2021年01月17日

再起を忘れた頃、復活が訪れる

今日は昨日の4つの言葉の「2.信じること」です。私は困難に直面するとある場面を必ず思い出します。その場面は中学校の授業の一環で観た映画の場面です。旧約聖書の「出エジプト記」です。

迫害に堪えかねたイスラエルの民をエジプト軍が迫ります。紅海の淵まで追い詰められ、絶体絶命のピンチの時に預言者モーゼ(モーセ)が紅海に向かって1本の杖を突き出すと紅海が真っ二つに割れ、道ができます。

イスラエルの民がその道を渡り切ると再び紅海は海に戻り、後を追うエジプト軍に水死して全滅してしまいます。ピンチに立った時はいつもモーゼの杖を思い出します。

今回のコロナ禍も人生もピンチです。今まで自分なりのピンチはありました。大学に入れなくて2浪は大変屈辱でした。会社を首になった時は人生が終わったと思いました。これらのピンチは誰かが宣告してくれたピンチです。今回は誰からも宣告を受けたわけではないし、日本国民というよりも人類すべてに突き付けられた困難です。

でも今回は私にはモーゼの杖があります。それは28年前に会社を首になり、そこから復活したという杖です。実際、前回の再起は判定者もいない中での再起でした。あえて言うと飯が食えるようになったということが最大の判定だったのでしょう。

不安だけどそんな余裕はなかった。無我夢中、必死、毎日疲れ果てて最後は酒の力を借りて眠りこけていました。中傷誹謗の声も聞こえてこないわけではなかったけど耳を塞いでいました。

今日一番書きたいのはここからです。自分の思い描く再起の時間と実際に復活するまでの間にタイムラグがあるということです。こっちは余裕がなく、焦っています。はやく普通に飯が食えるようになりたい。

しかし、そう簡単には復活の時は来ない。そして大事なのはそのギャップ期間の心の持ち方(様)で決まるということ。焦らずに待つとは恰好のよいきれい話です。そんな甘いものではない。

奥さんと喧嘩もし、子供たちに申し訳ないと悔やんでいるうちに必死にもがき、試行錯誤していれば、いつの間にか復活しています。再起、復活という言葉を忘れた頃に再起、復活が訪れます。
posted by tk at 09:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする