2020年09月26日

悪役に徹すれば道は開ける

昨夜、あるところで飲んでいたら、知人が友達と入って来ました。その友達の人には4年ぶりだったので覚えていたので挨拶したら向こうは忘れていました。少し離れた席でしたがその人も私を思い出したらしくて、いきなり近寄って来て私にからみ始めました。罵詈雑言を吐き始めました。

4年前に彼の見積もりを採用しなかったことを根に持っていました。それを思い出してだんだん怒りがこみ上げて来たのでしょう。4年前にこっちの考えをきちんと話したのにぷっつり連絡がつかなくなったのもこの人の方からです。

昨夜、私はその人にどう応対したか?謝り続けました。我々の席のメンバーが何が起こっているのか?キョトンとしていましたがとにかく謝り続けました。なぜ?こんな男と言い争ってもしょうがない。こっちもそのレベルになってしまう。

また、少し話を変えて、仕事が何かの原因で行き詰まります。当事者たちが解決することなのに民主主義の弊害か?みんな自分の仕事ではない、悪者になりたくないということで進みません。こんな時、誰かが悪役になって進めるしかありません。私がこの役をやるしかありません。これで解決したらしたらで「あの人は強引にやり過ぎだ」と陰口が飛んできます。

どうすればよいか?自分の役回りは悪役であり、人に褒められることはないと心に決めておくことです。ある約束事やある配分をする時にそれが果たせなくて、誰かが犠牲になるしかない時もそれは自分の役回りと決めて置くこと。自分だけでは足りない時は自分の最も近親者か自分の最も信頼する者も一緒に犠牲者になってもらうしかありません。

いいこともあります。それも昨日の話です。こっちは昼間の話で別の知人が「◯◯◯◯」さん知っています?と聞いて来ました。名前は知っていますし、3〜4回仕事で同席したことがあります。でもほとんど日々の私の意識の中にはない人です。

知人が「鳥巣研二知っています?」と聞いたら「存じ上げています。私はあの人を尊敬しています。逃げないし、媚びないし」と言ってくれそうです。お世辞でも、恥ずかしくて穴があったら入りたくなりました。

私は悪役が自分の役割だと徹してやっており、正義役を演ずるのは会社をクビになった38歳の時に捨てました。でも見ている人はいるんだなって。嬉しかったです。今度3人で飲むことにしました。
posted by tk at 09:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする