもクビになり、中小企業診断士として活動していた頃、地域の加工特産品開発に関心があり、そっちの仕事を増やしたくて「加工特産品開発読本」(プロスパー企画)を書きました。ちょうど、50歳の時です。

それで7年間、食べていました。その間、時代は私の予測通りに、大量生産、大量販売のひずみが出てきて、地方の加工特産品が脚光を浴び始めました。

脚光を浴び始めると今度は開発製造よりも売り方を教えてくれという声も増えて次の出版のチャンスがやってきました。今度は「よくわかる加工特産品のつくり方、売り方」(出版文化社)を出しました。57歳の時です。

そしたら、1年後ぐらいに次の出版の企画が舞い込みました。そして59歳の時に出版したのが「農産加工食品の商売繁盛」(創森社)です。当時、農家が自分で生産した農産物を加工して、自分で売るいわゆる6次産業化を農水省が推し進め始めました。

私の持論ですので、6次産業化の流れに乗って私も本も全国区になりました。もう肩書に中小企業診断士をつけなくても飯が食えるようになりました(経済産業省から農水省へ)。そして、わりかし、会社の経営も楽になりました。それで62歳で創業したキースタッフ社の代表を下りました。

同時に、やがて加工特産品の時代や6次産業化がスーパーに陳列されている大手の特売食品とは別の世界を形成して、農家のおかあさんの手間賃稼ぎがビジネスになると判断して、それを象徴する言葉として「エクセレントローカル」を商標登録して一般社団法人を立ち上げました。

しかし、一方で農家のおかあさんも歳を取りました(私も取りましたが)。農業の担い手がいません。私の持論のエクセレントローカル社会を創るためにはそのプレーヤーが必要です。

それで今回、「農と食ビジネスへの転身」(エクセレントローカル出版部)を出版し、全国で活躍するそのプレーヤー達を紹介しました。エクセレントローカルへの参入を促しています。前の出版から既に8年経過しました。

次の仕事はこのプレイヤー達が活躍する全国の多様性のある中山間地域や魅力的な農村のエクセレントローカル商品の紹介とその開発・販売手法と経営手法を世に提案する仕事が残っています。

これをまとめるのはいくつの時かな?70歳に一応のめどをつけています。それで一応は私がこの世に存在する意義も全うできるような気がします。




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2021年02月13日

開くのが怖い、誤字脱字が怖い

新刊ができるまでは穴が開くほど毎日原稿をチェックしていました。出版してから、世に出てからは手に取って読むのが怖いです。なぜ?誤字脱字が見つかったらどうしよう?という怖さです。

今回は過去3回の出版よりも校正を1回増やし、出版担当者、私、印刷製本会社との正規の校正作業を3回やりました。本に書かれている文章は公式に3回の手直しを入れた4度目のものです。それでも本を読むのが怖いです。

新刊の件で、友人知人から電話が来ると怯えます。「鳥巣さん、何ページの何行目に誤字が見つかったよ」と指摘されるのではないかと。「見逃してくれ〜」本の価値は中身が大事ですが、併せて誤字脱字がないことです。誤字脱字が目立つとそれだけの本自体の価値を下げます。

6月から取材開始しました。発売まで7ヶ月かかっています。早いのか遅いのか私にはわかりません。私のペースでやった結果です。取材に2ヶ月、執筆に2ヶ月、あとの3ヶ月は編集作業つまり手直し、構成、体裁、校正等の作業です。

これらは実際は並行作業もありますが、時間配分を聞かれると大体こんなものです。意外と編集作業に時間がかかっているのです。この作業は独り作業です。土日祭日、事務所に籠ってひたすらこの作業をしていました。

1月からある仕事の企画が舞い込んできました。本業のコンサルの仕事です。この仕事がなぜつくられたのか?行政の仕事は法律に基づいていますのでその背景を専門家に聞きに行きました。そして体系を頭に叩き込んでそれから活動開始です。

この仕事の対象先に最適という地域を自分なりにピックアップしてからその現地視察を始めます。当然、そこの人々とも話します。対象地域と想定した地域に1ヶ月でそれぞれ3回以上出向きました。そして、これがもし仕事になった場合の準備と大枠を自分なりに決めました。

仕事も執筆も最終の丁寧さが大事です。併せてその萌芽は既に始まりで決まっています。開始を悩むよりもさっさと始めて、行いながら形ができてゆくというのがよい仕事ができます。それでも最終成果物を開くのは怖い。
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2021年02月12日

毎日が孤独な疎外生活

孤独な日々です。精神的には孤独ではありませんが、身体は孤独です。独り暮らしもうすぐ6年になります。れいらんがいるじゃないか。その通りですが、人間言葉をしゃべる人は隣にいません。

特に休みの日は一日誰ともしゃべらないというのが通常です。話し相手がいない。都会も田舎も老人の暮らしはこんなものです。それに対して、お上やその周辺の医者たちは「密を避けよ」と言います。

コロナ騒ぎの前までは老人の孤独死が社会問題になっていたのにコロナ以降は誰も年寄りの孤独死など話題にしなくなった。コロナ騒ぎの中、本当は独り暮らしの老人の精神ケアの方が大事です。

東京で仕事をする時も住まいと会社は徒歩3分。誰とも接触はありません。出社しているスタッフも出張や在宅勤務のため、私以外にせいぜい1人。このオフィスで2名でいると密どころかむしろ疎です。

「お前はよく地方に出張しているではないか」については飛行機は減便しているので飛んでいる飛行機はそれなりに乗客がいます。それでも搭乗率6〜7割です。まず、真ん中のB席に誰かが乗っていることはない。

新幹線は間違いなくガラガラです。1車両に3〜4人が通常です。乗り換えて目的地まで行くローカル線はコロナのせいではなく、コロナ発生以前からいつもガラガラです。

それでも電車もないところは当社の現地スタッフのクルマで移動します。2人で窓を開けて移動します。全然、密ではありません。目的地に着くと打ち合わせをします。時間は長くて1時間です。偉い人を表敬訪問する時はせいぜい10分です。密になりようがない。

お昼はうどんかラーメン等麺類なので注文して食べ終わるまで長くて30分。夜の会食はお店がやっていないのと早めに始めても、がらがらの店内に長くてせいぜい1時間半。

ホテルに入るとずっと独りだし、ホテル内滞在時間がチェックインが早く、チェックアウトが長いので10時間以上、独りで調べ物をしたり、原稿をチャックしたりの孤独作業です。人との接触は皆無です。

地方出張してもずっと移動の中におり、1か所の滞在時間は短いです。人との接触時間もそれに比例して驚くほど短いです。これはコロナ騒ぎとは関係なく、我々の行動自体がそんなものです。

毎日が孤独の独り生活です。テレビは見ませんが、時々、目に入る時にアナウンサーもコメンテーターもマスクしないで大声でしゃべっています。こっちの方がよっぽどやばいんじゃないの。

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2021年02月11日

人格と社会的地位は何の関係もない

超有名人が表は身ぎれいで世の改革者が実際の顔は卑怯者で嘘つきで汚い人間であることが暴露されるとそれは週刊誌のスクープとしては最高です。そのギャップに国民は驚きます。

狙われるのは著名人でなければなりません、政治家、タレント、実業家といったところがネタになります。それにしてもネタになる人たちの虚像と実像はこんなに違うのかと国民はショックを受けます。

昔は私も幼かったので、また、田舎で少年生活を送っていたので理解できなかったのかも知れませんが、昔の人の方が表と裏のギャップが少なかったように感じます。

昔の世のリーダーは恵まれない人や貧乏人を慮っていたような気がします。世襲で高い地位にいる人もある意味、謙虚であり、偉そうな態度はしていなかった。また成り上がり者でも自分の出自の卑しさをわきまえているせいか、人には優しかったような気がします。

今はばれなきゃオーケーが一般化してしまいました。失言問題もそうです。あの人たちの失言が日頃言っている持論であればそれほど問題にならない。日頃言っていることとよそ行きでいうことが違うので失言になります。要は二枚舌がばれてしまいました。

著名政治家の長男の出来が悪いのは親の実際を知っているからだと思います。言っていることとやっていることが全然違う。外づらはいいが、実際は卑怯で汚い人間だと子供は生まれた時から知っています。要は親への復讐で出来が悪いのでは?

長く生きるとわかりますが、実際に有名人に会うと何でこんな人間が有名なのか?というのもたくさんいます。一方では、この人は人格者だ、尊敬できる、さすが有名になるはずだと感動する著名人もいます。要は人格とその人の社会的地位、あるいは名声とは何の相関関係もありません。

なぜ?こんなのが有名になったか?虚像です。メディアが作り上げた虚像です。私がある官民企業の社外取締役をしていたことがあります。そこのトップは私同様、社外からの役員でしたが、私の業界では昔は有名人でした。

実際に会うと幻滅するほど社会の常識からずれまくっていました。私が任期を終え、しばらくしてその男が自分の本籍地の会社から解任されたと知り、この会社の経営者たちはまともだと思いました。

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2021年02月10日

転身に歳はない、次は70、80歳の転身を書く

今日、私の新刊が出ます。私にとっては4冊目の出版です。今回は私が所属する(一社)エクセレントローカルに出版部をつくり、そこからの出版になります。また、発売元は潟Lースタッフです。

タイトルは「農と食ビジネスへの転身」です。テーマは移住、転身、帰郷、転職、農業進出、再起で畑違いの業種から農と食ビジネスへの転身をした人やカップル22を取り上げました。この方々をテーマにしたのはこの方々がとても楽しそうに人生を生きているからです。大半は私のセミナーの受講者です。

兵児帯には「今がとても幸せ 22+1の人生」と書きました。「+1」って?私の人生を冒頭に書いています。講演等で話しているので受講者はみんなよく知っていますが。なぜ、私がここにいてこの職業をしているかを書いています。


明治以降は我が祖先は商家だったようです。当然、農地も保有しており、農業もやっていたようですが、家長はもっぱら商業が仕事だったようです。その後、明治・大正・昭和の初期頃までは家長は農業はせずに、役人、教員といった仕事について、農業は雇用人がやっていたようです。

戦後の農地解放と共に農業で飯を食うぞと決めたのが私の親父のようです。それで昭和29年に生まれたあと継ぎの私が物心ついた頃は純然たる農家でした。

しかし、米価の価格の下落と共に親父の農業への夢が壊れ、ご先祖様と同じように非農家への道に帰ります。親父のサラリーマンへの転身は42歳頃だと記憶しています。親父の覚悟と必死の転身の苦労は今でも記憶によみがえります。

それに連動して農家の後継者ではなくなった私もサラリーマンになりました。俗にいう一流食品会社に勤めていましたが39歳で転身を余儀なくされました。会社で悪いことをしたということで首になりました。

それから3年後にこの会社の大スキャンダルが世に出て、鳥巣事件がでっち上げであったことがわかり、私の潔白が証明されましたが、その頃はもう中小企業診断士に転身していました。

親父が42歳、私が39歳、親父は転身でしたが、私は再起でした。でも、お互い育ち盛りの子供を抱えて大変でした。でも生き抜きました。人生は100年までになりそうです。1度の転機だけではすまなそうです。

この本には転身に年齢はない。20歳代の転身、30歳代の転身、40歳代の転身、50歳代の転身、60歳代の転身を執筆しました。そして第2弾はぜひ、70歳の転身、80歳の転身、90歳の転身を書きたいと思っています。


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2021年02月09日

自分に価値があるか?なきゃ創る

コロナで会社が倒産してしまうかも知れない、ここ半年の私の活動はその回避方策に奔走しているというのは事実です。同時に自分がまだお金を稼げるか?鳥巣研二にまだ多少経済的な価値があるどうか?の検証でもあります。

〇〇補助金とか、このコロナ対策で国も都もいろんな経済的な救援施策を打ち出したので、しかも当社の現経営陣は若いのでそういった施策のウオッチはよくしており、いただけるものはいただきました。

それはありがたいものです。借り入れもありがたいですが、さらに補助金というのは返さなくてよいお金なので「丸々入る」という意味ではありがたいものです。

今、私が躍起になって全国(といっても関西九州の西地域)を回っているのは仕事の提案、受注のためです。1つの仕事の売上高はせいぜいいただいた補助金1つの2倍程度の売上高の仕事です。

しかも、受注率の100%はあり得ません。旧知の私に好意的なところを訪問しても先方にもこっちが提案する仕事のニーズがあるかどうかもわからないので、ニーズに合って受注できても、訪問提案数の3割受注できれば大成功です。

しかも受注できてもそれは売上なので事前活動、受注後の本活動の経費を引いて受注額の1/10程度が利益になります。逆に言うと経費ゼロの補助金の魔力は凄いです。補助金慣れしてしまったら働かなくなりますね。

最近はこの受注活動を楽しんでいます。起業した頃、会社が全国区になり始めた頃を思い出しながら、各地を訪れています。昨日は15年ぶりに奈良県明日香村の村役場内に入りました。

15年前に提案に来て以来です。机の配置から何も変わっていないなと懐かしくなりました。担当者の方も「あら、鳥巣さん久しぶりですね」と覚えてくれていました。

私が現在、会社の代表でもなく、一社員の私が営業活動に専念しているか?没頭しているか?鳥巣研二はまだクライアントにとって価値のある存在かどうか?の確認をするためです。

明日、新著が出ます。東北大震災後の以来の出版なので8年ぶりです。鳥巣研二が書くことがまだ世の中に価値があるのか?みんなお金出して買ってくれるのか?

誰も買ってくれなければ、また営業活動も不首尾に終わればどうするか?いよいよ引退か?いやいやまた自分の新しい価値を創ります。これから30年かけて。

posted by tk at 07:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする