2020年06月06日

命あるものに接するときは愛情を込めて

生き物と一緒に生活するというのは楽しいものです。一緒に5年間暮らしている猫のれいらんが、出張が多くて、面倒を見れない月が続いたので娘のところに預けました。4月の上旬に帰って来る予定がコロナ禍のせいで帰宅できなくなり、そのままでしたがようやく1週間後の来週の土曜日に帰宅します。

この2ヶ月は一人暮らしでいたが、ようやく自分の生活に潤いが出ます。2ヶ月、一緒にいた娘かられいらんを奪うのは娘にかわいそうかな?娘が望むならずっと娘宅でもよいかな?と覚悟しましたが、娘も私の一人暮らしを気にかけているのか?戻してくれるようです。

1Kの狭い部屋ですが、れいらんがいると活気が出ます。生きていると命がそばにいるということはこっちの命も活気あるものにしてくれます。

もう1つ、命があります。昨年、マイヤーレモンの栽培している農家の知人が大きなポットにマイヤーレモンを植えて送ってくれました。オフィスにインテリアで飾ってあるほどのプランターの大サイズです。これはベランダに置いています。

実が付くということでしたが、残念ながら昨年は身が付きませんでした。今年も5月に素晴らしい香りの花を付けたので、今年こそは実をつけてくれると大いに期待しています。

送ってくれた人に相談すると肥料を入れる作業を教えてくれましたが、都会のしかも銀座にはホームセンターがありません。購入できません。幸いにも会社に有機培養土の大きな袋入りがあったのでそれを追肥用に使用しました。今年は実が付くかどうか?

農家の出身者はあまり農業に感激しません。生まれた時の営み、生活が農業そのままなので。畑のトマトも夏の大玉スイカも生活の一部なので感激はありません。

それに農業で野菜づくりの上手な人を見ていると作り方が丁寧です。肥料一つやるにしてその量も多過ぎず、少な過ぎず、タイミングもまさに苗に一番効果がある時にやります。自分にはその細やかさ、愛情がない。

実際、農産物を育てる場合の頃合いや適量が素人にはわかりません。何というかどれだけ野菜に優しく接することができるか?可愛がることができるか?そしてそれに野菜が応えるそこに収穫できるほど実が付くかどうかのポイントがあるような気がします。農作物との対話?コミュニケーション?れいらんと接するのと同じです。


posted by tk at 06:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする