2020年06月16日

40歳過ぎてからの食と農での起業

実家は五所川原で3代続いている理容店です。でも私は弟が理容店を継いでいるので私は衣料品の販売の仕事をずっとしていました。

主人が体の調子を崩し、余命長くないのを察してか、自分の手に技術を持つことを勧めてくれました。一生続けることができる仕事ということで理容師を選び、38歳から2年間理容師専門学校に行きました。それからインターンを経ました。理容師になったのは40歳を過ぎてからです。

その頃主人が亡くなりました、理容師になったもののお客様を得ることができない期間が続きました。当時、理容学校も卒業してすでに2年が経っていました。

理容師は男がほとんどです。自分が女であることを生かして女性に来てもらおうと思いました。理容店と美容店の違いはカミソリを使えるかどうかだけです。理容店は髭剃りをするのでカミソリが使えます。

それを逆手にとって女性に顔そりを考え、それから勤めの利用しから自分の理容店をオープンしました。馴染みのお客様は男性主体から女性に変わり始めました。それから頭皮マッサージや頭皮の中の脂取りのメニューも入れました。

その頃、高齢者の理容に対する期待が高まりました。悩みは薄毛、しみ、女性は肌の荒れです。その解決のためにはリンゴが必須とわかり、青森県産リンゴを使った商品を作り始めました。

そのうちにリンゴの剪定枝と鹿角霊芝の粉末をブレンドしたものが老化防止に効果があるということで石鹸を作りました。「リンゴ美人石鹸」で販売したら大変よく売れました。

すると行政指導が入り、化粧品登録して製造販売していないので製造できなくなりました。それで初めて食品製造に参入しました。最初にレトルトカレーを製造委託して販売してよく売れました。

そのうちにりんごみそを計画しました。おかずみそでこの地域に昔からありましたが余計な具材を入れないでりんごとみそだけで商品化したらこれが大ヒットしてちょうど東北新幹線の新青森延伸の頃で売れました。

この頃から理容師との2足のワラジを辞めてりんご商品開発と販売に専念するようなり、現在に至っております。
posted by tk at 06:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする