2020年09月30日

不信を持たれるような行動をしないこと

会社で退社時間後、数人がす〜といなくなる。残っている者は気味が悪くなります。残っている者は自分は排除されのでは疑心暗鬼が生まれます。自分たちだけで飲みに行って自分の悪口を言っているのか?あるいは自分を陥れるたくらみが行われているのではないか?と警戒します。

私は昔、大企業にいたのでこの種の不快感は相当経験しています。こんな時、私は率先して残っている周りの全員に声をかけます。今日、ご飯食べて帰らない?って。すると今日はうちでご飯を食べることになっていますと大半は用事ありで断りますが、数人は付いてきます。付いてくるのは排除されたと不快な思いをしている者です。

この先の最悪はこうやって会社に部内に課内に派閥ができて行きます。もちろん、私はそんなことはしませんが。そうなるとその企業は最悪の欠陥を内蔵することになります。何のたくらみもなく、帰る時も周囲に配慮すること。目的をしっかり伝え、何なら一緒に行かないと声をかけることです。

組織の崩壊はコミュニケーションの悪さから始まります。会社では大声でしゃべる。ヒソヒソ話は禁物どころか、一切してはいけません。特に組織の上位にいる者は下の者や若手にたくさん声をかける。下が何でも相談できる雰囲気を作る。

叱る時は大いに叱ってよい。しかし、その場で叱る。しかも周囲に聞こえるように叱る。褒めながら、認めながら叱る。。しかし、本気で叱る。叱り方にも配慮気配りが必要です。


ヒソヒソ話の人や内緒話の好きな自称秘密主義の人が一番損するのは自分に情報が入って来ないことです。自分は人の秘密を握っていると思っていますが、そんな人間は誰もが警戒して本当のことを言いません。

会社の会議も別室でやらないで、机に座ったまま、その場でやること。今話されていることをみんなで共有すること。そんな会社は伸びるし、人材が育ちます。隣の人を信用できなくなったら、社員同士が不信感を持ち始めたらその組織はすでに終わっています。
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2020年09月29日

創業者ははちゃめちゃ明るいこと

言葉は大切であるとイエスキリストも言っています。宗教は宗教ですが一番大事なのは教祖の言葉です。久しぶりに中村天風先生の本を引っ張り出してめくっていましたら、天風先生も「言葉が行動を決める」と言っています。

不肖、鳥巣研二もそう思います。コロナ禍のこういった危機の時は言葉1つがその人の人生や企業の存亡を左右します。陽性は陽性にしか共鳴・反応しません、陰性は陽性を塞ぐし、潰すし、めげさせます。陰性は諸悪の何者でもありません。

終生そう思って生きていますが、このコロナで尚更その意を強くしています。この時期、陰性の人とは付き合いわない。コロナ禍のPCRという検査のことではありません。

ここでいう陰の人とは人の発言を暗い気持ちにする人、めげさせる人、何でも否定する人、やる気をなくさせる人、遮る人等です。通常の時代だと腹が立つのは人を無視する人、無反応な人ですが、この今の難局は人を暗い気持ちにする人の方が最低です。

今回のメディアの報道はその最たるものです。A級戦犯、絞首刑ものです。まだ、ろくな対応策や知恵や政策を出せなかった政治の方がマシです。少なくても現状を否定していないので。一生懸命やっていますと言うので。

我が社は最近よく褒められます。いい会社ですね、みんな若くて、明るくて、垣根がないし、生き生き楽しく仕事をしていますね。言ってくれる人達は当社に利害関係がない人で、かつそれなりの見識者ばかりなので、私は喜んでいます。

現実は銀行の預金残高はほぼゼロ、借金もこれ以上できない、決算書を見れば赤字会社、時々帝国デーバンクが調査に来る現実等。

でも明るいです。馬鹿だから?ノーテンキだから?創業者の私自体が相当にノーテンキ。社員の誰も否定的な発言をしません。頼まれごとをしてもノーと言わない。みんな行動にエネルギーが漲っています。何かを信じて、自分のやっていることは必ず報われると信じています。

このエネルギーこそ何兆円にも値する価値ではないでしょか。そのためには経営者がはちゃめちゃに明るいこと。手はちゃんと打たれていると社員を安心させること。精神と現実がピタリと符合していることです。
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2020年09月28日

幼くして親を亡くした子供の人生

大物の芸能人の自殺が起こっています。昨夜の大物女優は芸能人音痴の私でも知っている人気女優でした。なぜ?これからいろんな憶測、詮索が飛び交うでしょう。ブログで知人が「その人の死の原因のうんぬんよりも残された幼い子供がちゃんと生きていけるような社会にしないといけない」と書いていました。

その知人とは1回だけしか会ったことがありません。私との共通点は1つだけ年少の頃に親を亡くしているということです。幼くてして両親を亡くした子供は惨めです。これは当事者でなければわかりません。差別や侮蔑の対象となります。亡父母の悪口を聞きながら生きて行きます。世間の裏返しの反応を子供ながらに体験します。

その男は東大卒です。お父さんが亡くなり、お母さんと彼と兄弟が残されました。東大を受験する時、経済的困窮の中で支援者が出ました。お母さんの知人だったそうです。お礼を言いたいと言ったら、会うのはノー、壁越しに話そうということで1度だけ話したことがあるそうです。

会うと自分がずっとこの人を負い目に感じるのを配慮してくれたのか、顔を合わせるのは拒否されたそうです。壁越しに励ましてくれたそうです。自分が知っている人なのか?近隣に住む人なのか?皆目わからなかったそうです。お母さんとどんな関係だったのか?何も知らないそうです。これ1回だけで以後会うことも話すこともないそうです。

私も年少の頃に母を亡くしました。幼心に「いくら母を想っても母が2度と生き返ることはない」ということを身に付けながら生きて来ました。母を心の中にしまって、前を向いて歩くしかないと思って生きて来ました。

幸いにも私には祖母がいました。父の妹の叔母や父の弟の妻の叔母がいました。私や妹が寂しかろうと思ったのでしょう。1年間は頻繁に来て世話をしてくれました。

1年足らずで今の母が嫁いで来ました。そしたらさすがに叔母たちはぴったり来なくなった。利口ですね。新しいお母さんお願いね。母は身を粉にして働いて実の子以上に愛情を持って育ててくれました。今自分の人生を振り返ると最高の人生を歩ませてもらっていると感謝です。
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2020年09月27日

時間もお金もない人は超幸せ者

今朝は目が覚めていかん、いかんと思って起きました。もう午前7時です。昨夜、午後9時過ぎには寝たので10時間近く眠っていたことになります。長時間寝るとよいです。夢をたくさん見ます。昔の楽しかったことが私はその時に誘ってくれます。夢から覚めるとがくっ。何だ夢だったのかと。

10時間寝てしまったと思ったのは忙しいからです。4時間損しました。しかも昨夜は甘美な夢も見なかったし。人生は時間とお金のバランスではないかと思います。お金があり、時間もたっぷり。お金はたっぷり、しかし時間がない。時間があるけど、お金がない。さらにお金も時間もないの4パターンのどれかです。

一番幸せなのはお金がたっぷり、時間もたっぷりです。間違いないです。私はどう?真逆でお金を時間もない状態です。66歳にしてこの状態は幸せか?前者が幸せ者だったら、後者の私は超幸せ者です。

なぜなら、朝起きて、今日は何をしようと思わなくて済みます。あ〜寝過ぎた、損したです。しかも自分のことで頭がいっぱいです。人様のためにしているとかきれいごとではなく、ただひたすら自分のサバイバルのために生きています。

一番の超忙しの原因は会社の立て直しです。会社のお金も老後のささやかな貯えもすっからかんの中で自分の体と頭でこの苦境を乗り越えなければなりません。若い当社のスタッフも一緒です。時間のほとんどをこれに費やしています。

もちろん、ブログを書いたり、空手の稽古もしているし、一人暮らしなので家事もれいらんの世話もしています。しかし、頭と体は完全にこの苦境をどう脱するか?です。

66歳にもなってこんな幸せな男はいません。時間を持て余していれば独身なのでリッチマンは老いらくの恋かなんかに溺れて。それはそれでまた大変すばらしい人生ですが。でも、それも夢のまた夢でしょう。夢のまま、あの世に。

生き残りの算段はどうか?現在、新刊を執筆しています。田舎へ移住して農業をやっている人も取り上げています。コロナ以後、誰もが田舎への移住が増えると思っていますが、減ります。あんな排他的で、よそもんを排除するコミュニティなど誰も住みたくないというのを露呈しました。でもローカルに対する憧れや憧憬はさらに高まります。

都会にいながら、地方でも10万人以上の規模の都市に住みながら、いながらにしてアーバンローカルライフができる、これがポイントではないか?と思っています。これを実現できる会社は当社しかないのかな?アーバンローカル都市って?私の出身地の糸島市はそれで最近大人気です。

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2020年09月26日

悪役に徹すれば道は開ける

昨夜、あるところで飲んでいたら、知人が友達と入って来ました。その友達の人には4年ぶりだったので覚えていたので挨拶したら向こうは忘れていました。少し離れた席でしたがその人も私を思い出したらしくて、いきなり近寄って来て私にからみ始めました。罵詈雑言を吐き始めました。

4年前に彼の見積もりを採用しなかったことを根に持っていました。それを思い出してだんだん怒りがこみ上げて来たのでしょう。4年前にこっちの考えをきちんと話したのにぷっつり連絡がつかなくなったのもこの人の方からです。

昨夜、私はその人にどう応対したか?謝り続けました。我々の席のメンバーが何が起こっているのか?キョトンとしていましたがとにかく謝り続けました。なぜ?こんな男と言い争ってもしょうがない。こっちもそのレベルになってしまう。

また、少し話を変えて、仕事が何かの原因で行き詰まります。当事者たちが解決することなのに民主主義の弊害か?みんな自分の仕事ではない、悪者になりたくないということで進みません。こんな時、誰かが悪役になって進めるしかありません。私がこの役をやるしかありません。これで解決したらしたらで「あの人は強引にやり過ぎだ」と陰口が飛んできます。

どうすればよいか?自分の役回りは悪役であり、人に褒められることはないと心に決めておくことです。ある約束事やある配分をする時にそれが果たせなくて、誰かが犠牲になるしかない時もそれは自分の役回りと決めて置くこと。自分だけでは足りない時は自分の最も近親者か自分の最も信頼する者も一緒に犠牲者になってもらうしかありません。

いいこともあります。それも昨日の話です。こっちは昼間の話で別の知人が「◯◯◯◯」さん知っています?と聞いて来ました。名前は知っていますし、3〜4回仕事で同席したことがあります。でもほとんど日々の私の意識の中にはない人です。

知人が「鳥巣研二知っています?」と聞いたら「存じ上げています。私はあの人を尊敬しています。逃げないし、媚びないし」と言ってくれそうです。お世辞でも、恥ずかしくて穴があったら入りたくなりました。

私は悪役が自分の役割だと徹してやっており、正義役を演ずるのは会社をクビになった38歳の時に捨てました。でも見ている人はいるんだなって。嬉しかったです。今度3人で飲むことにしました。
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2020年09月25日

目的地・着地・達成目標が決まらないことには

どんな立派な先生に付いてもそれだけでは上達しません。自分で実際にやって見て、何度も失敗を繰り返し、繰り返し行って、この失敗を上達に変えるしかありません。でも大半の初めての人は何が失敗で何を工夫するのかがわかりません。

そういう意味では立派な先生は模範演技が上手な人ではなく、弟子にその弟子の未熟なところを気付かせ、そこを教えることでしょう。名コーチに首位打者の3割バッターの華やかな経歴を持つ人はあまりいません。そういった人はタレントに転身しています。

仕事は目的地・着地・達成目標がしっかり、肚に入らないとできません。どこへ行くかわからないで、あるいは目的地を決めないで船出した船は単なる漂流です。

いやいや、そうではない。今が楽しければよいという人もいます。それも正解です。そういった才能に恵まれた人は無意識にもちゃんと正常な運行をしている証拠です。才能に恵まれない人も繰り返し、繰り返しの難行も着地・達成目標が見えていれば意外と楽しいものです。外の風景を楽しむ余裕も出てきます。

それでも不快になる時はそれは航路を外れたと気付くべきです。手を打たなければなりません。そういった発想で仕事をしていると知恵が湧いてきます。解決方法も溢れて来ます。相手の攻撃も逆手にとってこっちの技に使えます。不利を攻勢に変えられます。

あるいは相手の動きが鈍い、あるいは足を引っ張る時もよ〜く考えるとその対応方法はどんどん出て来ます。どういう手でこの相手に気持ちよく仕事をしてもらえるか?一番は相手の自尊心をくすぐることです。強制的にやらせるのではなく、相手がやってあげていると一歩高い位置に置いてあげる事です。そして手柄もその人にあげることです。

また、一見、関連性のない????といった手を打つ時も何でそんな手を?と紆余曲折しているように見えても、逆行しているように見えても気が付けば目的地に着いているのです。



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2020年09月24日

何が幸せで、何が不幸かわからない

成功している人を見ると意外と限られた経営資源からスタートした人が多いです。何だかの制約やハンディを持ってスタートしています。主婦の子育てしながらの起業、借金を返済するための起業等です。

逆にぼんぼんの2代目や超一流大学を出てから企業からの熱いラブコールでの入社の人が40、50歳代で落ちぶれた姿を見ることも多いです。好環境は人間を堕落させるのでしょう。難局を自分の創意工夫で切り抜けた経験ないことは生きて行く上で大きなハンディになります。出自の優位が歳を追う毎に段々、ハンディになっていく。

空手は敵を倒すためのものではありません。稽古に精進することで自分を鍛えるためのものです。

新刊で登場者に「農業へのきっかけ」を聞いています。ダントツ多いのは「農業が好き」です。しかし、それだけで人生変えても、農業に参入しても9割の人は失敗しているでしょう。なぜ彼らは1割の継続組にどどまっているか?不撓不屈の精神、根性。何〜これしきのことと乗り越えた。それができたのはなぜ?

他に生きる手立てがない。これしかない覚悟。逃げ道がない、やめられない。踏ん張るしかない等が一番でしょう。それに成功者にはよきパートナーがいます。それは妻、旦那の夫婦関係だけではなく、親、子供の血縁もあれば、友達も大いなる存在です。絶体絶命の道を一緒に歩いてくれる人がいれば勇気千倍です。

「人生万事塞翁が馬」です。何が幸せで何が不幸かわからない。刻一刻と時は経ち、変化して行きます。今の好状況がいつ苦境になるかわからない。ただただ、その瞬間を素直に受け入れ、素直に生きることしかありません。

成功者は「情報」に敏感です。情報とは1つは先達がいれば行って教えを乞う、資金が詰まれば相談に行く金融機関やファイナンスに強い知り合いがいる等、日頃から情報の貴重さを知り、多彩な交友関係、人脈を持っている等です。

もう1つ「情報」の大切がに関してではネット、SNSを使いこなせるということも大事です。今回の取材でも食と農で成功している人は驚くほどネット販売を行っています。お客様への情報提供も瞬時で、レスポンスも迅速です。

そして人の話をよく聞く(私はできていませんね。まくししたてるばかりで)、そしていいと思ったことは素直にそれを取り入れる。その素直さと柔軟さが触媒となり、さらによい発想を生み出して行きます。
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2020年09月23日

一心不乱、無我夢中が一番幸せ

このコロナ禍で私の心を支えてくれたものの1つに空手があります。4年、そろそろ5年前からやっています。8級から始まり、10段までありますが、私は依然6級のままです。

一緒に始めた人たちはすでに初段黒帯の人もいます。2年以上前から昇段審査を受けていません。受けないのではなく受けられないので。空手の稽古時間と場所が突然変わってしまって、先生が沖縄からやって来て稽古を付けてくれる日に行けなくなりました。それに道場でちょっとしたギクシャクもあったので。

それで先輩が一人稽古する日に行って、そばで教えてもらうようになりました。ここで空手が面白くなりました。その先輩も今年3月に那覇に戻り、今はその先輩の弟弟子で道場を持っている先生に習っています。習い始めてすぐコロナが始まったので毎週、1回1時間オンラインで指導を受けています。

空手を始めて、うまくなろうを思っていた頃はさっぱりうまくなりませんでした。しかし、今は毎朝、出張のない時は1時間10分早朝に会社に来て一人稽古をしています。55分は柔軟体操を黙々とやって、残りの15分で空手の型をやります。

この時間配分の逆をする、つまり柔軟体操15分、型の稽古55分という配分だと空手は上達しないと自分でわかってこの時間配分にしています。空手をやる体になっていないのに空手の型(かた)をいくら稽古しても、型はたくさん覚えるかも知れませんが、上達はしません。よく黒帯で2段くらいで止まっている人はこのタイプです。空手をやる体になっていないのでそれ以上はうまくなりません。

弱くてモンゴルに帰国する寸前だった白鵬関が急に強くなりました。部屋の餅つきに招待されて行った時に部屋の稽古場で黙々と稽古する横綱白鵬関の時間配分を参考にしています。あの大横綱でも稽古の大半は黙々と一人で柔軟体操です。

空手の段などどうでもよい、自分の納得できる稽古を。自分の段は自分が決めればよい。毎日の精進を自分で自分を褒めればよい。怠けた時は自分で自分を叱ればよい。

でもそんなことも考えていません。早朝の一人稽古は無心になれて余計なことを考えなくなります。空手の稽古がうまく行けば、仕事がないことも会社のお金が尽きようとしていることもこれら会社も自分もどうなるのだろう?なんて余計なことを考えなくて済みます。

空手の稽古の出来不出来、満足不満足で私のその日一日の人生が決まります。
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2020年09月22日

なぜ、執筆するのか、出版するのか?

昨日は敬老の日だったそうです。敬老の日は9月15日だとばかり思っていました。敬老の日と言えば祖父母を思い出します。その頃は私も高校生くらいで実家にいたので夫婦で老人クラブのお祝い会に出ていました。祖父も親父も地域の持ち回りで老人クラブの会長をしていました。当時は入会は60歳だったのでは?

私は66歳ですが、昨日もひたすら仕事をしていました。新聞を読むと高齢就業者数が892万人になり過去最高だそうです。特に農業・林業は就業者総数に占める割合の52%が高齢者だそうです。産業別では圧倒的な高齢者比率だそうです。52%ってことはないんじゃない。8割が高齢者なんじゃないと言いたくなります。

でも総人口に占める高齢者比率は3割に到達寸前なのでそんなに驚く数字でもないような気がします。昔は都会を目指し、うまく行かなければ実家に帰り、「百姓でもするか」の雰囲気でした。最近は都会でうまく行った人も就農傾向が強まっているのはいいことです。

百姓のせがれの私は高齢就農しないで、現在4冊目の本を書いています。そのタイトル(仮)は「農への予感ときっかけ〜移住・転身・帰郷・転職の時〜」です。でもこのタイトルは完成が近づくと変わるでしょう。刻一刻と心は変わって行きます。

9年前の東北大震災の後に3冊目の本を出しました.これは農水省の6次産業化のタイミングとぴったり合って、当社への仕事がグッと増えました.しばらく書かなかったのは3冊目のおかげで忙しくなったのと歳を取って書くパワーがなくなったことによります.

本を一人で1冊書くのはものすごいエネルギーとストレスとの闘いです。前の時は佐倉の自宅まで帰る時間がなくて、事務所に毛布を2枚持ち込んで寝泊りしながら書きました、筆が進まないと暴食と暴飲になってしまい、健康にもよくないです。7kg太りました。

今回は結構スムーズです。チンタラペースでやったからです。取材優先で書いているので取材協力者がいい人ばかりだったこと。それでも太っています。4〜5kg太りました。ズボンの穴が1つ広がりました。前回は酒で紛らわしながら書いていましたが今回は一滴も飲まずに断酒で書いています。

ストレス解消は早朝コンビニで買って来る飴玉1袋です。しかし、進まないと噛むので歯がボロボロになりそう。書き終える頃は歯の治療に行かなければならないかも。

何のために書くか?農業に入る人に関心があって。その通りですが、もう1つこの本が話題になれば少し仕事が増えるんじゃないかな、倒産危機から脱出したいというスケベ根性もあります。昔から助平だったからな。こんな不純な動機じゃ売れないか。もう少しです。頑張ります。
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2020年09月21日

犠牲者・生贄は東京の飲食店、風営店

東京差別はまだ続いています。新型コロナ禍で一番スケープゴートにされたのは東京の飲食店です。このコロナ騒ぎの生贄にされたのは東京の飲食店です。メディアが大報道するから?そうですが、根っこは東京都が飲食店を生贄にすることによって行政の無能の逃げ場を作り、都民の怒りのはけ口にしたことです。これは意図的に行われたことです。誰が一番ワルかわかるでしょうです。

なぜ?風俗店、飲食店が犠牲にされたか?この業種は風営法と環境衛生法に規制されている業種だからです。飲み屋や飲食店をやっている人間はろくな奴はいない。零細ばかりだから潰しても大きな社会問題にはならない。

税金だってろくすっぽ払っていない。潰れても東京都の税収には影響ないし、従業員も若いパートアルバイトばかりで選挙にも行かないしと言った偏見と判断が底流にあるからです。それでスケープゴートにされた。その流れに地方の首長も乗った。→私の書き過ぎかも知れないけど大目に見て。

今でも地方に行くと地元にコロナ陽性者が出て、それが東京から来た人間だったら鬼の首を取ったように大報道です。東京の人間が持ち込んだと。その数十倍、数百倍は地域内感染でしょうに。東京が悪い、東京が悪いです。その元凶を作ったのは東京都本人です。

岩手県に行きました。岩手県は感染者ゼロが続いた優等県でした。その後、陽性者は出ていますが。その岩手県の高級旅館が満室続きだそうです。クルマで来たお客様で一杯だそうです。しかしお土産品は売れないそうです。なぜなら足が付くから。

だのに盛岡駅は閑散としています。乗降客もまばらです。お土産店も飲食店も閉鎖しているところが多いです。なぜなら?行政のお達しがうるさいのとメディアが派手に報道するから。メディアに狙い撃ちされたところはみんな潰れています。

鹿児島県のある島の人を今の執筆で2〜3ヶ月前に取材しようとしたら、入島しないでくれと拒否です。島の船のターミナルででよいから取材させてくれと頼んでも奥さんも旦那さんもにべもなく拒否でした。その後、自粛緩和のお達しが出てもノーでした。そんなことをしたら私はこの島では生きて行けないと。

その島が今、フェリーも高速船もキャンセル待ちの大人気だそうです。いつからそうなったの?と聞きたいです。旅館も予約が取れないほど観光客が押し寄せているそうです。その島の下島と中島に30年かけた橋が開通したかららしいです。その二人も今はその観光客に笑顔を振りまいているのでしょう。

いいことです。カクカクしかじか、利口な人はちゃんと自分なりの行動でこのコロナをすり抜けて、楽しんでいるのです。お上の言うことなど、メディアの言うことなどまとも聞いていたらこっちが殺されてしまいます。犠牲者は東京の飲食店・風営店だけにして欲しいです。


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2020年09月20日

食品は美味しさに始まって美味しさに終わる

ラスク「王様のおやつグーテデロア」のガトーフェスタハラダの節子専務が5地域限定商品(北海道限定ノースホワイト、東京限定ティグレスレドベルベット、愛知限定ティグレス小倉餡、京都限定ティグレスマッチャ、広島限定シトロン)の詰め合わせを贈ってくれました。本社のある群馬県とネットで限定期間販売するそうです。いよいよガトーフェスタハラダも地域特産菓子へ本格参入するのかな?と思いました。

毎朝、住まいの前のセブンでキャンデーを1袋買うのが日課になっています。定番売れ筋以外は結構入れ替わりが激しいです。健康訴求原料を使ったものが増えていますが、それ以上に最近は国産フルーツ使用を強調したものが多いようです。実際、食べると美味しいです。

博多駅のお土産売り場はマイングです。私が大学生の頃にはもうありました。日本で一番広いお土産売り場なのではないでしょうか?100店舗位が入っています。お土産なのでお菓子店舗が多いです。

食品売り場もあります。博多といえば辛子明太子と高菜ですからこの類の商品を中心に販売しています。博多のネイティブではありませんが、九州ということでゆずこしょうもたくさん販売しています。

ある目的で売り場を観察しました。例えば、煎餅はお菓子売り場と食品売り場の両方で販売しています。お菓子売り場だと煎餅といえば博多は「にわかせんべい」、九州に広げると「九十九島せんべい」です。他地域の人が「つくもせんべい」と呼んでいるとおかしくなりますが。

食品売り場の煎餅は「からしめんたいこせんべい」、「高菜せんべい」等があります。どっちが売れているか?圧倒的に前者のお菓子売り場です。後者の食品売り場の煎餅は主力の辛子明太子や高菜を売るためのプローモンションのために販売しているような気がします。やっぱり、「餅は餅屋」です。

お菓子は原料で買うものではない(実際、銘菓で原料の産地を強調しているところは少ない)、では何で買うの?1つは知名度、歴史、誰もが知っているかどうか。2つ目は人様にあげる時に語るストーリーがあるか?3つ目は美味しいかどうか?人様にあげて恥ずかしくないレベルの味であるかどうかです。

では健康食品は?健康食品は内容成分が一番なので美味しくなくてもよい。その時代は終わっていますね。健康食品もクリエティビティと馴染める美味しい味の両方がないと売れないような気がします。
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2020年09月19日

最先端の手法とは道具を使わないこと

いかなる優秀な高齢者がいても、その人の知力は普通の若者にも勝てないレベルであるような気がします。世代の違う人間が同じ時代を生きていいのかなとも思います。そう言った意味では政治家も大企業の経営者も既に過去の人ばかります。

昨日、みやま市で健康食品セミナーをやるのでその講師にお願いしている先生に実施要領を話しに行きました。連れて行ったのは今年当社に大学院を出て入った新人です。この講師先生の後輩でもあります。当社社長や幹部は私の子供世代ですが、この新人が入社して来た時は孫だと思いました。

先生の話す健康食品の機能や作物について必死でメモ取りましたが、目が回りそうでした。それを隣で普通のことのように聞いて理解している新人に驚嘆しました。わからないところは帰社して彼女に聞けばいいやと思いました。

38歳で28年前に起業した頃、情報革命が起こりました。書類もデータもパソコンの時代になりました。ワード、エクセルまでは習得しました。同時に携帯電話が流行り出しました。最初は通話機能だけでしたが、直にカメラ機能が付き、パソコン機能と合体してデータの処理と送信ができるようになりました。

私はそこまででした。パワーポイントもイラストレーターもギブアップです。自分の弱みがわかっているので当時学生だった現社長の野口を入社させたので今でも当社はネットに関するインフラは進んでいます。

が、私はできません。メールもGメール、ショートメール、メッセンジャー、ラインと一通りやっていますが、急ぎの時はファックスです。受信もファックスが一番いいです。印刷しなくてよいので、そのまま見れて、保管できます。

講演もパワポは使わずにレジメはワードで作ったものです。あまり時代遅れなので最先端に切り替えることにしました。最先端とは何もなし、私が口から出る言葉だけで講演する。つまり、落語家の手法を活用する。時々のためにホワイトボードは置いておく。どうでしょう?

それだったらもう引退したら?そのつもりだったんですが、そうすると明日から飢えます。コロナ禍で多少の手持ちのお金も全部消えました。細々と命の尽きるまで働かなければなりません。

♩もう少しこの花街に私を置いてください。せめて、せめてこの娘にいい花婿が見つかるまでは♩
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2020年09月18日

好きじゃなきゃやる意味がない

なかなか老獪な人がいて新型コロナ蔓延の頃は姿を見なかったが、最近連絡が来て、会いたいと言うこと。こっちは会いたくないけど長幼の序でこっちから出向きました。

向こうからずいぶん丁寧「このコロナで大変でしょう。私は鳥巣さんの会社の経営にお役に立ちたいと考えています。いろんな援助を考えていますので」と言うところから始まりました。

しっかり巧言令色を述べた後に自分が困っていることの私への頼み事でした。最初から予測できたのでOKしました。多分他の人にも頼んで断られて、私に来たのだろからと言うこととこの人の自分ためのカネカネカネの哀れな人生は一生治らないと思ったからです。

お断りするのが大人気ないから受けました。これじゃ、こっちのことを思ってくれているのではなく、こっちに不利益を与えているだけ。こういう人が立志伝中の人と言われているのだから、いやはや。

それが終わり、久しぶりに当社の松戸加工所に寄りました。入る前から笑い声が聞こえて来ます。こうとななの先生ということで週1回木曜日に来てもらっているKさんが来ていたからです。彼女は私の娘と同い年です。3人の年少のお嬢さんがいます。最初に会った時は3人を連れて来ました。まあ娘3人賑やかなこと。こっちも楽しくなりました。

子育て中なので週1日こっちに来ると子供たちは?定年後のお父さんがこの日だけは来て孫を見てくれるそうです。彼女の実家は千葉県房総半島です。旅館を営んでいた祖母から料理や加工品つくりを習ったそうで、お母さんも大料理好きだそうです。物心付いた時は包丁を握っていたそうです。

それから家の方針というか一族の方針で大学は海外の大学に行かせるという家訓があり、彼女もニューヨークにある大学を出ています。彼女の開発する商品は最初に「健康」があります。これはアメリカ生活の影響だと言っています。大学の専攻は料理とは関係なく、犯罪心理学だったそうです。

その健康コンセプトにどうやって商品、料理自体を「美味しく」するかが彼女の一番の関心です。私が会った頃、地方の特産農産物をあげたら、それを利用すると健康感があり、かつ美味しい商品づくりの世界が広がったそうです。わたしも嬉しくなります。

彼女にうちの開発担当者もぞっこんです。昨日私もいくつか試作品を食べましたが私が食べたこともないコンセプトでかつ美味しいです。実は今年の当社のお中元のジャム、マーマレードも彼女のレシピです。料理が好き、その料理についてとことん考える。

「好き」がキーワードですね。現在新刊本を執筆していますがそこに登場する人の共通点は1つだけ。農業が好き、食が好きです。
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2020年09月17日

過去と今が明日の創造をつくる

「明日のことを思い煩うな、明日のことは明日が思い煩うであろう」新約聖書のマタイ伝の中にあります。明日のことは明日の鳥巣研二が考え、解決すればよい。1年後の問題は1年後の鳥巣研二が悩み、考え、答えを出す。今日の問題は今日の鳥巣研二が考え、解決すればよい。まったくその通りです。
1年後、2年後、5年後、明日の鳥巣研二の力を信じなさい。

ビジネスは与えられるものではありません。創造です。創造して現実化してビジネスにします。聖書ではそれすらも「あなたがたの天の父はこれらのものがことごとくあなたがたに必要であることをご存知である。これらのものは全て添えて与えられるであろう」とも書いてあります。安心しろ、与えられるって。

今日の仕事を一生懸命やっていれば来年も再来年も仕事は来るよとイエスの言葉を書いています。創造は経験から生まれます。過去の行動、今の一生懸命から次の創造が生まれます。

最近、当社の売り上げの過半数を占めていた東北が激減です。1〜2年、それで当社が停滞しています。反面、九州の仕事が増えて来ました。東北も九州のいずれも私が力を入れて来た「エクセレントローカル」地域です。

東北の人口は900万人程度、九州は1300万人程度、沖縄県を入れると1400万人を超えます。合わせて2000万人強。日本の人口の2割強です。でも東北、九州・沖縄は首都圏から離れているので東京の人にとっては憧れの地でもあり、出身者も多いです。

東北の魅力・エクセレント、九州の魅力・エクセレントを発見、創るためにそれぞれの地域で30年近く仕事をして来ました。九州は生まれて育った地域、東北はサラリーマンのスタートを切った地域です。私自身馴染みの土地でもあるのでここで仕事をするのは楽しいものです。

最近、エクセレントandエクセレントで東北+九州、あるいは足すだけでなく東北と九州を掛け合わせるとどうなるのかな?と思い始めました。相互の魅力を相乗するとジャパンエクセレントローカル、さらに世界に目を向けるとグローバルエクセレントローカルになります。

来る日も来る日も東北で仕事しました。露頭に迷わずに来れたのは東北のおかげです。そして今は明日倒産するかもしれない苦境の中で来る日も来る日も九州です。過去と今が明日の創造をつくる。聖書のの言葉を信じて今日も頑張ります。
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2020年09月16日

最良の睡眠薬は早起き

昔は今後の仕事のことや借り入れの返済とか考えると眠れない夜も多かったです。昔というか50歳代までお酒を飲まないで寝る夜は1日もなかったです。それだけ溢れる体力があったのでしょう。女性を見ても女として見ていました。今は枯れ果ててしまった。

最近、ぐっすり眠れます。状況的には会社の経営危機は続いており、予断は許しませんが、よく眠れます。酒をあおって眠るということ暴挙はありません。わかってきたのは最善の睡眠薬は早起きということです。

大体、遅くても午前6時前に起きます。早ければ午前5時頃です。午前5時に起きると歳っを取って体力もないのでどんなに遅くても午後10時までは持ちません。布団の横に読みたいと思っていつも5〜6冊本を積んでいますが、一向に進みません。

家事というのはなかなか運動としてはよいです。帰宅して洗濯して、晩ご飯を作って、ノンアルビールを飲みながら食べるともう眠くなります。ノンアルビールも2缶飲み切れません。適量は1缶半です。そのまま布団へ。最近、れいらんが帰って来たので遊んでいるともう起きてられません。そのまま酒も飲まずに熟睡です。

歳を取って困るのは夜のトイレです。一晩で3〜4回トイレに行きます。まだ夜尿はないですが、少しずつ尿道が弛緩している気がします。失禁パンツ?おいおいもうそんな歳か。

筋肉の緩みといえば気管支と食道の弁の切り換えも相当に弛緩しています。鈍くなっています。よくむせてしまいます。外食中にすると新型コロナではないか?疑いの目が一斉にこっちに注がれます。

早起きのもう1つの有力手立ては早起きと早朝トレーニングです。朝のブログ書きと早朝トレーニングが就業開始前の私の日課です。1時間10分の空手のトレーニングメニューですが、そのうちの50分は背筋と肩筋肉と骨盤・股関節の鍛錬です。

これをゆっくり、時間をかけてやるといい運動になります。その分、最近はウオーキングがお留守になっていますがやむを得ません。今朝も午前4時半に起きたので夜は快眠です。
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2020年09月15日

仕事は用意周到に、伝達は波及の輪全てに

仕事で一番大事なのは用意周到に準備することです。世の中には正月とGWと夏休みが長期休暇です。最近は途中も4〜5連休もありますが。遠い昔の結婚していて子供が小さかった頃は家族で近隣のレジャー施設に出かけていました。忙しいセクションにいたとはいえ、大企業だから休みはきちんとあります。

独立してからどうなったか?その3ロングバケーションはひたすら事務所にこもって仕事です。行政の仕事が多いので正月・GWは企画書・提案書書きです。それで家庭が壊れた?かどうかわかりませんが、ひたすら書いていました。

最近は代表を降りてはや4年。事業統括の副社長とマーケティング部長が書いています。歳を取ってパソコンのパワーポイントも使えないし。しかし、今年の正月・GWはリキを入れて書きました。没頭しました。

おかげである市の事業が採択されて、コロナ禍も落ち着いてきたのでこの9月から開始です。実行は協議会を作ってそこが実行します。これからの役目はうまく進むように裏方です。

それともう1つ。まだ昨日、提案書提出段階でこれから1次審査、10月コンペの事業があります。こっちは書くのは副社長ですが、私が1年間かけて丁寧に予備調査等を行ってシナリオ、あらすじは考えて、それを副社長が提案書にしました。審査結果はどうなるかわかりませんが、自分では会心の出来です。落ちても満足です。

上記の2つの事業は用意周到に準備しました。用意周到に準備して落選してもあまり腹は立ちません。売り上げが取れないので会社経営には痛手ですが。我々よりすごいところがあるんだと感心します。

もう1つ仕事で大事なことはコミュニケーションです。これの不得手の人はコミュニケーションは1対1だと思っています。違います。男女の中はそうでしょうが。仕事は投じた石(テーマ)が水に落ちると輪ができます。その輪がコミュニケーションしなければならない全ての利害関係者なのです。

そしてその輪が時間が経つと大きな輪になります。それだけ社会的な影響が大きくなっていきます。波及するという言葉はまさにそれです。この輪がわからない人は仕事はできません。

1対1に戻すとこれも大事です。向き合って相手と話している時にどこを見ているか?どこも見ていません。会話しています。これでは失格です。相手の胸部にある?心の扉の鍵を開いて、その中が覗けないとコミュニケーションしていることにはなりません。
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2020年09月14日

Come back to九州かな?

先のことは考えない方がよいです。今だけを一生懸命生きていた方が幸せです。66歳で今でも毎日忙しく土日もない私は幸せと言えば幸せですが、いつまでこんな生活を続けるのだろう?いつになったら今の生活に終止符をつけることができるのだろう?

言い換えるとこれから寿命が尽きるまでどんな人生を歩くのだろう?積極経営でやってきた会社には借り入れが結構あります。さらにこのコロナ禍を乗り切るためにさらに借金が増えました。

さらにと言っても緊急融資と政府は言っていますがそれは嘘で、行政は借り入れ認定はしてくれますが、信用保証協会で限度額ストップがかかるのでコロナ禍以前と信用枠はそれほど変わりません。

足りないつなぎは私の預貯金です。個人で言えば元々貯蓄タイプではないので貯金を持っていません。70歳から年金をもらうと決めてその生活補填にと多少持っていた貯金もこのコロナ禍で会社に投入したので見事にすっからかんです。銀行預金通帳に記載されている7桁前後の金額がすべてです。

これからアフターコロナで会社の立て直しもしなければなりませんが個人生活の見直し、再考も求められます。世に自殺者が増えてきました。私の場合は自殺してもしなくても同じなので寿命まで生きようと思っています。

私の人生でタブーがあります。それは「故郷に帰る」と言うことです。早くして母を亡くした私は再婚した父親と母の間に弟がいます。その弟をうちの後継者にすると言うことで私は家を出ると言う暗黙の了解がなされています。別に酷い話ではなく生母の遺言だったようだし、今の母も必死で私を育ててくれました。ただただ感謝しています。

でもこのコロナ禍でこのタブーも反故にできるかも?アフターコロナは私が故郷に帰って生活することを許してくれような気がします。ここで言う故郷とは糸島を限定しているのではなく、福岡県、いや九州全体を含めて故郷と言っています。

少年の頃の原風景が思い出される毎日です。夏の畑のトマトは猛暑で煮たぎっています。きゅうりのいぼいぼが痛くて、なすは育ちがよく、3個もあれば6人家族に充分なくらい。Come back to九州かな?
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2020年09月13日

このままコロナ前に戻るとはとても思えない

クラーク先生は「青年よ、大志を抱け」と言ったが人間の夢は意外と小さい。サラリーマンが今の年収の100倍を夢見ることはあり得ません。望みはせいぜい、1.5倍でしょう。いや、大半のサラリーマンが今の年収が続けばいい、願わくば70歳くらいまで続けば言うことないと思っているのでは?

人間は今の生活の中で生きられるように適応能力があります。体も今の環境で生きられるように制御されています。生活や環境への適応を司っているのはどこだろう?心でしょうね。心が体を行動を支配しています。

と言うことは幸せに生きたいなら今の環境、状況を受け入れることが一番賢明です。目の周りのものすべてに感謝することです。何が起こっても、それがアクシデントであってもそれは神様が自分を成長させるために下さっている試練だ。これを乗り切ると成長した自分がやって来る等。

多少の不平不満は世の中のせいにしてしまう。それを代弁しているテレビにかじりついてそうだ、そうだ。このコメンテーターはいいことを言うなと溜飲を下げる。ビールもうまい。

ガス抜き、ストレス解消のうまい人は人望があります。決して逆らったり、叱ったり、怒ったりしないので人格者と呼ばれます。そして会社での出世も早いです。我々は飼いならされている家畜と同じです。

いろんな哲学書にも道徳書にも全てに感謝して満足すれば人間は幸せに生きることができると書いてあります。

でも、ある時不意に自分の中の何かが動く時があります。自分の行動や思考が突然ポンと動く時があります。それは何によるものがわかりません。外的要因?内から来るもの?その両方の融合?あるいは長く眠っていたものが突然吹き出す。きっかけは誰かとの出会い?抑えきれないパッション?そんな時があります。

今はどうなんでしょう?新型コロナ禍でもう半年、まともな仕事も行動もできません。多くの大企業のサラリーマンはテレワーク、会社出勤無用で今まで通りに給料をもらっています。零細の当社もやばいと言ってもこの半年は倒産しませんでした。当社のイローカルもお客様はほとんど来ないのに相変わらず営業しています。不思議だ?

このまま徐々に以前に戻るとはとても思えないのですが、大混乱が起こるような気がするのですが。
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2020年09月12日

今まで見えなかった風景が見える時

66歳になるまでいろんな人と付き合ってきました。思い出すのは苦しい時に励ましてくれた人と絶好調期に慢心を戒めてくれた人のどっちかです。そして不思議と励ましてくれた人よりも戒めて、叱ってくれた人の方がよく思い出します。今、手を合わせて感謝するのは戒めて、叱ってくれた人です。

砂糖菓子は甘くて美味しいです。砂糖菓子をくれる人には誰も感謝しますが、口に苦い良薬をくれた人には感謝しません。人を潰すのは簡単です。褒めて褒めて褒めちぎれば調子に乗って堕落していきます。

この年齢になると若い人に慰めたり、励ましたり、褒めたり、叱ったりしなければなりません。一番大事なのは叱り方です。叱る時はこっちも覚悟して叱らなければなりません。相手の反発が当然来るから。でも有能な人材で期待している人には叱るべきところは叱らなければなりません。

私は38歳で失脚しました。直接の原因は根も葉もないでっち上げですが、自分にも大いに反省しなければならない点があります。年齢を追うごとにそれが見えてきます。やっぱり失脚する傲慢さがあった。周りの人がみんなそれを感じていたのも今ならわかるけれども当時は見えませんでした。

今、思い出すと自分が恥ずかしいです。馬鹿でした。私のことをも思ってくれている人は忠告をしてくれていたのでしょうが、聞く耳を持たなかった。

人間には変わらなければいけない局面がいくつかあります。そこで自分を変えられるかどうか、平たい言葉で言えば成長できるかどうかです。当社の若いスタッフの一人がびっくりするほど変わりました。しかも突如として変わりました。「どうして?」と聞いたら「今まで自分は甘かったです。後輩が入ってきてこれじゃダメだとわかりました」

私も会社をクビになって変わりました。変わったからそれから28年間何とか飯が食えて来ました。変わると言うのは仕事のスキルが上がることではありません。意識が変わること、今まで自分には見えなかった周りの風景が見えるようになることです。

仕事の目的がわかる、仕事をする人への配慮、自分の立場がわかる、人との細やかなコミュニケーションができるようになる等意識の問題が多いです。でも簡単です。人を変えるのではないから。自分を変えるのだから。
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2020年09月11日

仕事を命じてくれた上司に今でも心から感謝

自分が好きなことを職業にした方がよいか?しない方がよいか?難しいところです。パンを焼くのが好きだと言うこととパン屋で生計を立てることは同じ線状でもあり、同じことではないかも知れません。好きなことは趣味にとどめておいた方が幸せかも知れません。

私は日本史が好きです。実際、その関係の本はよく読んでいるし、出張先で歴史の名跡はまず時間を作って訪ねています。高校の日本史の先生になりたくて大学もそこを受験しましたが見事に落ちました。

どう言うわけか?1浪した時は商学部に切り変えて、受験しましたがまた落ちて2浪してまた落ちましたが他の大学の商学部に受かったので不本意でしたが3浪すると就職がないという打算も働いて現在私のプロフィールに載っている大学に行きました。

なぜ、日本史から商学部に切り換えたか?卒業後の就職がちらついたからです。当時、オイルショック後の経済は冷え切っており、就職が厳しくなり始めた頃でした。それでつぶしが効く、サラリーマン予備軍学部に入りました。

それでコネでなんとか就職できました。元々商学部は専門性がないので、会社の営業マン養成機関みたいなものです。専門がないというのがよかったです。会社で命じられたことは何でもやりました。

命じられたことを聞いて、なぞって、まねして、何とかできるようになりました。就職して配属されたのは東北の県の連絡所でした。業務用商品の担当で担当は新人の私一人でした。

人事の発令も秋田連絡所勤務ではなく、秋田連絡所駐在でした。連絡所勤務は市販用商品担当の社員だけで、業務用商品担当は連絡所に駐在している駐在員という立場でした。

初出社の時に当時の連絡所長から言われたは、今でも昨日のことのように覚えていますが「始業30分前に出勤して、机を拭いて、床を掃いて、冬は寒いのでストーブを点けて部屋を温めておくこと。トイレ掃除は女子のお姉さんがやるのでお前はしなくてよい」でした。

この習慣は変わらずで今でも出社したらエアコンにスイッチを入れ、掃除して、机拭きをしています。お姉さんがいないのでトイレ掃除もします。

秋田駐在は2年間だけで、その後仙台支店2年、そしてそれから退職するまでずっと本社勤務になるのですが、今の社会人としての骨格はこの秋田連絡所駐在時代に作られました。新入社員にやることを命じてくれた尾形所長に今でも心から感謝しています。
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