2020年09月12日

今まで見えなかった風景が見える時

66歳になるまでいろんな人と付き合ってきました。思い出すのは苦しい時に励ましてくれた人と絶好調期に慢心を戒めてくれた人のどっちかです。そして不思議と励ましてくれた人よりも戒めて、叱ってくれた人の方がよく思い出します。今、手を合わせて感謝するのは戒めて、叱ってくれた人です。

砂糖菓子は甘くて美味しいです。砂糖菓子をくれる人には誰も感謝しますが、口に苦い良薬をくれた人には感謝しません。人を潰すのは簡単です。褒めて褒めて褒めちぎれば調子に乗って堕落していきます。

この年齢になると若い人に慰めたり、励ましたり、褒めたり、叱ったりしなければなりません。一番大事なのは叱り方です。叱る時はこっちも覚悟して叱らなければなりません。相手の反発が当然来るから。でも有能な人材で期待している人には叱るべきところは叱らなければなりません。

私は38歳で失脚しました。直接の原因は根も葉もないでっち上げですが、自分にも大いに反省しなければならない点があります。年齢を追うごとにそれが見えてきます。やっぱり失脚する傲慢さがあった。周りの人がみんなそれを感じていたのも今ならわかるけれども当時は見えませんでした。

今、思い出すと自分が恥ずかしいです。馬鹿でした。私のことをも思ってくれている人は忠告をしてくれていたのでしょうが、聞く耳を持たなかった。

人間には変わらなければいけない局面がいくつかあります。そこで自分を変えられるかどうか、平たい言葉で言えば成長できるかどうかです。当社の若いスタッフの一人がびっくりするほど変わりました。しかも突如として変わりました。「どうして?」と聞いたら「今まで自分は甘かったです。後輩が入ってきてこれじゃダメだとわかりました」

私も会社をクビになって変わりました。変わったからそれから28年間何とか飯が食えて来ました。変わると言うのは仕事のスキルが上がることではありません。意識が変わること、今まで自分には見えなかった周りの風景が見えるようになることです。

仕事の目的がわかる、仕事をする人への配慮、自分の立場がわかる、人との細やかなコミュニケーションができるようになる等意識の問題が多いです。でも簡単です。人を変えるのではないから。自分を変えるのだから。
posted by tk at 09:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする