2020年09月09日

商売、人生の究極は誠意、心である

商売とはお客様に商品やセービスを売ったり、提供してその対価をいただく経済行為です。慈善事業でもなければ、社会奉仕でもありません。ビジネスです。

商売がうまく行くように、お金が稼げるようにみんな日々励みます。たくさんの経営やマーケティング書も読みます。また、成功している人の言葉や人生からも多くのことを学ぼうとします。でも、学問をすることは素晴らしいことですが、大事なのは10の知識よりも、1つの誠意、心です。

スーパーは1円でも安くお客様へと言って特売の世界で生きてきましたが、結果、お客様の価格に対する不信感を生み出しました。不信は誠意の対極にあるのもです。安ければ客が喜ぶという固定観念は逆にお客様の価格に対する猜疑心を植え付けました。そしてそのスーパーは完全に自らの過ちにより崩壊過程に入っています。

スーパーの敗北です。常にお客様が購買行動する時に買うお店に対して猜疑心と不信を持っているという事は敗北です。直近ではコロナ禍でメディアが国民から完全に信用をなくしました。

最後のあがきでスーパーはローコストオペレーションという変な名称を持ち出してお客様無視の自分の都合で経営しています。なぜ?そうすれば銀行や投資会社からお金が引き出せるから。お客様のことなど何も考えていません。

人生を振り返る時、子供や家族や友人や会社の部下や同僚に対して「あの時、どうしてもっと優しくしてやれなかったか?」と悔いが思い出される時があります。自分も必死で余裕がなかったからでしょう。今ならもっと優しくできたかも知れません。

みんなが不安、心配に恐れている時にいつも変わらぬ笑顔で、みんなを和ませ、安心させる表情と行動ができたらその人はそれこそこの世の神です。

そう、穏やかに、穏やかに、そして全ての失敗は自分が責任を取るから思ったようにやりなさいと言える経営者にならなければ。そうすればお客様も安心して付いて来てくれます。
posted by tk at 07:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする