2020年06月03日

人を裁かずに人を助けることを考えよう

私の通勤距離300mの間のあじさいの植栽の下にいつもゴミが廃棄させています。東京都のごみ収集センターからもここにゴミを捨てないように注意書きがされているのにいつも捨ててあります。

注意してみると2日でレジ袋1袋の割合のゴミで、結び目が同じなので廃棄者は同じ人だと思われます。それでも収集センターが持って行くのか?見かねて誰かが廃棄場所に運んでくれるのか一向に止めようとしません困った人です。

人間は人を裁くことはできますが、人を寛容に赦すことはなかなかできません。コロナ自警団、自粛警察が目を光らせて一般住民を威嚇してきます。これまた困った人たちです。前者と後者は真逆の話ですが、人間の習性としては共通点があります。

要は弱さの露呈です。ゴミを不法投棄するのも人間の弱さです。正義感に溢れて、必要以上に人を攻撃するのも人間の弱さです。新約聖書にもあります。「人を裁くな、人に裁かれないためである」と。

宮城県で有機栽培をしている農家が自農場の大豆や米で製造した農産加工品を直売するために、2年前に都内にお店を出店しました。お店にはオーナーの子女が常駐して、オーナーも時折お店に通っていました。

連絡が来て、閉店するそうです。理由は宮城県から東京のお店に行きづらくなったこととまた東京に行って地元に戻ると白い目で見られるから等です。農産加工品は製造は地方で、消費は都会でのパターンが一般的です。

この新型コロナの脅威はその関係をズタズタにしました。人の往来ができません。そういう私もずっと東京に足止め状態が続いています。まさに死活問題です。

みんな生きることに精一杯なのです。その中で自警団や自粛警察、さらに村八分意識がどれだけ国民の活動の妨げをしているか。大半の日本国民はルールを守り、それに従って行動しています。人を裁かずに、人を助けることを考えないと日本が壊れてしまいます。
posted by tk at 06:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする