2020年11月01日

老いを生きることは不自由な中での決断と実行

先日のブログに書いた灯らなくなった部屋の蛍光灯を新しいのに取り替えましたが、大小2つのランプの小さい輪のランプが灯ったり、消えたりです。ランプに問題があったのではなく、もっと根源に原因がありそうですが、そこまで追求すると時間と労力がかかりそうです。8割方の時間は2つの大小ランプが共に灯っているのでまあいいか。これで行きましょう。

トイレのウオシュレットも完全に壊れているのではなく、7割から8割方は正常作動しているのでこれまたこのままで行きましょう。日本製は性能がいいのでつい完全を求めますが、不完全を楽しむ余裕も大切です。

私の枕元のコンセントが差し込める電源は2つです。いつもはここに携帯の充電器と夜に本を読むための蛍光灯に使っています。しかし、寒くなって来たので深夜から明け方にかけて電気ストーブを点けるのでこの電源も必要です。

3つの需要に対して、2つしか満たせない。股コンセントを買ってくれば一挙に解決しますが、それでは脳がありません。この2つへの絞り込みをどうするか?眠るまでは蛍光灯とスマホ充電、明け方は電気ストーブとスマホ充電です。が、猛烈に寒い日は蛍光灯と電気ストーブが同時稼働が必要になります。そうなるとスマホの充電が後回しになります。

この工夫と知恵の使い方が結構、毎晩楽しいです。自分が布団に寝たままの操作でこの優先順位を楽しむのが。

人生をあと25年程度生きたいと思っています。90歳頃までです。でも実際は80歳代後半まで生きれれば幸せです。そのためには残された20年をどう生きるか?その優先順位付けと取捨選択が必要です。

しかもこれから死ぬまでの人生はある日はランプが灯ったり、ある日は灯らなかったりといった不自由と共存しながらの人生です。その不完全、不自由な中での決断と実行がこれからの人生の楽しみなのではないかと思います。しかも、まあこのくらいならよしとしようという自分に対する評価も必要です。

そして何を捨て、何を取るか?何を優先的にやるか?そして何は後回しでもよいか?2つしかない電源をどう活用するか?それがこれからの人生を左右する気がします。
posted by tk at 08:26| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする