2020年12月17日

伊都国(糸島)から邪馬台国(みやま市)へ

仕事でよく福岡県に行っているにはみやま市で6次化セミナーを行っているからです。6次化といっても、健康食品ビジネスを市の基幹産業にするといった目標を掲げているからです。

福岡みかんを代表するのは山川みかん。山川みかんは温州みかんで温州みかんはβクリプトキサンチンが豊富で骨粗鬆症に、認知症の予防に効果があるといったエビデンスが出ています。

みやま市は瀬高町、高田町、山川町が合併してできました。みやま市ののみやまは合併時に作られた造語です。ここから話題を古代史へ。邪馬台国はどこにあったか?九州説と畿内説に分かれます。戦前の皇国史観で畿内説が出て来ましたが、それはあり得ません。

邪馬台国は狗奴国との抗争をしていると書いてあります。狗奴国は熊本県球磨(くま)地域で、そこの男王は狗古智卑狗(くこちひこ)と書いてあります。狗古智卑狗は菊池彦つまり熊本県の菊池地方を治めている王です。そういう読み方をすれば邪馬台国(やまたい・やまと)卑弥呼は山門(やまと)の姫みこ(ひめみこ=女王)ということになります。みやま市は旧山門郡です。

福岡県南部と熊本県北部は県境で隣接しています。ということは魏志倭人伝に書かれている抗争は福岡県と熊本県の当時のクニの争いです。

魏志倭人伝に女王国邪馬台国は北に伊都国に一大卒を置き、検察しているとあります。伊都国からのいうと南部に邪馬台国があります。みやま市は背振山地を越えて糸島市の南部に位置します。

誰が読んでも邪馬台国はみやま市界隈です。しかもここは筑後平野に立地してその筑後平野は矢部川と筑後川が有明海に流れ込みます。度々、それこそ1万年に亘る氾濫でこの地域の土地は肥沃です。ここに初期の王権国家が成立していたのは大いに説得力があります。

私の出身は伊都国(糸島市)です。今仕事をしているのは邪馬台国(みやま市)です。古代史ファンの私としては神からのこのたまらない贈り物の環境を大切に地域おこし、まちづくり仕事をしたいと思っています。
posted by tk at 07:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする