2020年07月31日

自分なりの価値判断ものさしを持つ

生きて行くために必要なのは自分で価値基準を持っているか?どうかです。価値判断基準=物事を判断するものさしとでも言いましょうか?コロナ禍でも国民が価値判断基準を持っていないのですぐパニックです。宗教を信じている人が強いのは自分にとっての神=価値基準を持っているからです。

自分で価値を判断しないと人生も事業も商品開発もできません。加工食品の商品開発をします。どんな商品を作るかを決めなければなりません。そのものさしを持っていないと決められません。

農産物を生産します。どんな農法を選ぶか?例えば、有機栽培農産物(オーガニック農産物)を栽培する場合、有機(オーガニック)農法は元来、大規模農法の批判、否定から始まっています。農薬を使わない、化学肥料を使わないが最も先鋭です。でも有機(オーガニック)栽培をサスティナブル(持続可能な)農法と捉えると意味が違ってきます。「農薬不使用、化学肥料不使用」か、「持続可能な農業」か農業を営む価値観をどこに置くかです。

一番いいのは自分(農家)にとって無理のない経営持続可能な収量を上げ、味も価格も買ってくれる生活者が納得の行く農法であればそれが一番農家にとって楽な農業であり、生活者にとっても一番、楽な農産物です。それがどこなのか?そのものさしを自分で持たなければなりません。そしてそれを受け入れない人を否定しない。

食品添加物不使用食品もそうです。一切、厚生労働省認可の食品添加物を一切排するか、排する食品添加物と使用する食品添加物を決め、使用しても健康に害がないと思った食品添加物は使用するというやり方もあります。原料もそうです。国内産のみにこだわるか?ハムソーセージの場合は海外産の方が国内産よりも適していると思えば海外産を使用するかどうかです。

また、食品の場合は要素に「味」があります。美味しいと思うか?まずいと思うか?人それぞれです。その決め手は自分の舌です。自分が美味しいと思うか思わないか?美味しいと思うものを作ればよいです。

しかし、人様に販売する場合、「味」だけというわけには行きません。価格(コスト)、味以外の「品質」も必要要素です。最終的にはこの味で、この価格で、この品質グレードなら自分は買うし、お客様も買ってくれるだろうという自分の価値判断基準で決めるしかありません。相当、勉強しないと自分なりの判断基準は持てません。
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2020年07月30日

耕作放棄地と思いきや自然農法畑

糸島ブームで私が書く糸島はネイティブ糸島です。観光都市糸島でもなく、おしゃれなスポット糸島でもありません。ブランディングのうまい糸島でもありません。糸島のすごいのは糸島という虚構をつくったことです。

誰がつくったか?私も知りませんが、農産物直売所伊都彩菜ができた頃から知名度が上がって来ました。魏志倭人伝に出て来る女王国邪馬台国と同じくらいの重要国で登場するのが伊都国(いとこく)です。

虚構の後押しをしたのは地下鉄・筑肥線で福岡空港、博多駅、天神に直結して交通の弁がよい、九大が伊都キャンパスを作って移転した等あります。しかし、今の糸島の虚構の観光スポットは主に糸島半島の先端海岸部です。

地域で言うと糸島半島の左側の先端部は旧志摩町です。糸島の「糸」は内陸部の怡土(いと)で、「島」が先端部の志摩(しま)です。合わせて「いとしま」です。糸島半島右側海岸部は福岡県西区北崎、大原、今津等です。しかし糸島=糸島半島からするとこの地域も旧糸島郡で我々の感覚では糸島です。学区制のあった頃もこの地域は糸島高校、糸島農業高校に入学できました。

前置きが長くなりましたが、ここの小田(こた)に高橋ぶどう園があると聞いて訪ねました。ご主人は私よりも3つ下で、奥様は糸島高校で私の妹と一緒だったことがわかりました。

果樹と畑を2町歩やっています。果樹はぶどうやいちじくです。ぶどうは80品目栽培しています。ここの農法はもちろん化学肥料、農薬は一切使っていない上に「自然農法」と言うやり方です。

畑を見ましたが、草ぼうぼうで単なる「放棄耕作地」と思いきや、草ぼうぼうの雑草を作付けが近づくと刈り取り、それを緑肥として畑に鋤き込むそうです。土壌は自然発酵して土が熱くなります。かつ、みみずのような虫がたくさん地中にいます。

作付けはこの自然緑肥たっぷりの豊かな土壌にマルチを張って、種まきをします。植物の一生を「森の循環のしくみ」にヒントを得てこの農法に行き着いたそうです。

果樹と野菜の両方をやっているのはこの農法を試行錯誤している頃、果樹は1年1作なのでうまくいかなかったらやり直しをするのに1年先を待たなければならないが、野菜だと年に数回収穫できるので短いサイクルの野菜をやることでこの自然農法の試みを実践できると言うことだそうです。

ドライいちじくとドライぶどうを口にした途端にこの農法の凄さがわかりました。
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2020年07月29日

俺はどこで死ぬんだろう?

昨日から糸島にいます。実家があります。親父が亡くなって7年くらい経ちますが、最近は実家に立ち寄ることがとんとなくなります。昨日は実家はどんなになっているのだろう?クルマで目的地に行く途中に実家の前を通ってみました。

何も変わっておらず相変わらず存在していました。あの広くて高低差のある庭も荒れずにちゃんと庭木も剪定されているので安心しました。親父が定年後から亡くなるまでの四半世紀、日課はこの庭の管理でした。最近はやる人がいないので母親がシルバー人材センターにお願いしてやってもらっています。

親父が存命中は真面目すぎるくらい必ず福岡出張時は実家に泊まっていました。親父が亡くなり、弟の代になり弟の家族の手前、自分の存在が邪魔になっていると思うようになり、ホテルに宿泊するようになり、実家への足も遠のきました。

私は現在、狭い1Kの賃貸マンションで暮らしています。現在、66歳です。66歳の頃、親父はせっせとこの庭と向かい合って余生を送っていました。私はまだ仕事していますが当然引退を考えなければなりません。70歳かな?あと3年半です。

持ち家は千葉県にありますが元妻が暮らしており、マルイチになった日から一度も行ったことがありません。なぜか?こっちはどうなっているんだろう?とは思いません。

70歳になり、引退してからどこに住むか?少しずつ考えるようになりました。家を購入する財力はないので、現実的に考えると東京都内の4畳か、6畳一間のアパートを借りて住むことになるのでしょう。当然、一人暮らしなので自分の心身が健康なうちの話です。

要介護になった時はどうするか?介護保険は徴収されるのでちゃんと払っていますが、捨て金です。老後にこの税金でちゃんと看てもらえると思えません。国のお金で一生を全うできるのは今の老人まででしょう。新型コロナでもこの高齢者には手厚い治療がなされていますが、それが我々が必要とする20年後も可能とはとても思えません。

70歳からも設計を真面目にしないとやばいです。昨日は実家の前を通ると共に宿泊施設に行くと途中、亡き叔父のうちが空き家になっているのを思い出しました。管理している従兄弟は一人娘なので嫁に行っているので住んでいません。空き家です。

親父の法事の時に「買ってくれない?」と言っていたのを思い出しました。平家の狭い廃屋なので値段はつかないのでは。そういえば「終(つい)のすみか」をここにするという選択もあるなと思いながら宿泊場所への道を急ぎました。
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2020年07月28日

withコロナ社会なら生きて行けるかも

コロナ禍はFBの投稿でもたくさん書いてあり、今更ながらこのブログに書くのも能がないので他のことを書こうと思いますが、地方に出張するとやっぱり、コロナ一色です。それに九州は7月中ずっと降り続いている大雨の被害がそれに拍車をかけています。

コロナの蔓延は事実であり、その事実は1つなのに、そのコロナがいくつかの顔を持ち、その地域、地域に存在しているのではないかという戸惑いを感じます。

東京が一番圧倒的にPCR検査の陽性者を出しています。コロナの巣窟が新宿歌舞伎町にあるような報道がなされています。コロナウィルスがうようよいるような報道です。

しかし、実際東京に住んでいると東京居住者は冷静です。夜の飲食店は相変わらず人が入っていませんが、生活そのものはだいぶん落ち着いて来ています。飲食も休日のランチは回復傾向が見られます。

次に巨大地方都市、俗に言われる100万人以上の人口のある例えば大阪市、名古屋市、福岡市等。ここ数週間で実際に行きましたがここもそれなりに人が出ているし、地下鉄等生活交通機関は人も乗っています。繁華街に人も見られます。

人っ子ひとりいないのは地方の市町村です。元々人口が少ないので人を見かけることは少ないですが、それ以上に街が死んでいます。ここに来て陽性者が増えており、感染者ゼロだった小さな町村でも1人、2人感染者が出ており、町村は震え上がっています。蜂の巣をつついた騒ぎを通り越して機能不全に陥っています。

言葉は悪いですが、陽性者が1〜2名出ただけなのに町村全体が凍りついています。足が地に着いていません。都会と比べると滑稽なくらい怯えています。コロナは東京であろうと地方であろうと同じなのに地方のコロナの方が100倍の破壊力を持っているような感さえあります。

対処する人間の意識、恐怖感の違いだけです。「東京の人は来るな」で大方の地方はコロナから逃げていました。それが我が居住地でコロナがどんどん出てくると「人のせい」にはできません。

自分たちの問題としてコロナを考えない限り、解決はありません。地域で見られる感染者という犯人探しや風評。これをやっている限り、都会よりも経済力がない地方、田舎はあっという間に苦境に陥ります。消滅の危機です。それでもコロナ感染者がゼロを誇っている。コロナ成りて万骨枯る。煽ったメディアが経営危機に瀕し、崩壊寸前なのと同じです。

コロナは自分たちの問題であると認識しない限り、解決しません。「withコロナ」社会を認めることです。
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2020年07月27日

争わない戦わない、ただ誠意を尽くす

ビジネスの中で親しくなればなるほど一定の距離が必要になります。超仲がよい関係だと悪態も親しさの表現なので許されますが、ビジネスはお金のやり取りで成り立っています。

それがわかっている時はお互い謙虚に振るまいますが親しくなり過ぎると自分の感情が優先して来ると返って仇になります。それで私も感情を剥き出してして喧嘩売ったり、怒ったり、喚いたり、悪態をついたりでずいぶんうらみも買いました。正義感の間違った使い方です。66歳になっても毎日働かないと食えないのも若い頃の不徳をまだ神様が帳消しにしてくれないからです。

でも少しずつ成長しているような気もします。特に飲食業をやったのはよかったです。コンサルだと私は「先生」ですが、レストランでは単なる「ホールのおっちゃん」か「爺さん」にしか過ぎません。最近はお客様のあらゆる行為に対して「ありがとうございます」と頭を下げることができるようになりました。

お客様と争わない、戦わない。「申し訳ありません」「ありがとうございます」この2語さえ知っていればこの業界は十分です。他の言葉は要りません。この2語を心を込めて言えばたいていお客様は許してくれます。喜んでくれます。

お金を払っているのでこっちが上位、お金をもらっているのでこっちは下位と思っている限りはお客様との本当のコミュニケーションはできません。お金のやり取りは対価のやり取りの手段にしか過ぎません。

大切なのは双方がハッピーだと感じることです。お金をいただく方は誠を尽くせばよい、払う方が思う存分楽しめばよい。ただそれだけのこと。こういう気持ちと姿勢でいると時々神様がご褒美をくれます。とても素敵なご褒美を。

時々、こっちから見返りも何も期待していないお客様からお褒めの言葉をいただいたり、気に入ったのでこれから友人知人を連れて来ますねと思いがけないプレゼントをいただきます。

そのためには親しい仲にも礼儀あり、刹那、刹那を懸命にそのお客様のために尽くすという姿勢が必要ですね。
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2020年07月26日

数字ほど嘘に満ち満ちているものはない

現在、執筆予定本の取材中です。移住や転職で農業をやり、成功している人を書こうとしています。一般的に経営の成功、不成功は売上高、利益、事業規模等で表します。これにはもう飽きました。66歳にもなって数字に縛られた経営本を書いているようでは鳥巣研二も3流です。

今回は「農業をやって幸せ?」を指標にします。農業をやって幸せと思っている人は成功者です。私はそんな人を書きたいと思っています。合わせて「農業に入ったきっかけ」も書きたいと思っています。一切の経営数字を排除して経営本を書いてみたいと思っています。

昭和16年夏の敗戦(猪瀬直樹新潮文庫)はよい本です。190ページに「数字は客観的なものの象徴であり、願望などいっさいの主観要求を排除した厳然たる事実の究極の信じられているからである。(中略)しかし、(中略)データをインプットするのは人間である。(中略)数字の客観性というものも結局は人間の主観から生じたものなのであった」と書いてあります。

それでやる前のシュミレーションでは全員負けるとわかっていた戦争を数字をいじくって、ごまかして起こしてしまって国を失くしてしまいました。

みんな数字に振り回されています。計算が速くて正確な人が秀才と言われます。それは組織では間違いです。数字を自分に都合よく、使いこなせるのが組織のエリートです。

コロナ禍で毎日感染者数が報道されます。日本全体が一喜一憂して全ての行動活動が感染者数に縛られています。メディアの報道もどう報道すれば視聴率という数字が上がるかに縛られています。

国民の健康などこれっぽっちも考えていません。視聴率が上がるとその番組のスポンサーの広告費が上昇します。これも数字です。そしてその番組のプロデューサーは出世します。そのために煽っているだけです。

当初、視聴率は上がりました。しかしあまり不安を煽ると国民も購買行動も控えるようになるとスポンサーの会社の業績も悪くなります。これも数字です。すると利益を確保するために最初に切られるのは広告費です。広告費カットが始まります。これも数字です。スポンサーを降ります。

テレビ局は現在、大苦境です。自分で掘った穴に自分で落ちてしまいました。ここから抜け出すためにさらに煽り報道をする。そしてやがて近いうちに倒産する。倒産の指標も数字です。

数字から抜け出した者が勝ちます。今、自分が思っていることを素直に行動することです。
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2020年07月25日

過去でも今でもなく大切なのは「これから」

知人の紹介である人と話をしました。野菜セットを都会の人に届けているビジネスをやっています。届け先のお客様とも親しくなるのでその中から「電話で別居している両親の安否や健康状態等生活状況を聞いてあげる仕事」を立ち上げました。依頼者は子供達です。子供が自分で聞けばと思いますが、第3者を立てないと親子のコミュニケーションもうまくいかないようです。

依頼を受けて高齢者と一定時間30分とか話でいると女性は「今の生活状況の喜怒哀楽」を話すそうです。男性は圧倒的に「過去の自慢話」だそうです。

FBやチラシ広告等でセミナーやイベントの案内をもらいます。そこに講師や企画者のプロフィールが書いてあります。最近は私が高齢になったせいか、講師や企画者は私の子供の年齢が多いです。

彼らのプロフィールには華々しい業歴が書いてあります。うちの子供と同い年世代がこんなに実績あるんだ?ほんまかいな?その前に肩書きも仰々しいです。代表取締役はまだしもCEOとか何と大学非常勤講師、客員教授、行政機関のアドバイザー等です。今を飾りたい。

過去と現在もいいけど将来を語ろうよ。将来を生きるのは難しいけど夢があります。5年前の62歳の時に代表取締役を降りて、無役平社員になりました。私にも夢がありました。しかし、その夢が会社絡みでした。会社から離れられないと平社員になっても同じです。

そしてこのコロナ禍です。仕事はぴったりあの日からゼロが続いています。金策となるとまだ私の連帯保証が必要になります。そんなものいくらでも連帯保証しますが、ほとんど無意味です。

今回はしっかり社長始めスタッフ全員に70歳で引退させてくれと明言しました。あと、3年半です。その3年半で会社を新ステージにまではスタッフと一丸となってやりますが。

今、執筆のために取材して歩いています。テーマは移住、転職、帰郷で農業をやっている人です。話を聞いて面白いところは「転機のきっかけ」と「今が幸せである」です。

他人の人生ばかり書いていないで自らがそんな人生を生きたい。かすみを食べて生きていられるわけでもないので70歳で引退してから新しいことを始めます。鳥巣研二の生き方(ライフスタイル)を実践するビジネスと始めます。過去、現在、将来で大切なのは将来「これから」なのです。
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2020年07月24日

「生産規模が小さいのでネット販売」は正しいか?

横文字、カタカナ、英語が苦手でかつ数学も苦手だったので学校の成績はよいはずないです。しかし、サラリーマンになって仕事はマーケティング部門なので用語は英語ばかりでした(実際、マーケティングも英語か米語)。一応は先輩に聞いたり、調べたりして使っていましたが、私流の解釈もたくさんあり、今振り返ると赤面の場面も多かったです。

農産加工食品を大手流通、特に大手スーパーチェーンの人や大手食品メーカーの人に見せると面白い商品だけど、「だけど」が入ると次は否定です。「うちの会社で扱う商品ではないよ」と来ます。聞き飽きました。

次はたいてい、「インターネットで販売する商品だよ」とご指導くれます。ネット販売ってやつですね。アマゾンや楽天を指しているのでしょうか?「親身なアドバイスありがとうございます」と言って引き下がります。

その理由は生産量が少ない、価格がスーパー商品価格よりも高い、低価格(特売)大量販売できないと言うことで1個からでも販売可能なインターネットはいいよと言うことになります。

しかし、大手スーパーも大手ネット販売会社も同じです。大半、目玉は特売、低価格です。ネット販売もお客様を裏切っている劣悪が商品がたくさんあります。それでもよしとしているお客様やそれは嫌と言うお客様に2分されます。だから地域特産食品や農産加工食品は大量に売れないので、その解決法としてネット販売すると言うのは間違っています。

さてここから横文字です。「セレクトショップ」「コンセプトショップ」「ライフスタイルショップ」と言う言葉が聞かれるようになりました。アパレル、雑貨品を扱う業種業態から生まれました(かどうか私は詳しくは知りませんが)。自分の好み、趣味、嗜好を提案してくれるお店のことでしょうか?

大手スーパーの画一低価格志向の対極にあるのはネット販売ではなく、こういった業態なのではないかと思います。大手スーパーもこういったお店も両方ともリアルショップ(同時にネット販売も)を展開しています。

後者は生活シーンの提案が必須なのでネットだけではリアル感が出ません。触って、着てそのお店のシーンの中に自分を置かないとこれいいな、買おうと言う気になりません。

そこでお店のファンができたらネット購入も可能になります。しかし、ネット販売もお気に入りのショップができます。テイストとコンセプトとシーンが自分に合っていないと買いません。

食品というのもこの特売優先のスーパーで販売するのか?後者の好みの世界で販売するのか?ある程度それを決めてから開発しないと売れない、顧客層も販売チャネルも間違えているということになります。

一番いいのは自分の趣味、好みのホームページを作り、そこで自分のお気に入りの商品を並べることです。もちろんモデルは自分や自分のパートナーや友人です。

そして決定打はその商品はネット販売だろうがリアル販売だろうがこの会社しか製造販売していない商品であることです。関連商品は仕入れ品でもよいでしょうが。


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2020年07月23日

ジビエは害獣か最高のオーガニックミートか

ジビエブームと言われますが、現在のブームは農作物被害の害獣対策から来ています。それと今年行われるはずだった東京オリンピックのインバウンド客への提供というのがありました。両方とも政治主導です。

元から山の猟師は長い歴史があります。江戸時代も鹿、猪は多く食されていました。明治時代がもっとも乱獲して山から鹿、猪がいなくなりました。その後は一定の需要で続いていましたが、1970年代が山の猟師の数もピークでした。その後は減少の一途でした。

近年は農作物の害獣対策で畑の電気柵が有名になり、猟師の存在が再び脚光を浴びるようになりました。例えば鹿は年20%の自然繁殖率です。野生の中で生きるということは過酷なことでこのくらいの繁殖率がなければ種が保存、継続できないのです。

鹿の最大の天敵は人間の猟師です。それが年々猟師が減少して鹿の繁殖数が増えました。それで農作物被害が大きな問題になって来ました。そういった意味で動物愛護と害獣駆除は表裏一体で捉えるべきです。

鹿、猪肉等野禽の需要は今でも食文化として脈々と続いています。農家であるハンターが今でも捕獲、狩猟して食糧として食しています。1ハンター(猟師)が年間70〜80頭狩猟しているのはザラにある話です。

鹿、猪の捕獲頭数のうち活用されているのは食用(ペット食も含めて)は鹿で8%、猪で5%程度です。あとは廃棄処理されています。害獣として駆除すればお金をもらえるしくみができているからです。

もう1つの傾向として地方に移住して来て有機栽培の農業をやる人が増えています。有機農業をやる人は農薬や化学肥料を使わないで作物を作ります。彼らの蛋白源は肉ですが、こういった人は抗生物質を使用していないオーガニックミートしか食べないので、野禽(ジビエ)を求めます。

きっかけは長野県に住んでいた頃に農作物の害獣被害を見学に行ってジビエに興味を持ちました。その後、そのツアーでバーベキューも企画して害獣被害の農家(猟師)が貯蔵しているジビエを食する体験もツアー時に行うようになりました。

その場で鹿、猪肉をレシピ付きで販売するとよく売れます。食べて、魅せられてその場で買うというしくみ作れば大人気です。また、SNSでジビエファンが作った料理を投稿するとこれまた需要が伸びます。料理家が考えた料理よりもジビエ愛好家の料理の方が数段先を行っています。

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2020年07月22日

料理特に和食を加工品にするのは難しい

発信者と受け手のレベルが同じくらいであり、かつベクトルが同じ方向を向いていれば話は早いです。例えば商品開発する場合、メーカーの研究スタッフと消費予定者(ターゲット)のレベルが同じであれば、商品開発はどんどん進み、消費者テストの結果も上々です。

しかし、例えばレストランのシェフとの連携で商品開発するということになるとこうは行きません。コックが料理が下手で調理レベルが低いとこれを加工食品にしても美味しいものはできません。

逆も言えます。コックの料理レベルは抜群なのにそれを加工食品にする技術がないとこれまた悲惨です。これをどう捉えるか?AとBの融合はない、AとBはそれぞれ単独に存在すると思えば簡単です。

この料理を加工食品にという発想はアメリカから出たレストランチェーンです。それでセントラルキッチンというややこしいものができました。レストランチェーンが本格レストランや料理屋と戦おうとしたところからややこしくなりました。

でもアメリカ料理はまだやり易かったです。ハンバーガーに象徴されるような開拓民、占領者料理が主流だったから。もっと以前は加工食品の代表の缶詰が発達したのはナポレオンのロシア遠征からという話もあります。

これが四季がある日本のようなところは鮮度や季節感等の味覚や素材が魚等で加工食品すると壊れやすいというハンディがあります。それで料理と加工食品は別物でした。これを一体化しようという動きが最近とみになりました。

加工食品の定義はいくつかありますが、ここでは料理を日持ちする食品にすると思えばよいでしょう。現在でもカレーや洋食等肉やソースを多用する料理は熱殺菌したレトルト食品がたくさん出回っていますが、和食になると激減です。日本古来のものでは塩による保存の漬物、お酢による保存の酢の物、砂糖による保存のお菓子、乾燥による保存の乾燥品等程度です。

日本料理を加工食品にするのは難易度超Aです。味と出来栄えの安易な妥協を図るとお客様には受け入れられません。さてどうするか?私も日々頭を悩ましています。
posted by tk at 09:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

料理特に和食を加工品にするのは難しい

発信者と受け手のレベルが同じくらいであり、かつベクトルが同じ方向を向いていれば話は早いです。例えば商品開発する場合、メーカーの研究スタッフと消費予定者(ターゲット)のレベルが同じであれば、商品開発はどんどん進み、消費者テストの結果も上々です。

しかし、例えばレストランのシェフとの連携で商品開発するということになるとこうは行きません。コックが料理が下手で調理レベルが低いとこれを加工食品にしても美味しいものはできません。

逆も言えます。コックの料理レベルは抜群なのにそれを加工食品にする技術がないとこれまた悲惨です。これをどう捉えるか?AとBの融合はない、AとBはそれぞれ単独に存在すると思えば簡単です。

この料理を加工食品にという発想はアメリカから出たレストランチェーンです。それでセントラルキッチンというややこしいものができました。レストランチェーンが本格レストランや料理屋と戦おうとしたところからややこしくなりました。

でもアメリカ料理はまだやり易かったです。ハンバーガーに象徴されるような開拓民、占領者料理が主流だったから。もっと以前は加工食品の代表の缶詰が発達したのはナポレオンのロシア遠征からという話もあります。

これが四季がある日本のようなところは鮮度や季節感等の味覚や素材が魚等で加工食品すると壊れやすいというハンディがあります。それで料理と加工食品は別物でした。これを一体化しようという動きが最近とみになりました。

加工食品の定義はいくつかありますが、ここでは料理を日持ちする食品にすると思えばよいでしょう。現在でもカレーや洋食等肉やソースを多用する料理は熱殺菌したレトルト食品がたくさん出回っていますが、和食になると激減です。日本古来のものでは塩による保存の漬物、お酢による保存の酢の物、砂糖による保存のお菓子、乾燥による保存の乾燥品等程度です。

日本料理を加工食品にするのは難易度超Aです。味と出来栄えの安易な妥協を図るとお客様には受け入れられません。さてどうするか?私も日々頭を悩ましています。
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2020年07月21日

工場は小規模で手づくり工程が多い方がよい

小ロット製造ができるかどうかはずっと前からの加工食品業界の課題でした。50年前頃大手食品メーカーに入社しましたが、その頃から小ロット製造といういわゆるニッチ(隙間)は存在していました。

家庭用つまり、スーパーマーケットで販売する商品が主の時代で、そこで販売すればメーカーも儲かった時代でした。同じ商品を大量に販売するためにはテレビコマーシャルを流すのが最良のマーケティング手法でした。

しかし、その頃もお客様が自分ブランドを商品にしたい、特に当時台頭して来た外食業界では自社の味で差別化を図りたいというニーズはかなりありました。大手は大量生産前提なので注文を受けないので地方の小規模メーカーが生産したり、大手企業は自社で受けても下請け企業にそれをやらせていました。

その頃の大手食品メーカーは設備投資が旺盛でした。消費が拡大しているので生産増強です。食品業界も活発だったので新規参入や多角化経営がが盛んでシェア拡大が最上の経営課題でした。

そのためには安くつくらなければなりません。コストダウン、コストダウンでした。コストダウンした分のお金はテレビコマーシャルに投入されました。機械による製造、少数工場スタッフにより低コスト生産が最優先でした。

その頃は商品もインスタント食品がよく売れました。あらゆる料理のインスタント化も至上命令でした。そのためにはレシピの簡略化、賞味期限のロング化、機械設備に合う原料の統一化も大事な要素でした。それで生鮮物主体の我が国の農産物よりも加工専用に栽培された海外の農産物が安くて、使い勝手がよいのでどんどん入って来ました。

大規模の工場で小人数スタッフ、究極は無人化工場で、海外の統一仕様原料、そして食品添加物の大量・多種類使用によりレシピの簡略化を補う(ごまかす)味を作り出し、かつ賞味期限をロング化するという世界ができあがりました。現在の大手食品メーカーの研究スタッフは食品添加物の使用上手スタッフが重宝されます。添加物屋さんです。

さてここに来て大量消費時代の終焉です。スーパーやGMSから食品業界もセレクトショップ、コンセプトショップ等個性的な業態が出現して、着々と伸びています。

彼らは基本的にはすべてオリジナルレシピの商品を販売します。かつコストダウンよりも品質、味、無添加、原料へのこだわり等シーンの想定が求められれます。しかも必要とする生産数はごく小さいものです。このマーケットがぐんぐん伸びています。ここのマーケットに供給できる食品メーカーが求められているということです。
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2020年07月20日

大半の人が旅行は一生の思い出になる

最近、早朝に起きて東京駅まで切符を買いに行くのがめっきり減りました。なぜ、早朝かというとみどりの窓口が混んでいたからです。最近はいつもガラガラなのですが、早朝までの東京駅往復ウオーキング40分は気持ちがよいので相変わらず早朝に行きます。今朝は天気もよくよく、さらに気持ちがよかったです。

久しぶりに東京駅にやって来ました。コロナ禍で出張がないのとあるとしても西日本の仕事が増えてJR東日本の仕事がないのも東京駅をご無沙汰している理由です。かっては東北の仕事が多かった当社は私だけでも月10万円以上はJR東日本の切符を買っていました。

窓口のスタッフの応対もよかったです。胸に「サービス介助士」のバッジ札を付けていました。確かに駅のチケット販売のスタッフの能力も応対もレベルが上がっています。でも最近はネットで買う人が増えているそうで、私のような年配者が「大人の休日倶楽部3割引」クレジットカードを持って買いに行きます。

今朝は切符を買って、その後に「GoToキャンペーン」の質問をしました。東京除外の件で。私は住民票は千葉県にあるので千葉県民です。しかし、居住しているのは東京都です。

「GoToキャンペーン」は東京除外なので、話で住所証明のために免許証が必要だと聞いたので質問しました。もちろん、私の免許証や健康保険証は千葉県です。

答えは「GoToキャンペーン」は駅の窓口では取り扱っていません。駅構内だとびゅうトラベルか旅行代理店になりますとのこと。納得しました。次は8月20日からJR東日本の全線の新幹線、特急が半額になる「お先にトクだ値スペシャル」はキップをどこで買うか?これはネットからの注文のみだそうでこれまた納得しました。

移動促進は大変よいことです。私のように旅が人生のような仕事はともかく普通の人の話を聞いていると新婚旅行、20年前の家族旅行、定年後の夫婦の旅行、子育てが終わり、孫育ても終わり、同棲(同性の間違い?)の友達との旅行等をみんな楽しく話します。一生の思い出であの世に抱いて逝き(行き)ます。

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2020年07月19日

質問するのも答えるのはメディアか出身者

情報難民の唯一の情報はテレビです。しかも電気代とNHK受信料を除くとただです。田舎に行けば行くほど朝から晩までテレビつけっぱなしという独居家庭が結構います。

私も一人暮らしのいわば独居老人ですが一人暮らしは侘しいものです。猫のれいらんが3ヶ月ぶりに帰って来たので我が家も少しは明るい灯火がついた気がします。ペットのいない一人暮らしの人はテレビとの会話をしているのでしょう。

官邸や省庁での記者会見が映ります。総理や官房長官や大臣は立って喋っているのに、記者は座っています。後ろから見ていると椅子にふんずり返って質問しているように見える光景が映し出されます。言葉遣いも年長者に対する話し方でなく、自分たちの方が偉いといった風に聞こえます。

テレビ等メディアで自社員で原稿を作っているのは大手新聞社くらいで大半の取材や原稿書きは下請けがやっています。しかもその階層は何次にもなっており、3〜4次下請あたりが取材して、記事にしています。

俗にフリーと言われるライターです。フリーという言葉は格好がいいですが、実際は地獄です。安い原稿料で取材費はないに等しい中で走り回っています。採用されなければお金になりません。ついつい、お金の貰えるいかがわしさすれすれの記事になります。それが現実です。

世の中で一番役に立つ人は問題を解決してくれる人です。やってみせ、我々をこうしなさいと一緒にやる人です。メディアはコメンテーターが言った者勝ち、ええかっこしいで彼らは何もできません。ええ格好しないと今後も使ってもらえないのでテレビ局の方針に従ってしゃべるだけです、無責任極まりないことを。

民主主義の権力者選びは選挙です。たくさん票数を獲得した人が当選します。当然、知名度が高くてええかっこしいの好感度が当選します。そこに行政執行能力や立案、実行能力は必要としません。タレントであればよいのです。でも立候補するのは2〜3流クラスです。1流はのこのこ選挙などには出て来ない。

国会議員や都道府県知事も世襲以外は特定団体出身かタレントでないとなれません。当選しても元々メディア出身のええかっこしいで執行能力などない人たちなので何もできません。

記者会見で質問しているはメディア、答えている国会議員や首長はメディア出身かメディア露出の多かったタレントさん。難局を切り抜ける知恵など持っているわけありません。タレントとしても所詮、2〜3流だったんだから。期待する我々もクレージー。

偉そうにいうな。前もコンサルなので口だけだろう。おっしゃる通り。死ぬ前までにはこれを払拭しなくてはとここの所ずっと策を練っています。贖罪ってやつね。

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2020年07月18日

ふるさと納税バブルに喜んでいるのも束の間

長雨でいつ梅雨が明けるか?わかりません。8月になっても梅雨?コロナ疲れの毎日ですが、食料が心配になって来ました。地方の人はテレビに煽られて「東京はけしからん、東京から来るな」とそればかり言っていますが、この長雨が続くと農作物の被害が心配になって来ました。

昨日もスーパーに行きましたが、野菜の高いこと、地方の直売所では100円以上の野菜はお目にかかりませんが、東京都心では200〜300円はザラです。私は一人暮らしなのでまだしも家族が複数いる家庭の食料費の支出はバカになりません。

「うちは田舎なので野菜はタダみたいにいつでもあるよ」いやいや、甘い。田舎こそ野菜が買えなくなるのはもうそこまで来ています。

外食自粛で家庭内食増大がスーパーは史上空前の売上高でした。もう「でした」です。スーパーのレジもガラガラです。3密対策の床の間隔シートも空虚です。

外食から内食まではよかったですが、このままいつまで続くのかと思うと財布のヒモが固くなります。スーパーと言ってもハレの食材はありません。眼をつぶってでも買える10年1日同じ棚に同じ商品が並んでいます。来る日も来る日もこれを買っていると飽きて来ます。

飽きて来ると外食したいと思っても繁華街には行けません。住宅地近くの外食チェーンばかり。あるいはラーメンとカレーじゃもう食べ飽きた。勘弁してくれ〜。たまには温泉にでも行きたいよ〜。それまたGo Toキャンペーンも除外。

一時、地方はこのコロナ禍でふるさと納税が増えたと喜んでいました。「いました」なのはそれも直に止まるからです。都会の人が住民税の一部を地方に寄付することでその返礼にふるさと納税があります。

しかし、このままだとどんどん都会の企業が倒産します。当然、社員は解雇です。今は雇用調整助成金でしのいでいるだけです。1年後は解雇です。多くの人が職を失い、所得税も地方税も払えなくなります。ふるさと納税など遠い昔のことになります。令和大恐慌がそこまで来ています。

メディアは先週と先々週は九州の豪雨災害でそればかり報道していましたが、それが過ぎ去るとまたコロナ禍を騒ぎ立てています。政治家が悪いと攻撃しても政治家もどうしたらよいかわからず、また、政治家自体は民のことよりも自分の保身しか考えていません。誰もわからないのです。

人間は何か頼るものがないと不安になります。私は政治家でもメディアでもなく、尾身茂先生の発言が一番的を得てるように感じるので先生の発言動向だけをたまにウオッチしています。

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2020年07月17日

新しい時代の幕開けになれば

昨日から渋谷スクランブルスクエアで6Fで「Beauty×Kawaii物産展 Curated By keystaff 2020年7月16日(木)〜9月9日(水)」が始まりました。コロナ禍の最中、新しい時代の幕開けです。

地域の農産特産品と雑貨の提案、販売です。全期間、当社が売り場を預かり管理します。開始の昨日から1週間は当社が開発支援した商品がずらっと並びます。この1週間は当社スタッフが毎日おります。声をかけてください。「TERIHABOK」「シーベリー」「JAMU」石けん3種も発売しています。

それからは新潟県→青森県三沢市→高知県とバトンタッチしながら2ヶ月間提案販売します。東京のど真ん中の一等地で当社が開発支援した農産加工品のお披露目ができるようになったのは感無量です。しかもコロナ禍の最中に。これから東京も地方も手を携えてエクセレントになろうよという提案です。

「Go Toキャンペン」が東京を適用外にするのが決定しました。私は正直、嬉しいです。なぜならコロナ禍は何でもかんでも東京が悪いと言った「東京偏見」本当にそうなのか?の測定に東京適用外がよいと思います。

東京適用外でこう言ったキャンペーンが成り立つのかどうか検証するのには一番わかりやすいです。私は一部の首長を除いた都道府県の首長に不信感を抱いています。

発言が無責任です。どんな結果になっても自分が傷つかないような、自分に責任が来ないようなどっちに転んでも逃げられるような保身発言に終始しています。

県民を強く導くという姿勢もなければ、まずは最低限の状況の把握もできていません。鹿児島県知事選の結果を見てご覧なさい。県民の目は節穴(ふしあな)ではありません。

今回の「Go Toキャンペン」東京適用外も様子見の態度です。これでこのキャンペーンが失敗すれば確信犯で逃げを打って来るだろうし、うまくいけば自分の手柄にして来るでしょう。

東京が「Bad」で、地方が「Good」の構図は成り立ちません。東京が「Good」で地方も「Good」「Nice」「Excellent」が成り立ちます。共存共栄が全ての基本であること。互いに助け合うことに価値があるということ。「東京適用外Go Toキャンペン」の結果が楽しみです。
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2020年07月16日

こんな状況の時は自分に自信を持つこと

空手の稽古をしていると例えば蹴りの場合、足を体に引き付けてかつなるべく高く鋭角に打ち出すのがよいと教えられます。目一杯66歳の爺さんが足を上げようとします。すると支えている方の体は崩れます。

体を崩しても足を高くあげた方がよいか?体幹を崩さない程度で上がるところまで上げた方がよいのか?ずっと前者派つまり目一杯足を上げる派でしたが、最近は後者の方が自然だし、上達するのではないかと思うようになりました。

できないことを無理してやろうと思っても、猛稽古すればできるんだそれらも嘘です。できないことはできない。できる範囲の中で自分を高めて行くしかありません。

ビジネスプランを作成する場合、あれやこれや頭を捻り、知恵を出そうとして苦しみます。なるべく差別化された特徴のあることを書こうとします。しかし、反面よいプランは指が勝手に動きます。パソコンに向かって指がすらすらを動いて行きます。書いていてとても「快」になります。差別化、奇抜性がなくてもそんなプランは人の心を打ちます。自分は大したことを書いているとは思わないのですが。

我々は自分を卑下し過ぎているきらいがあります。自分が生きて来たこと自体が自分の実績でもっと自分を評価してよいです。自分の友人知人の人脈。自分の経験と技術。困難にもめげないしぶとさと強さ。大した人生ではないけどそんなものがあるから今自分がここにいます。

昨日、松戸の居酒屋で食事しました。そこの大将はまだ30歳代です。つい「うちの銀座の店はお客さんが入らないのでそろそろ閉めようかと思って」と軽口を叩いたらすごい形相で「鳥巣さん、止めたら終わりですよ。続けることだけが生き残りの道です」と言い出しました。当たり前のことだけどハッとしました。若いこの経営者に教えられました。

経営も空手も体幹がしっかりして、体がぶれないことが一番大切です。ぶれない体から発せられる言葉が一番迫力があり、人を納得させて、人が気持ちよく動いてくれる行動になります。
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2020年07月15日

銀座の入れ替えが始まった

梅雨の雨がジメジメと降り続いています。語弊がありますが、先週九州で体験した豪雨の方が豪快で男らしかった(被災地の方々には心からお見舞い申し上げます)

その雨の中を午前11時になると会社近くのレストランスタッフが毎日傘を差して、テイクアウトを販売し始めます。毎日、毎日大きな声で、明るい声で。当社が入っているビルの1階のカフェが私が出張して東京にいない時に閉店してしまいました。

当社のイローカルも開店休業状態です。先々週と先週は出張で行けませんでしたが、今週は毎日行っています。一昨日も昨日もお客様は私と私の連れの1組だけです。料理長やマネージャーが色々工夫をしてメニュー開発をしていますが、それもお客様が来ないのでお客様にまで届きません。

私が出張していた期間もお店は開けていたのでこの2人はお客様の来ない店でどんな気持ちで立っているのだろうと思うと心が痛みます。

昨日、当社を仲介斡旋してくれた友人の不動産会社幹部と今後の予測を打ち合わせました。銀座の商業施設と飲食業は壊滅状態にあると報告してくれました。商業施設は大資本や高級ブランド店が多いので資本力があるのでまだしも飲食店、とりわけ銀座の象徴スポットでもあるクラブ、バーは完全に死んでいるそうです。特にコロナで亡くなったあの大物お笑い芸人が豪遊していたスポット界隈は。

不動産の仲介斡旋もピタリと止まり、不動産業者も倒産寸前状態だそうです。しかし、飲食店も商業施設も回復への一部の望みを託しており、退店撤退はまだ少ないようです。

彼の予測では年内持ち堪えて、年を越せずに年明けと共に雪崩を打って物件が崩壊していくのではないかと予測します。令和大恐慌の前触れです。そんな不安定な局面の中でイローカルをどうするか当社も決断を迫られます。

年明けには銀座の賃料が半額まで暴落すると彼は予測します。今の経営者が多額の負債を抱えて倒産すると空いた物件は借金のない人が埋めます。借金のない人とは飲食業で働いているサラリーマン料理長たちです。彼らの新規独立が可能になります。

飲食業、スーパー、物販業でも住宅地に立地しているところは未曾有の景気に沸いています。あるいはネット販売、宅配業者は空前の好景気です。誰かの高笑いが聞こえて来ます。山賊の山分けも始まっています。当然、銀座の物件を狙って来るでしょう。新旧の入れ替え、当社も撤退組ですね。
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2020年07月14日

次世代食品は既存食品メーカーには出せない

カメラを見ることがなくなりました。カメラの骨董品店で見るくらいです。ではカメラを使うことがないかというと人類全てが毎日何回も使っています。スマホに内蔵されているカメラ機能でパシャっとやってメッセンジャーやラインで世界中に瞬時に送れます。被写体は昔は人間が多かったですが、最近はデータや文書も多いです。

カメラメーカーが消えていました。キャノン、アサヒペンタックス、ヤシカ等。またフィルムメーカーの富士フィルム、コニカ等もフィルムを使わないので我々の世界から消えました。会社がなくなってかというとそうではなく、キャノン、富士フィルム等は得意分野を活かして世界に君臨しています。

しかし、写真機専業メーカーはほとんど姿を消しました。骨董品屋でしか名前を見ることはなくなりました。

食品業界も遅からずそうなるでしょう。生きていくための栄養を摂取する食品を製造しているメーカーや戦後ずっと日本の食品メーカーの主流だったインスタント食品メーカーも直に写真機専用メーカーになります。しばし、所得の低い途上国をマーケットに販売していますがそこのすぐにこういったニーズの食品の臨界点に達します。

今後の加工食品の業界に君臨するのは食品メーカーではありません。いわゆる他分野の業種です。いつまでも健康で長生きしたい、そのためには体を鍛えなくちゃ、死ぬまでずっと女はきれいでいたい等のための食事を加工食品にする。名人と言われる料理人が作った料理を加工食品で食べたい、ミネラル、ビタミン豊富に加え、美味しい野菜を目一杯食べたい等。

ここら辺りが食べる人のニーズだとすればこれらが今後の加工食品の価値です。そんなことはよくわかっている。スーパーに行けばそれを謳った加工食品は山ほどある。

しかし、どれもこれも飢えを満たすインスタント食品にちょっとだけ「健康」や「美」や「高級」や「豊富な野菜」要素をくっつけただけです。写真の世界で言えばポラロイド程度です。ポラロイドカメラも写真機メーカーが作りました。当時は世の中がひっくり返るほどのサプライズでしたがやっぱり写真機メーカーのカメラです。

既存食品業界は飢えを満たすインスタント食品しか作れません。今後加工食品メーカーのスターになるのは食品分野ではない業界の会社です。既存食品メーカーは消滅します。
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2020年07月13日

いつでも帰って来てよかぞという故郷がある

れいらんが帰って来ました。1週間以上続く出張が2つ重なり、娘のところに預けていました。本来、れいらんのママは娘なので預けるというのは的確な表現ではありませんが。

4ヶ月ぶりくらいでれいらんが私をすっかり忘れていると思っていましたが、そうでもないようです。あんな小さな動物でも記憶というのはしっかりあるものなのですね。帰って来ていつものお気に入りの場所は忘れており、隅の方にいますが、私が布団に横になって呼ぶと飛んで来て胸に乗ります。いつもの動作です。

動物には帰巣本能があります。何が辛いこと、寂しいことがあると人間は幼かったあの頃の家族との情景がよみがえって来ます。いつ頃の記憶かというと大体小学校の頃の情景ではないでしょうか。あの頃があり、今がある。おじいちゃんがいた、おばあちゃんがいた。

ひょんなことからYouTubeで「帰らんちゃよか」という歌を知りました。熊本を本拠とした劇団一座を主宰した荒川ばってんさんが歌う「帰らんちゃよか」は迫力があり、心が奪われます。作者が荒尾市出身なので荒尾弁の歌詞ですが、九州出身の私の心に染み入って来ます。

「帰らんちゃよか」と歌いますが、親の心は「いつでも帰って来てもよかぞ」です。これが本音です。でも地方は働くところがありません。産業がない、雇用がない、帰って来ても低所得に喘ぐのは目に見えています。

また、今回のコロナ禍で「帰らんちゃよか」が「帰って来るな」になりました。そしてその理由は「帰って来ると隣近所の眼がある」からです。今でも「村八分」は生きている。これではあまりに切ない。そして、地方こそ若者に冷たい。

私は地方をエクセレントローカルと呼んでこれからの食と農ビジネスの主役は地方であると言い続けています。しかし、地方がいつまでも因習に囚われて、閉鎖社会を作り、経済だけは都会からのお恵みをあてにしているようでは地方がちっともよくならないどころか、無居住者地域になってしまいます。消滅するのは自分たちだと覚悟しないと
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