2020年11月23日

自分の技術の披露では教師は3流

私も長年、コンサルをやっているのであっちこっちで教えることが多い時期がありました。私の場合は中小企業診断士なので中小企業関連の機関や当時、農家にマーケティングをという時代なのでそんな人たち教えていました。

今はもう教えません。そして私の方にも教える型がありません。いわば鳥巣研二流、鳥巣研二流儀です。それが間違っているのか、正しいのかわかりません。私が思った通りに教えます。

昔、先生をたくさんしていた頃は自分が学んだ、あるいは取得した資格で習ったことの型にはめようとしていました。我々の業界だと20世紀にコトラーさんという人が言ったマーケティング論がバイブルだったのでそれに則って教えようとしていました。

当時は私の教えた通りに吸収する人は私にとっては優秀な生徒です。私のいうことを聞かないのは劣等生です。その後、10年くらいして会うと私の話に従ったのが成功して、聞かなかったのが失敗しているか?何も関係ありません。自分流、自分のスタイルを身に付けた者が成功しているかどうかわかりませんが、少なくとも継続しています。

教える人は基本を教えますが、同時に自分の癖や好みも押し付けます。自分通りにやらないと認めません。狭量です。一番タチが悪い教え方は自分の癖を真似させようとすることです。そんな教師に付いたらその教師以上にはなれません。空手だったら2段程度が積の山です。

教える側が生徒の癖や特徴や特長を洞察し、長所、短所を見抜いて、愛情を持って教えると生徒はぐんぐん成長します。生徒の癖や特長を活かす。これができるようになると教師も一流です。

それをするには生徒の教師に対する尊敬と同時に教師の生徒に対する尊敬、敬愛が必要です。生徒をちゃんと見ているか?そこがポイントです。生徒をちゃんと見てない教師は教師とは呼べません。教師を生活の資を稼ぐための道具にしている教師ではそれはできません。

30名の生徒が目の前にいる。その30名のいいところをそれぞれ記録帳なしにその場で言えるようになれば教師も一人前です。自分の技術の披露だけでは3流です。

posted by tk at 08:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする